332話 禁忌の精霊術

(禁忌…魔術…!?)


魔術士が漏らしたその一言に、さくらは目を震わせる。何故…彼が…竜崎さんが…!?


かつて幾度か見てきた、正体不明の謎の存在『禁忌魔術』。かつて大量の魔物を生み出したという『獣母』、人の命を生贄に作り出された巨大竜巻、そして今さっき実演せしめられた、動物を化け物に変貌させる呪薬…。


それらと並ぶであろうおぞましき魔術を、あろうことか竜崎が行使したのだ。自らの血を使って。



なんで…どうして…知っていたの…使えたの…? 理解が追いつかず立ち尽くすさくらを余所に、竜崎による『禁忌の精霊術』の精霊達が数体は、魔術士の手足に取りつく。


「クソッ…!」


焦った声を漏らし、魔術士は輝く。瞬間消え、少し離れた位置へと転移した。それにより取りつけなかった精霊達は空を掻き、そのまま地面へと落ちて血だまりへと溶け消えた。


竜崎の弱り具合によるものか、はたまたその魔術の限界か。精霊は長く維持できず、元の血へと戻ってしまった。ならば、竜崎の行動はただの無駄骨…ではない。





「ぐあぁっ…!?」


突如、悶える声が響く。それは、魔術士のもの。見ると、精霊がくっついたはずの手足を押さえている。


普通の精霊なら、転移した際に振りほどけていたであろう。実際今も、魔術士の身体に精霊の姿は見えない。と―。


ブシッ…ブシシッ…!


魔術士の手足が異音を立てる。その正体は、腕や足首から血が奇妙に噴き出す音。しかもそれは…


「…登ってる…!?」


さくらは思わずそう呟く。血が吹き出す箇所は、手足の末端から体の中央に向け移動していくではないか。まるで、体の中に何か生物がいるかのような…!


「―! もしかして…さっきの精霊…」


考えられるは、それしかない。『禁忌の精霊』は、人体に潜り込んだのだ。体の一部となるように。


そうすれば、転移魔術で吹き飛ばされることもない。そして、人の内部というのは弱点だらけ。どう殺すかも思いのまま…!



―さくら!早く竜崎のところに行け!―


と、その瞬間。魔術士の姿を自らの身で隠すようにし、ニアロンが訴える。ハッと気づいたさくらは、わき目も振らずに竜崎へと駆け寄った。






「り、竜崎さん…大丈…うっ…」


むせ返るほどの鉄臭、靴がぴしゃぴしゃ鳴るほどの血に、さくらは思わず口を手で覆う。それを気にかけることなく、ニアロンは彼の傷の治癒に動いた。


「ニアロン…さくらさんに…憑いたままでいろ…」


―くっ…わかってる…! いいから喋るな!―


竜崎を黙らせ、詠唱するニアロン。暖かな光がどこからか降り注ぐ。治癒魔術が一つ、聖魔術の輝きである。


「……わ、私も…!」


さくらはこみ上げるえずきを押し込め、膝が血で汚れることを気にせず竜崎の元に。傷口に手を当て、習った回復魔術を一生懸命詠唱する。が―。


「塞がらない……」


竜崎の身に空いた傷は、ナイフの小さい切り傷とはわけが違う。さくらの詠唱程度では簡単に治らなかった。


彼をここまで傷つけたのは自分なのに、治す手伝いすらまともにできないなんて…。罪責の気持ちと無力感に打ちひしがれ、涙を浮かべるさくら。そんな彼女の頭にそっと、優しく手が置かれた。


「大丈…夫、さくらさん…。気に…しないで…」


「……!」


竜崎の声に、さくらは顔をあげる。彼は血で顔を濡らし弱弱しくも、励ますように微笑んでいた。


「で…でも…!」


そこまで口にしたさくらは、きゅっと唇を噛み目を伏せる。気にしないなんて、そんなことできなかった。今自分に出来るのは竜崎の傷を治すことだけ。けど…それも…



と、その時。竜崎の腕がさくらの視界を軽く包む。魔術士の様子を見せないように、そして自身の傷口を見せないように。


「回復魔術は…傷の具合を把握すれば…がふっ…効果が飛躍的に上がる…。目を瞑って…イメージでいいから…。気持ち悪いだろうけど…意識を…集中させて…。ぐうっ…」


本来なら、口を開くことすら辛いほどの激痛であろう。だというのに、彼は魔術の講釈をしてくれたのだ。教師らしく。


さくらは、それにすぐさま従った。目を閉じ、傷の様子を想像する。勿論楽しいものではなく、イメージ自体も朧げではあるが…


ジゥ…

っ…そう…その調子…」


それでも、先程よりも効果はあった。傷が治っていく音と、竜崎の励ましに少し調子を取り戻し、彼女はもっと集中しようとする。が、そんな折であった。




「あが…が…ご…げがっ…!」


一際強く、悲鳴が響く。さくらが竜崎の手の隙間から見たのは、魔術士が膝をつく姿。と、竜崎は悔しそうな声を漏らした。


「…くっ…やっぱり、上手く操りきれなかったか…。完全に…戦闘不能にさせられは…。だけど…」


直後、さくらは見た。竜崎が片手をついた血だまりに、魔法陣が輝くのを。すると―。



「ゲホッ…!!」


離れた場所で、魔術士が嘔吐をする。そんな彼の口から飛び出してきたのは、さきほどの禁忌の精霊達。彼らが手にしていたのは…あの謎の鉱物であった。


「――!!」


精霊達は任務達成と言うように声を上げながら、鉱物を地面に転がす。それと同時に、血へと姿を変え消滅した。


「ニアロンッ…!」

―わかってる!―


竜崎の合図を遮るように、ニアロンは即座に魔術弾を撃ち出した。それは鉱物に当たり―。


カッ


そう音を立て、一欠けら残さず地面ごと抉り消えた。






「あ゛…あ゛…あ゛あ゛…!」


一方、鉱物を失った魔術士は俄かに苦しみだす。胃を、頭を抑え悶えだした。明らかに、先程よりも苦しんでいる。鉱物が彼の身体にとって何か効能を示していたのだろうか。


「ク…ソが…クソクソクソクソがぁ…!!」


だが、それでも反抗の意志は削ぎ切れず。精霊に傷つけられた手足を半ば引きずるように、ラケットを掴み、血を吐き身を大きくふらつかせながら竜崎達を殺さんと迫ろうとしてくる。


―まだ来るか…! だが、あれなら簡単に…!―


構えるニアロン。さくらを守るように抱きしめる竜崎。が、両者の決着よりも早く、魔術士を取り押さえた者がいた。



「止めとけ兄弟。マジで死ぬぞ」


それは、獣人。彼にガシリと掴まれた魔術士は振りほどこうと暴れるが、もはや幼児よりも力がなく、魔術もまともに詠唱できない様子。


それを見て溜息をついた獣人は、竜崎へと向き直った。


「リュウザキ、もっかい取引させろ。いくらテメエの『兄弟』ニアロンが優秀でも、その傷はすぐにでも戻って治さねえとやべえだろ。こっちだって同じだ。魔導書を渡してくれ、そしたらお開きだ」


双方、満身創痍。恐らくこれが最後のチャンスであろう。しかも相手は、比較的信用できる獣人。ニアロンは、竜崎に懇願した。


―清人…!頼む…!―


「……」


だがそれを、竜崎は黙殺。ただ、獣人を睨むだけ。流石に苛立ったのか、獣人は声を荒げた。


「おい…! いい加減にしろ! 早く渡さねえと…」


と、そこで彼は言葉を探すように切る。そして、何かを見つけたのか、離れた位置にある転移装置を指さした。


「あの遺跡をぶっ壊すぞ!」


約束通り、命は奪わないということを示す台詞である。それに、既に装置はフリムスカもおらず動けない状態の竜崎達が守れる存在ではない。


もはやどうしようもなく、竜崎が歯を軋ませかけた…その時であった。



「フッフッフ…」


小さく聞こえる、謎の声。それは俄かに強くなる。


「クックック…ハァーッハッハ!」


嘲り、せせら笑うようなその声をあげていたのは…魔術士であった。

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