309話 対、転移魔術

ギギギィンッ! ギギギギィンッ!


幾多の剣戟の音が空間内に同時に響く。されどその場で戦っているのはたったの2人。


攻めるは小汚いローブを被った貌見せぬ魔術士。彼は魔術で作り上げた剣や槍…闇を纏うかのように漆黒で、それでいて鋭さを嫌というほどわからせるように輝く刃達を幾つも漂わせ、怒涛の勢いで責め立てる。それはまるで降り注ぐ雨の如し。


それを受けるは竜崎。白いローブを翻し、幾体もの精霊を展開。精霊達は属性の刃や盾を即座に形成し、襲い来る凶刃を一つ残らず受け止め、弾き、対処していく。そのラッシュによる精霊達の軌跡はまるで虹のよう。



そんな黒雨と虹光のせめぎ合いを、岩陰に隠れたさくらは顔を僅かに出し眺めていた。


(すご…!)


彼女は手にした神具ラケットを握りしめる。入っていける戦闘ではない。助力すら不可能、それを一目でわからせるほどの重圧を放つ戦いである。


そして命と命のやり取りはかくも恐ろしく、こうも美しくなるものなのか。色とりどりの輝きに包まれた竜崎の背を見つめながら、さくらは思わず感嘆の息を吐いてしまっていた。




時間にして競り合いは数十秒程度だったか。膠着した戦線を切り開く一撃を放ったのはニアロンだった。


―はっ!―

ドッ!


僅かな隙を突き、身を乗り出したニアロンが魔術光弾を放つ。どうやら竜崎の裏で力を溜めていたらしく、道中に浮かぶ刃全てを弾き、謎の魔術士を急襲した。


「チッ…!」


謎の魔術士は即座に障壁を展開、身を守る。しかし強度が足りなかったのか、光弾は障壁を貫いた。


ガガガガッ!

「クソッたれがあ…!」


魔導書でのガードが間に合うものの、身を大きく押し込まれる謎の魔術士。怒りの表情を浮かべ正面を見やるが―。


「―!?」


視線の先に、竜崎の姿はなかった。その代わりに精霊達が一斉に属性弾を放ってきていた。


急ぎ召喚していた剣達を呼び戻し、防衛に回す謎の魔術士。しかし一部は間に合わず、彼のローブの端を穿ち、掠っていく。


「どこ行きやがった…!」


身を守りながら、謎の魔術士は辺りを見回し相手を探す。と、その時だった。


―もらった!―


響くニアロンの声。それは謎の魔術士の背後から。彼がバッと振り向くと、既に目の前にニアロンの拳が迫っていた。精霊を攪乱に使い、竜崎達は背後をとっていたのだ。


ガードが間に合う距離ではない。謎の魔術士はその顔面に手痛い一撃を食らう―、かに思われた。




カッ!

―ぐっ…!?―


突如謎の魔術士は光る。ニアロンは多少怯んだものの、そのまま拳を貫かせた。が…。


スカッ


外した。いや、違う。謎の魔術士は消えていたのだ。


―どこに…!?―

「―! 後ろか!」


ニアロンの根元、竜崎は急ぎ身を翻す。瞬間、彼の白いローブの端にスパッと切れ込みが入った。


―いつの間に背後に…!?―


位置が変わったことで状況逆転。再度襲い来る黒刃を弾きながら竜崎達は距離をとる。しかし―。


「無駄だ」


「―!? また背後から!?」


距離をとったはず、なのにその背後に謎の魔術士は移動して来ていた。なんとか回避する竜崎達だが、その度に背後に回られてしまう。瞬きすらしていないというのに。


―くっ…やはりこいつは…―

「あぁ…。転移魔術を使っているな…!」


「ハッ! 当たりだ!お前らが使う、あんな鈍重な転移式とは比べ物にならないがな!」


嘲笑い、また姿を消す謎の魔術士。そしてすぐさま背後を、横を取られてしまう。次第に回避に余裕がなくなり始めた竜崎は苦い顔を浮かべた。


「不味いな…!」

―落ち着け清人。策は作ってあるだろう。やるぞ―



と、突然竜崎は懐に手を入れる。そして幾つかの赤い精霊石を取り出し、地面へとばら撒いた。


「そんなモン、何になる?」


余裕綽々と言った様子で笑い、再度竜崎の背後をとる謎の魔術士。その時だった。


ガシャンッ!

「ウッ…!?」


小さな悲鳴をあげる謎の魔術士。その足には、魔術製の虎バサミが噛みついていた。


―隙ありだ!―


再度殴りかかるニアロン。しかし、間一髪のところで転移されてしまった。


「クソがァ! 賢者様と同じ技を使うなぞ!」


血だらけの足を引きずりながら怒鳴り散らす謎の魔術士。が、竜崎は不敵な笑みを浮かべた。


「良い場所に飛んでくれた」


杖をトンと突く竜崎。すると、謎の魔術士の足元…正確には足元にばら撒かれた火の精霊石が勢いよく火柱を立てた。それは謎の魔術士を勢いよく包み―。


「効くかこんなものッ!」


シュンッと転移し、逃れる謎の魔術士。怒り狂った彼はまたも竜崎の背に現れ―。


「ハッ…!?」


目を丸くする謎の魔術士。竜崎の背には、黄土色に輝く魔法陣が書き込まれていたのだ。


「ジョージ先生とイヴ先生参考、『針鼠』もどき!」


瞬間、竜崎の背から放たれたのは大量の石の棘。足を痛め、逆上した状態の謎の魔術士は回避も転移も出来ず、もろに食らって怯んでしまう。そして、その隙を突き―。


―ふんっ!―

ドグォ!


「ぐえっ…!!」


ニアロンの拳が炸裂。謎の魔術士は勢いよく吹っ飛んだ。


―ふふんっ。どうだ!―


「お見事ニアロン。で、どうだった?」


―あぁ、まあ予想通りだな。かつて見た『禁忌竜巻魔術』から生まれたシルブ、そこに残されていたあの『該当しない魔力』と一致したぞ―


「やっぱりか。なら、捕えて色々と聞かなきゃな」


―おうさ!―






「カス共がァ…!」


一方の吹き飛ばされた魔術士は、ふらふらと立ち上がる。と、彼は懐を探り始めた。


「殺してやる…!」


取り出したのは幾つかの小瓶。それをキュポンと開けると―。


ニュルルルンッ!


滑り出してきたのは粘性のある水の塊が複数。謎の魔術士が詠唱するとそれはぶくぶくと膨らみ、背後にある装置すらも飲み込むほどの巨体へと変貌を遂げた。


「スライムか…!」

―ならこっちも、大物対決と洒落こむぞ!―


それを受け竜崎達も詠唱し始めた。

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