302話 遺跡装置の元へ

シルブに乗せてもらい、さくらは空を翔ける。地平線からは太陽がむっくりと持ち上がってくる様子を見て、ふと彼女は思い出した。


この世界に来て、初めて竜崎と共に飛んだ空。タマの背に乗り、照らし始めた日光の元眼下の景色を見下ろした。


綺麗だった。木々の緑が、異世界の村や街が、獣たちが。元いた世界では見ることのできないその様子に、思わず心躍らせたものだ。


そして今、場所は違えど同じような景色が自分の前にある。それは変わらず美しくはあった。が…。



全く、気持ち良くなかった。あの時味わった爽快感、何が起こるかわからないという楽しいドキドキ感、そしてこの世界においてたった一人の『同郷』である竜崎が傍にいるという安心感。それらがさくらの心の中では押しつぶされていた。


何に? それは漠然とした恐怖に、である。


この世界とお別れかもしれないという恐怖、本当に帰ることが出来るのかという恐怖、そして、その竜崎を犠牲にしなければいけないという恐怖。そういったものに彼女は苛まれ始めていたのだ。



そんなさくらの胸中を無視するかの如く、地上の村や木々は高速で後方へと過ぎ去っていく。


頼れるのは、横でシルブを操る竜崎だけ。さくらはそんな彼を見やる。するとその視線に気づいたらしく、彼は静かに微笑んだ。


「到着までにはまだしばらくかかる。少し眠ってていいよ」


まただ。またあの時、この世界に来たばかりの時と同じ言葉を竜崎は投げかけてくれる。それが優しさであることはわかっている。


だが、ちょっと怖かった。何故彼はそこまでしてくれるのか。何故彼は死ぬかもしれないというのにそう笑顔を向けてくれるのか。私がごねなければ、今日もまた平和に学園に通っていたであろうのに。


罪悪感交じりに、さくらは目を伏せる。すると竜崎はそんな彼女の頭を優しく撫でた。


「何も考えなくて大丈夫だよ。そうだ、ちょっと寝ちゃおうか。今寝ておかないと、何かあった時まともに動けないだろうしね」


彼のその言葉の直後、さくらの瞼はとろんと落ちてくる。どうやら睡眠魔術をかけられたようだ。不安な気持ちも、罪悪感も、睡魔が朧気にしてくれる。彼女はそのまますやっと眠りについた。








「さくらさん、起きて。ついたよ」


軽く竜崎に身体を揺らされ、目を覚ますさくら。ハッと起き上がり、目を擦る。いつの間にかシルブは地上に降りていた。


いったいどれほど寝ていたのだろうか。ここはどこなのだろうか。確認しようと辺りを見回すが…。


「森…?魔界…?」


周囲の毒々しめな草木から、それはわかった。しかし、魔界の何処かが全くわからない。そして、時間も。


周囲は霧深く、よく先が見通せない。空も覆われ、太陽がどこにあるのかが不明。こんな場所に例の遺跡装置があるのだろうか。


「はい、さくらさん」


困惑気なさくらの前に、竜崎の手が差し伸べられる。そっとそれを掴むと、彼の暖かな体温が伝わってきた。


シルブから降りながら、さくらは安堵する。彼がいれば、どんな場所でも大丈夫。安心して歩くことができる。


しかし、それと同時に浮かび上がってくるのは、彼を犠牲にしなければいけないかもという恐怖。縋るようにさくらは手をぎゅっと握る。


すると、竜崎はそれを包むように優しく握り返してきた。まるで不安を覆ってくれるかのように。







「さて、ここだ」


竜崎に連れられ、着いた場所。それは―。


「…? 崖、ですか…?」


首を捻るさくら。崖と言っても、そこまで大きいものではない。人1人分の高さはある、切り立った段差のような感じか。土壁と言い換えてもいいその崖の下で、竜崎は足を止めたのだ。


「ニアロン、手伝ってくれ」


―…あぁ―


仏頂面で出てくるニアロンを確認し、竜崎はさくらから手を離す。そして、彼女に自らの服をつまませた。


「絶対に離さないでね」


そう言うと、竜崎はシャキンと杖を取り出す。そしてニアロンと共に詠唱を始めた。


「「―――。」」


紡がれる術式に呼応し、目の前の崖の一部が仄かに光る。すると、竜崎はその場所へまっすぐに歩を進めた。


ズッ…


竜崎の身体は土壁を透過し、どこかへと。これって、図書館や『竜の生くる地』で見た障壁…!理解したさくらはごくりと息を呑み、竜崎の服に引っ張られるまま後に続いた。


崖の中…そう形容するしか他にないが…には、地下へと続く階段。入口の解除魔術に連動したのか、ところどころに灯りがついていた。


しかしこの灯りの置き方、階段の見た目、どこかで見たような…。そう頭を捻るさくらを余所に、竜崎とニアロンは術式を詠唱し続けながらゆっくりと階段を降りていく。



彼らが一つ詠唱するたびに、道の先にある幾つもの小さな魔法陣が消え、横に開けられた穴が塞がっていく。どうやらそれらは罠のようで、さくらが後ろを振り返ると、遅れながらに矢や棘が飛び出してくるものが幾つもあった。


まるでダンジョンである。竜崎は罠を消す、あるいは検知されないよう誤魔化して進んでいるのだ。どこにどの罠があるかを理解していなければ、腕の良い魔術士であろうともたちどころに殺されてしまうだろう。


帰る方法が重要なのはわかるが、何故ここまで厳重に…。よく理解できず眉を潜めるさくら。と―。


―…ついたな―

「あぁ」


ニアロン達の声で気づき、さくらは竜崎の陰から正面をひょこりと覗く。そこにあったのは…。




「なんですかここ…!」


灯りもない、闇の空間。天井の形からドーム型になっているようだが、何分先が見通せない。ここにあの装置が…?


「もう手を離して大丈夫だよ」


竜崎はさくらにそう言うと、杖を地面に突き刺しニアロンと共に一際強く詠唱する。


杖の先、地面に浮かび上がった魔法陣は近場の壁へと走り、接続。すると次の瞬間…。


オォォオォ…


その場が震えるかのような音と共に、ドーム型の天井と壁に魔法陣が浮かび上がる。そこから発せられる光は、辺りを昼間のように明るく染め上げた。


ようやく見通せたその場は、まるで野球場のスタジアムのように広かった。しかし、生物はおろか、草木すらも存在しない、ただところどころに岩が転がってるだけの不毛の空間だった。


そしてど真ん中には―、あの装置が、竜崎のノートに描かれていた『元の世界に帰れるかもしれない装置』が無口に鎮座していた。

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