―元の世界へ、帰そう―

300話 竜崎の決断

―これで予言が終わりならば良いんだがな―


「不吉なことを言うなよニアロン。さて」


軽くツッコんだ竜崎は呪文を詠唱、大量の精霊を召喚した。それを姫の近衛兵の如くさくらに傅かせると、にこりと微笑んだ。


「私が女の子の部屋に居続けるのもあれだし、精霊を護衛につけておくよ。私は自室に戻ってるから、何かあったらいつでも呼んでね」





―しっかし、扉どうしたもんかな。とりあえずは土精霊でなんとかするか―


「その前に部屋の片づけだね、置きっぱにしていた書類とか散乱しちゃったし」


これで一応一段落とさくらの部屋を出ていこうとする竜崎達。扉へと向かう彼らの後ろで、さくらは選択を迫られていた。


チラリと彼女が目を移したのは、自身の枕。その下には、竜崎の部屋から持ってきた秘密のノート。


何も言わなければすぐにはバレない、かもしれない。しかし、先程竜崎の部屋を少しだが掃除してしまったのだ。まるでベッドに向かう道しるべのように。


察しの良い彼ならばすぐに気づくだろう。そしてノートの所在をそれとなく聞いてくるだろう。なにせ、内容が内容なのだから。


知らぬ存ぜぬを貫き通す選択もある。しかしバレた時が怖いし、そもそもそんな嘘をつけるほど肝は太くない。


そして、何よりも―。あの内容が、唯一×マークがついていない遺跡のような装置の詳細が気になっていた。帰ることが出来る希望を捨てきれなかった。だから―。


「あ、あの…竜崎さん!」


呼び止めてしまった。





「ん? どうしたの?」


優しく振り返る竜崎に、さくらは思わずたじろぐ。どうしよう、もう後戻りはできない。何でもない、と誤魔化すか?いや、結局はバレる。その時に隠し通せる気はしない。


覚悟が上手く定まらぬまま、さくらの手は枕の下へ。そして―。


「これ…なんです…けど…」


取り出したノートを、あのページが開かれたノートを、竜崎の前に掲げた。



「「―!!」」


瞬間、竜崎とニアロンの表情は一変。目は見開き、深刻な表情となった。重大な隠し事がバレた時の様な、焦りと後悔が入り混じったかのような顔であった。


―さくら、何故それを…!―


震え声交じりの怒声でさくらを責めるニアロン。さくらは思わずビクッと身体を縮こませてしまう。彼女が、ニアロンがここまで声を荒げることは今までに無かったからだ。


よほどの禁忌に触れてしまったということを、さくらは今更ながらに実感した。聞かなければよかった。本を盗ってこなければよかった。次の叱咤が降りかかってくるのを目を瞑り耐える彼女だったが…。


「ニアロン」


聞こえてきたのは、相棒を諫める竜崎の声。彼はさくらの元にゆっくり戻り、向き合うようにしてしゃがみ込んだ。


「さくらさん、帰りたいよね。お父さんやお母さん達に会いたいよね」


「それは…帰りたいです…」


「もう誰かに襲われるみたいな、怖い思いはしたくないもんね」


「はい…」


ふと、さくらの目からはぽろぽろと涙が漏れ出し始めた。竜崎の優しい言葉が全て代弁してくれたからだ。



親に会いたい。特にお父さんなんて防犯ブザーを無理やり持たせて来るほどの心配性。きっと血眼になって探しているだろうし、泣いているかもしれない。


それに友達も。夏休みに遊ぶという約束をしていたのに、果たせずじまい。心配してくれているだろうか。LINEの通知はどれくらいになっているだろうか。


そして…これ以上ナイフを突きつけられたくない。ここは剣と魔法による夢物語のような世界だが、人の悪意は変わらず存在する。


特に弱冠14のさくらにとって、ここ数日の出来事は身を戦慄させるには充分の出来事だった。もう、あんな目に遭いたくなんてない。



そんな思いが込められた涙を隠すように、さくらは下を向く。だが、水滴は手にも服にも落ちることは無かった。竜崎の精霊が拭ってくれているのだ。そんな時だった。


「…わかった。明日早朝、そこへ行って試してみよう。元の世界へ帰る準備をしておいてくれ」


「え…」


竜崎の言葉に、さくらはバッと顔を上げる。すると、彼女の頭の上に暖かな彼の手がポンと乗り、撫でてきた。


その撫で方はあの時、人さらいから解放された夜のように優しかったが、どこか残念そうな、寂しそうな感情を纏っているようにさくらは感じた。











「ふぅ…」


自室に戻った竜崎は息を小さく、細く吐いた。それは自らの内に溜まる恐怖を精一杯吹き払っているかのようだった。


「片付けなきゃな…」


彼は風精霊を呼ぼうと詠唱しかけたが、何を思ったのかそれを止め、手で一枚一枚拾い始めた。と、ニアロンがそんな彼の前に立ちふさがった。


―おい清人…! お前本当にあの技を…―


「ニアロン、今は何も言わないでくれ」


彼女の言葉を遮るように、竜崎は静かにそう返す。その顔を見た彼女は強く手を握りしめ、唇を噛み無理やり言葉を呑み込んだ。


―勝手にしろ…!―


そんな一言だけ残し、ニアロンは竜崎の身体に戻る。彼は姿を消した彼女を撫でるかのように手を動かし囁いた。


「ありがとう」





ある程度綺麗になった部屋で、竜崎は机に向かっていた。その場にはカリカリとペンの音だけが響く。


「…よし、と」


書き終えたのか、立ち上がる竜崎。机の上に乗った紙には


『ナディへ、少し出かけてきます。心配しないでね。エルフリーデによろしく』


と大きめの文字で書かれていた。




その紙の端に重しを置き、竜崎はクローゼットへと向かう。そこに施された封印を解きながら、彼は小さく呟いた。


「駄目だったか…。この世界は、向こうの世界の代わりにはなれなかったか…」


その言葉を掻き消すように、クローゼットの扉は開く。中には様々なものが雑多に詰め込まれており、勇者の『神具の剣』もあった。


「ごめんね、アリシャ」


そう言いながら剣を柔らかく撫でた竜崎は、ごそごそと何かを漁る。まず取り出したのは、触るだけで崩れそうなほどに古ぼけた魔導書であった。


そして次に取り出したのは、2通の手紙と壊れた携帯。内一枚の手紙をクローゼットの見えやすい位置に立てかけた。


『遺書』


それには、そう書かれていた。

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