270話 村人達を守れ
「精霊よ―」
「私達に力を!」
シベルはトンファー、マーサはロザリオを構え中位精霊達を呼び出す。精霊達は彼らの背後にいる村人達を守るように囲み始めた。
「さくらさん、いけるかい?」
「はい!」
メストとさくらも各々の武器を構え、精霊を召喚する。そろそろ日が本格的に沈み始めた。灯り代わりの意味合いもある。できれば精霊達の輝きで魔物達が去ってくれれば良いのだが…残念ながら駄目そうである。
「ハルム、エーリカ。お前達は下がっていろ。公爵の子らが傷を負うわけにはいかないからな」
シベルはハルム達を村人達の元に退かせようとする。が、エーリカは首を横に振った。
「い、いえ!この場に来たのも私達の意志。そして私達は公爵の血を引く者、領下の民を守るのは貴族の義務です!ね、兄様」
「あ…あぁ…! それに、これでも学園所属の生徒ですから…!」
貴族の肩書を背負う2人は、足を震わせながらも杖を構えた。
「ガルルゥア!」
猛る魔物達。事故のせいだろうか、かなり気が立っている様子。構うことなく突っ込んでくるが―。
「フンッ!」
ゴスッ!
シベルの鉄拳がそれを迎え撃つ。トンファーの先は魔物の顔にめり込み、魔物は勢いよく吹っ飛ばされた。獣人の力は人一倍強化されていると聞くが、流石の一撃である。
「はぁっ!」
ブォンッ!
そして違う方向から飛び込んできた魔物を、マーサが切り捨てる。ロザリオから発生した光の剣が魔物の身体を通過すると、魔物は嘘のように沈静化しその場で寝息を立て始めた。
「後ろから来ている。マーサ頼む!」
「わかったわ!」
聴力を活かし司令塔も兼ねるシベル、シスター服という動きにくい服装なのにも関わらず馬車の残骸を飛び越え移動するマーサ。次々と押し寄せる魔物相手に、彼ら2人だけでも一切引けを取らない。学園教師の面目躍如であろう。
しかし魔物達は森の中から次から次へと湧き出す。中にはシベル達の防衛網をすり抜ける獣達も現れた。しかし―。
「させないよ!」
シベル達並みの大立ち回りをしているメストが目敏く仕留める。おかげでさくら達の元には魔物達が届かない。気を張っていたハルム達は少し安心したのか深く息を吐いた。
というかメスト先輩の実力、もしかしてシベル先生達と同じくらい…?精霊を纏わせ華麗に飛び回るメストのその戦いっぷりに、さくら達は内心そう思っていた。
強者3人の立ち回りにより、魔物達は次々と仕留められていく。これならば解決も時間の問題…さくらがそう胸を撫でおろした時だった。
「ヒヒィン!」
高らかに聞こえる鳴き声は馬。一瞬救援が到着したのかと思われたが、どうやら違うよう。何故なら―。
「こっちに来る…!?」
鳴き声の主は誰も乗っていない馬。恐らく馬車を引いていた馬だろう。千切れた轡の紐をヒュンヒュン鳴らし、折れた馬車との接続棒を引きずりながらさくら達の元へ突撃してくるではないか。
興奮しているのか、止まる様子はない。このままだとさくら達が避けても、村人達にぶつかる恐れがある。マズい状況。と、シベルが一声吼えた。
「マーサ、任せたぞ!」
そのまま彼はトンファーを投げ捨てると、全速力の馬の前に飛び出す。そして―。
ドッ!
「…ぐっ!」
がっぷり四つ。馬を正面から抱き留めたではないか。だが当然それで止まるわけはない。シベルはそのまま押され、ガガガガガッと地面を削った。
「鎮まりなさい!」
馬のスピード落ちたの隙を突き、マーサは杖型に変えた光のロザリオ振るい馬を沈静化させる。ブルル…と鼻息一つ、馬は足を止めた。
「大丈夫シベル?」
「ゲホッ…骨が少しイカレた…。強化魔術をかけていても衝撃はどうにもならん…」
駆け寄るマーサに、膝をつき胸を押さえながらそう答えるシベル。馬と相撲なぞ、常人ならば跳ね飛ばされ即死がいいとこ。獣人だから、というより彼の実力によるものだろう。
だが無傷ではない。骨が折れたとあれば戦うのも難しい。戦力大幅ダウンは免れない―。
「よし、治った」
…普通に立ち上がったではないか。唖然とするさくら達。まさか…。
「治癒魔術で骨を治す時は時間をかけたほうが良いのだけど…」
「俺にそれを言うか?」
マーサとシベルの会話から、さくら達は確信する。間違いない、シベルは自らの骨折を回復魔術で治療したのだ。なるほど、それが出来るなら馬の進行方向へと飛び込んでも…いや死ぬほど痛いだろうに。
そういえば、とさくらはモンストリアで聞いたシベルの言葉を思い出した。彼の戦闘スタイルは怪我を負ってもそれを治しながら戦う
「チッ…まだ来るか! お前達、周囲の魔物に気をつけろ!」
鼻をクンクンと動かしたシベルはまたも吼える。それを合図に、今度は複数の馬が地を蹴り走ってきた。数台の乗り合い馬車が絡まる大事故だったのだ、当然逃げ出した馬も数匹いる。
それを対処するため構えるシベルとマーサ。だがそれは防衛網の瓦解を意味する。好機と捉えた魔物達が次々と飛び出してきた。
「魔力は多分まだ大丈夫…! 『青き薔薇よ!彼らを包め』!」
メストは詠唱。すると、怖がる村人達を茨のドームが包む。代表戦で使った大技の一つである。ひとまずこれで村人の安全は確保できた。あとは群がり始めた魔物達を倒せば―。
「っ…!」
が、直後メストは足をふらつかせる。魔力をかなり消耗しているようである。それも当然、今日丸一日、魔術を見たいとせがむ子供達相手にずっと披露してきたのだ。いくら簡単な魔術といえども塵も積もればなんとやら、か。
それに昼間の巨大花束や男爵召使との戦闘、先程の治療手伝いも合わさり彼女は疲労困憊。と、そんなメストの前に立ったのはエーリカとハルムだった。
「メスト様、お下がりくださいな!」
「ここは私達が…!」
シベル達が呼び出した精霊と共に、エーリカ達は杖を振るう。手足を恐怖で震わせながら、唸りを上げる魔物が迫るたびにか細い悲鳴を上げてしまいながら。彼らは背後にいる村人達を守るため、友となった者を守るため、一歩も下がることがなかった。
「ハルム様…!」
「エーリカ様…!」
村人達は感謝と敬意が籠った視線を彼らに向ける。普段は召使い達に守られている彼女達が、今は多少の怪我を負うことを気にせず必死に魔術を詠唱し戦っているだ。村人の中には手を合わせ祈る者も現れた。
が、実戦経験が少ない彼ら。大きな隙を晒してしまい、魔物が彼らの喉元へと―!
「「危ない!」」
エーリカの元にメスト。ハルムの元にさくら。割って入った彼女達は迫っていた魔物を弾き飛ばした。
「有難うございますメスト様!」
「ううん、こちらこそ助かったよ」
「すまない、さくら」
「気にしないで!」
彼らはそれぞれツーマンセルを組み、魔物を追い払っていく。馬を落ち着かせたシベル達も合流し、状況は元通りに。と―。
ドスン!
「フシャアアアアアッ!」
突如降り立ってきた白い毛玉。それは力強く吼えた。ビリビリと空気を震わすその咆哮に、魔物達は一斉に散り散りになった。
「ご無事ですか皆さん!救援部隊をお連れしました!」
「「「タマちゃん!」」」
それから少し遅れるように、救援に来た馬車のランプが見える。それを確認し、全員はほっと一息つき武器を収めた。一件落着である。エーリカとハルムはシベル達に向き直った。
「先生方、メスト様、さくらちゃん。父に代わりお礼申し上げますわ」
「我が領民を救ってくださり感謝いたします」
うやうやしく礼をする彼ら。すると、エーリカはくすりと笑った。
「メスト様とさくらちゃんに我が公爵家が救われるのはこれで二度目ですね。…いえ、兄様の件を合わせれば3度目?」
「エーリカ、もう勘弁してくれ…」
渋い顔を浮かべるハルムに、さくら達は思わず笑ってしまうのだった。
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