261話 貴族令嬢達は友人の恋路を探りたい
ハルム達に見つからないため、自分の考えを悟られないため、さくらの秘密を極力漏らさないため。エーリカは一緒に食事をした召使すらも下がらせ、単独で兄達の背を追っていた。なお着ていた召使の服と髪型は元に戻した。
幸い相手は素人。追うことは簡単である。壁伝いに、木の裏に、人を挟んで…。ハルム達が通過した後をなぞるように移動していくエーリカだったが、彼女もまた素人。離れたところから向けられている視線には気づかない。
「召使もお連れにならず、あのような行動…」
「公爵令嬢にあるまじき…その…なんて言えば良いのでしょうあれ…?」
「わかりませんわ…」
その視線の主たる、エーリカの友人である貴族令嬢達は困惑していた。普段は誰よりもエレガントな彼女が、今や服を汚れるのを気にせず物陰に潜んでいる。エーリカの謎の動きに、彼女達は眉を思いっきりひそめていた。
何をしているかはわからないが、あの行動は止めさせたほうが良い。令嬢達の内心は一致していた。同じ貴族として、恥になりかねない。幾人かが足を踏み出したその時、1人の令嬢がそれを止めた。
「お待ちになって。私、あの行動を知っていますの!」
「本当?では、あれはいったい…」
「あれは、誰か気になる相手に声をかけられず、及び腰になってしまった時に自然となる行動ですの。以前リュウザキ先生からそのようなことをお聞きしました」
「気になる相手…?それは…?」
「勿論、『愛しのお方』に決まっておりますわ!」
いくら貴族令嬢といえども、恋の話となればは落ち着いてはいられない。いや、普段深窓の内で大切に守られている彼女達だからこそ、俗世を詳しく知らず、書物等に没頭する彼女達だからこそ、そちらの話には人一倍敏感なのである。
「お、お嬢様方!?何を…!?」
「そのようなことはお止めください…!」
そうとなれば話は別。直接真相を聞くなんて野暮なこと、するわけにはいかない。令嬢達は召使達が止めるのを聞かず、それどころか追い払いまでして壁に張り付いた。先行くエーリカと同じ行動をしながら、バレないように追いかけ始めたのだ。
「一体どなたなのでしょう…?」
「エーリカさんもメスト様にご執心でしたわよね。ということはやはりメスト様…?」
「いえ、ならば直接お声をかけるでしょう。パーティーにご招待するほどなのですから。もしや別に意中のお方が…!?」
「もしそうならば、私達もメスト様にアプローチできますわね…!」
幸か不幸か、エーリカの後を追う令嬢達にはハルム達、そしてさくら達は見えない。だからこそ彼女達は妄想をあれこれと繰り広げキャーキャー言っていた。道行く他生徒達は貴族令嬢達の珍しい姿に首を捻っていた。
「はくしゅっ!」
噂が鼻をくすぐったのか、小さくクシャミをするエーリカ。彼女は慌てて口を押さえ、陰に身を引っ込める。ハルム達にバレてないないか恐る恐る再度顔を出す彼女だが…。
「あっ…!」
その一瞬の隙に、ハルム達ははるか彼方に。見失う訳には行かない…!もはや公爵令嬢であることを気にせずエーリカは駆け出す。と―。
ドンッ!
「きゃっ!」
丁度あった曲がり角から出てきた人に思いっきりぶつかってしまう。その反動で足をぐらつかせ、あわや転ぶ…!
「おっと、走ると危ないよ」
と、素早く入ってきた手がエーリカの身体を支える。聞き覚えのある、麗しの声にエーリカはハッと顔を上げた。
「やあ、誰かと思えばエーリカじゃないか」
ぶつかった相手、それは貴公子然とした雰囲気を湛える青い肌の短髪女性。そう、メスト・アレハルオであった。
「メ、メスト様…!とんだご失礼を…!」
顔を真っ赤に火照らせ、エーリカは謝る。メストは彼女を立たせると首を傾げた。
「一体どうしたんだい?君がそんなに焦っているのは初めて見るよ。それにお付きの方々の姿も見えないけれど…」
「あ、えーと…それはですね…。さくらさんを兄が…その…」
しどろもどろ、尻つぼみに口ごもるエーリカ。説明できるわけがない。そんな彼女を見兼ねたのか、メストはエーリカに視線を合わせ、手を優しく握った。
「何かはわからないけど、僕も手伝おうか?」
「―! い、いえ!メスト様のお手を煩わせることでは…! 申し訳ありません、この場は失礼いたしますわ」
ここぞとばかりに公爵令嬢らしいお辞儀を見せ、足早に去っていくエーリカ。頭に?マークを浮かべながらそれを見送ったメストは、ふと近場の壁裏の異変に気付いた。
「今の見ました?メスト様をご提案を無下にしてまでお一人で追いかけましたわよ!」
「もしや本当に意中の殿方…!?」
「エーリカさんのお眼鏡に叶うほどのお方…一体誰なのでしょう!」
「お嬢様方、ここで何をしているんだい?」
「「「!!! メスト様!」」」
エーリカ以外にも女性陣にモテモテなメスト。貴族令嬢達は特に隠すこともなく事情を打ち明けた。
「エーリカに意中の人か…」
ならば邪魔しないほうが良いのではないかい? 貴族令嬢達をそう諫めようとしたメストだが、彼女達は聞く耳を持たず、既にエーリカの後を追おうとしている。止めることは出来なさそうだ。
「待って、僕もついていくよ」
ならば、とメストも尾行に参加表明をする。せめてエーリカに迷惑が掛からないように、もしもの時は令嬢達を止める抑止力になることを選んだのだ。それに、エーリカが漏らした言葉にさくらの名前があったのも少し気になってもいた。
「あの…メスト様。大変幼稚な申し出なのですが…手を握ってくださいますか…?」
「構わないよ。それじゃ追いかけようか」
かくして、キャーキャー言う貴族令嬢達withメストはエーリカの後を追いかけ始めた。
「ここの詠唱はこうしてね…」
学園内、とあるテーブル。竜崎は質問に来ていた生徒の対応をしていた。
「そうかー。エルフリーデが怖くて質問できなかったのかー」
―あいつ、中々人を寄せ付けない雰囲気を漂わせているしな。意外とシベル並みに怖がられているかもしれん―
質問の受け答えの間、生徒の事情を聞き出しクスリと笑う竜崎とニアロン。
「私で良ければいつでも質問を受け付けるよ。でもそうだね…今度エルフリーデに会ったら恐れずに質問してみて?あの子、ああ見えてかなり優しいから。ぬいぐるみが好きだったりするんだよ」
―そんなことばらして、後で怒られても知らんぞ。お、見ろ清人―
と、ニアロンが窓の外を示す。そこに歩いていたのはさくら達。次いで隠れるようにハルム達、続いてコソコソとエーリカ。そして更に後ろには幾人かの貴族令嬢と…。
―おい見ろ!メストまで加わっているぞ!―
令嬢達に囲まれハーレム状態のメストは、一見普通に談話しながら歩いているだけ。しかしエーリカから一定の距離を保ち移動していっているのであった。
―昔に教えてやった尾行術、思いっきり活用しているじゃないか。な?面白いことになっただろう?―
大爆笑するニアロン。竜崎は苦笑いで頬を掻くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます