260話 妹は兄の動きを見張りたい

「それでは授業はここまでに致しましょう。皆さんお昼ご飯はしっかり食べてくださいね。聖魔術に限らず、魔術の行使には健康な体が必須ですから」


鐘が鳴り、授業の終了を告げる。マーサによる聖魔術の講義を受けていたさくらは伸びをし、教室を出た。


「さくらちゃーん!外にご飯食べに行こー!」


そんな彼女の背に飛びかかったのはネリー。続けてアイナとモカも現れた。さくらは快諾し、いつもの面子で街へと向かった。



その後をつける2名の影。ハルムとクラウスである。さくら達にバレないよう、彼らはコソコソと壁伝いに追いかけていった。



そして、そんな彼らを追う者が一人。それは…


「一体兄様は何を…」


エーリカ・ディレクトリウスであった。





朝方、さくらを追うハルム達を見てしまったエーリカ。気になってしまい、兄達を追う形で自らも尾行していたのだ。どうで彼らを問い詰めたところではぐらかされるだけであろうし。


そもそも、兄…ハルムは常に召使い達を連れていた。さくらとの騒動後丸くなったが、それは変わらなかった。まあ公爵子息だし、それは当然のことである。エーリカとしても自身も幾人かは連れているのだから。


だが、そんな彼が今や誰も召使いを連れていない。普段は必ずいる太鼓持ち生徒すらもいない。これは異常事態である。



そして妙な事に、ハルムの側にいるのは代表戦選手であったクラウス・オールーン。しかも見る限り、仲が良さそうなのだ。


「もしかしてお友達になられたのかしら…?」


エーリカの声は少し嬉しそうであった。それには理由がある。彼女達貴族はその性質上、同じ貴族を友人に選びやすい。すなわち平民を友とすることは少ないのだ。


加えて、ハルムのかつての性格は傲岸不遜。平民が友になるわけがない。それどころか最高位の貴族である彼には、他貴族の子達も怯え傅くのが常だった。…ぶっちゃけ、ハルムには友人という友人は少なかったのだ。


しかしクラウスと話すハルムは良い表情をしている。少なからず兄を心配していたエーリカは1つ肩の荷が降りた気がした。



「…いえ!そんなことを考えている場合ではありませんわ!」


すぐさまブルルっと頭を降るエーリカ。そう、降りた荷よりももっと重い物が載ってきたのだ。何故なら『公爵子息が女子を尾行している』というとんでもない事態なのだから。


そんなことがバレたらどんな噂が流れるかわからない。家名のためにも止めなければ…!そう焦るエーリカだが、兄だけでなくクラウスもいるとなると少し躊躇ってしまう。


さくらを追いかけ街に向かうハルム達を見やり悩むエーリカ。と、控えていた召使いの一人ががおずおずと声をかけた。


「エーリカお嬢様、そろそろご友人方と会食のお時間ですが…」


「今日はキャンセル致します。その旨を伝えに向かいなさい。それから貴方、少し顔を貸しなさい」






「美味しー♪」


「ネリー、注文しすぎじゃない…?」


「そういえばモカちゃん、お母さん達の元にいなくて大丈夫なの?」


「うん、あの騒動で受けた被害は植木鉢1つが壊れちゃったぐらいだし。魔王軍の人達が暫くは警戒してくれるみたいだし、お父さんお母さんにも戻って大丈夫って言われたから」


ネリー、アイナ、さくら、モカの四人はとある店のテラスで昼食を摂っていた。



そして同じ店の離れた席。人混みに隠れて、ハルムとクラウスもそこにいた。


「こういった店で食べるのは初めてかもしれないな…」


緊張気味のハルム。珍しい光景を目にしているクラウスは頬の内を噛みながら彼に問う。


「そういえば貴族っていつも食事どうしているんだ?」


「基本的に貴族寮に戻って摂っている。優秀なシェフ達を常駐させているからな」


「へぇ、流石は貴族様だな。ということは食事マナーも立派なんだろ?」


「当然だ、私を誰だと思っている?」


ムッとするハルムを手で落ち着かせ、クラウスは丁度運ばれてきた料理を指差した。


「じゃあこれ…『ハンバーガー』を綺麗に食えるかな?」






チリンチリン


「いらっしゃいませー!」


時間はお昼時。ひっきりなしに客は出入りする。故に、さくら達もクラウス達も気が付かなかった。新たに入ってきた客…慌てて着たらしい上着の端から召使服の裾が漏れている女性と、大人サイズの目立たない色のローブを無理やり羽織った女の子の姿に。


「…いましたお嬢様。ハルム様です」


「丁度良く近くの席が空いているようね。あそこにしましょう」


その正体はディレクトリウス家の召使の1人と、エーリカである。エーリカに至っては髪型を軽く変えてもいた。


「宜しいのですか…?このような店でご昼食をお摂りになって…」


「何も頼まないのは怪しまれるのでしょう?ですが私はこのような店に疎くて…お勧めを頼んでくださるかしら。あ、無用な気遣いをしないように。周りの皆さんと同じ物でね」




注文が届くまでの間、エーリカ達はハルム達の監視をする。


「…ハルム様があのような表情を浮かべているのは始めて見ました…」


ハンバーガーを崩さぬように慎重に切り、口に運んでは目を輝かせる。クラウスに促され残りにかぶりつき、二人同時にソースをはみ出させる。悪戦苦闘しながらも食事をするハルムの表情は意外にも朗らかなものだった。今まで見たことのない彼の表情に、ディレクトリウス家の召使は驚嘆していた。


その一方で、エーリカは食い入るように目を凝らし兄達を見つめていた。


「お、お嬢様…?」


「ねえ…はんばーがーってどう食べるのが正しいのかしら…?」


うるうるとした目で見つめてくる主に、召使はしどろもどろに答える。


「え、えーと…特に決まった食べ方はありません…。この料理、リュウザキ様の世界にもあるようなのですが、そちらでも食べ方は規定無しだと伺っています」


その説明を聞いて、エーリカは目を震わす。テーブルマナーを厳しく躾けられた彼女にとってそれはただ混乱を増幅させるだけだった。そして無情にも、注文した品が届いてしまった。


「多少はしたないですが、個人的にはかぶりついた方が美味しく頂けると…」


召使の言葉に、エーリカは手を合わせた後にハンバーガーを恐る恐る持ち上げる。そして意を決してガブっと…!


「―!少し刺激的だけど、とても美味しいわね…!」





口の周りにソースがつくのを厭わず、ハンバーガーをパクパクと食べ進めるエーリカ。そんな彼女に代わり、召使がハルム達の会話に耳をそばだたせていた。


「秘密…『さくらの秘密』…?」


途切れ途切れに聞こえてくる言葉を組み合わせ、ぼそりと口に出す召使。その瞬間、エーリカの手が止まった。


「…? お嬢様どうなされました? お水を…」


召使が差し出すコップを受け取らず、ただ固まるエーリカ。彼女は誰にも聞こえない声で呟いた。


「さくらさんの…秘密…!?」




さくらの秘密。エーリカはそれを知っている。そう、『彼女が異世界から来た』ということである。以前さくらを招待したパーティーの際、エーリカはその事実を盗み聞きしてしまったのだ。


もしや、兄様達はそれに感づいて…!バッとハルム達を見やるエーリカ。だが彼らは付け合わせのポテトフライを口に運びながらさくら達のほうを注視していた。どうやら気づいているというわけではないらしい。


しかし、もしバレたらどうなる…?兄達がそれを隠すのならば問題ない。だが、大々的に喧伝されたらどうなるか。かのリュウザキと同じ出身、実力も確か。引く手数多、至る方面からもてはやされるであろう。


そうなってしまえば、メストを賭けた恋の勝負(※なおエーリカが勝手に恋敵認定しているだけ)はさくらが一気にリードしてしまうかもしれないのだ。


それはなんとしても避けたい…!そのためには、兄達が感づかないように見張らなければいけない。エーリカは残りのハンバーガーを呑み込むと同時に、この後も彼らを追い続ける決心をした。







「それで先生。あの時のシベルったら『俺の命を奪え、その代わり彼女マーサは殺すな!』って傷まみれで吼えたんですよ。赤いローブの男は全く意に介さず解呪中の方を抱えて悠然と去っていったのですけど」


「おいマーサ…。それは話すなって言っただろう…!」


「格好いいじゃないかシベル。男前だよ」


所変わり、学園内のカフェテラス。マーサ、シベル、竜崎の3人は食後の一杯を嗜んでいた。と、その時ニアロンが何かに気づいた。


―お!見てみろ清人!―


「?なんだ? あれは…」


ニアロンが指さした先には、歓談しながらどこかへと歩いていくさくら達。そしてその後ろからコソコソとハルム&クラウスがついてきていた。


「まだやってるのか…。そろそろ止めさせるか」


立ち上がり止めに行こうとする竜崎。そんな彼をニアロンはぐいっと押さえつけた。


―よく見ろ、もっと後ろだ―


ハルム達の更に後方、そこにはエーリカが居た。召使を従えることなく、1人で尾行まがいのことをしているではないか。


―これは面白いことになりそうだ…!清人、もうちょっと放っておけ―


「えー…わかったよ」


少し不安を感じながらも、渋々承諾する竜崎。そして、彼らは気が付かなかった。さくらを追うハルム達を追うエーリカの様子を建物の影から見ていたがいたことに…。



「エーリカさん…急に会食をお断りされたと思いましたら…」

「何をしておられるのでしょう…?」

「わかりませんわね…」


高貴な、可憐な雰囲気を漂わせた集団。彼女達はエーリカの友人である貴族令嬢達であった。

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