235話 対 風の上位精霊シルブ 後編

―はぁ!?―


落ちていくさくらを見て、ニアロンは素っ頓狂な声をあげる。急いで追いかけようと竜崎の身体を叩くが…。


―…!? おい清人、なぜ動かない!?―


竜崎は腕を組み、ただ目でさくらを追うだけ。ニアロンにバシバシと頭を叩かれ、ようやく口を開いた。


「さくらさんには策がある様子だった。なら、これもその一部だと考えるべきだよ。エーリエルもいるし、もしもの時はなんとかなる」


「勿論、任せてリュウザキちゃん。私の作ったフィールドは、優しくあの子を跳ね返すわ」


ニアロンを宥めるようによしよしと撫でながら、エーリエルはそう歌う。仕方なしに目を戻すニアロンだったが、ふとシルブの様子に気づいた。


―む、シルブの奴も追いかけ始めたな―





「キョエ!?」


大丈夫と言っていた母親さくらが僅かに目を離した隙に落下している。驚き慌てたシルブは彼女の元へ一直線に降下を始めていた。


「良かった…来てくれた…」


それを見たさくらはほっと胸を撫でおろす。作戦の第一段階は成功。だがぼーっとしている場合ではない。急ぎ次の行程に移る。


「『我、汝の力を解放せん―』!」


浮遊魔術に集中力を割かれ限界突破機構が使えないのならば、。心に幾ばくかの余裕を取り戻したさくらは起動した限界突破機構に手を当て念じる。


「さっきの風の感覚を…!」


思い浮かべるは、エーリエルの風により空中を漂ったあの記憶。体を包むように下から吹き付けるあの感じ。


シュルル…!


ラケットの上には巨大な風の塊が宿り始める。しかし短時間の詠唱、かつニアロンの補助なしのため、竜巻を壊せるほどの力はなく、形も横に広がり潰れた円形。


だがそれでいい。その一撃はシルブにぶつけるためではないのだから。




「上手くいって!」


さくらは作り出した風の塊を、真下へと勢いよく放つ。真っ直ぐに落ちていったそれはエーリエルの風の壁にぶつかり、吹き戻される。巨大ゆえに消滅はせず、打ちだされた威力そのままさくらの元へと戻ってきて…。


ブオッ!


「うっ…!」


彼女の身体を力強く吹き上げた。



「!?!?!?」


シルブは混乱した。落下してゆくさくらが何かをしたかと思ったら、怒涛の勢いで迫ってくるではないか。回避も反撃も間に合わず…。


ボスッ!

「わぷっ…つ、捕まえた!」


さくらは見事、シルブの身体にしがみついた。





「ケェエエン!!!?」


飛びついてきた彼女に驚き、シルブは暴れ出す。翼をはためかせ、空中をぐるんぐるんと。常人ならばたちどころに弾き飛ばされているところだが…。


「くっ…これぐらいなら…!」


なんとさくらは懸命にしがみついていた。オグノトスで行ったウルディーネの縦横無尽なる操縦、そしてレドルブでのオズヴァルドによる荒い竜運転という経験が功を奏したのだ。


とはいえ長くは持たない。彼女は必死に身体を張りつかせながら、ラケットを握り直し―。


「騙しちゃってごめんなさい!」


動きを止めるために力を籠め、しかしながら出来る限り傷つけぬよう、シルブを叩いた。




「ギャッ…」


神具の鏡で強かに打たれたシルブは気を失いきりもみ回転をしながら落下していく。当然、さくらも共に落ちた。


「きゃあああああ!」


彼女は思わず悲鳴をあげてしまう。手の力が緩み、シルブから離れてしまったのだ。と、そんな時だった。


「よっと!」


さくらの身体が何者かに支えられる。この感触は…!ハッと顔を上げるさくらが捉えたのは、竜崎達の顔だった。


「お見事さくらさん!いい作戦だったよ!まさかエーリエルの壁を活用するとは!」


―全く、少しひやひやしたぞ?―





落ちていったシルブの方はエーリエルが助けており、一安心するさくら。だが変わって、急に不安と悔悟が彼女を包んだ。


「良かったんでしょうか…あんな騙すようなやり方で…」


わざわざ心配して寄ってきてくれたシルブを裏切るかのような戦法。シルブはおろか竜崎にも上手く顔向けできず、さくらは沈み込んでしまった。


だが、竜崎達から返ってきたのは意外な返答だった。


「そう?普通のシルブが相手だったら、落下していくさくらさんを見て絶好な機会と言わんばかりに飛び掛かって行くだろうし、シルブが追いかけるという結果は同じだったと思うよ」


―なんだ、そんなこと気にしているのか。私がさくらなら弱ったふりをして、寄ってきたシルブに直接飛び移るがな。その方法は思いついていたか?―


「え、まあ…はい…」


ニアロンの問いに、さくらはゆっくり頷く。だがそれをしなかった理由は一つ、あまりにも卑怯過ぎるから。その罪滅ぼしのため、わざわざ賭けでもある危険な方法をとったのだ。


さくらがそのことを伝えると、竜崎は微笑んだ。


「ならそれは、出来うる限りの『敬意』をシルブに払ったという事でもある。立派だよ」


「でも…」


「シルブがどう思っているか、だね。なら本人に聞いてみるのが早いさ」


そう言い、竜崎はさくらを立たせる。丁度、シルブがエーリエルに連れられ戻ってきたところだった。


「クルル…!」


さくらの様子を見たシルブは、慰めるかのようにその顔を彼女に擦りつける。


「許してくれる…?」


おずおずと聞くさくら。するとシルブの身体から魔法陣が浮き上がり、さくらの身体に入っていった。


「これって…契約成立の…!」


―精霊と本契約を結ぶ際に何故戦わなければいけないのか。それは精霊が『この主ならば付き従っても良い』と認める必要があるからだ。つまりさくら、お前はシルブに認められたということだ―


「―!いいの…!?」


ニアロンの言葉に、さくらはシルブの顔を見つめる。すると彼は嘴でさくらを軽く掴み、自らの背に乗せ…。


「ケエエン!」


一声高らかに鳴き、ばさりと飛びあがった。まるで、「これからはこう乗ってね」と言うように。





「良かった良かった、一安心。あの子シルブこの地風易の地に永住ね。さくらちゃんの寿命が尽きるまで、又は元の世界に帰るまで。あの子は私が守りましょう」


「ありがとうエーリエル。戦うフィールドまで作って貰っちゃって、感謝しきれないよ」


竜崎達はそう会話しながら、空高くで遊覧飛行を始めるシルブとさくらを笑顔で見上げるのだった。

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