234話 対 風の上位精霊シルブ 前編
「そんなさも当然のように…」
―やらないのか?―
思わずツッコむさくらに、ニアロンは拍子抜けという顔を向ける。一方の竜崎はさくらの肩を持ちつつも、一つの情報をくれた。
「勿論やらなくても大丈夫だよ、危険なことではあるしね。ただ、これはチャンスだと思う。以前見た似た条件の記録によれば、動物の『刷り込み』のような現象が起きて契約が比較的楽に済んだらしい」
「へえー…やってみます!」
そう言われればやってみたくなるもの。さくらはラケットを手に進み出る。
そもそも、別にやりたくなかったわけではない。人の身では到底敵わないはずの
「あらまあそうなの、戦うの! ならしっかりと安全な、フィールドを作ってあげましょう」
にっこりと母性ある微笑みを湛えたエーリエルは、大きく手を広げ羽ばたくように動かす。すると周囲を囲んでいた竜巻は瞬時に消滅し、代わりに風が壁を作り出す。完成したのは巨大な球形の空間。もし端に吹き飛ばされても、壁替わりの風が優しく吹き戻してくれるだろう。
「さあさあそろそろさくらちゃん、風の加護を外すわね。空飛ぶ用意をしてちょうだい」
「え、あ、はい!」
エーリエルが手をパチンと合わせると、始まりの合図と捉えたシルブは飛び上がり、風で浮いていたさくらの身体はガクンと落ち始める。急ぎ浮遊魔術を詠唱し、事なきを得るが…
「くぅぅ…」
やはり、浮くだけが精いっぱい。昼休みや放課後等、隙間時間に竜崎やメスト達と共に練習したおかげか、独力で高度を維持することはできるようになった。だが、動けないのだ。このままではシルブの攻撃をもろに食らってしまう…!そう思い前を見ると…。
「クルル…」
「えっ…!?」
なんとシルブの顔が目の前にあったのだ。
心配そうにのぞき込むシルブに、戸惑うさくら。だが困惑しているのは彼女だけではなかった。
「…もう契約が済んだ、というわけじゃないよな」
―エーリエル、攻撃しないように命じたのか?―
竜崎達の視線が一斉に集まる中、エーリエルは呼んだもう一匹のシルブを撫でながら首を横に振った。
「いいえ、いいえ。私は何もしてないわ。さくらちゃんはお母さん。きっとそう認めたのよ」
母親になった実感なぞ無いが、有難いことである。もしかしたらこの流れで楽に行けるのでは?そう考えたさくらは恐る恐る聞いてみた。
「えーと…契約してくれる?」
「ルルル…」
残念そうに嘴でさくらを押しやるシルブ。どうやら駄目ということらしい。仕方なしに武器を構えると、シルブは満足げに高くに上がった。
改めて、試合開始である。悠々と飛ぶシルブに対して、さくらはとりあえず魔力で作り上げた球を打ち込む。神具の鏡の効果で強化された一撃は弾丸の如く突き進むが…
「ケェン!」
シルブは軽やかに羽を翻し、すいっと躱す。そして、「次はどうする?」と言わんばかりに見つめてきた。
ならば、と今度は連続打ちをしてみる。浮遊魔術に集中力の大半を持ってかれている現状、そう大量に、強く打つことは出来ない。神具のおかげでそこそこの威力は出せるのだが…
「ケェエエン!」
羽ばたき一閃。シルブが巻き起こした風により、球は全てあらぬ方向へ。遠くにある風の壁に吹き戻され、シュウウと消えてしまった。
「駄目かぁ…」
歯噛みするさくら。と、ニアロンから野次、もとい助言が飛んできた。
―気を付けろ、さくら。シルブに宿るお前の魔力は今この瞬間も入れ替わっている。早めに倒さなければシルブは徐々にお前のことを忘れるぞ―
「こら、焦らせるなっての!」
慌てて竜崎がニアロンの口を止めるが、既に遅い。今でこそこちらの様子を静かに窺ってくれているが、時間が立てば立つほど攻撃してくる可能性が高くなる。そのことを理解してしまったさくらの内心は俄かに焦り始めた。当然、集中力は削がれ…
「わっ…!!」
再度身体がガクンと落ちる。なんとか必死に耐えるが、精神はすり減る一方。
「クルル…」
と、またもやシルブはさくらの様子を窺いに近くに。嬉しいんだか悲しいんだかなさくらは必死に頭をフル回転させた。
ふと、ある作戦が浮かぶ。だがその内容は…。
「ちょっと卑怯かな…」
悩むさくら。だが『限界突破機構』を使う余力がない現状、これしか策はない。
「やってみる…うーん、でも…」
卑怯云々の前に、賭けである。失敗したら二度とチャンスは巡ってこないかもしれない。と、そんな時だった。
「さくらさーん!」
飛んできたのは竜崎の声。彼は声を張り、さくらに呼びかけた。
「策があるならやってみよう!搦め手不意打ち、それも一つの『知恵』で『戦法』だ! なにせ相手は普通じゃ敵わない強大な存在だもの。臆することなく、怖がることなく試してみて!」
―清人、若干エーリエルの口調うつってないか?―
「え、そう?」
その会話を聞いたさくらは思わずクスリと吹き出す。どうやら竜崎にはお見通しだったらしい。彼らの会話で大分心も和らいだ。
「やってみよう…!」
もし失敗しても、『万水の地』の時のように手厚く守られるであろう。さくらは大きく深呼吸をし、シルブへと微笑みかけた。
「ごめんね、もうちょっと付き合ってね」
言葉を理解したのか、シルブは羽ばたき高く飛ぼうとする。それを確認し、さくらは作戦を実行に移した。
「…ごめんね!」
フッと体の力を抜く。それは即ち、浮遊魔術を解いたということ。当然、さくらの身体は…真っ逆さまに地の底へと落ちていった。
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