221話 レドルブ奪還戦⑩

「魔力保持量が少ないってのもたまには役立つなぁ。転移魔法陣の番人やってなきゃこうもすぐに駆け付けられなかったぜ。これで魔王様に褒めてもらえるってもんだ」


矢と槍が剣山の如く突き刺さった瓦礫をつつくサモ。全く反応がないことを確認し、死体を掘り出そうとした時だった。


ゴッッ!


「うおっと!?」


突如瓦礫が弾け飛び、鋭い一閃がサモを襲う。彼は身をよじらせ間一髪回避、トライデントを構え直した。


「外しちゃった」


瓦礫の下から飛び出してきたのは勇者。全身に細かな切り傷を負っている。続いてガラガラと音を立て出てきたのは残りの三人。全員僅かな怪我を負っているものの、ピンピンしていた。


「参ったのぅ…。あと少しのはずじゃったのに…」


ぼやく賢者。それを掻き消すようにニアロンが声を張った。


―囲まれてるぞ、気を付けろ!―


瓦礫の奥から聞こえるは唸り声や鎧のこすれる音。勇者一行の周りにはこれでもかというほど魔獣や兵士が集まっていた。


「おぉ!グレミリオが回してくれたのか。気が利くねぇ」


勇者一行のまさかの無傷っぷりに驚いていたサモだったが、大量の増援に気勢を取り戻す。


「さぁいくぞぉ!」


彼は大きく号令をかけ、魔獣達共々勇者一行に飛び掛かった。





「くっ…!」

「全然減らない…!」


苦戦する竜崎達。いくら魔獣達を倒したところで無尽蔵に湧き出してくるのだ。今までの戦闘とは段違いの数である。


それだけではない。サモが操る水が地面を濡らし、服を重くする。そのせいで上手く戦えていない。幸いサモ自体は勇者が相手してくれているが…。


「はっ!」

ギィンッ!

「おっとっと!」


流石は魔王軍幹部、その槍技は流水の如し。勇者の剣技を流麗に受け流していく。


加えて作り出した水を鎧の如く纏い、盾の如く固め、矢の如く撃ちだし、鎖の如く相手に巻き付かせてくる。アルサーに『水の魔術全般に長けている』と評されただけはあるのだろう、勇者のここぞの一手は全て防がれていた。


そんな彼は魔力の保持量が少ないはずだが…。


「―たく、いくら技を繰り出しても全て払われるとは恐ろしいダークエルフだよ…ヒルトラウト相手の方が何倍も楽じゃないか。おかげですぐ魔力尽きちまう…!」


そうぶつぶつと漏らしたサモは突如飛び上がりどこかへと。勇者が追撃しようとするが…。


キュンッ!キュンッ!キュンッ!


交代するかのように降り注ぐは魔力矢の雨嵐。ヒルトラウトのものである。行く手を阻む柵のように次々と突き刺さり、勇者は戻るしかなかった。


サモが戦っている間にヒルトラウトが魔力矢の生成を行う。そしてサモが魔力補給へ向かった際にヒルトラウトが援護として生成した矢を勇者一行へと撃ち込む。魔力保持量の少なさと魔力矢生成の手間、互いの弱点を見事にカバーした連携攻撃に突破口が見つからず、勇者一行はじりじりと追い込まれていく。



「ふむ…どうしたものか。このままでは本当にリュウザキ達を守れなくなってしまうのぅ…」


他のメンバーを守りながら戦う賢者は眉をひそめる。このままでは体力が削られ蹂躙されるのは目に見えていた。そこで彼は一策を講じた。


「少々賭けじゃが…この距離ならばいけるじゃろう。アリシャ、面倒じゃがもう一度サモの奴を魔力補給に戻らせてくれい。ニアロン、アリシャの武器にな…」


―ほうほう、わかった―


賢者はニアロンに何かを耳打ちし、彼女は了承した。それを確認すると、賢者は竜崎とソフィアにあるお願いをした。


「ワシはちょいと術式を練る。その間援護が思うように出来なくなるでな、気を付けるんじゃぞ」


「え、は、はい」

「ミルスの爺様、一体何を…」


その問いに答えることなく、賢者は詠唱に入る。よほど集中しているのか、皺だらけの彼の顔は更に皺が寄り、鬼気迫る様子に。


「お待たせぃ!さ、続きだ続きだ!」


そんな折、魔力を補給し元気いっぱいとなったサモが戻ってくる。それに合わせ、ニアロンは賢者の指示に従った。


―よし、アリシャ頼んだぞ―


「わかった」


ニアロンの魔術によって青い光に包まれた剣を構え、勇者はサモに突撃、一閃。するとその太刀筋からは水が鋭く飛び出した。


「お?水の力を付与してるのか。目には目を、水には水をってか?俺に通用するかよ!」


対抗するように、サモは自らが纏う水の形を変え防いでいく。しかし…。


「おいおい…!まだ全然弱ってねえじゃんか!」


勇者の武器の振りは疲れで遅くなるどころか、寧ろ加速していく。サモも全力を以て捌いていくが、先程補充した魔力を防御に回さなければ身を守り切れないほど。竜崎達を狙う暇なく魔力が底をついたらしく、同じように撤退を始めた。


勇者もまた追いかけようとするが、ニアロンによって止められた。


―追うフリだけしとけ、目的は果たしたんだ。 ミルスパール、どうだ?―


「あぁ、準備は終わったぞい。はどこにいるかの?」


―ちょっと待て。気づかれないように極力弱くしたからな、感知するのに少しだけ時間をくれ。…冷や冷やものだったぞ。武器に付与した水の力に精霊を紛れさせ、あいつにくっつけるのは。アリシャの猛攻のおかげで気づかなかったようだが―


その会話に竜崎とソフィアは唖然とする。どうやら精霊にサモを追跡させたということらしい。しかしこの後どうするのか。竜崎達が問うよりも先に、目を瞑り集中していたニアロンが再度口を開いた。


―むむ…。城の二階、あそこの魔獣達が出てきている崩れた壁の奥の奥辺りだな。城の見取り図からして、転移魔法陣のある部屋だろう―


「やはり元からあった転移魔術式を転用しているようじゃな。魔力補給もそこで出来るのじゃろう。一石二鳥で有難いわい」


一石二鳥?首を傾げる竜崎達。ふと、彼らは気づく。賢者の杖に強い輝きが宿っていることに。


「ではニアロン、リュウザキ達の保護は任せたぞい」


―おうとも―


賢者の指示に、ニアロンは勇者、竜崎、ソフィアを抱き寄せ厚手の障壁を張る。魔獣達は一斉に襲い掛かるが、びくともしない。


「ミルスの爺様!何を!」


ただ一人障壁の外に出ていた賢者はソフィアの声ににこりと微笑む。そして、勢いよく杖を地面に突いた。


オオオオオオ…!


空気を震わせ、曼荼羅のように複雑な魔法陣が幾つも現れる。地に、そして空中に展開されたそれらは周囲から光の粒のようなものを吸収し輝き始める。そしてその光は一筋の光線となり、賢者の掲げた杖先へと収束していく。


「眩しい…!」


全てを照らすかのような強く眩しいその輝きに、竜崎達は目を瞑りかける。周囲の魔獣達や遠くにいるヒルトラウトも目がやられたのか、攻撃が鈍った。


「ちょっちょ!?何してるんだ爺さん!?」


丁度魔力補充を終え戻ってきたサモは慌ててトライデントを賢者に向ける。だが当の賢者は不敵な笑みを浮かべた。


「惜しいのぅ。もう少し長居してくれれば良かったのに」


「何を…!? とりあえずその光を止めろ!」


「もう遅い。我が魔術の集大成が一つ、とくと見るがよい!『収束魔導術砲』!」


掛け声と共に、賢者は杖を転移魔法陣がある部屋の方向へと突き出す。次の瞬間、杖先を大きく囲むように巨大な魔法陣が複数展開、それらが直列に重なった時だった。


カッッッッ!!!!


閃光と共に杖先から放出されたのは超極太の光線。城を貫き、雲を割り、青空を突き刺した。余波すらもすさまじく、賢者の近くに纏わりついていた魔獣達は根こそぎ溶け消えた。


「は…」


数秒の後に光線は止まり、視界から眩い光が消える。その後に現れた景色に、魔王軍兵はおろか、竜崎達も絶句した。


既に至る所が壊されていたとはいえ、まだ城としての佇まいを残していたレドルブ城。そんな城のどてっぱらに、巨大な竜が複数同時に通り抜けられるほどの風穴が開いていたのだ。


賢者はうぅんと腰を伸ばすと、とことこと竜崎達のいる障壁の中に。そして一言。


「さ、崩れるぞい」


彼の言葉に従うように、風穴によって自重を支えきれなくなったレドルブ城は崩壊を始めた。

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