217話 レドルブ奪還戦⑥
「これも…これも…!全部魔王軍のだ…!」
鎧武具を拾い上げては打ち込まれた模様や銘を確認していくソフィア。その全てが魔王軍が身に着けているものと一致していた。
それが示すのは一つ。ここは魔王軍が接収し使っていた工房だったということである。建物が奇跡的に壊れていなかった理由や、通りに死霊術の罠が張っていた理由も恐らくはこれであろう。幸い人は全員逃げ出しているらしく、自分達以外がいる様子はなかった。
「これがあればなんとかなるかも…!」
この状況でなんたる僥倖。鎧を纏えば死霊兵の猛攻を凌げるかもしれない。早速着てみようとするソフィアだったが…。
「すごく重い…! こっちのは軽いけど…鋼の質がすんごく悪い…!これじゃあ矢が貫通しちゃうじゃないの!」
所謂緊急の大量生産品。装備するのも使い捨て兵である人獣達なのであろう、工房の娘であるソフィアが苛ついてしまうほどに質が悪かった。
あれはこれはとひたすらに確認するが、その全てが粗悪品。絶望交じりにソフィアは手にしていた兜をぶん投げる。ガァンと石畳にぶつかりめこりと凹んだ兜を一瞥することなく、彼女はその場にしゃがみこむ。
「どうしよう…」
一縷の望みは細切れに。開けっ放しの工房の扉からちらりと見えるのは未だ意識を取り戻さぬ竜崎。自分だけなら死んでもいいかもしれない。だが、彼を助けなければ…。
「キヨト…私、どうしたら…」
顔に手を当て、誰にも聞こえない声で呟くソフィア。そんな時だった。
「あ…。キヨト確かあの時…」
ふと、思い出したのはある日の竜崎との会話。彼は『ロボット』というものについて熱く語っていた。物凄く単純にいえば、人がゴーレムを纏うようなものか。そんな物の概念はこの世界にはなく、彼の話にソフィアは目を輝かせて聞き入っていた。
魔術を使えなくても、自らより何倍もの大きな腕を自由自在に動かすことができる。いくら攻撃が撃ち込まれても、堅牢な鋼の身体でそれを弾く。手にした専用の武器で敵をバッタバッタとなぎ倒していく―。
「まあ現実にはあり得ないんだけどね」
竜崎はその話をそう締めくくっていた。少し残念そうに、されど僅かな希望を今でも信じているように。
「もし…それを作れるのならキヨトは私のしたこと許してくれるかな…」
幾度と迷惑をかけたお詫びとして、ここから逃げ出す手段として。今目の前にあるのは山の様な素材と整った設備。大したものは作れないだろうが…!
「ニアロン!」
―なんだ、ソフィア―
「もうちょい、迷惑かけるわね!」
ボウッと炉に火を入れる。豊富にあった精霊石や石炭のおかげで即座に窯は高温へと。出ていく煙は狼煙代わりにもなるだろう。
素材を鋳溶かし、木材を組み合わせ、紐を紡ぐ。その全てが時間との勝負。いつ敵が雪崩れ込んできてもおかしくない状況。そんな中ソフィアはかつてないほどの集中力を発揮し、瞬く間に作業や改良を進めていく。『才気煥発』…その言葉がぴたりと当てはまるかのように。
「出来た…!」
僅か1時間。完成した代物を前に、ソフィアは大の字になって倒れこむ。
そこに立っていたのは、鈍く輝く妙な形の鎧。不自然なことにその両腕は背に回されている。その先に篭手は装備されておらず、代わりに鎧の背中に取り付けられた『ある物』を支えるようにくっついていた。
その『ある物』とは人1人が入るほどの大きな箱である。その箱は全ての面が盾で覆われ防御されていた。
そうこれは、竜崎を運ぶためだけの専用の鎧。即興で作り上げられたそれは支えるための紐や素材の色が剥き出し。お世辞にも『ロボット』と言える代物ではない。だがそれでも、最低限の目的は果たせる。
「よし…!やってやるわ!」
疲れた身体に鞭を打ち、鎧を着こむソフィア。驚くニアロンと共に竜崎を背の箱に詰め込む。
「ごめんねキヨト、ちょっち我慢してね。 ニアロン、強化魔術ならかけられる?」
―あぁ。障壁に比べたら魔力消費は少ない。それに清人も小康状態だ―
「なら全力でキヨトの身を守って! 行くわよ…せーの!」
ゴツンゴツンと物言わぬ死霊兵達が固く閉ざされた扉を叩いている。堅牢だったその扉も、今や大きく抉れ、割られる寸前。と、そんな時だった。
ガコン…ギイイイイ…
沈黙していた扉が開く。好機とばかりに死霊兵は雪崩れ込むが…。
「…せーの!」
ドッゴオオン!
突如爆発が起きる。骨や腐った死体でできた死霊兵は一気に蹴散らされ、細かく飛び散った。もうもうと立ち昇る煙の中からぬうっと現れたのは、妙な形をした鎧。ソフィア達である。
「上手くいった…!爆弾の残弾はあと5個…。さっさと逃げなきゃ!」
ソフィアは迫る敵を一瞥すると、ガシャンガシャンと音を立て逃げ出す。死霊兵達はすぐさま鎧に向け矢を射るが…。
カキンカキン!
「ニアロン、どう?」
―全て弾かれている。強化魔術がなくとも問題なさそうだ。やるなソフィア―
鎧の背負う箱だけではなく、鎧そのものの頭部や足部にも矢が刺さる気配はない。それを見るや否や、死霊兵達はぞろぞろと道を阻み始めた。
「邪魔よ!」
と、ソフィアは腕をごそりと動かす。するとプチンと音がし、鎧の腰に着いていた玉がごろりと転がる。
「食らえ!」
彼女に勢いよく蹴られ、ゴロロロと転がっていった玉は死霊兵の元に着くと…
ドッゴオオン!
爆発。そして骨が飛び散る。鎧はそれを確認すると煙の中を突っ切っていった。
「キヨト、今度は私が守るからね!」
強い決意の言葉を呟きながら―。
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