201話 迎え撃つ⑥

「大丈夫だった?」


と、そんな中戻ってきたのは竜崎達。友からの問いに、魔王はフッと笑う。


「当然だ。我を誰だと?」


「さすが魔王様、だな。でもほどほどにしておけよ。ラヴィが心労で倒れるぞ?」


「今しがたも叱られたばかりだ、気をつけよう」


軽口を叩きあう竜崎と魔王。そんな中、賢者は竜崎に問う。


「強化魔獣の手応えはどうじゃったかのリュウザキ」


「はい、やはり賢者様が戦った『謎の魔術士』が作りだした魔獣に似ています。見た目や性格こそ変貌しているものの、生物的には元の動物達と変わりはありません。急所も同じでした。ただ…」


その先はニアロンが引き継いだ。


―中には肉体の変化に耐えきれず自壊をし始めている獣もいた。学園に攻めてきた魔猪やオグノトスの霊獣『白蛇』とは様子が違うな―


彼女のその口ぶりから、獣達を救うことは不可能だということも暗に伝わってくる。使い捨ての兵として強化されているようだ。


「あの、ところでその魔獣達は…」


ふと竜崎達を追いかけてくる獣が一切いないことに気づき、さくらは竜崎に質問する。


「あぁ、魔王が作った罠をノウムで改良して押さえつけてるよ。でもそろそろ開放しなきゃ無理やり乗り越えてくるかも」


「ふむ、ならば少し暴れるか」


魔王の提案に、竜崎達はコクリと頷いた。





「ブルルル…!」

「ギャウウ…!」

罠に捕らえられ苛立つ獣達。しかも先程まで戦っていた人間が急に姿を消し、代わりに作り出された高き岩壁が道を阻んでいたのだ。先頭集団はそんな邪魔くさい壁に力任せにぶつかることでなんとか壊そうとしていたが…。


ズズズズ…バサァ…


突如岩壁は震え、砂となり崩れ落ちる。ゲートが開いた競走馬の如く、開けた視界へ一斉に飛び出す夥しい数の獣達。吠えすさび我こそ先に獲物を喰らおうといきり立つ彼らが視認したのは…。


「ラヴィ、我の背は託すぞ」


「はっ! 御身には傷一つつけさせません!」


―やる気満々だな。やっぱり好…―


「ニアロン、黙っとけ。さ、アリシャ。もう一度やろう」


「うん、やろうキヨト」


魔王、ラヴィ、竜崎、勇者。標的であるはずの彼らが目の前に堂々と立ちはだかっていた。


「かかれ!」


魔王の号令に合わせ、竜崎達は一斉に立ち向かっていった。



今まで守っていた慰霊場から距離が開き、周囲に広がるのは平原。戦いやすくなったと言わんばかりに竜崎は上位精霊達を続々召喚する。横から逃げないように火で、水で、風で、土で獣達を誘導し、漏れた魔獣達を屠り去っていく。


広がることを許されなくなった獣達は自然とぎゅうぎゅう詰め。何人も割って入ることを許されないほどだったが…。


「フゴッ!?」

「グエッ…!?」


突然、群れの中央部が割れる。正確には謎の力により獣が無理やり左右に分けられたのだ。モーセの奇跡のように作り上げられた道を悠然と進むのは魔王、そして騎士のように付き従うラヴィ。獣達は手足や顔を伸ばして殺さんと勇むが、体が固められ思うように動かない。そうこうしているうちに魔王達ははピタリと足を止めた。


「ここいらで良いか。ラヴィよ」


「はっ!」


言うが早いか、ラヴィは身の丈より大きい二振りの巨斧を構え、空気が揺らぐほどの闘気を溜める。そして―。


「はぁあっ!!」


渾身の力を籠め、薙ぎ払った。


ゾッッ!!


その勢い、鬼神の如く。発生した二つの円弧状の斬撃は固まる魔獣達を悉く両断していく。魔王から見て右側にいた魔獣達は相当数が片付けられた。


「見事だ。いつ見ても鮮やかなものだな」


「恐縮です。ですがこのような見せ場を作って下さった魔王様のお力あってこそでございます!」


「我はお前が力を揮える様に魔獣を押しのけただけ。流石は我が誇りだ、ラヴィ」


「―! 身に余る光栄です! ではもう片側を…」


声の調子が一段上がった彼女がウキウキしながら武器を構え直した時だった。


ドゴォオオオッッ!!!


魔王左側にいた獣達が爆風と共に掻き消える。後には削れた地面のみが残った。


「は…?」


呆けるラヴィと苦笑する魔王の元にスタスタ歩いてきたのは、勇者。彼女もまた、一刀で薙ぎ払ったらしい。竜崎に力を付与してもらったのか、その剣はバチバチと輝いていた。


「やっぱり力を自由に揮えるのは楽…」


少し楽しそうに微笑む彼女。まさに桁違いの力である。


「まだ来る」


と、未だ森を抜け大群で迫ってくる獣達に向け飛び出していく勇者。


「負けていられないな、我らも行くぞ!」


「承知!」


魔王とラヴィはそんな彼女を追うように地を蹴り駆けて行った。



その様子をさくらは賢者と共に空中で観戦していた。


「凄い…!」

「全員が強いと楽できて良いわい」


一騎当千の彼らの勢いは凄まじく、事態はこのまま終息すると思われたが…




カッ!


突如、森の奥が大きく輝く。と、賢者がピクリと反応した。


「巨大な生体反応じゃと?これは転移か…! 全員気をつけよ!」


「グオオオオオオォオ!!」


賢者の喚起に続くように、響き渡るは竜の咆哮。そして―。


「なに…あれ…」


唖然とするさくらの視界に映ったのは、巨大なる竜。ぬうっと上げられた首は背の高い木々を軽々と凌ぎ天を仰ぐ。その体は神竜ニルザルルほどの巨体ではないが、それでも小さな城と同等な大きさはある。


翼が生えていないその竜は、長い体を揺らし4本の足で木々をなぎ倒しながらこちらに迫ってくる。その一歩は大きく、放っておいたらすぐに慰霊場にたどり着きそうである。


そんな巨体が近づいてきていたのならばもっと早く気づいていたはず。だが本当に突然現れたのだ。賢者の言う通り、転移してきたということか。


「グルル…!」


と、竜は唸ったかと思うと、首を少し後ろに引く。そして―。


ボウウウウッ!


極太の火炎を凄まじい勢いで吐き始めた。


足元の木々は瞬時に燃え、それに追われる形となった獣達は死にもの狂いで走り来る。


「ウルディーネ!」


急いで竜崎が消火していくが、巨大竜は再度口を開き火を吹き出す。キリがない。そんな時だった。


ヒュルルルッ!


突如、さくらの背後から何かが大量に飛来する。まるでミサイルのようなそれらは空に軌跡を描きながら突き進み、丁度閉じていた竜の口へと次々と着弾した。


「ムグウウ…!?」


どうやら粘着弾らしく、口が開かなくなった竜はまごつく。


「あれって!」


さくらが声を上げると同時に、ミサイルが飛んできた方向から大型の飛来音が聞こえる。そちらを見やると、なんと飛んできていたのは機動鎧。空中でジェットをふかし、浮かぶさくら達の真横に軽やかに止まった。ということは…。


「ソフィアさん!」


「待たせたわね!避難、済んだわよ!」

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