157話 預言の一行結成⑤

ダークエルフ、『アリシャ』はその後の試合も無双状態。各国の名だたる騎士兵士を、勇猛果敢な傭兵を、偉大なる魔術士を、全員容易く屠り去る。


しかもその戦い方が尋常ではない。相手の最大の一撃を引き出してから初めて反撃にうつるのだ。渾身の一刀、巨大な召喚獣、全方向からの魔術攻撃…。それらを躱し、いなし、弾き返す。勿論、使っている武器は用意されていた普通の武器。


相手としてはたまったものではないが、その絵面こそまさしく『勇の者』。いつしか観客は彼女の名をコールするようになっていた。


そして予言の一行の3人もご多分に漏れず、アリシャに目を奪われていた。とはいえその内心は三者三様。竜崎青年は彼女の強さに見惚れているのだが…。


「あの人、凄い…!大会に納品した武器はどれも結構質が良かったはずなのに…全部数振りで…」


と、ソフィアは呟く。そうなのだ。ほぼ毎試合、彼女は武器を変えていた。それは闘いごとに壊してしまっているからである。相手の攻撃を流麗な動作で弾き、獣の首を一発で切り裂き、魔術を撃ち返すその過程でほぼ必ず武器は刃こぼれするか砕け散る。それは相手の力によるものか、アリシャの馬鹿力によるものか。王都の職人達が鍛え上げた武器の数々が壊れていく様をソフィアは悲しむどころか熱心に見つめていた。



そしてミルスパールはというと、またも顔をしかめていた。


「あの魔術紋はなんじゃ…?強化魔術のようじゃが…普通のものではない…」

アリシャの身体に時たま浮かび上がる謎の紋様。今まで見たことのないそれと、自らの記憶を照らし合わせ唸っていたのだ。ここ最近、自らが知らないことが起きすぎている。竜崎青年の来訪、予言の真偽、そして今闘技場で闘っている彼女の素性と紋様。いい加減思考放棄したいほどだった。唯一の希望は、彼女に悪意らしきものは見えないこと。そして竜崎青年がもたらしたエピソードである。それが彼女の性格を表しているのならば、少なくとも裏切ることはないはずだが。


「…まあもしもの時はワシが仕留めればいいかの…」





「優勝は…『アリシャ』!!!!」


結局彼女に敵う者はおらず、相手を軒並み潰した形で彼女は優勝を収めた。障壁が張ってあるというのにボロボロとなった闘技場内の様子は大会の凄まじさを語り、そこのトップとなったアリシャの実力を疑うものは誰もいなかった。王はそれを見て友であるミルスパールに語り掛ける。


「ふむ…彼女の肌色と浮かび上がる紋様は予言の一節『闇を纏う』に一致しておるな、ミルスパールよ」


「彼女で良いじゃろう。実力は充分じゃ」


「名前も我が国名に近いとなると、予言の信憑性が増す。決まりだな」


こうして彼女は正式に『闇を秘めた鋭俊豪傑たる勇の者』に選ばれることとなった。





これにて予言に選出された全員が揃った。初顔合わせである。


「初めましてアリシャさん!私はソフィア!よろしくね!」


まず元気に挨拶したのはソフィアである。一番に駆け寄った。


「貴方の武器、私が作って見せるわ!」


先程の闘いを見て匠としての火が着いたらしい。相手の手をギュッと握りしめブンブンと振った。


「ん、よろしく。ソフィア」


優しく微笑むアリシャに応えるようにソフィアも笑った。



彼女に続き、他二人(三人)も自己紹介を行っていく。


「ワシはミルスパール・ソールバルグ。『賢の者』じゃ」

「竜崎清人と言います、よろしくお願いします」

―ニアロンだ。清人の身体に間借りさせてもらっている―


「ん、よろしくね」


と、竜崎青年は恐る恐る手を挙げた。

「あ、あの…アリシャさん。私のこと覚えていますか…?」


それを聞いた彼女はコクンと頷いた。


「うん、この間精霊石を落としてたね」


しっかりと覚えていたようだ。すると竜崎青年の肩をソフィアが叩いた。


「あ、アリシャさん。こいつのことはキヨトって呼んだげて!」


「え…!」


驚く竜崎青年を余所に、『勇の者』は快く了承した。


「ん、そうする。宜しくね、キヨト」


すっと伸ばされた手を、竜崎青年は握る。試合中に見せた剛力はどこへやら、彼女の手は優しく温かかった。






残りは国民に御触れを出すのみ。馬車に乗り一行は王宮へ。その道中だった。


「「―!」」


外を眺めていたアリシャと、読み物をしていたミルスパールが同時にピクッと反応する。


「アリシャよ」

「うん、2人をお願い」


短い会話を交わすと、アリシャは馬車をするりと飛び降り、ミルスパールは竜崎青年達に障壁を張った。


「何を…?」


青年が問おうとした時、ニアロンの言葉が飛んだ。


―耳を塞げ―


急いで指示に従う青年達。次の瞬間―。


ドッッッッゴゴオオオオオ!!!!


馬車は爆炎に包まれた。




「ひゅー!やるもんだなあ魔族の!」


「うるさい」


その様子を見ている者が二名。あの脱走した獣人と魔族であった。


「俺の言った通り、強硬手段に出て正解だったろう。優勝した奴を倒しちまえば自然と俺が『勇の者』だ!」


ヒッヒッヒと笑う獣人とは真逆に、魔族は黙りこくっていた。


「…」


「あん?どうした?」


「魔術を弾き返された」


巻き起こった砂煙が消えると、そこには無傷の馬車。それどころか御者も馬も無事である。


「な…!?」


呆ける獣人。そこに立っていたのは、全身に魔術紋を浮かべた『勇の者』だったからだ。



「障壁の必要は無かったのぅ。魔術が当たる直前に拳で殴り落とすとは力技ここに極まれりじゃな」


ふぉっふぉっと笑いながらミルスパールも馬車から出てくる。その後からは状況が分からず混乱気味の竜崎少年とソフィア。


「ではニアロンよ。2人を頼むぞい」


―任せろ―


ミルスパールはそうお願いをすると、シュッと姿を消す。それに合わせ、アリシャも勢いよく駆け出した。その進む方向は魔術が飛んできた側、つまり脱獄犯達のほうである。


「―!マジかよ!」


獣人は武器を構え身を守ろうとするが…。


ドゴォ!


「ぐえっ…!」


武器ごと数十mは吹っ飛ばされた。ハッと気づいた魔族が向き直るが、遅かった。


「こっちじゃ」


その背後にはミルスパール。先日と同じように魔術で気を失わせようとするが、魔族の相手はそれを紙一重でなんとか回避。死に者狂いで反撃をしてきた。


「これでも食らえ!」


作り出されたのは魔力で作られた鋭い矢。そして彼が狙ったのはアリシャでもミルスパールでもない。馬車を引いていた御者である。


「ぬかった…!」


雑兵と思い障壁を薄く張りすぎた。今放たれたその矢は恐らく障壁を貫通してしまう威力であることをミルスパールは察した。死にはしないだろうが無関係な者に怪我を負わせてしまう。急ぎ障壁を強化しようとするが僅かに間に合わない―。


バキッ…!


矢が突っ込み、障壁が割れる音。だが次に聞こえてきたのは御者の悲鳴ではなかった。


「はああっ!」


ジジジジ…!


男の子の声と、矢が何かにぶつかり擦れる音。御者を守ったのは竜崎青年だった。


―ふう、危ないところだったな―


ニアロンの力と精霊の力を合わせ、盾を形成。障壁を貫いたその鋭い一撃を彼はぎりぎり防いでいたのだ。安堵するミルスパールが急いで視線を戻すと、目の前にいた魔族と遠くで伸びていた獣人は姿を消していた。後を追ったらしくアリシャの姿も無かったが、少しして戻ってきた。


「逃がした」


「そうか…仕方ないのぅ。後は手すきの兵に追わせよう」


ミルスパール達が馬車へと戻ってくると、竜崎青年は気が抜けたかのように息を吐いた。突然飛んできた攻撃に反応できるほどには気を張っていたらしい。


「よくぞ守ってくれたの。流石は選ばれし『術の者』じゃ」


「やるね、キヨト」


ミルスパールとアリシャに褒められ、彼は少し照れくさそうに笑った。





「予言の者は出揃った!この世界に平和を取り戻すため、我らは彼らを希望を持って送り出す!頼んだぞ、予言に示されし一行よ!」


王は民へと高らかに宣言。竜崎青年達は響き渡る拍手と声援をその身に受ける。準備も済んだ。『勇者一行』の旅路はここに幕を開けたのだった。

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