―ソフィアの頼み事―

141話 ソフィアの頼み事

「機動鎧の輸送お手伝い、ですか?」


ソフィアに美味しいご飯を奢ってもらい、食後の一杯を堪能していたさくらはソフィアから本題を聞かされていた。


「そう。ちょっと前に近場の村々から機動鎧が次々に盗まれるって事件があったんだけど知ってる?」


―あぁ、学園に攻め入ってきたらしいあれか―


ニアロンの言葉にさくらはあの時のことを思い出す。大きな魔猪と共に機動鎧を着込んだ賊が学園へ押入ろうとしていたあの時の事を。幸いなことに、入り口で教師陣が食い止め(というか容赦なく蹂躙し)事なきを得ていた。


「そうそう、それそれ。んで、その盗られた村からまた購入依頼が来てね。数を揃えたってわけなのよ」


「それを運ぶ手伝いってことか。でもなんでわざわざソフィアが?」


「それにはちょっち理由があってね…」





「…ということらしいのよ」


「なるほどね。じゃあいつものってことか」


「流石キヨト、察しがいいわ!じゃあ…」


「勿論いいよ」


「やったぁ!」


竜崎の言葉に指をパチンと鳴らして喜ぶソフィア。そこへさくらは恐る恐る手を挙げた。


「あの、私も行っていいですか?」


「え。ちょっと危険なお願いなんだけど、さくらちゃん大丈夫?」


「はい!行きます!」


やる気に満ち溢れた返事を聞き、ソフィアは保護者役の竜崎を見やる。


「うーん。まあいいか」


彼は多少悩んだものも、頷いてくれた。ゴーサインを出したその背景にはさくらの気合を鑑みて、というのがあるのだが、当の本人は知る由もない。







ガラガラガラガラガラ…


配達当日。沢山の起動鎧を積み、荷馬車は進む。メンバーは『発明家』ソフィア、その娘マリア、職人ボルガ―、そして竜崎とさくらともう一匹である。


「ふわあぁ…」


さくらは思わず欠伸をしてしまう。結構早朝から出たのだ。既に日が昇っているが、まだ着く様子はない。


「ちょっとお腹空いたなぁ…」


そういえば朝ごはんを食べていなかった。ぽそりと漏らしたその一言を、敏感に拾った者がいた。


「お腹空きました? ふっふ~待ってましたその言葉!」


背後の荷台でボルガ―と共に鎧を弄っていたマリアである。こちらにこちらにと手を引かれ荷台へと移ったさくらの前に用意されたのはサンドイッチだった。


「お母さんと一緒に作ったんです!」


「わー!ありがとう!」


有難く頂くさくら。パクリと一口。うん、美味しい。


「お茶もお菓子もありますよ~!」


楽し気に次々と並べていくマリアは年相応な様子。とてもさくらが使っている武器を作った子とは思えない。気分は遠足である。最も、取り巻く環境のせいで打ち消されしまうが。


今さくら達が来ている服は汚れてもいいようにと貰った作業服。そして積み荷は鎧の部品。それだけでもだいぶ遠足感が薄れているのだが、加えてこの荷馬車を引いているのは…。


ガッシュガッシュガッシュ…ブシュウウ…


なんだろう。形容がしにくい。ただ、間違いなく言えるのは、あれは『』である。何十台もの機動鎧を乗せて相当な重量があるはずの荷台を引っ張りながら自走しているのだから。


とはいえその見た目は家庭用の乗用車ではない。無理やり知っているものに当てはめるならば空港で飛行機やら荷物を運ぶあんなやつ。ただ、外見は更に異様。スチームパンクとでも言えばいいのか。


ソフィア作、異世界自動車。工房を出る前に見せて貰った時、さくらの口は驚きで塞がらなかった。竜崎から聞いた話を参考に、独自に作った蒸気機関と魔術機構、精霊石に始まる幾つかの魔鉱物を組み合わせて車輪を動かすといった趣旨の解説を意気揚々とソフィアは説明してくれたが、残念ながら聞いていても?マークが浮かぶばかり。ともかく実際動いているのだ。いくら竜崎からの情報提供があったとはいえ、たった一人で作り上げるとは流石は発明家というところだろう。しかもこれ、中々にスピードが出ている。


と、気になっていたことを思い出し、さくらは荷台から顔を出す。


「竜崎さん、車の仕組み知ってたんですか?」


ハンドル(らしきもの)を握るソフィアと楽し気に会話していた竜崎は、さくらのその問いに振り向き答えた。


「いや、全く。そもそも私は車作成には反対だったんだ」





「そうなんですか?」


思わぬ解答に少しびっくりするさくら。それに同調するようにソフィアが頬を膨らました。


「そうなのよ。クラッカーや写真機とかについては協力的だったのに」


ぶーぶー言う彼女を宥めながら竜崎は釈明を始めた。

「環境問題がね…」



「あ、やっぱりそれが理由なんですか」

さくらは合点がいったとばかりに頷く。まあ大体想像はついていたのだ。竜崎はそうそう、と相槌を返し過去を思い出すかのように語り始めた。


「私がいた時は排気ガスによる環境汚染が凄かったから。自動で走る乗り物っていうのはこの世界の人達にしても夢のような話だろうけど、その夢の真実を知っている身からするとね…。この綺麗な世界を汚したくないから、あまり教えたくないんだ。ソフィアの趣味範囲で抑えて貰っているよ」


確かにこんなに空気が美味しく美しい世界を壊すのはいただけない。その考えにはさくらも賛成だった。


「でも今は大分環境に配慮された車が出てますよ。ガソリンじゃなくて電気とか、トウモロコシとかを発酵させて造るエタノールを使うものとか」


「へえー!実用化出来てるんだ、凄いなぁ」


「まあでも、環境は…」


「あー…。まあ仕方ないさ、車は便利だからね。でも、便利さならこっちの世界も負けてないよ」


「?」

竜崎の言葉にさくらが首を傾げた時だった。


ブシューーーープスン!


車が止まってしまったのだ。


「あら、止まっちゃった。んーまだ安定してないわね。キヨト、お願い」


「はいよー」


軽く返事をした竜崎は、荷台の方を向き呼びかけた。


「おーい、タマ!」


と、鎧の奥からゴソゴソと物音。ひょっこり顔を出したのは白猫の霊獣、タマ。一匹の正体である。


「呼びましたかご主人!私の出番ですね!」


トテトテとさくら達の前を通過し、ぴょんぴょんと荷台から飛び降りる。そこで彼は巨大な姿へと戻り体を伸ばした。相変わらずふわっふわの長毛種である。


竜崎は彼を呼び寄せると、魔術でハーネスを作り出しタマに取り付ける。そしてその端を車に括り付けた。


「え、タマちゃんに引っ張ってもらうんですか!?」


―そうだぞ。こうしてな…―


さくらの驚きを余所に、竜崎とニアロンは協力してタマの体に魔術を施していく。


「はいっと。じゃあお願い」


主人の合図と共にタマはノシノシ歩き出す。ガラガラと動きだす車と荷台。いくら普通の獣ではないとはいえ重いに違いない…。だが当のタマはまるでそんな枷が繋がっていないかのように軽快に進む。


「召喚獣や精霊、馬や竜に強化魔術をかければこれぐらい楽に運べるんだ。魔法がある世界ならではの解決法だよ」


なるほど、確かにこちらの世界も負けていないようである。巨大な猫が荷馬車を引っ張るという少々シュールな図のまま、一行は目的の村へと進んでいった。

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