133話 さくらのウルディーネ

「よっと」


スタンと竜の上から降り立つ竜崎達。ありがたいことに目的地近辺までついたらしく、更にどこかへと歩いていく竜を皆で見送る。


「さて、ここまできたらもう少しです。気張っていきましょう」


ここまで獣道を進み、魔獣に襲われ、断崖絶壁を歩き、谷を越えてきた一行。更に大きな竜の頭に乗るという珍しい体験をした姫様はもう大いに満足したようである。そして最後にたどり着いたのはー。


ドドドドドドドド!!!


轟音を響かせながら水が勢いよく流れ落ちる大滝の足元だった。




「ようやく着きました。目的地はこの滝の真ん中あたりから行きます」


「真ん中…ですか?」

意味がよくわからないと首を捻る姫様。竜崎は詳細を説明する。


「正確には滝の後ろにある洞窟です。実際の目的地はこの奥にある山々の反対側なのですが、その道のりはただでさえ死人が出るほど危険な上に、侵入した人を瞬時に骨にする人払いの魔術まで張ってあります。ですので、ここに隠された抜け道を使って進みます」


「どうやってそこに行くのですか?」


勢いよく流れる滝の正面から行くわけにはいかないだろう。かといって横から入れそうな様子もない。姫様のそんな的を得た質問に、竜崎は力技の解法を示した。


「障壁を張って突っ込むか、滝を一時的に切って穴を開けるかですね」


なんだその方法。呆れるさくらとは対照的に、姫様はさらりと頷いた。


「なら、またバルスタインの出番ね」


了承したバルスタインは一歩前に進み出る。先程岩を叩き切ったように滝も切れるのか。彼女の顔に不安そうな顔は浮かばない。出来るのだろう。



と、そこで竜崎が止めた。


「あ、一つやってみたいことがありますのでそちらを優先してもよろしいでしょうか」


「? えぇ、勿論…」


姫様の許可を得、竜崎はさくらの方を向いた。


「さくらさん、ウルディーネの召喚練習をしてみないかい?」




「え!いいんですか!?」


思わぬ提案にさくらは目を輝かせる。だが、それは直ぐに鎮まらずを得なかった。


「あ、でも…。魔導書持ってきてないです…」


以前竜崎から貰った精霊召喚の魔導書。あの後幾度か頑張って練習してみようと試みたが、結局最初の1ページぐらいしかまともに出来ていない。しかもそれすら手元に無いとなると絶望的である。


だが、その心配を打ち消すようにニアロンがひらりとさくらに憑りついた。


―心配は要らない。私が詠唱を肩代わりする―


「えっ!?」




「今回は契約した精霊を呼び出す練習をしよう。今言った通り、召喚術式は全てニアロンがやってくれる。さくらさんは『万水の地』で泳いでいるあのウルディーネをできるだけ正確にイメージして。そこが本契約精霊召喚の命だからね。 ニアロン」


―ではいくぞ―


竜崎の合図と共に、ニアロンは詠唱を始める。目の前の滝壺に大きな魔法陣が形成され始める。さくらは急いで頭の中で自らが契約を結んだウルディーネを思い浮かべる。


水の中を悠々と泳ぐ姿、自身と相対した姿、そして倒した後に契約を結んだあの瞬間。その様子をなるたけ鱗一枚まで必死に思い出す。かつての記憶を鮮明に思い出すことがなんと難しいことか。目を力強く瞑り、回想にひたすら集中する。武器を持たない手は、自然と祈るように合わさった。


その時、さくらは気づいていないが彼女の周囲に青い光が揺蕩い始める。それは水の契約精霊とのリンクが繋がった証。姫様やバルスタインだけでなく、竜崎も小さな歓声を漏らした。


―いいぞさくら。呼び出せ―


ニアロンの号令に合わせ、さくらはカッと目を見開く。そして、自らの言葉で宣言を行った。


「この場に来て!『ウルディーネ』!」


瞬間、パアッと正面の大きな魔法陣が青く輝く。続いて水の柱と共に水龍の体が飛び出してきた。


「グルルルルルルル!」


その細長い体についた鱗は光の反射で虹に輝き、その厳めしい竜頭からは赤く長い角が伸びる。水の上位精霊ウルディーネ、その姿が今目の前にあった。


「ルルル…」


彼は呼び出した主の姿をみとめると、スッと顔を寄せてくる。その様子、まるで命令を待つ召使のようである。


それを確認した竜崎はさくらに絶賛の拍手を送った。

「お見事!大成功だ!」




「すごい…!」

「ウルディーネを召喚できるとは…」


一部始終を見守っていた姫様とバルスタインは感嘆の声を漏らす。ニアロンもまたうんうんと頷いた。


―しっかり契約がされている奴を呼び出せたな。さくら、軽く命令してみろ―


「え、じゃあ…泳いで?」


「グル!」


指示を聞いてすぐにウルディーネは滝壺にザバンと潜り込む。少しの間遊泳し、どうでしょうと言わんばかりにさくらの前に戻ってきた。


「わあ…!」


―こいつはもうさくらの命令なら何でも聞く。例え『死ね』という指示ですらな。最も、召喚しているのは魂の一部だからこの場からいなくなるだけだが―





「よし、じゃあ次は命令の練習だ。とはいえ他精霊に指示を出す時とほぼ一緒。イメージを固めながらね」


「はい! ウルディーネ、洞窟があるところの滝に穴を開けて!」


「グルルルルルルァウ!!」


気合を入れるように咆哮したウルディーネは口を開け、力を溜めていく。そしてそれは臨界に達し…


「ギャオウ!」


バシュウ!!


撃ちだされたのは水の弾。着弾したそれは、まるで風穴を開けるように滝に大穴を残した。そこに見えるのは確かに洞窟。さくらは急いで追加命令を出した。


「そのまま維持して!」


「ウルルル!」


矢継ぎ早の指示にも反応したウルディーネは念力を籠めるかのように目に光を灯す。すると、風穴ならぬ滝穴は流れ落ち続けている水に潰されることなく維持された。


「よし、最後は…!私達を乗せてあの穴まで運んで!」


「ググルウ!」


頭を低く下げるウルディーネ。どうやら乗れということらしい。全員が乗ると、彼は主たちが水に浸からないよう器用に身体を曲げザバザバと滝を登っていく。そして穴へと顔を寄せ、さくら達を降ろした。


「ありがとう!」


さくらのお礼を受け、誇らしそうな顔を浮かべる上位精霊はそのままスウッと消えて帰っていった。


―やるもんだ。一切口出す必要が無かったな―


「いずれリュウザキ様のように名を馳せそうですわね」


ニアロン達からそう褒められ、舞い上がるさくら。勿論ニアロンがいなければできないことではあったが、それでも操れたことは事実。後は自分1人で召喚できるように頑張るだけである。いつになるかはわからないが。

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