123話 再度のゴスタリア
あくる日、学院にある調査隊の竜発着場。竜崎、さくら、メストの3人は搭乗準備を整えていた。目的は勿論、ゴスタリアへ向かうためである。
彼らの他にも、調査隊として派遣される面子が十数人も集まっていた。ただ今回の内容はモンスターの討伐などではなく、例の竜についての調査。それに合わせるように選ばれた彼らは学者然とした風貌をしている者ばかりだった。
そんな中、さくらは竜崎に耳打ちをする。
「作っていた資料は完成したんですか?」
「うん、とりあえずは出来たよ」
「あとはそれでどこまで王様を信用させられるか、ですね」
「だね」
と、蚊帳の外であるメストが首を傾げていた。
「さくらさん、何を話してたんだい?」
「いえ、ちょっと聞きたいことがあって…」
バルスタインとの約束上、バラすわけにはいかない。口をつぐむ彼女にメストはそれ以上の詮索はしなかった。
「竜の準備できましたー!」
職員の合図を聞き、竜崎は立ち上がる。
「はーい。それじゃ行こうか」
竜は飛び上がり空を翔ける。そういえば昼間のゴスタリアってどんなところなんだろう。気になったさくらがそれを改めて竜崎に聞いてみると―。
「ゴスタリアはドワーフの国と違って火山の力を殆ど火の精霊石へと転用している。だから街なかはあそこほど暑くないよ。そして火の精霊石最大の用途は灯り。王都だけでなく、領地端の村まで私達が元居た世界のように明るいんだ。もし衛星から写真を撮ったそこだけ明るく輝いているかもね」
「火山国家として名高いゴスタリアだけど、照明国家としても有名なんだよ」
と、後ろのメストも教えてくれた。
数時間飛び、ようやく到着する。さくらは火山に囲まれたその王都を見下ろしてみる。
「おー」
街のそこいら、それこそ路地裏のような本来薄暗くなる場所にすらも街頭が設置されている。まだ昼前だというのに、煌々と灯りが漏れる家も数多い。街中には各国からの買い付け業者が集まっており、仕入れているのは火の精霊石やそれを利用している照明器具。更に火を活かした焼き物の出店が散見された。なるほど、ここまでの一大産業となっているならば火山機能の低下は死活問題であったであろう。
調査隊を乗せた竜達はゴスタリア王宮の一角に降り立つ。そこで出迎えてくれたのは、ゴスタリア王とバルスタイン騎士団長だった。
「よく来てくださった。私の起こした不手際でこのような手間をかけさせてしまい申し訳無い」
頭を下げるゴスタリア王に、調査隊のメンバーは片膝をつき敬意を示す。代表して竜崎が言葉を返した。
「いえ、王よ。今回の件、貴方様が国を案じて起こした行動だということを我らは存じております。どうかお顔をお上げください。我ら調査隊、全身全霊をもって調査に挑ませていただきます」
「すまない…よろしく頼む」
再度深々と謝る王。従者に促されその場を後にした後、代わりにバルスタインが伝達を行った。
「皆様、此度はご協力感謝いたします。手筈通り、各火山への調査準備は済んでおります。その前に是非ご休息を、僭越ながら奥の部屋に用意をさせていただきました」
数時間空の上だった調査隊の学者、魔術士達は有難く先導の騎士についてゆく。最後にさくら達がついていこうとする時、バルスタインが近寄ってきた。
「騎士団の案内は調査後に時間を設けさせていただきますね」
「はい!」
それを聞いてルンルン気分のメストであった。
ということで休息後、竜崎達は再度竜に乗り近場の火山火口へ。その際、さくらはあるものを見つけた。
「あれって、ゴスタリアの訓練所ですか?」
見えたのは街の一角にある建物。その正面に設けられた校庭で剣を交え修行する子供達の姿もある。
「はい、その通りですよ。上から覗いていかれますか?」
同じく竜を駆り並走していたバルスタインからそんな提案をしてもらい、喜んで頷くさくら。他のメンバーに先に向かうようお願いし、竜崎達とバルスタインだけで舵を切った。
「なんだ?」
訓練所の子供達は唐突に聞こえてくる飛行音に顔を上げる。見ると、校庭の上を2匹の竜が旋回していた。
「バルスタイン団長だ!」
「あれって…もしやリュウザキ様!?」
まさかの来客に驚く生徒達。その中にはあのゴスタリア代表の面々もいた。彼らもまた竜を見上げていたが、竜崎の後ろに乗る2人の姿に気づいた。
「あれって学園代表の!」
元気よく手を降るさくら達に思いきり振り返すゴスタリア代表。その後、竜はあっという間に火山へと向かっていった。
その様子に呆けるような3人の代表達。と、うち一人がハッと何かを思い出した。
「そういえば王様が近々調査隊を呼ぶって」
「まさか今のが…」
もう点となっている竜を眺めながら、彼らは息を呑む。
「凄いな学園代表…もう調査隊に参加してるのか…」
「気づいてくれた…!」
一方竜の上。さくらはゴスタリア代表達が自分に気づいて手を振り返してくれたことを喜んでいた。調査隊参加中なためそれだけしか出来なかったのが少し残念である。
そんなこんなで火山頂上に到着した竜崎達。降り立ったさくらとメストは恐る恐る火口内を覗き込む。底にはボコボコと煮えたぎる紅いマグマ。立ち昇る熱気にやられる2人だったが、そんな高温の中を火の上位精霊であるサラマンドは悠然と泳いでいた。まるで適温だと言わんばかりである。
「こう見るとやっぱり上位精霊って恐ろしいな…」
そう率直な感想を漏らすメストの横で、さくらはサラマンドに手を振っていた。なにせ彼を生み出したのはさくら達である。勿論重要な部分は竜崎が執り行ったわけだが、それでも自分が関わったことは事実。他人のような気がしないのだ。
残念ながらサラマンドがそんなことを知る由もなく、ただマグマの中を潜り浮かびを繰り返していた。
「2人共落ちないようにねー」
周囲に手がかりが無いかを調査しながら竜崎がそう声をかける。サラマンドのおかげで噴火の心配は無いらしいが、落ちたら当然骨まで瞬時に溶けることは明白。堪能した2人は急いで火口から離れた。
その後、さくら達も山の周囲を調べる手伝いをするが何も見つからない。まあ当然ではあるのだが。そしてとうとうサラマンド自体を調べることに。
「やはりここからじゃわからないですねー」
「もう飛び込んでもらいますか?」
そう会話を交わす学者達。見ると、赤い肌をした魔族が耐熱服らしきものを着こみ、魔術を重ね掛けされている。恐らく火に強い種族なのだろうが、それでもマグマは危険であるらしい。
と、竜崎が鶴の一声を発した。
「いえ、下手に飛び込んでサラマンドを刺激すると危険です。こちらに来てもらいましょう」
「え?」
「おぉ!」
学者達の間で疑問符と感嘆符が入り混じる中、竜崎は杖を取り出し地面をつく。
「ニアロン、頼む」
―あぁ―
託された彼女は杖に触れ、何かを詠唱。すると地面に魔法陣が広がっていく。どうやら地面が崩れないように強化しているようだ。その間に竜崎は指示を飛ばす。
「今のうちに竜を遠ざけてください」
聞き届けた兵達は近場にいた竜を遠くに連れて行く。それを確認し、彼は杖を引き抜き火口へと近づいていった。
「一体何を…」
事情を呑み込めていない若い学者の1人がそう呟く。それに答えるように横にいた年季の入った研究員が口を開く。
「よく見とけ、あれが『術士』リュウザキ様のお力だよ」
火口端に立った彼は杖先を泳ぐサラマンドに向け詠唱。すると―。
ザバァ…
火山なのに聞こえる水音らしき音。そして
ズシャ…ズシャ…
規則性を持ったそれは明らかに歩行音。しかもその振動から、間違いなく壁を歩いている。まさか…。
竜崎はその場で座り込み、しげしげと火口内部を覗いている。と、思い出したように皆の元に戻ってきて指示を行った。
「耐熱魔術の心得が無い方は、他の方に付与してもらうか離れておいてください」
急ぎ用意する一部学者と兵達。だが彼の行動を理解していた学者は既に準備済み。楽しそうにして待っている。
「さくらさん、メスト、おいで」
竜崎から手招きを受け近寄るさくら達。彼は杖をそれぞれにポンポンと当て魔術をかける。これが耐熱の魔術らしい。
未だズシャリズシャリと音が響く中、竜崎はさくら達を連れ火口先端へと戻る。大方推測はできるが、やはり…?そう訝しみながら歩くさくらが竜崎の横に辿り着いた時だった。
ドシャッ!
音と共に見えたのは、大きなサラマンドの手。そして次には、ぬうっとその巨体が姿を現した。
「ひっ…!」
思わず引きつった声を出してしまうさくら。確かに代表戦で召喚された姿を見た。実物自体も以前竜崎と共に見た。だが、今サラマンドは数十センチほどしか離れていない目の前に出てきたのだ。熱気を全身から噴出させながら、歩くたびに身体についたマグマをドロリドロリと落としていく。
「もうちょっとこっちに来てくれ」
皆がいる位置に戻る竜崎に誘導されるように、サラマンドも歩を進める。さくらとメストはおっかなびっくり、その火の化身の横を歩く。もし耐熱魔術をかけられていなかったら既に燃えカスにでもなっているのだろう。実に恐ろしい。
「こ、こんなに簡単にサラマンドを…!?」
「しかも暴れる気配が一切ない…流石はリュウザキ様…!」
身震いをする学者達を横目に竜崎は指揮を執る。
「さ、調べましょう。マグマを泳げる方は今のうちに火口内の調査をお願いします」
バルスタインにさくら達を預け、竜崎達はサラマンドの全身をくまなく調べ始める。その間も巨大なる火の蜥蜴は暴れることはなく、グルル…と喉を鳴らし落ち着いている。
ある程度の記録をとった後、学者の1人が残念そうな声を出す。
「お腹の方がよく見えませんね…」
それを聞いた竜崎は平然と驚くべきことを言い放った。
「じゃあひっくり返しますね。少し離れてください」
どうひっくり返すというのか。離れているさくらが様子を窺っていると―。
「はい、ゴロン」
まるでペットに芸をさせるかのような口ぶり。しかも魔術を使っている素振りはない。だがそれだというのに、サラマンドの巨体は自ら傾き、その場で仰向けになった。
「上に乗るよ」
よいしょ、と昇る彼に続き、数人の研究員達もこわごわ乗る。それでもサラマンドは大人しい。火山の火口で腹を出して寝ころぶ火の上位精霊の姿はどこかシュールである。
少しした後、サラマンドが声を漏らした。
「グルルゥ…」
「あー疲れたか。ありがとうね、もう体を戻していいよ」
竜崎の言葉を聞くと、サラマンドは学者達が降りるのを待ってからゆっくりと体を戻し、また診察を待つかのように動きを止める。以前「サラマンドに曲芸をさせる」と言っていた竜崎だが、この調子ならば自由自在であるということは疑いようのない事実だとさくらは理解せざるを得なかった。
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