89話 救援要請
「申し訳ありませんリュウザキ様…!」
近くの幹に作られた足場。その上で副隊長は平謝りをしていた。なにせ自分から申し出たさくら達の警護であったのに、責任を全うできなかったのだ。彼女の心中は穏やかではない。
そんな彼女を竜崎は優しく宥める。
「いえいえ、こちらこそすみませんお手数をおかけしてしまって。まさか神樹の実の収穫手伝いまでさせてくださるとは、一生ものの経験になったでしょう。それに、この専用装束を着ているなら安全でしたね」
「この際どい服って寒くならない以外に効果あったんですか?」
「あれ、説明受けていない?それは落下した際に発動する浮遊魔術が施してあるんだよ。もう少し勢いよく落ちていたら術式が動いたはず。たしかそこの布地裏に…」
そう促されさくらは服を捲ってみる。確かにそこには浮遊魔術の呪文が細かく書かれていた。安全対策はばっちりだったらしい。
副隊長のほうを見ると、説明していませんでしたと猛省している。その点は彼女の落ち度らしかった。
―まぁ際どい服なのはエルフの伝統だけどな。とりあえず皆謝っておけ、色々迷惑をかけたろう―
「「「「ごめんなさい!副隊長さん」」」」
「でも、大臣さんの元を離れて来て大丈夫だったんですか?」
「一時的に離脱させてもらっただけだからすぐに戻るよ。と言っても特に異常は無かったし、何も起きないと思うけど」
と、今まで静かにしていた勇者が立ち上がる。
「キヨト、信号弾」
たったそれだけだったが、俄かに竜崎の顔色が変わった。
「何色?」
「赤、救援要請。多分さっきのとこ」
―すぐに行くぞ―
「先生!私も連れてって!」
わざわざ竜崎達の手を煩わせたことに罪悪感があるのか、ネリーはそう立候補する。そんな彼女を捨て置けず、さくら達も揃って手を挙げる。
「あ、あの!是非私も!」
副隊長もである。少し考える竜崎だったが、許可を出してくれた。
「全員竜に捕まって! 副隊長さん、合図をしたら竜の動きを止めてください」
「は、はい!」
各々の武器を装備し、竜を掴む。それを確認したニアロンは竜の周りに障壁を張り、維持。その形はまるで砲弾の様だということにさくらは気づく。
その次に竜崎が幾重にも重ねた足場魔法陣を勇者の足元に形成。彼女はその上に立った。
「頼んだアリシャ!」
「いくよ」
武器こそ構えていないが、力を溜めはじめる勇者。全身に浮き出た魔術紋が輝く。
「副隊長さん、今です!」
合図とともに、副隊長は竜の動きを抑える。次の瞬間―。
「はっ!」
勇者の一撃によって、さくら達入りの砲弾は勢いよく射出された。
「!?!?!?!?」
これ、マッハは出ているんじゃ…!?必死に竜にしがみつくさくら。どうやって竜崎達が神樹まできたのか気になっていたが、これなら納得である。
そしてそれを追いかけるように、勇者は竜崎が張った足場を蹴りつけ目にも止まらぬ速さで飛んでいった。
「救援はまだなのか!?」
どこに潜んでいたのか。大臣達はキメラ、魔猪、魔熊、魔狼…大量の魔獣に襲われていた。国の重鎮を守るために駆り出された兵達は総じて凄腕だが、何分相手が多すぎる。たかが十数名だけでは対処しきれていない。
「大臣様!お逃げを!」
「くうっ!?」
兵の進言間に合わず、彼は猛る凶刃に襲われる。もはや命がこれまでか、瞬間的に覚悟を決める大臣。その時だった。
ザンッ
「―――――!?」
迫る魔獣が真っ二つに切り裂かれる。腰を抜かし、へたり込む大臣に向け手が伸ばされた。
「怪我はない?」
「ゆ、勇者様!!」
「おい、空に竜が!」
「救援が来てくれたのか?」
一匹の竜が空を翔ける。そこから飛び降りてくるのは5人の影、うち一人は未だ転がるノウムの上にスタンと降り立ち、指示を下す。
「ノウム達、魔獣を倒せ!」
「ググゴゴゴゴ!」
連結していたノウムはその言葉を聞きそれぞれに分解。その巨体を活かし、近くで暴れる魔獣達に転がり始めた。
先程まで我関せずと地面を馴らしていた上位精霊が突然牙をむいたため、獣たちは逃げ惑う。だが無情にも跳ね飛ばされてしまう。大質量による蹂躙は勢い凄まじく、瞬く間に兵達の周囲から魔物はいなくなった。
「皆さん無事ですか!?」
「リュウザキ様!」
一方残った4つの影。まるで天使のようにふわりと着地したさくら達は大臣の護衛につく。
「君達は先程リュウザキ様と共にいた…!なぜその衣装を…?」
「詳しい説明は後です大臣さん!」
「私達がお守りします!」
「いっくよー!汚名返上!」
「ネリー、先走らないで!」
事前に竜崎に指示された通り、4人一組で魔獣を追い払う。ネリーが剣を振るい、アイナが火を起こし、モカがナイフを投げ、さくら中位精霊で追い詰める。魔狼の群れ程度なら協力して倒せる彼女達である。勇者と竜崎によって乱された魔獣程度、わけなかった。
「幻の矢!」
副隊長は上空からさくら達へ援護射撃を行う。魔術で作り出した幻想の矢を雨のように降らし、魔物が怯んだところを的確に射抜いていく。
余裕ができ、大臣の護衛に戻るエルフ兵達。それと交代するように、さくら達は前にでる。
すると、残っている魔獣の一部が襲いかかってきた。それを全員が上手く避けるが、魔獣はピンポイントでネリーを追いかけ始めた。
「なんで私の方に来るのぉ!」
そう叫びながら走る彼女。アイナがあることに気づいた。
「あっ!神樹の実!」
そう、彼女は先程もぎ取った実をまだ持っていた。その匂いか輝きか、獣達を惹き付けるには充分な効果を発揮しているようだ。
「ネリーちゃん、そのままこっちに逃げてきて!」
さくらの声を聞き、彼女は方向転換。それに合わせ魔獣達もついてくる。ドドドドと土煙を上げながら迫ってきた。
モカとアイナを後ろに下がらせ、さくらは駆け出す。
「えーーーい!」
ネリーの後ろに群れを成した魔獣達にラケットを振るう。見事、先頭を走る魔獣に当たった。
カッと鏡が光り、「なんでもはね飛ばす」神具の効果が発動。ボウリングのように後続に当たり、ストライク。全匹が森の中にまで吹っ飛ばされていった。
「さくらちゃんさっすがー!」
スパンッ ザシュウッ
勇者は襲い来る魔獣の首や腹、手足を次々と叩き切っていく。顔に血がつこうとも、服が赤黒く染まろうともその手を止めることはない。その鬼気迫る勇猛振りは魔獣達はおろか、エルフ兵達も戦慄するほどである。皆を守るために場所を変え、そこでもさらに切り殺す。至るところに死骸が転がり、辺りは血の海となった。
「アリシャ、もう充分だ。後は脅して追い返そう」
「ん」
竜崎の言葉を聞き入れ、ようやく彼女は殺戮を止めた。
やっと他のエルフ兵達が駆け付け、魔物を散らしていく。全て追い払われ、その場に平穏が戻った。
「ふう」
キンと剣を収める勇者。そんな彼女の顔に着いた血を竜崎は水精霊で洗い落としてあげる。
「お疲れ様、アリシャ」
「服脱いでいい?」
「あー…。もう真っ赤だしな。仕方ない」
そんな会話が繰り広げられる横で、何事もなかったようにノウムが連結されゴロゴロと地ならしを始めていた。
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