66話 盗賊脱獄④
脱獄者達が全て鎮圧され終えた頃、時同じくして王都アリシャバージルから少し離れた山の中腹部。
何者かが、学園を見下ろしていた。 しかし、人の目で…否、望遠鏡を使ったところで外観がうっすらとしか見えないような場所である。
にも関わらず、その謎の人物は、まるで学園を目の前にしているかのように振舞い、舌打ちをした。
「折角魔猪と機動鎧を与えてやったというのに、あの程度の時間しか稼げないか。賢者様や学園長のヤツも出張ってこないし、学園にあると思った禁忌魔術の隠し場所もわからない。無駄な行動だったな」
謎の人物―、
すると、そこに――。
「こんな位置から、望遠鏡も使わずに見えるものなのかのぅ?」
不意に背後へ現れたのは、一人の老爺。謎の人物は振り向くと声の調子を1つあげ、楽しげに挨拶をした。
「やあこれは『賢者』ミルスパール様、よくここがおわかりで。 見えますよ、だって『禁忌魔術』を使ってますもの。…『観測者達』と、同じ魔術をね」
煽り交じりの答えを受け流すように、賢者は質問を重ねる。
「お前さん、何者じゃ?ワシの力を以てしても、顔に
「ハハッ、そうですねぇ…『禁忌の継承者』とでも名乗っておきましょうか。とはいえ見つかってしまってはしょうがない。少々うるさくなりそうなので、少しの間どこかに身を隠させてもらいますよ」
のっそり立ち上がり、詠唱を始める謎の人物。―しかし、賢者のほうが早かった。
「逃がすわけにはいかんな」
グシャッ!
「ぐうっ…!?」
まるで巨人に踏まれたように、謎の人物の身体は地面に押し潰される。苦しんでいた声を上げた彼だが、次の瞬間その姿はパッと消えた。
「ハァ…、こちらですよ賢者様…。内臓一つ二つは潰れかけました…」
声が聞こえてきたのは、賢者の背後。まるでテレポートしたように、彼の後ろに現れたのである。
賢者は振り向かぬまま、合点が言ったかのように頷いた。
「なるほど、それで機動鎧を盗んだか」
「えぇ、大当たりです。花も足りない魔猪も全てこの魔術で魔界から持ってきました。…ところで、この足枷外してもらっていいですか?」
謎の人物は、自らの足元を指さす。 そこにあったのは、ガッチリと噛みついた魔力製の虎ばさみ。骨にまで突き刺さっているのか、足からはダクダクと血が出ている。
「もちろん、断る」
「そうですか、では時間稼ぎに」
賢者の回答を聞いた謎の人物は、ローブの中を漁り何かを取り出す。それは一匹の蛇。それにこれまたローブの中から取り出した、謎の道具をグサリと突き刺した。
瞬間―、悶える蛇の肉がブクブクと膨れ上がる。そして、人を簡単に飲み込めそうな大蛇へと変貌しではないか。
「お前さん、それは…」
「えぇ。獣母に使われた禁忌魔術、そのうちの一つの応用です。もう一度見せましょう!」
そう嬉しそうに宣言した謎の人物は、今度は耳を紐で結んだ兎を取り出した。しかし既に死にかけらしく、力なくぶらんと垂れ下がっていた。
「では、この兎に…えいっ」
グサリと突き刺さる音。 直後、兎の目がカッと見開かれる。生気、いや狂気が宿ったかのような瞳で会った。
加えて、ボコボコと身体が変形、巨大化。先に作り出された大蛇と同じような、人以上のサイズへと変貌を遂げた。
「「グギャアアアア!」」
蛇と兎…いや、もはや魔物というべき二匹は、目の前の賢者を敵と認識し吼える。
――だが、それが彼らの最期の声となった。 次の瞬間には、賢者の魔術によってスパリと首を落とされていたからだ。
ドシャリと倒れる巨大肉塊。それを見て、パチパチパチと軽い拍手をする謎の人物。いつの間にか虎ばさみから逃げ出していた。
「お見事、賢者様。 あの当時からお強さは変わっておりませんね」
「…当時?お前さん、ワシの知り合いか?」
「どうでしょうか。では失礼」
懐に手を伸ばす謎の人物。―しかし、これまた賢者のほうが早かった。
「逃さんといったろう」
彼は石を即座に作り出し、謎の人物の手元へと勢いよく叩きつける。 見事直撃し、彼の懐からは何かの鉱石が零れ出た。
「チッ…流石は賢者様、先程の転移で種は割れておりましたか。もしもの策を講じておいてよかった」
舌打ちをし、今度は何かを詠唱し始める謎の人物。 ―しかし、詠唱が終わってもなにも変化が起きない。狼狽する彼に向け、賢者は一言。
「土砂崩れ狙いの魔術なら解いておいたぞ」
「なっ!?」
「上手く隠しておったが、あの程度ではワシの目は誤魔化せぬよ。 そら」
グシャァ!
再度、地面に押し潰される謎の人物。今度は一ミリたりとも手足が動かせないほどに強力だった。
「ハハハ…やられましたね…。 命を削りますが仕方ない。さようなら。 次までには、対策を施すことにします」
その言葉を聞き、賢者は殺す気で力を強める。…だが既に遅く、その場を閃光が包む。
それが晴れた後には既に『禁忌の継承者』は消え失せており、後には何も捕えられなかった魔術が大穴を残しただけだった。
「抜かったか…!」
急ぎ感知の魔術を広げる賢者。 …しかし、それらしき反応は引っかからない。完全に逃げられたようだ。
「せめてこれで何かわかればよいが…」
唯一の手掛かりである落ちた鉱物を拾い、賢者は仕方無しに帰るしかなかった。
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