44話 一触即発


「おいお前達、あの女のことは何かわかったか?」


自身の召使達にそう問う人物。先程さくらに追い返されたハルム・ディレクトリウスである。


『あの女』とは勿論さくらのこと。本来ならば不遜な輩として二度と気にすることはなかったが…。




「まさかあんなやつが、世界のトップと言っても過言ではない『観測者達』と面会しているとは…」


そう呟くハルム。彼は嫉妬と好奇心から彼女の正体を探ろうとしていたのだ。そのため、召使を動かし、さくらについて探らせていたのである。


だが―。



「申し訳ございません、坊ちゃま…。彼女がどこ出身でどの位の方なのか、何一つ情報はございませんでした…」


返ってきたのは、そんな報告。ハルムは思わず怒鳴り散らした。


「なんだと!?そんなわけがないだろう!大方どこぞの田舎娘だ。せめてどこから来て入学試験を受けたのかはわかるはずだ!」


罵声を受け深々と頭を下げる召使。彼らは唯一掴んだ情報を恐る恐る伝えた。


「わかったことは、つい先日に『リュウザキ様が彼女を連れてきたこと』と『特待生であること』のみです」





「…!? な…に…!?」


それを聞き、ハルムは言葉を失う。かの英雄、リュウザキが連れてきた子ということに加えて特待生だというのだ。


それに選ばれるのは、学園長の厳しい試練を乗り越えた猛者のみ。卒業した特待生は隣国の騎士団長バルスタイン、魔王の右腕とも言われる魔王軍教官ラヴィ等、実力者揃いである。だが…なるほど、あの剛毅な性格も頷けてしまう。



「坊ちゃま、お気になさらず…。いずれ王を助け、国を守る貴方様が気にする相手ではございません。羽虫と同じです」


主の気分を直そうと試みる召使達に加え、太鼓持ち達もそうですそうですと口を合わせる。だが、ハルムの心の中のムカつきは増していった。


せめて、歯向かったことを謝らせなければ。特待生に頭を下げさせればどんなに胸がすくことだろう。そう考えた彼は、彼女を連れてくるよう命令。召使達は飛び出していった。






「…ということなのですが…。是非…」


「嫌です」


ようやくさくらを見つけた召使が1人。が、びしりと断られた。



さくらとしてはいじめを受けるのは勿論怖いが、本人が来ずにこちらから出向いて謝れという無茶苦茶な要求を呑むわけにはいかなかった。


「そこをなんとか…!一言適当に謝って頂ければ済みますので…」


簡単に引き下がってはハルムから叱られる。召使も必死に食らいつく。しかし、さくらはけんもほろろ。


「なんで向こうが馬鹿にしてきたのに、こちらが謝らなければいけないんですか?」


至極真っ当な意見である。召使も人の子、間違っているのは自らの主人ということはわかっている。


だが先程の調査結果が芳しくなかった今、勢いでクビにされてもおかしくない。せめて、せめて何か付け入る隙を…。



「そういえばご出身はどちらなのですか?この辺りでは見ないお方ですけど」


思わず直球勝負にでてしまう召使。しまった、怪しまれたかな…と内心気が気でない彼だったが、不意に相手の…さくらの様子がおかしくなったことに気づいた。




「えっと…それは…」


答えに詰まるさくら。異世界出身だということを友達に明かす抵抗は既にないが、明らかにムカつくやつにそんなことを知られたら何をされるかわからない。結果、言い淀んでしまったのだ。




―何か隠している。それを察した召使はすぐさま頭を巡らす。その事実さえ伝えれば、坊ちゃまも許してくれるだろう。後は口八丁で誤魔化せば、少なくともクビは免れるはず!


「失礼いたしました。ではこれで…」


召使はさくらに一礼。そして、ハルムが会いに来る可能性のみ伝えて、そそくさと退散していった。


「なにか嫌な予感がする…」


残されたさくらは得も言われぬ恐怖を感じ、思わず指輪が入った御守りを握った。








「はああ?失敗しただと!?」


不甲斐ない部下に怒りを露わにするハルム。さくらの元から帰還した召使は慌てて付け加えた。


「それが…あの女の子、自分の出身を隠しています。ここは坊ちゃまの素晴らしき御威光で詰めよれば必ずや口を割るでしょう」


「…ほう。そうか」


おだてられ、その気になってしまうハルム。その御威光とやらで近づいて、追い払われたことは完全に記憶の外であった。とりあえず最悪の結末を免れた召使はほっと息をつく。


「では直接聞きにいくとしよう。皆、ついてこい!」


その場にいた太鼓持ち生徒数名、召使数名を連れ、彼はさくらの元に意気揚々と向かっていった。









「タマちゃんに護衛お願いすればよかったな…」


一方のさくら。一人で歩いていた彼女は、そんな悔いを口にしていた。


学園に大分慣れたから大丈夫だとタマによるお守りを断っただが、あの大貴族との雲行きが怪しくなり不安になってきたのである。



そして、それは現実となり―。




「やあ、ここにいたか!」


無駄に尊大な声に、さくらはびくりと肩を震わす。不安的中、10人ぐらいの手下を従えてハルム・ディレクトリウスがそこにいた。


(関わりたくない…)


さくらの頭によぎったのは、まずそれだった。どうあがいても面倒事に巻き込まれる。


(…もし向こうが少しでも謝ったら、こちらも謝ろう。言い方はどうあれ、わざわざ誘ってくれたんだし…)


そんな風に譲歩の案を考えるさくらの心中はいざ知らず、ハルムは口を開いた。



「先程までの下民とは別れたのか?結構結構。所詮我々貴族には目汚しの存在、あんなものを友人とするべきではないぞ」


…イラッ


「ところで召使から聞いたのだが、出身地を隠しているようだな。なに、どんな辺境でも、野蛮な地でも構わん。公爵子息である私に教えてくれたまえ」


…イライラッ


「しかし、わざわざダサい制服を着る意味なんてあるのか?もっとお洒落な格好をしたまえ。あぁそうか、服がないのか。はっはっは、ならば私が見繕ってやろう。下民共が泣いて喜ぶような素晴らしい服をな」



カチンッ!



謝罪の意どころか一切崩さぬムカつき貴族ムーブ。友達を貶められ、出身を貶められ、友達に選んでもらった服や竜崎に貰った制服を貶められ、さくらの怒りスイッチが入った。




「なにが…」


ワナワナと肩を振るわすさくら、様子がおかしいことにハルムはようやく気付いた。


「『なにが?』一体どうしたというのだ?」



「なにが!貴族ですか!謝りもせず、貶めるだけでよく人の上に立てますね!少しでも謝ろうと思った私が馬鹿でした!それでも公爵の息子ですか!」





「なっ…!」


売り言葉に買い言葉、ハルムは驚愕しながらも、声を強めた。


「そ…そうとも、私はいずれ公爵の地位を受けつぐ者。王様を通じて学園に働きかけることもできる!君を退学させることもできるのだぞ!」


ハルムは胸を張る。実際に出来るかどうかは置いといて、これは相当な殺し文句。気の強い彼女も折れるだろう。彼はそう信じて疑わなかった。



…だが、ハルムは知らなかった。さくらが竜崎から『貴族程度が私情で学園に文句をつけられない』という内容を聞いていたこと。そして、彼女が既に王様と面識があったことである。




「王様は貴方みたいにのぼせ上がった方じゃなかったです!そんなことするはずありません!」


「……!?!? え……?」


想像外の返答に面食らうハルム、しばらく口をあんぐりと開け呆然としてしまう。その間にさくらは背を向け去ってしまった。






数秒後、ハッと意識を取り戻したハルム。彼は思考を高速回転させた。



王様と彼女が面識あるということは、彼女が訴えれば王様はそれを聞き届ける可能性があるという事。巡り巡って自身の親…公爵夫妻のところに報告が行くのは想像に難くない。


王様とお知り合いの特待生を馬の骨やら下民やら揶揄し怒らせたとあれば、間違いなく叱責される…!



「まずい…これはまずい…」


せめて、彼女を説き伏せ、王様に報告されるのだけは防がなければ…!かくなる上は…!



「お前たち!彼女を捕えろ!」


ハルムは、召使と取り巻きに命令を下す。彼らは一瞬戸惑うが、主に急かされ慌てて飛び出していった。






「…へ?」


妙な音に、後ろを振り向くさくら。なんと先ほどハルムの後ろに控えていた連中がダッシュで追いかけてくるではないか!


「なんで!?」


思考する暇もなく、反射的にさくらは逃げ出す。テニス部の走り込みで鍛えられた健脚のおかげで異世界の住人相手でもなんとか追いつかれはしないが…。



このまま走っているわけにはいかない。せめてどこかに逃げ込める場所は…?そう周囲を見渡したさくらの目に入って来たのは、見覚えのあるカフェ。


それは、前にネリー達が連れてきてくれた図書館併設の喫茶店。ならば―!


「こっちに…!」


カフェとは反対側の通路を行くさくら。追いかけてきた取り巻き達もそれを追っていった。



彼女達が走り去った後に残ったのは、唖然とする他の客や生徒達。


そして…『図書館での迷子に注意!』と書かれたポスターが風圧で小さく揺れるばかりであった。


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