43話 指輪の約束
―友達を守る手前、大貴族ハルムにああ言ったことに悔いはない。だけど、やっぱり気がかりだった。
男子に啖呵を切って追い払ったのは初ではないが、なにせ相手は貴族、どんな報復が待っているかわからない。俄かに怖くなったさくらは結局ネリー達と別れた後に竜崎に相談することにした。
「威勢がいいねぇ! 私が中学生の時もそんな気の強い女の子いたなぁ。むこうの世界では皆を守るタイプだった?」
一連の出来事を聞いた竜崎は、怒りも困りもせず、手を打ちながら笑い出した。てっきり一言ぐらいは苦言を呈されると思っていたさくらは、呆れるばかりだった。
「いえ、そんなでは…。…怒ると怖いとは言われてたみたいですけど…」
ふとさくらが思い出したのは、ある時の教室風景。セクハラを仕掛けてきた男子にブチギレて半泣きにさせたことがあるのだ。なお、その時はしばらく男子達から距離を置かれた。
―異世界に来て騒ぐどころかあそこまで落ち着いていたんだ。こっちに来た経緯といい、最初から度胸はあったということだな―
「…落ち着けているのはクレアさんや竜崎さんのおかげですよ!」
同じく笑うニアロンの誉め言葉を、そう訂正するさくら。あの場に彼女が、そして彼が来てくれなければ、今の自分はないことを彼女はしっかりと理解していた。
「それで、大丈夫なんですか?貴族の方に暴言吐いちゃったんですけど…」
「確かにディレクトリウス家はこの国の貴族だね、爵位としては…私達の世界に合わせると『公爵』だから、一番高いかな。ハルムは先生達の前じゃ殊勝にしているんだけど…それ以外だとそんな態度になっちゃうんだよねぇ」
そう肩を竦める竜崎。いくら教師の前で取り繕っても、彼の内面は既に教員間では周知の事実らしい。恐るべし教員ネットワーク。
ならば…と、さくらは思い切って最も気になることを聞くことにした。
「いじめとかされるのでは…?」
「あー、それを気にしていたのか。その程度の暴言で仕返しとか逆に貴族の体面傷つけるし、この先余程怒らせなければ何もしないと思うけどね。…されたらすぐに教えて。学園はそういうのを許さない。たとえ貴族や次期王様でもね」
大胆不敵な様子で、竜崎は答える。しかしさくらは不安になり、思わず淘汰。
「…でも圧力がかかって、学園ごと潰されちゃうんじゃ?」
傲慢貴族と言えば、その圧倒的な権力で邪魔者を全て消すといった悪いイメージがある。だから、ついそんな心配をしてしまった。だがそれを竜崎は笑い飛ばした。
「学園の教師は色んな意味で実力者揃いだ。下手に圧力をかけると、数多の手段で黙らされるのは相手側だよ」
竜崎の口ぶりは、『暴力でねじ伏せる』という意味だけではなさそうである。何故か背筋がぞっとするさくらに向け、彼は続けた。
「そもそも学園は、他の国から『アリシャバージルに力あり』…即ち『学園という最高戦力あり』とも言われている。同国の貴族はおろか、他国の王でも潰せるものではないよ」
1つの疑念が解決し少しほっとするさくら。が、懸念は完全には消えなかった。
「じゃ、じゃあ…周りにバレないように私だけ消されるかも…?」
「…ふっ…!」
さくらのそんな突拍子もない想像に、竜崎は思わず吹き出してしまう。しかしほったらかすのも悪いと思ったのか、真剣に考えだしてくれた。
「そうだなぁ……。あ、そういえば良いもの持ってたな…!」
ポケットをごそごそ探る竜崎。取り出したのは、以前マリアから貰った指輪だった。さくらも御守りの中からそれを取り出す。
「襲われそうになったら武器か指輪に力を籠めてくれ。そうだね…短く3回、パッパッパと力を送ってくれれば駆け付けよう。精霊に聞けば大体の場所は把握できるから、安心してね」
気づきやすいに暫く身につけとくね、と竜崎は指輪をつける。…でもそれでは、竜崎も矢面に立つことになるのではないか。不安気にそう聞くさくらへ、彼は微笑んだ。
「私は偶然ながら権力に対抗できる力と名声を得ることができているからね。大丈夫さくらさん。あの時の約束通り、私が守るよ」
動作確認を促され、さくらは試しに自身の指輪に軽く風の魔術を使う。すると、2人の指輪は綺麗な緑色に発光した。
―さくらのやつ、度胸あるのかないのかわからんな―
「一度スイッチが入ると。どんな相手でもやりきっちゃう子なんだろう。お試しのつもりがウルディーネに勝っちゃうしね。あれはまさかだったよ…」
―なるほど、猪突猛進ってことか。…ハルムとのもうひと悶着、警戒しておいたほうがいいかもな―
さくらと別れ、次の授業の準備に職員室へと赴く竜崎。と、そこで他教員達に、指輪をつけていることを目ざとく発見されてしまう。
「リュウザキ先生、いつもアクセサリーをつけないのに珍しいですね。ダルバ工房の新作魔道具とかですか?」
「まあそんな感じです。似合ってます?」
軽く手をひらつかせて見せる竜崎。…それを見た教員達の感想は一致していた、だがそれを言い出せる者はいなかった。
竜崎が来たと知り、駆け寄ってきたオズヴァルドを除いて。
「既婚者みたいですね! とうとう誰かと結婚なされたんですか?」
オズヴァルドの言葉に、ざわつく室内。一部女性教員からは一際大きいどよめきが起きた。
…そう言われて、竜崎もようやく結婚指輪のようになっていることに気づいた。そう、全く気付いていなかったのだ。
「いやいや、頂きものだからつけてみただけですよ。健康に良い素材らしくて」
適当にその場を誤魔化す竜崎。そして、溜息交じりに相方を問い詰めた。
「ニアロン、お前わかってたろ」
と、堪えきれない笑いが、背から小さく聞こえてくる。どうやらニアロンはわかっていて黙っていた様子。彼女は宥めるように言い聞かせた。
―まあさくらの不安が消えるまでの辛抱だ。つけとけ―
ニアロンにそう言われ、結局そのままにする竜崎だった。
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