39話 帰還

「しかし派手にやったものだ」


魔王が呆れた通り、闘技場の様子は惨憺たる有様だった。壁は壊れ、地面はところどころ大きく抉れてしまっている。魔王が障壁を張っていなければ天災級の被害が出たであろう。幸い最後の催し物だったため進行には支障が出ず、優勝者表彰を経てアリーナは締めくくられた。


「直すの手伝うよ」


責任を感じた竜崎が申し出る。が、魔王は首を振った。


「良い。安全のため、アリーナ開催時には必ず点検及び修理をさせている。多少その仕事が増えただけだ。客人であるお前に手伝わせるわけにいかない」


そう言われてしまえば引き下がるしかない。手持ち無沙汰になった竜崎にスタッフから祝勝会への参加が勧められるが、断った。


「今から帰らなきゃいけないからお酒はちょっとね…。そうだ、馬車を一台貸してもらっていい?」





馬車を借り、少し郊外へ向かう竜崎、さくら、メスト。ベルン達は魔王軍入隊準備のためラヴィ教官に連れていかれた。



到着した場所には異様な石碑が立ち並んでいた。色んな人の名前がびっしりと書きこまれたそれらの前に建てられた献花台には花や供え物が沢山置かれていた。


「竜崎さん、ここって…」

「かつて起きた戦争、その戦没者達が眠っている場所だよ」


さくらの問いに平然と答えた竜崎は、持ってきた花束を捧げ手を合わせ弔う。さくらも目を瞑りそれを真似た。


と、一緒についてきたメストの姿が見当たらない。きょろきょろと探していると、竜崎がある場所に案内してくれた。




彼女は別の墓石の前にいた。一心に弔う彼女は竜崎達が近寄ってきたのにも気づいていない。竜崎は彼女の隣に並び、同じように手を合わせた。


「―。あ、先生。ありがとうございます」


ようやく顔を上げ、彼に気づくメスト。さくらは彼女に質問する。


「ここってどなたのお墓なんですか?」


「僕の祖父に徴兵された人達のお墓なんだ」


言葉に詰まってしまう。全員が無事に帰ってこられるわけもなく、かなりの数が戦死したらしい。墓標に刻まれた名前の数でそれがわかった。思わず手を合わせるさくら。そんな彼女をメストは優し気に見守っていた。



「さて。メスト、あそこにも行く?」

「はい、一応顔を出します」


竜崎達はどこかへと向かう。少し離れた場所に厳重に警備された霊廟があった。竜崎達はその中に入っていった。



中には参拝客がちらほらいた。


「おい、あれ…」

「あぁ、リュウザキだ…」


ぼそぼそと話し合う声、嫌な視線が向けられる。さくらは思わず竜崎の服の裾を握りしめる。彼もさくらを抱き寄せた。


ここにも花を捧げ、黙祷をする。終わると足早に後にした。



「ふぅ…緊張しました…」

「やっぱり慣れないね、あそこは」


息を大きく吐くメストと竜崎。たった数分の出来事なのにかなり疲弊した様子だ。さくらも敵意を含んだ視線とよそ者を追いやるような空気に少しやられてしまった。


「なんなんですか?あの場所」


「あの霊廟は先代魔王と彼についていた幹部達が眠っているんだ。メストの祖父もあそこにね」


竜崎は過去を思い返すように、恨みを受け入れるように付け加えた。


「あれから20年、長いようで短い。魔王のやつは頑張っているが、未だ先代魔王側の人達もいる。彼らの命を奪ったのは私達だ。睨まれるのは仕方ない」





帰り支度中。竜の手筈も整っていざ出立の直前、誰かが走り寄ってきた。


「リュウザキ様、お見送りに馳せ参じました!」


来たのはベルンと青年。既に手続きは終わったらしく、魔王軍の制服を纏っていた。


「ここまでありがとうございました。立派になって見せます!」


ぎこちない敬礼をしながら感謝の意を示す2人。そんな彼らの肩をポンと叩き、竜崎はアドバイスをする。


「一度犯した罪はどうやっても消すことはできない。だけど目的に囚われすぎて自分を失ってしまうのは悪手だ、誰も喜ばない。たまには足を止めて自分を許してやることも必要だよ」


大変だろうけど、頑張ってね。そう彼らを元気づけ、竜に跨る。飛び立つ竜崎達が見えなくなるまで2人は敬礼をしつづけていた、






一行がアリシャバージルに到着したのは日も暮れた夜だった。


「はい、2人ともお疲れ様。色々と助かったよ」


この後竜崎は王城に報告をしに行くらしい。先に帰って大丈夫と言ってくれたが、ここまできたら乗りかかった船。ついていくことにした。




「…以上が調査の顛末です」


「ほうほう、良かった良かった。一人の命を助けられたならば儲けものじゃな。メストちゃんとさくらちゃんもご苦労様じゃ。儂もウルディーネとの戦いやラヴィ教官との勝負、みたかったぞい」


拍手をして褒める王。意外とフランクな彼にさくらは少しほっとする。


「王様…」


何か言いたげな竜崎、王はそれを理解し頷く。


「わかっておる。その魔術士の件は各国王に伝達しよう。リュウザキの調査とあれば信憑性が高い、警戒を強めてくれるじゃろう」




「しかし丁度よかった、伝えなければいけないことがあったんじゃ。ミルスパールよ」


王に促され、傍に控えていた賢者は口を開く。


「『観測者達』から要請があっての。なんでもさくらちゃんのことを見てみたいらしい。直々の要請だ、転移魔術の使用許可を出そう。本当は儂が先にさくらちゃんの話を聞きたかったんだがのう…」


残念がる王様。あっちもこっちも引っ張りだこな状況にさくらは思わずにやけてしまう。


「疲れているじゃろう。明日一日休んで構わんぞ。大丈夫じゃ、彼らにとって一日二日程度些事、それに遅れる可能性の旨は伝えてあるしの」


「お気遣い痛み入ります。そうさせていただきます」


空いている店で夕食を詰め込み、メストを見送ってようやく部屋に帰ってきた2人。タマのお迎えもそこそこにさくらはベッドに倒れこむ。


「疲れたぁ~」


色々あった。魔界という場所に初めて行き、お祭りに参加し、初めて牢に入れられた。さらにはウルディーネと契約を結べ、魔王にも謁見できた。未体験が詰め込まれた数日間、全身を心地いい疲労感が支配していた。


バタン!


隣の部屋から何かが倒れる音。そしてニアロンの声が聞こえる。


―タマ、ちょっと来てくれ―


さくらも気になり様子を見に行くと竜崎が床に伏していた。タマはぺしぺしと彼を叩いた。


「また魔力切れですかご主人」


「いや…それも少しあるけど睡眠不足かな…」


そういえば、さくらは思い返す。竜を運転したりベルンの様子を見ていたりと彼が寝ているところを見ていない。かなり体を張っていたようだ。



タマが巨大化し、竜崎を子猫のように引っ張り上げベッドに寝かせる。


「あまり無茶をしないでくださいよご主人、もう若くないんですから」


「うっ…そうだよな…」


タマの言葉でかなり力が抜けていく竜崎。今日一のダメージを食らったようだ。

思わずタマの方を睨むニアロンとさくら。当の彼は首を傾げた。


「? 私なんか変なこと言いました?」

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