32話 とある村③

「とりあえず一安心だ。2人とも無事でよかったよ」


捕まったのにも関わらず、焦ることなく床に座り込む竜崎。


「竜崎さん…!早く脱出しないと!」


慌てるさくら、だが彼はどこ吹く風。


「落ち着いて。儀式を強行するならこの子達を捕えた直後に既にやってるはずだよ。女将さんが言ってたことが正しいならば、後夜祭の時に行うことが決まっているんだろう」


当たってる?と先に捕まっていた2人に確認をとる竜崎。教え子2人はコクリと頷いた。


「まだ祭囃子は微かに聞こえる、なら時間はある。今のうちに知っていることを教えてくれ」


「はい、先生。お話いたします」




 始まりはこの村にとある魔術士が訪れたのがきっかけでした。


その魔術士は領主の息子に目をつけ、隠れて様々な魔術を教えました。息子、ベルンの方も魔術を独学で学んでいた身のため、疑うことなくそれを受け入れました。


ベルンはある女の子に思いを寄せていました。しかしその女の子はとある青年と仲睦まじく、彼の胸中は羨望と嫉妬が渦巻いていました。魔術士はそこに漬け込み、唆したのでしょう。


魔術士が去った後、唐突にベルンは予言を授かるようになりました。内容は「供物を捧げなければエナリアスが怒り、天災を下す」というものです。


当初、村民達は信じておりませんでした。神官や実績のある預言者ならばいざ知らず、ただの青年が突然『予言だ!』と叫んだところでほら話として一笑に付されるのがオチです。


ですが、彼は笑われようが親に引っぱたかれようが触れ回るのを止めようとしませんでした。一時は頭がおかしくなったと考えられ牢に入れられもしたようです。


しかし予言は的中しました。突如村のみを襲った局地的豪雨、そして雷。全ての家に被害が及び、領主の家も免れることはありませんでした。


その後牢から出されたベルンは、さらに予言を重ねました。捧げれば平穏に済み、捧げなければ雷が家を破壊していく。村民達も信じざるを得なかったのでしょう。次第に信奉者は増えていきました。


予言で指示された供物は日に日に激化していきました。当初は干し肉程度でしたが、やがて魚一匹になり、生きた家畜になり。そして今回、若き人の血と肉を捧げよとお告げが下りました。


流石に受け入れがたく、村の者は散々と議論を交わしました。その間にも催促するように天候は荒れていくばかり、疲弊した彼らはくじ引きで生贄を決めました。そして選ばれたのが―




「例の青年、というわけか」


竜崎はそう呟く。例の青年、メストとさくらが会ったどこか生気を失った子である。


「はい。以上が調査結果です。不正なくじ引き道具は近場の森に埋められておりました。全ては彼の、ベルンの横恋慕と魔術士の姦計から起きた出来事です」


「大掛かりだな。だけど当たっていると思うよ、ベルンくんは確実に洗脳されていた。その魔術士によるものだろうね」


調査内容と教え子の話をすり合わせ、頷く竜崎。間違いはなさそうである。


「信じられない…」


さくらは思わずそう零す。好きな子を得るために恋敵を殺す発想も信じ難いが、それより驚いたのは村人が予言を信じたことだった。そんな彼女の心を読んだかのように、竜崎は注釈を加えた。


「ここは私達が元居た世界のように科学で解決できる世界じゃない、預言者や託宣者は重要な役職なんだ。それに、実際に精霊を怒らせて滅んだ村は結構あるしね。とは言えども、精霊は生贄なんて欲していないのに…」


確かにイブリートはバルスタインの命を受け取り拒否していた。その代わり闘争を求めていたが…




「私達はこの辺りを怪しげな魔術士が彷徨っていると聞き、先生のお力になれると思いこの村に来ました。この一件を知って止めようとしたのですが、予言を信じこんだ村の人に捕まってしまったのです。苦肉の策でアリシャバージル国王の命令と嘘をつき、報告しなければ応援がくると脅して手紙を送ることには成功しました」


彼らは自らの置かれた状況を最後に語り、話を締めくくった。竜崎は最後まで真剣に聞いていた。


「なるほど、そういうことだったのか。ごめんね、大変な思いさせてしまって」


労う竜崎の上で、ニアロンが息を吐く。


―しかし雷がエナリアスの怒りとは。そう思うのは仕方ないか、雷精霊は別にいるんだがな―


「僕も学園で学ぶ前はそう信じていました。まさか雷の精霊が永炎の地にいるとは…」


よくある勘違いらしく、二アロンもメストも騙された村人達に同情していた。




「すみません、先生。結局魔術士の足取りは掴めずじまいで…」

「私達が至らぬばかりに、先生のお力になるどころか逆にご迷惑を…」


自らを責め続ける2人。竜崎は気にしないで、と優しく首を振った。


「ううん、よく知らせてくれた。命に過ぎたる宝なし、だ。学園を卒業した君達だ、村の力自慢なんて徒手でも簡単に倒せただろうに。村の人を無闇に怪我させたくなかったんでしょう?最悪牢を破ればって。でも、まさかこんなに重厚とはね」


竜崎は立ち上がり、物々しい檻に手をかける。これは大型の肉食獣でも破ることはできないであろう。実際竜崎が軽く揺らした程度ではびくともしなかった。





気づくと微かに聞こえていた祭囃子はとうに収まっており、薪が燃え盛る音らしきものが微かに聞こえ始める。そろそろらしい。


それを合図に腕を外に出し、錠前を触る竜崎。見張り達に槍を向けられても怯むことはない。


「王国の檻並に頑丈ですね。壊すのには手間かかりそうだ。だけど― 肝心の鍵がこれじゃあねぇ」


パキリ


軽い音を立て、鍵が壊れる。それと同時に勢いよく扉を蹴り、竜崎は外に躍り出た。右の見張りには彼が、左の見張りにはニアロンが、それぞれ閃光を走らせる。槍を向け直す暇も与えぬ速攻技、成すすべもなく見張り達は気絶した。


「メスト!さくらさんを守れ! 2人はツーマンセルを組み、メスト達から離れすぎないように対応!」


竜崎の指示に合わせ彼らも牢から飛び出る。別部屋で武器を管理していた見張りも卒業生があっという間に片付けた。その間に竜崎は出口までの見張りを全て片付けていたらしく、さくら達が武器を回収し終えた後には起きている見張りは一人もいなかった。


「相変わらずえげつない腕をしているよ先生は…」

苦笑いを浮かべる卒業生。さくらも笑うしかなかった。


彼らが外に出たときには既に竜崎の姿は無かった。少し離れた先で大きな炎が揺らいでいる。


「急ごう!」


卒業生の言葉に、さくら達は一斉に駆けだした。




儀式台の薪には火がつけられ、ゴウゴウと音を立てながら燃え盛っていた。青年は台上に縛り付けられ、苦悶の表情を浮かべている。


既に近隣の村民は帰り、子供達は無理やり寝かしつけられていた。台を囲むのは彼の献身を見届け、死後の安寧を願うことがせめてもの罪滅ぼしと祈りの言葉を唱える大人たちのみ。


そして今まさに執行人によって青年の胸にナイフが突き立てられようとしていた。


せめて苦しまぬよう一息に、ナイフを握りしめた手を力強く振り下ろそうとする。しかしその手は何者かに掴まれ止められた。執行人が顔を上げると、そこには逆らえぬ気迫を放つ白髪の男性―竜崎がいた。


執行人を勢いよく払いのけ、彼は隠し持っていた折り畳み杖を展開。儀式台を叩き突く。青年を縛る縄は焼けるように千切れ落ちた。


男性は青年を助け起こし、儀式台から降ろす。それを見届け、彼は高らかに名乗り上げた。


「勇者一行が一人、『精霊術士』、竜崎が告げる! 精霊エナアリスは供物を求めていない! 全てはまやかしである!」


ニアロンも姿を現し、竜崎の背に後光を作り出す。かがり火の巨大な炎と熱のくゆりも相まって、彼の姿は神の使いのようであった。


かの英雄の威風堂々たる立ち姿に思わず平伏する村民達。ようやくさくら達も到着したが、その有様を見届ける以外にやることはなかった。


「あれ…空が…!?」


と、星空をおどろおどろしい雲が覆い、ゴロゴロと雷鳴が轟きはじめる。今にも雷雨が降り注ぐかのような空模様に村人達もさくら達も戦々恐々とした。


だが竜崎は臆することなく杖を掲げる。先から光が放たれると、雷雲はまるで存在しなかったかのように消え失せた。彼は返す刀でウルディーネの鱗を突き刺す。鱗は杯ごと粉々に砕け散ったが、代わりに裏に張り付けられていたらしい血に濡れ黒く染まった魔術札を貫いていた。


「見よ!これが雷雲の正体である!精霊の怒りでも予言でもない、策謀によるものだ!」


激しいどよめきがその場を包む。


「一体どういうことなのですか、リュウザキ様…!」


領主が代表して説明を求める。


「それは彼らに説明してもらおう」


竜崎の目配せにより、壇上に上がったのは卒業生2人。そしてもう一人、領主の息子ベルンである。彼はいつの間にか捕えられていた。


「リュウザキ先生に代わり、私達が真相を語らせていただきます!」




「なんと…!そ、そんな…!」


「ふざけるな!俺たちがどれだけ被害をこうむったと思ってやがる!」


「どう落とし前つける気だ!クソガキ!」


彼らから事情が語られその場の全員が唖然、次いで軽蔑の視線と怒号が飛び交った。その話を受け入れられず立ち尽くす者も入れば、今までの行いが全て無意味と悟り膝から崩れ落ちる者もいた。


「ベルンよ…。この話、真実なのか…?」


領主である彼の父親は半ば否定を求めるように病身を引きずり彼に問いかける。だが、ベルンは顔を背ける。その行動は今の話が真実だと暗に示すには充分だった。


「この…この…!バカ息子がぁ!!」

領主は病魔に侵されているとは信じられないほどの勢いで息子に飛び掛かり、幾度も顔面を殴りつける。病人とは思えぬ剣幕にさくら達は見ているだけしかできなかった。何発か殴られるのを見届け、ようやく竜崎が彼を止めた。


「お放しくださいリュウザキ様!その愚息には生きる価値もありません、命を以て贖罪させます!」


自棄になる領主を竜崎は抱え、車椅子に座らせた。


「幸いこの出来事の間に死んだ方はいないと聞きます。彼も魔術士に洗脳された身、これ以上の負の連鎖は私が許しません」


「ですが…!」


未だ納得しかねる領主、それは村民も同じ気持ちらしく彼に向けて罵詈雑言が浴びせ続けられる。竜崎は皆にも聞こえるように声を大にし、説得をする。


「えぇ、このままにする気はありません。ただ、死以外の贖罪の機会を与えてください」


「それはどういう…?」


「魔王軍に志願させるのはどうでしょう。どんな悪童でも叩きのめして改心させる教官に心当たりがあります」


メスト達はその存在を知っているのか、竜崎の言葉に苦笑い。進言する。


「アレハルオ家のメスト・アレハルオです。確かにあの教官は信頼できます。リュウザキ先生並みに」


竜崎に加えてメストと2人の卒業生にも太鼓判を押され、村民はそれで手打ちとするよりなかった。




「しかし、エナリアスに一度会えば生贄を必要としないことはわかるはずなんですが…。会った事ある人はいますか?」


そもそもこの惨状となったこと事態が理解できない竜崎は村人に手を挙げさせる。


「…」

「…」


一人も手を挙げない。エナリアスを崇めている村なのに、まさかの誰も知らない。流石に予想外だったらしく、竜崎はため息をついた。


「だから騙されるんですよ…。いい機会です。明日、皆で万水の地に向かいましょう」

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