13話 ホームシック
深夜、目が覚めるさくら。寝ぼけ眼ながら時間を確認するためにスマホをつけてみようとする。
「…あれ?」
つかない。何度ボタンを押しても画面は黒いまま。慌てて枕元においてあったモバイルバッテリーを接続するも、そちらも電池切れ。
「そんな…そんな…!」
カチカチカチ、とボタンが潰れるほど押してみても起動しない。全身が脱力していくのを感じる。
―どうした?さくら―
毎晩恒例のように、言葉を覚えるための魔術をかけてくれている二アロンも心配げに聞いてくる。
「スマホが…スマホの電池が切れちゃったんです…」
もし電話やメッセージがきても受け取ることができない。唯一の希望を奪われてしまった気分だった。
「お母さん…お父さん…どうしよう…」
心が締めつけられる。親や友達に会いたくてポロポロと涙がでてくる。
ニアロンとタマが慰めてくれるが、頭に入ってこない。むしろ苛立たせるだけだった。
「いつ帰れるんですか!」
つい当たり散らしてしまう。タマはその怒声に驚き身を縮こまらせ、ベッドの下に隠れてしまった。
ニアロンも申し訳なさそうに背中をさするが、さくらはそれを振り払う。
と、二アロンが輝き、大人形態へと変化した。以前、夕食時に少しだけ見せてくれたあの姿に。さくらを優しく包む。
―そうだよな。知らない土地で心細いよな。本当の母親と比べてしまうと私では力不足だろうけど、少しは気が紛れるといいんだが―
ギュっとさくらを抱きしめる二アロン。暖かな温もりにしばらく彼女の胸を借り、泣いてしまう。
ある程度泣き止んできたところで、二アロンが懐かしむように話す。
―清人もこんな風に泣いていたな―
「そうなんですか…?」
涙を拭い、顔をあげるさくら。
―今でこそあんな感じだが、当時はあいつも寂しかったんだろうな。よく隠れて涙を浮かべてたよ―
意外な過去に少し親近感を覚える。
―あいつはお前と自分を重ねているんだ。エアスト村から無理やり連れてきたのも、お前が寂しさで押しつぶされる前にと焦っていたからだ―
「寂しさで…?」
ニアロンは少し躊躇っていたが、意を決したように話し始めた。
―少し昔話をさせてくれ。実を言うとな、清人は生贄として私に捧げられたんだ―
「えっ…」
―本当はクレアが生贄になる予定だったんだが、あいつは彼女を庇い、私の元に来たんだよ―
思わず身を竦ませるさくら。ニアロンは落ち着かせるように背中を撫でる。
―私が生贄を欲していた理由は食べるためじゃない。とうに肉体を失っている身だからな、魔力さえあれば生きながらえることは出来る。…呪いを抑えていたんだ。憑かれた者は生きた屍となり、肉体が朽ちるまで死の病を広げていく呪いだ。洞窟内に縛り付けられ弱った身では完全に抑え込むことはできなかった。数十年に一度。生きた人間に呪いを移し、殺めることで呪いが漏れるのを抑えてきた。幾百年か、年月を忘れるほどそれを繰り返してきた―
懺悔するように話すニアロン。さくらはどう声をかければ良いのかわからなかった。
―そしてある時、清人が来たんだ。死ぬためにな―
「皆のために…ですか?そんな覚悟どうやって…」
―死ぬ覚悟なんて決まっていなかったさ。「自分は言葉は喋れない、魔術も使えない、力仕事もできないお荷物だから周囲の視線が痛い」と拙い言葉で話してくれたよ。ただ村の連中からの重圧から逃れようと、楽な道を選ぼうと生贄に立候補したんだ。事実がどうであれ、よほど追い込まれていたのだろう。顔に生気などなかったな。そんな経験があったから、あいつは頭を下げてまで自分の近くに連れてきたがったんだ。せめて、そちらの世界を知る自分の元に、とな―
さくらの頭を撫でつつ懐古するニアロン。確かに竜崎が現れなければ今頃どうしていたかわからない。彼の優しさを知り、少し気持ちが楽になった。だが、疑問が残っていた。
「でも、竜崎さん生きていますけど…その呪いって死ぬんじゃ…」
―本来ならそうだった。だが、清人は違った。まるで病に耐性があるかのようだった。元いた世界はこちらと違い汚染が進んでいるのがその理由じゃないかと言っていたが。…ともかく三日三晩苦しみ抜いてあいつは生き残った。そのころには死にたいなんて思っていなかったんだろう。文字通り死ぬほどの苦しみを味わったんだから。髪はほぼ白髪に変わり果ててしまったよ―
今の竜崎の頭を思い出すさくら。確かに彼はほとんどが白髪だった。あれはファッションとか年齢によるものではなかったんだ…
「それで…その呪いはどうなったんですか?」
―今もあいつの体に刻まれている。安心してくれ、色んな奴の協力のおかげでもう消えかけのようなものだ。あいつが生きている限り呪いが広がることは絶対にない―
そう言い切るニアロンだったが、直後、寂しそうにつぶやく。
―もし、呪いが解放されることがあるならば清人が死んだときだろう…。その時が来たら私の全てをかけてあいつの遺体ごと呪いを消滅させてやるさ。そのために一緒にいるんだ。そんな時、出来ることなら来てほしくはないがな…―
隣の部屋で寝ている竜崎の耳にも微かながら彼女達の会話は届いていた。彼は体を起こし、ベッドの下に隠してあった一冊のノートをとりだす。そこには日本語で「元の世界に帰れる可能性のあるもの」と題が付けられていた。
開き、めくっていく。ほとんどのページには失敗を示す×マークが引かれていた。
あるページで彼の手が止まる。そこに描かれているのは古代の装置だろうか、小さな台座と大きな台座の二つ。下の方に彼の字で注釈が書いてあった。
『1人の命を生贄に、1人を元の世界に帰せるかもしれない。2人とも同じ世界の出身である必要はあるが…これを使う時は来るのだろうか?』
ノートを開いたまま、顔に手を当て深く考え込む竜崎。そこにニアロンが戻ってくる。
―なあ清人。今すぐに精霊伝令をやらないか?さくらを元気づけたいんだ…って―
苦々しい顔になり声を潜めるニアロン。
―よもやそれを使おうとしているんじゃないだろうな。それは絶対に使わせない。どちらが犠牲になるとしても、私は許さない―
「わかってる。見返していただけだ」
そういい、元の場所にノートを戻す。
「それで、伝令だっけか」
―あぁ。あれは綺麗だからな。少しは気が晴れるだろう―
「そうだな。よし、やるか!」
教師寮を出て、ほんの少し歩いたところ。芝生が広がるところに竜崎は魔法陣を書き始めた。
「ここでやるんですか?」
「結構光っちゃうからね。他の先生方を起こすわけにもいかないから」
杖でガリガリと地面に線を引いていく竜崎。さくらは思ったことを口にする。
「そういえば杖って使うの初めてみました」
「あ、これ?いやー。大きな呪文じゃなければあんまり使わなくてね。普段は仕舞っているんだ」
そういうと竜崎は杖を一回転させる。すると手のひらにまで収まるサイズになった。
「魔力増幅とか、楽したい時以外はこうやってね。これはソフィア…マリアちゃんのお母さんに作ってもらったんだ。すごく便利」
「『発明家』さんですね」
「お、聞いたんだ。あの話」
「勇者一行ができるまで、みたいなところだけですけど」
「あー。戦っている最中のお話は私達ほとんど話してないからね。伝聞の集合体みたいになっているから伝記にはそう沢山は書かれてないんだよ」
「なんでですか?」
「そうだねー。あの戦いで敵だった魔族側を貶める内容になりそうだったから、かな。まあ気になる噂があれば聞いてくれたら本当か嘘かは答えるよ」
そうこうしているうちに書きあがり、竜崎は腰を伸ばす。さくらが覗き見ると、魔法陣には細かな文字がびっしりと書かれていた。
「うわっ」
虫の集合体をみたかのような反応をとってしまうさくら。その様子に竜崎は笑う。
「世界中の精霊に向けて伝令を頼む術式だからね。こんなふうに複雑になっちゃうんだ」
―各地に散った卒業生や知り合いに現地調査を頼むんだ。この方法だと全員に手紙を送るより楽だし早いし内密に済ませられるからな―
中心に座り、長々と呪文を詠唱する竜崎。手も細かく動き呪文を紡いでいる。ニアロンも竜崎の背後で何かを唱えている。
魔法陣の文字が光り、赤青黄緑白黒様々な光の球がいくつも浮き上がってくる。輝くそれらは縦横無尽に竜崎の周りを飛び回る。さくらの周りもくるくる回り始めた。
「すごい…」
大掛かりなイルミネーションのような情景におもわず写真をとろうとスマホを探るも、電池切れしているのを思い出し諦めて見るだけに集中した。
光の球はやがて竜崎を中心に円を描きながら回転し、速度を増していく。
「はっ!」
竜崎が勢いよく地面に手をつけたと同時に一斉に飛び上がる光の球。空高くまで上がったそれは、花火のように弾けて各地へ飛んでいった。
「綺麗…」
拍手をするさくら。竜崎はとりあえず一安心と額の汗を拭う。
「これで良し、と。何か有用な情報が貰えればいいんだけど…。どう?綺麗だった?」
「はい、とっても!」
「よかった。さ、夜風で体が冷えないうちに戻ろうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます