11話 勇者一行の伝記

『学園』の横にそびえたつ巨大な図書館、その内部に付設されているカフェにさくらは連れてこられていた。


「あの話を知らないなら教えてあげる!」と、御供に立候補した3人に手を引かれたさくらは、彼女達が本を探しに行っている間ナディと席で待機させられていた。


「あ、あのナディさん。私が違う世界から来たってことは…」

さくらの分の飲み物も買ってきて席に戻ってきたナディに問う。彼女は頬を掻きながら答える。


「それが、まだ伝えてないんです。リュウザキ先生が、『明かすタイミングは本人に任せるけど、必要がなければ極力隠しておいた方がいい』って。混乱が起きることを危惧しているようで…」


「もしバレたらどうなるんです…?」


「多分…いろんな人から揉みくちゃにされて、下手すれば半強制的に祀り上げられるかと」


「それって生贄ってことですか…?」

思わず固まってしまう。ナディは苦笑いしながら手を振る


「いえいえ、そんな野蛮なことは王都では無いですよ。多分、騎士団の旗頭にされたりとかですかね?」


それはそれで魅力的な気もしたが、お飾りでの登用は後が怖そうだし、務まる気がしなかった。


とはいえ、竜崎が少し羨ましい。この学園の教師や生徒、工房の人の様子を見る限り、かなり慕われていることはわかる。無論彼の実力によるものだろうが、異世界出身という肩書も大きそうだ。


私もそれをバラしたら皆から尊敬の目で見られないかな、と邪な考えがちょっとだけ巡る。




少し待つと、3人それぞれが本を見つけ持ち寄ってきた。


「伝記あったよー」と帽子を被っている子


「歴史書見つけたから持ってきた!」とピンク髪の子


「絵本借りてきたよー!」と茶髪の子


さくらは邪念を振り払い、彼女達の話を聞く姿勢を整える。


「えーと、どこから知らない?予言から?え、もっと前から?んー面倒くさい!全ての始まりから話しちゃえ!」

ピンク髪の子が率先して歴史書を開き、簡単な要約をしてくれた。


「まずこの世界には人界と呼ばれる私達が住む土地と、魔界と呼ばれる魔族が住んでいる土地があるのは流石に知ってるよね。二つの領域は数百年間小競り合いをしてきたの。一部のいがみ合いだったり、当時の王の指揮だったり。あんまり仲が良くなくて、大きな戦いもあったみたい」


ふと、茶髪の子が思い出したかのように言う。

「昔の魔界の魔術師は禁忌を犯して獣人や亜人を創り出したんだよね。戦闘員として。知能は獣並みだったんだけど、人間と同等の知性をもつ個体が現れて、独自の文化を築いたり、人の社会に溶け込んだ。だっけ」


それを聞き、帽子を被った子が頷く。

「そうそう。獣母と呼ばれる母体から生まれていたんだけど、勇者一行が打ち倒したんだよ」



歴史の授業を振り返るように話す3人。さくらは禁忌の魔術というのが気になったが、ナディが補足してくれた。


「当時の魔法は失われており、どう作られたのかが全くわからないんです。それを解き明かすことが『学院』の目標の一つです。未だ成果は無いみたいですけど…。リュウザキ先生も協力しているんですよ。転移の鍵があるかもしれないって」




ようやく本題である『勇者一行の伝説』に移るようで、続けてピンク髪の子が伝記を開き、帽子の子がそれの注釈役。茶髪の子がさくらの隣に座り絵本を開く係となって始まった。


「むかぁし、むかし、あるところに、1人の王様がいました。彼は―」


「読み方普通でいいよ…」

抑揚をつけて話始めると、他の子からツッコミが入る。突っ込まれた子は口を尖らせブーたれた。


その様子に元の世界の友達を思い出し、さくらは少し笑ってしまう。


「あ!笑ってくれた!」


「よかった、さっきから顔沈んでいたんだもん」


そう言われ、思わずハッとなる。先程の事故のことがずっと心に残っていたのが顔にまで出てしまったのだろう。気をつかわせてしまったみたいで、少し申し訳なかった。




「じゃ、改めて始めるね。今から20年前、当時の魔王が号令を出し、人界侵攻を開始したの。その勢いは今までの比ではなく、魔界に近い村や都市は攻め落とされ、じわりじわりと人界を侵食していったんだって。人界側の各王はそんな状況に頭を悩ませていたらしいの。自軍に引き入れた陣営が勝つとまで言われたエルフの国は、不干渉を保つために外壁周囲に巨大な牙のような魔樹の根を張り巡らせちゃったし。元々深い森の中にあり、空中からの侵入が不可欠だったからエルフ伝統の御供竜使役と射撃術によって近づく敵は人魔問わず追い払われたんだって」


帽子の子が注釈を入れる。

「古くから垣根も壁もない領域同士だから、人界側に魔族、魔界側に人間がいることも普通の事で、入り乱れての酷い戦いになったみたい。エルフも国を離れている人には不干渉を求めなかったから両陣営に居たみたい」


そんな惨状、いったいどうやって解決したのだろうか。さくらが話に聞き入っていると、どうやらここからが「伝説」の始まりらしく声の調子が改まった。


「そこでこの国、アリシャバージルの祈祷師にある預言が降りてくるの」

ピンク髪の子はそういうと、深呼吸をしてから一気に読み上げた。



「永きにわたる、魔たるものとの戦を収めるには彼の者らが鍵となる


闇を秘めた鋭俊豪傑たる勇の者

老練にして英明果敢たる賢の者

年若く才気煥発たる巧の者

異界より来たりし伯楽一顧たる術の者


彼らを集め、希望をもって送り出せ。さすれば、必ずや魔を払い共存共栄の道を歩めるだろう」



まるで呪文を詠唱するかのように高らかと読み切った彼女は、続けざまに説明に移った。


「賢の者、『賢者』は当時から学院の最高顧問の一人だったミルスパール様が選ばれて、巧の者、『発明家』は天才として話題に挙がっていた小さな工房の一人娘、ソフィア・ダルバ・テーナイエーさんが選ばれたんだけど、他二人を探すのが難航していたみたい」


話に合わせ絵本をめくっていた茶髪の子が流れるように話を続ける。

「勇の者、『勇者』は詳細不明だから、とりあえず武術大会を開いてその優勝者を勇者としようとなったらしいんだ。腕自慢の猛者達がたくさん集まってきたんだけど、そんな相手をものともせず、全ての相手を一捻りで終わらせた女性が優勝したんだ。流浪の戦士だったダークエルフの女性は「闇を纏う」という予言と合致しているとして勇者に選ばれたんだって」


私が全部言いたかったのに…とむくれるピンク髪の子は最後の一人を紹介する。

「術の者、『術士』。これがリュウザキ先生のことなんだけど。「異界からきた」という点が論争となっていたみたい。異界というのが魔界でいいのかって。結局纏まらず、総当たりで探すことになったんだけど、遠出をして探していた賢者様がエアスト村ってところで異世界からきた先生を見つけ出し登用することにしたんだって。最後までこの4人で合っているのかという疑問があったみたいだけど、見事1年ほどで魔王を討伐し、新魔王を擁立して人界との対等な和平条約を結ぶまでしたんだよ」


めでたしめでたしと本が閉じられる。しかしさくらは幾つか気になることがあった。


「戦いを仕掛けたのは魔界側なのに、なんで対等な関係を結べたんですか?」


「それも勇者一行の尽力があったみたい。予言も共存共栄を示していたし、魔界の魔神や高位精霊、観測者達からも後押しもあったんだって。もっとも一部からは不満の声は挙がっていたみたいだけど」



「でも、魔族の方々って怒ってないんですか?王様が殺されたのに…」


そう聞かれると、ピンク髪の子は口元に指を当て、考える素振りをみせてから答えた。

「んー、今の王はかなり支持されているけど、当時の王は不人気だったらしくて。そもそも魔界って各魔神や高位精霊を崇めている人が多くてね。魔神達に嫌われていた王様だったから倒されて喜んだ人のほうが多かったんじゃないかなぁ。王の一派が勝手に暴走して侵攻を始めただけだから、魔界全体が侵攻に賛成していたわけではなかったんだ。私は魔界生まれの魔族だけど、勇者一行を批判する人は周りにはいなかったよ。むしろ人界側の方が怒っている人いるんじゃない?」


他2人にそう話を振る。帽子を被った子はあくびをしながら答えた。

「私は獣人という特殊な、作られた人種だけど、作った魔族側に恨みはないよ。何百年も前のことなんてわからないし、私は私だもん」


茶髪の子は少し言葉を選ぶように答える。

「私は主戦場付近の生まれだけど、ずっと勇者様達がいろいろと面倒をみてくれたから。少なくとも私には魔族に対する恨みなんて全くないかな」



「えっ人間じゃないんですか?」

さくらはそっちのほうが気になり、つい聞いてしまう。


「うん、ほら」

ピンク髪の子が服に背中にあるボタンを外すと悪魔の羽らしきものが出てきた。

「だいぶ人間と血が混じったから肌の色ほぼ同じでわからなかったでしょ」


続けて帽子の子が帽子とると獣耳がぴょこんと現れた。

「私も、他種族との混血だから大分人間よりになってるの」


茶髪の子も一応続く。

「私は人間だよ」


敵味方なく友達として接している彼女達を見て、あまり憎しみとかないんだな。とさくらが思っていると、ナディが小声で教えてくれた。


「今でも恨みを持っている人は勿論います。特に主戦場となった村などでは。でも勇者一行が復興に力を貸し、その人数は大分減っています。先生は心を癒すほうが戦いよりも何倍も力を使って時間がかかっているとよくおっしゃっています」





「しっかし、こんなことも知らないなんて結構な田舎の出なの?」

羽を戻し戻し、帽子に耳を仕舞っている様子を眺めているとふとそんなことを聞かれた。答えに悩んでしまうさくら。明かしてもいいものか。ナディのほうをちらりと伺うと、彼女も迷うようにお任せしますと視線を送ってきた。


困っていることは3人にも伝わったらしく、無理に言わなくてもいいよ。と止めてくれた。


「リュウザキ先生が連れてくる子って何か訳アリなんだよね。すごい力を秘めていたり、家庭の事情が複雑だったり。だから、話せるときになったら教えてね」


「あ、ありがとう、ございます。えっと…」


そういえば名前を教えてもらってなかった。向こうもそれに気づき、自己紹介をする。


「私はネリー・グレイス。よろしくね!」

ピンク髪の魔族の子はそういい、にこやかに笑う。


「モカ・ウーフルっていうんだ。よろしく」

帽子を被った獣人の子はピースをする。


「私はアイナ・バルティ。これからよろしくね」

隣に座っていた茶髪の子はそういいさくらの手を握る。


「雪谷さくらです、よろしくお願いします」


「あれ?じゃあユキタニちゃんって呼んだ方がいい?さくらちゃんって呼んだ方がいい?先生はさくらさんって言ってたけど」

そういえば。元の世界だと基本苗字で呼ばれていたが、竜崎さんはなぜか名前で呼んできたな、と思い返してみる。どうせなら合わせたほうがいいよね、と名前の方で呼ばれることにした。


「じゃあさくらちゃん。この後どうする?どうせならどっか遊びに行かない?」


ネリーが提案をするが、ナディが申し訳なさそうに止める。

「さくらさんはリュウザキ先生が戻ってくるのを待っているだけですから…あまり遠くにいくのは」


えー、と頬を膨らませるネリー。するとモカが何かを見つける。

「あれ、先生じゃない?」


指さした方向を見ると、竜崎と思しき人物がカフェの前を通過していった。どうやら学院のほうに向かっている様子だ。


「あ、じゃあ学院のほうにいってみない?私行ったことないし」

とアイナは提案する。ナディからお許しがでたため、揃って学院を探検することで一致した。ネリーは少し不満そうだったが、いざ行くことが決まるといの一番にカフェを飛び出した。


「あ、ネリー!お会計!」

とアイナに止められて慌てて戻ってきたが。

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