(8)

 オートリキシャのタクシーの内、1台には私と博士が、もう1台にはコ事務官とテルマが乗っている。

「何か、私と一緒なのが不満そうだが……」

「いえ、そんな事は……」

「一応は、父と娘と云う事になってるんだから、フリぐらいは……」

「そう言えば、博士の御家族は?」

「いや……若い頃から、仕事に夢中で、結婚なんて考えなかった……と言いたい所だが、色々有ってね。私が惚れた相手には想いは届かず、私に惚れてくれた相手とは、私の方の事情で一緒になれず……それを繰り返していたら、今更、結婚なんて齢じゃなくなっていた。この齢になると、老後は寂しくなるかも知れんと思う事は有るがね」

 その時、前を走っているコ事務官とテルマが乗ったオートリキシャが交差点に差し掛かったかと思うと……。

「えっ⁉」

「何だ⁉」

 突然、交差点から猛スピードで小型トラックが突進して来た。

 コ事務官とテルマの乗ったオートリキシャは、かろうじて小型トラックを避けたが、転倒してしまう。

「テルマっ‼」

 私は、オートリキシャの座席から飛び出す。運転手が、自分の頭上を飛び越えた私を、唖然とした表情で見ていた。

 私は、着地して、そのまま走り出す。

 その時、トラックの荷台と運転席から、年齢も人種も共通点が無い男女2人づつが飛び降りる。

 手には拳銃やナイフを持ち、4人とも荒んだ表情が浮かんでいる。服装もバラバラだが、どの服も、着古し色褪せたヨレヨレのものばかりだ。全員、肌は荒れており、髪は、櫛を入れた形跡も、ここ数日洗っている様子も無く、女であっても、化粧っ気は全く無い。

 はっきり言えば、オートリキシャの運転手達の方が、遥かに服装もマトモで、身嗜みにも気を付かっているようだ。

「大丈夫か?」

「ええ……」

「何とか……」

「じゃあ、逃げ……」

 幸い、コ事務官とテルマは大した怪我はしていないようだ。

「待ってくれぇ〜‼」

 博士の悲鳴。

 博士と、オートリキシャの運転手にナイフを突き付けている暴漢が1名づつ。

「伏せてて……」

「で……でも……」

 その時、暴漢達の中で一番年上らしいアジア系とヨーロッパ系の混血らしい中年の女性が、我々に何かを告げた。一見、太り気味に見えるが、服に隠されていない腕や首を見る限り、かなりの筋肉が付いている。

「何て言ってるんですか?」

 私はコ事務官に聞いた。

「単純な要求です。『3分間だけ待つ、有り金を全部出せ』。ちなみに広東語」

「何故、私達が狙われるんですか?」

「非常に失礼な事を言っていいですか?」

「何でしょう?」

「貴方が追剥だとして、金は有りそうな目立つ格好の田舎者を見掛けたらどうします?」

「え……っと……、このチャイナ・ドレスが原因?」

「多分」

 その時、前方の4人の暴漢達が一斉にあっけに取られたような顔をした。

 振り向くと、オートリキシャの運転手である黒人の女性が、暴漢2人を叩きのめしていた。

 何が起きて、彼女が何者なのか、考えるのは後だ。

 私は前方の4人の暴漢に向って突撃する。

 まず、拳銃を持っているアジア系の男の腹に拳を叩き込む。

 男の顔が苦痛に歪み、思わず拳銃を地面に落す。

 だが、次の瞬間、背中に冷たさと熱さを同時に感じた。

 別の1人がナイフで私の背中を切り付けたらしい。私は後方の敵に肘撃を撃ち込むが、手応えからすると、当りは不十分なようだ。

 そして、今度は、4人の中で一番若い、まだ十代半ばぐらいの少年が、必死の形相でナイフを腰溜めに構え、私の左側から突撃する。

 しかし、次の瞬間、苦痛の声を上げたのは私では無かった。

「えっ⁉」

 少年は、オートリキシャを運転していた黒人女性の飛び蹴りを食らい吹き飛んだ。

 黒人女性は、懐から拳銃を取り出すと、目を他の暴漢に向けたまま、自分が倒した少年と、私が一撃を食らわせた男に銃弾を浴びせる。それも、1人につき複数発。偶然なのか、狙ったのかは不明だが、弾丸が命中したのは、手足などの「戦闘能力は奪われるが、即死しない箇所」ばかりだ。

 暴漢達のリーダーらしい中年女性は、一瞬何が起きたか理解出来なかったようだが、やがて、怒りの表情を浮べ、黒人女性に罵声を浴びせる。

 だが、黒人女性は、表情も変えずに、少年の顔を思いっ切り踏み付ける。

 少年の鼻が潰れ、折れた歯が何本か口から覗いている。

 黒人女性は暴漢達に何かを言った。そして、まだ動ける2人の暴漢は、怒りと恐怖の入り交じった表情を浮かべながら、怪我をした仲間達をトラックの荷台に乗せると、走り去って行った。

「だ……誰なの、貴方?」

「ただの中年女だよ」

「それにしては、中々の腕前ね」

「この辺りでは、この程度の腕が無いと生きてはいけないんでね」

「ふざけないで‼」

「そうかい?」

 そう言うと、その黒人女性は何故か拳銃を私に向って放り投げた。

「えっ⁉」

 私が拳銃を思わず受け取ってしまった途端……。

「うわっ⁉」

 黒人女性は私との間合を一気に詰め、私の腕を握ると、私を地面に投げ落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る