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 我々がやってきたのは、外見・内装ともに、世界首都に有ってもおかしくない一九世紀末〜二〇世紀初頭のヨーロッパ風の建物だ。

 世界政府・統一省・上海支局。それが、ここの正式な呼び名だ。しかし、中国側では「外務省」「領事館」と云うニュアンスの言葉に訳されているようだ。

 世界政府の見解では、全世界が世界政府の統治下に収まるべきである以上、ここは「反乱地域」の一部だ。しかし、中国側は世界政府を「世界にいくつかある連邦国家の1つ」と見做している。

 我々にとっては「唯一無二の存在」である世界政府が、彼等からすれば強大ではあっても「世界に複数有る『国家』の一つ」に過ぎず、我々からすれば「反乱分子に対するやむを得ざる交渉や妥協」が、彼等からすれば「対等な外交関係」に見えると云う根本的な齟齬を抱えたまま、かりそめの平和が運良く何十年も続いてきたのだ。

 私とテルマとコ事務官がロビーで待っていると、エメリッヒ博士が戻って来た。

「香港までのフェリーの手配は、こちらでやってもらったが……その、何と言うか……」

「我々の特段の事情は、こっちまで伝わってなかったか……さもなくば伝える事が出来なかったようですが……何かマズい事でも」

「別の所で話すかね?もうすぐ昼だし、個室の有るレストランでも……そう、人に話を聞かれる危険性が少ない、我々の『特段の事情』について口に出しても大丈夫な所で」

「そうですね、御希望は有りますか?」

「ベジタリアン向けで」

 まず、私が希望を述べる。私が育った軍の施設では、基本はベジタリアン向けの食事だったので、肉は食べ慣れていない。

「私もだ」

 続いてテルマ。同じ軍の施設でも、「神の秩序アーリマンの巫女」が育った施設の状況は、良く知らないが、私が育った所と似た状況のようだ。

「すまない、私は、肉か……せめて魚か……。わかった、香港まで我慢しよう」

 外に出ると、辺りに有るのは、シンプルかつ無機質でありながら、どこか中国風の意匠を感じさせる超高層ビルばかりだ。

 我々が出て来たバロック様式から二〇世紀初頭のモダニズム様式への移行期をイメージして作られた建物は、その中に有ると異物に見えない事も無い。

 そして、コ事務官は旅行案内を見ながら、近くのビルを指差す。

「ここの地下に良い店が有るようです。個室有りで、ベジタリアン向けの」

「じゃあ、そこにするか」

 ふと周囲を見ると、多くの人々がオモチャにしか見えない小型電脳端末を操作している。世界政府の統治地域内では、あまり見られない光景だ。このビル街も、日本王国の首都である東京よりも……何と言うか、遥かに近代的だ。

 そう。あまりにも、近代的モダン過ぎて、人間が暮す場所には思えない町。何かの間違いで、近未来を舞台にした映画の撮影現場に入り込んでしまったような錯覚さえ覚える。確かに「人」が居るにも関わらず、その人々が、この町で普段どんな生活をしているか、まるで想像が出来ない。私が育った研究施設レーベンスボルンの方が、遥かに生活感が有る。

 そして、レストランに入ると、外の町並みとは逆に昔の中国を思わせる落ち着いた内装だった。

 個室に通されると、不思議な香りがする中国茶が出される。メニューを見ると、数ヶ国語で料理の名前と説明が記載されている。

 4人全員が注文を告げて、しばらくすると、料理が運ばれる。博士が注文したのは鶏に見せ掛けた料理で、コ事務官が注文したのは中国の食用魚・タウナギに見せ掛けたもの。対して、私とテルマが注文したのは、揚げた豆腐と野菜の炒め物だ。

「困った事になった……。武器を持ち込んだりしていないよな」

 博士は料理を食べながら、そう言った。

「世界政府関係者とは言え一般職員を装っている以上、無理です。軍服さえ香港側で用意してもらう事になっていて、軍の身分証も隠し持っている状況です」

 コ事務官はそう言った。

「つまり、身を護る手段は、ほぼ無しか……」

「何が有ったんですか?」

「支局の連中、フェリーは今夜出発のものを手配してくれたが……色々とマズい。密航船の方が、まだ、安全かも知れん」

「どう云う事ですか?」

「亡命者地区発だ」

「えっ⁉」

「まさか⁉」

「それしか切符が取れなかったと担当者は言っていたが……マズいよ、これは……」

 亡命者地区、そこは、超近代都市と化した上海の唯一の魔窟と言われる場所だった。

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