第21話 不良美少女と海2

「さっきはびっくりしたなぁ……」


 全員分の冷たいジュースを持ち運びながら

 その冷たさを借りて、先ほど熱くなってしまった身体をなんとか冷やそうとする。

 それにしても、

 水着姿の花さん、凄く似合ってたなぁ……。

 はっ! いけないいけない雑念がまた……!!

 凄いドキドキしてしまう。

 これは、普段とは違うシチュエーションの夏の海の効果というやつなのか……!?

 間違いなく、僕には効果抜群だ。


 いやダメだダメだ!こんな姿、花さんには見せられない!

 もっと余裕のある男を演じなきゃ!! いつかは、花さんからも頼られるような立派な男にならないと。


「みんなには悪いけど、頭冷やしながら、もうちょっとゆっくり歩こう……」



 ♢♢♢



「遅かったな昴、混んでたのか?」


「あ、いえ……」


 ようやく、みんなが待っていると言っていた場所に辿り着くと、

 花さんは、落ち着きを取り戻したのだろうか、いつもの余裕のある花さんに戻っているかのように思えた。

 ただ……。パーカーを羽織っていても、柔らかそうな肌と、顔立ちの整った可憐な女の子から発せられ続けている、その魅力は

 一切、隠れようとはしない。それに、それを感じているのは、

 きっと僕だけではないだろう。現に、横を通っていくカップル達までもが

 花さんに目が釘付けになっていた。男女なんて関係なく、魅了する。

 それ程の、魅力が目の前にはあった。


(本当に僕には勿体ないな……)


 そう、心に感じていると、

手のひらの冷たさに気がつく。


「すみません、忘れてました。

これ花さんの飲み物です……ってあれ?」


 買ってきた飲み物を花さんに渡しながら、辺りを見回す。

 神楽坂さんと羽川先輩はどうしたんだ? まさか、2人が今度はナンパに……。

 神楽坂さんがいれば大丈夫だとは思うけど、でも何かあってからでは……と

 心配になっていると、僕に、安心させるかのように

 花さんが答えた。


「あー、2人なら、水上滑り台に行ってくるとか言っていたな」


 水上滑り台。この海辺1番のアトラクション。その高さは恐らく20mは簡単に超えているという巨大な水上滑り台があると事前に

聞いていた。



 聞いてみたときから、とてもスリルがあるアトラクションだと思っていたが。

あれ? というより、花さんは、

もう滑ったのかな?いやでも、花さんは濡れた形跡はないし、

もしかして、滑り台乗ってないのかな……。

 もし、僕を待っていたのだとしたら、

 申し訳ないな。聞いてみよう。


「花さんは行かなくて良いんですか?」


「あたしは……大丈夫だ」


 少し間を取りながら、言い終えると、

顎に手を当てながら、顔を少し僕とは違う方へ逸らす。

 何か反応がおかしい。


「花さん?」


「……なんだ」


 顔をなんだか、不自然にさらしたまま、

一向にこちらに顔を向けてくれない。

 僕は、一つ思うことがあったので、

問いかけてみる。


「……もしかして、高いところ苦手ですか?」


「うっ」


そう、小さく呟くと、今度は、

弱みを握られた子犬のような佇まいで、

こちらを見つめていた。

しばらくすると、諦めたかのように

 花さんが言った。


「……あー、実はな。あたしは高いところがどうも昔から苦手でな。本当に、昴には、

 不思議と見破られてしまうな」


 軽く微笑みながら、そう返す。


「そうだったんですか。でも最初に出会った頃は、気づかなかったですけど、花さん意外と分かりやすいところありますよ」


「そうなのか?」


 見た目は、クールな不良美少女という言葉が相応しく、僕とは違って頼りのあるその姿はいつのまにか尊敬や憧れという言葉に変わっていったけれど、

 花さんを知っていくほどに少し、変わった

 一面が見えてくる。それは、当たり前のことかもしれないが、なんだか嬉しかった。

喜びを噛み締めていると、ピロリンと

ポケットの携帯電話から音が鳴った。


「えーと……なになに」


連絡の主は、神楽坂さんからだった。


──メッセージ一件


『姐御に、姐御の男ー!!

楽しいっスよ! 一緒にこっちで遊ぶッスよ!!』



文面からだが、神楽坂さんが、ブンブンと手を大きく振って、僕たちを招いている様子が、

なんとなく想像できた。


その声を聞いた花さんは、ゆっくりと立ち上がると、準備運動を始めた。


「え、花さん行くつもりですか!? 高いところは苦手なんじゃ」


「まぁ、誘ってもらってるわけだし、なんか悪い気がしてだな」


相変わらず人情に熱いというか。本当に大丈夫だろうか。

というか。


「花さんってどのくらいの高さなら大丈夫なんですか?」


「あー、うん、まぁ2mが限界だな」


「……神楽坂さんが言ってる水上滑り台は、

20mですよ」


「え、そうなのか?」


流石に、驚いた様子だったが、

まさか、知らないで、ついていこうとしていたのか。

恐ろしすぎるよ、花さん。


「僕が行ってきて、適当に説明しときましょうか?」


「それは、なんだか悪いな……」


「大丈夫ですよ、苦手なことなんて誰にでもありますから。勿論、みんなには内緒にしておくので!」


「そうか……。じゃあ、お言葉に甘えることにするよ。

あたしと昴の二人だけの秘密ってことだな」



少し口角を上げ、ニコッと笑った姿は、太陽に照らされていたせいなのかわからないが、さらに魅力的にみえた。普段あまり見せない、笑った表情は

こんなにも破壊力があるものなのか。


天使でも舞い降りたのかという衝撃。それに、二人だけの秘密という言葉。

なんだか、信頼されている感じがしてとても、良い響きだ……。


「本当に、夢じゃないよな……」


今更だが、ほっぺたをつねる。

……うん、痛い。

夢じゃないや。


「どうかしたか? やっぱりあたしが行ったほうが……」


「い、いえ、考え事をしていただけです!

行ってきます!!」


放心した表情を浮かべていた僕は、正気をなんとか取り戻し、

急いで神楽坂さん達のところへ

向かう僕であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る