CHAPTER 14:ナイト・トリッパーズ

 夜更けのジャンクヤードに金属を打ち付ける甲高い音が響いた。

 時おりなにかが弾けるような破裂音や、液体が勢いよく流れる音も聞こえてくる。

 さまざまな音がたえまなく生まれ、混じり合う様子は、ひとつの楽曲を奏でているようでもあった。


 無機質な音のなかに、ふいに若い女の声が生じた。

 

「カナン、十六番の信号伝達ケーブルを四本!! プラグのサイズを間違えるんじゃないよ――」


 ヴェルフィンの右肩に跨ったケイトは、催促するように右手を振る。

 工場の壁面に据え付けられた整備台ベットには、ヴェルフィンとカヴァレッタがちょうど向かい合うような格好で並んでいる。

 どちらも装甲の大部分が取り外されている。無塗装の金属フレームが露出し、ふだんは隠れているシリンダーやケーブル類がむき出しになった姿は、さしずめ生皮を剥がれた巨人といった趣がある。

 カヴァレッタに至っては、腰から下が完全に分解され、上半身だけがチェーンブロックによって天井から吊るされているというありさまだった。


 通常の整備メンテナンスではここまで手を入れることはない。

 チャンピオン――レディ・Mとの試合にそなえ、本格的な分解整備オーバーホールをおこなっている最中なのだ。

 短期間に二十試合をこなしてきた両機は、目立った損傷はなくとも、肉眼では見えない微細なダメージや金属疲労が蓄積している。そうした問題点の一つひとつを入念に洗い出し、最高のコンディションで試合に臨むために、夜を日に継いで作業に打ち込んでいるのだった。

 試合は三日後の深夜。

 それまでにすべての準備を終わらせておく必要がある。


「お師匠!! ケーブル持ってきたぜ!!」


 カナンはふた抱えほどある太いケーブルを床に置くと、ぜいぜいと荒い息をついた。

 ウォーローダーの配線ケーブルは、耐久性を確保するために分厚い樹脂被膜シースで覆われていることもあって、見た目よりずっと重い。それが四本ともなれば、総重量は三十キロちかくにもなる。

 倉庫から格納庫までの短い距離であっても、少女の腕力で運ぶのは並大抵のことではないのだ。


「休んでる暇はないよ。ケーブルの動作チェックが終わったら、つぎは装甲だ。いまのうちに溶接機と保護具を準備しときな!!」


 ぴしゃりと言い放ったケイトに、カナンは「ふええ」と情けない声を洩らす。

 カナンがしぶしぶ立ち上がったのと、銀色の髪の少女が声をかけたのは同時だった。


「私もなにか手伝えることはありませんか?」

「いいっていいって!! リズ姉ちゃんは目が悪いんだし、重いものを持たせるわけにはいかねえよ。怪我でもしたら大変だからな」


 照れくさそうに言ったカナンに、リーズマリアはあいまいな微笑みを返すばかりだった。

 至尊種ハイ・リネージュ――吸血鬼の腕力は、人間の数十倍にもおよぶ。たおやかな少女の細腕であっても、五百キロ程度の物体なら片手でかるがると持ち上げることができるのである。

 カナンが何度も往復して運んでいる資材も、リーズマリアならたった一度で済む。

 むろん、そうなれば隠している正体が露見するということは避けられない。

 

 倉庫に駆け込んでいったカナンを見送ったあと、リーズマリアはちらとカヴァレッタのほうに視線をむける。

 カヴァレッタの両脚は股関節から取り外されている。無造作に床に置かれた太腿と脛は、人型兵器の一部というよりは、奇怪な鉄製のオブジェのようでもあった。

 二本の脚のあいだで身をかがめていたアゼトは、リーズマリアの視線に気づいてはたと顔を上げた。


「あの、アゼトさん。そろそろ休憩を取ったほうが――」

「俺のことなら心配ない。ここにいると危ないから、君はむこうで休んでいるといい」

「はい……」


 オイルと汗にまみれた顔ではにかんだアゼトに、リーズマリアはこくりと肯んずるのがせいいっぱいだった。


 アゼトはすでに十五時間ちかく作業に没頭している。

 繊細かつ複雑な機体構造をもち、きわめて高度な整備技術を必要とするヴェルフィンに対して、カヴァレッタはごく標準的なウォーローダーにすぎない。時間をかければ、アゼトひとりでも分解・整備が可能なのである。

 むろん最終的な総仕上げチューニング整備士チューナーであるケイトに委ねることになるが、それ以外の作業をアゼトがおこなうことで、限られた人的リソースをヴェルフィンに傾けることができる。


 チャンピオンの愛機ツィーゲ・ゼクスとまともに戦えるのはヴェルフィンだけだ。

 戦闘力の低いカヴァレッタは、試合においては機動力を活かしてひたすらサポート役に徹するしかない。

 だが、たとえ最高のコンビネーションを発揮したとしても、レディ・Mに勝てるかどうかはわからない。


 挑戦者の人数にかかわらず、チャンピオンはつねに単騎である。

 過去には十機のウォーローダーを同時に相手取り、三分と経たずに全滅に追いやったこともあるという。

 気高いまでの孤独――それは絶対的な自信のあらわれであると同時に、戦いに仲間など無用であるという彼女の信念を物語ってもいる。


 あるいは、それが正しいのかもしれない……と、アゼトはおもう。

 単騎であれば、味方のミスに足を引っ張られることも、また自分が味方を危機に陥れる懸念もない。他人の助けを期待できないかわりに、戦場のすべてを自分の意志と責任のもとでコントロールすることができる。

 事実、ノスフェライドに乗っているときは、アゼトもそのような戦い方をしている。

 しかし、ブラッドローダーとウォーローダーはちがう。

 吸血鬼個人の戦闘力を極限まで拡張するブラッドローダーと、集団戦によって吸血鬼に対抗するために作られたウォーローダーでは、兵器としての成り立ちからして根本的に異なっているのだ。

 単体での戦闘力ではブラッドローダーの足元にも及ばないウォーローダーだが、複数の機体が有機的に連携し、さまざまな作戦ミッションを遂行できるという強みもある。

 レディ・Mがあくまで孤高を貫くというなら、こちらは二人組ならではの戦術に勝機を見出すしかない。

 アゼトにとって、それは足手まといだった幼い自分をけっして見捨てることなく、どんなときも二人で戦うことの意義を教えてくれたに報いることでもあった。


 そんなアゼトを横目に見つつ、リーズマリアは格納庫から出ていこうとする。

 自分がここにいてもなにも出来ることはないのだ。

 用もないのにうろつきまわるくらいなら、おとなしくしているほうがいい。

 

「あッ、ちくしょう――!!」


 リーズマリアが踵を返したのと、ケイトが苛立った声を上げたのと、どちらが早かったのか。

 はたと振り返ってみれば、ツナギをまとったオレンジ色の髪の女は、ヴェルフィンの頭部ユニットを抱えるような格好で硬直している。


「やっぱりだ。センサー制御用のコンピュータがイカレてる。道理で何度テストしてもおかしなノイズが消えないはずだよ」


 ケイトの声に呼応するように、コクピットハッチから戦車帽タンカーキャップを被った金髪の頭がぴょこんと飛び出した。

 レーカはリーズマリアに気づくことなく、ケイトにむかってずいと上体を乗り出す。


「どうにかならないのか!?」

「ナメんじゃないよ。このくらいならすぐにでも直せるさ。もっとも、壊れてるパーツをまるごと交換すれば……だけどね」

「パーツの在庫は?」

「あいにくだけど、ここにはないね。もともとヤクトフント用の制御ユニットを無理やりくっつけてたんだ。ほかのウォーローダーから持ってくる手もあるけど、変圧器や信号変換装置を噛ませないといけないうえに、まともに動く保障はどこにもない――」


 ケイトの言葉を遮るように、ばたばたと慌ただしい足音が格納庫内に響いた。

 溶接用の保護面を手にしたカナンは、ヴェルフィンの足元で立ち止まると、息を切らしながら叫ぶ。


「お師匠、コンピュータなら手に入れられそうなところを知ってるぜ!!」

「まさかご同業から盗み出そうってんじゃないだろうね?」

「そんな危ねえ橋渡るかよ。……魔女の婆さんバーバ・ヤガの庭さ。このまえお師匠の使いで行ったとき、まだ使えそうなコンピュータが山積みになってるのを見たんだ」


 ケイトはしばらく考え込んだあと、


「カナン。……アンタ、部品の目利きは出来るんだろうね?」


 カナンの顔をまっすぐに見据えて、問うた。


「あたりまえだろ。何年お師匠のとこで修行してると思ってんだよ!?」

「上等だ。必要なパーツのリストを渡すから、婆さんのところまでひとっ走りしてきな。代金はアタシがあとで払いに行く。もし粗悪品を掴んできたらただじゃおかないからね」

「信用ねえなあ――」

 

 ふてくされたように鼻を鳴らしながら、それでもカナンの言葉の端々には隠しきれない喜びがにじんでいる。

 ケイトが部品の仕入れを他人に任せることはめったにない。

 厳しい師匠に認められたとあって、カナンはおもわず快哉を叫びたいほどだった。


「あの、私もご一緒させていただいてかまいませんか?」


 予期せぬリーズマリアの言葉に、カナンはおもわず目を丸くしていた。


「リズ姉ちゃん。オレひとりで大丈夫だよ」

「もう夜も遅いし、ひとりだけで出歩くのは不用心ですよ」

「そんなこと――」


 言いさして、カナンは言葉を濁す。

 正直なところ、魔女の婆さんバーバ・ヤガは苦手だった。

 ケイトに連れられて庭を訪れたときでさえ、あまりの不気味さに足がすくんだのである。

 真夜中にひとりで訪ねていくとなればなおさらだ。

 師匠に較べればいくらか頼りないにしても、年上の人間がついていてくれれば心強いことに変わりはない。

 

「アゼトさんとレーカは自分の仕事を続けてください。大丈夫、すぐに戻ってきますから」


 二人の機先を制するように言って、リーズマリアはカナンの手を取る。

 まもなく工場の外でエンジンの始動音が生じたかと思うと、大型トラクターならではの重厚な排気音エキゾーストノートが夜空に響きわたる。

 アゼトとレーカがとっさに外に出たときには、テールランプの灯りははるか彼方へと遠ざかったあとだった。

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