第156話
「相変わらずラブラブみたいで安心したよ。わたしがいない間に別れましたーなんて言われたら、反応に困るところだったしさ」
二人を見下ろして言葉を発する魔女は、記憶にある姿となにも変わらない。
憎たらしくも優しい笑顔も、揶揄うような声音も、その立ち姿も。なにもかもがあの頃と同じだ。
言葉が出てこない。なにを言えばいいのか分からない。言いたいことはたくさんあったはずなのに、織の口からは意味のない吐息だけが漏れる。
「どうして……」
「ん?」
先に声を上げたのは愛美だった。喉の奥から無理矢理絞り出して、親友をキツく睨み、彼女はずっと胸の奥に秘めてた想いを叫ぶ。
「どうしてっ! 私たちを生かしたのよ! 賢者の石を託したのよ! あの時あんたが死ぬ必要はなかったのに……あんたの力があれば、助かることはできたでしょ⁉︎」
「真っ先にそれを聞いてくるかぁ。愛美ちゃんらしいって言えばらしいんだけどさ」
苦笑しながら地面に降り立つ桃が、徐にこちらへ手を伸ばした。
瞬間、衝撃が愛美の体を吹き飛ばす。
「愛美っ⁉︎」
事務所の壁を突き破り、頭から血を流して室内に倒れ込む愛美は、何が起きたのか理解できていない顔だった。
それでもすぐに切り替えて、手元に刀を転移させる。
「どういうつもりだよ桃。なんでお前が」
「愛美ちゃんを攻撃するのか、って? 分かりきったことを聞くのは探偵としてどうなのかな」
この騒ぎでさすがに目が覚めたのか、二階から朱音とアーサーが降りてきた。めちゃくちゃになっている事務所とそこで刀を構えた愛美。織と相対する桃の姿を見て、目を丸くしている。
「桃さん……」
「や、朱音ちゃん。アーサーも、久しぶりだね」
何気ない調子で手を挙げたと同時、桃の背後で二つの魔法陣が広がる。咄嗟にシュトゥルムを取り出して引き金を引き、弾丸が魔法陣を砕いた。
霧散していく魔力は織の元へ収束し、少し驚いた表情を見せる魔女へ殺人姫が肉薄する。
眼前に迫る絶死の一刀。
「斬らないの?」
「……ッ」
しかし桃は一歩も動くことなく。笑みすら浮かべた言葉ひとつに、殺人姫の刀が止められる。
愛美が自分を斬れるわけがないと分かっているのだ。
一瞬の硬直。ただしそれが命取りになる。
互いの間に広がった魔法陣から、容赦のない砲撃が放たれた。
事務所の二階も破壊して夜空に伸びる極光は、愛美の体を容易く飲み込んでしまう。
「今のは躱せると思ったんだけど、予想よりも強くなってなかったのかな? 期待外れかも」
「おいおい、そりゃ酷な話だろ。お前を相手に愛美が本気で戦えるわけない」
割り込んできたのは全く別の声。突如現れた緋色の桜が魔女へ殺到する。
危なげなく躱して魔力弾で撃ち落としているが、あの魔術を使う魔術師は一人しかいない。
「ちょっと下ろしなさいよ緋桜!」
「分かったから暴れるな」
織の前に降り立ったのは、愛美を小脇に抱えていた黒霧緋桜だ。アメリカに向かったはずの彼が、どうしてここに。
雑に愛美を放り投げた緋桜は、ポケットからタバコを取り出し火をつける。
「蒼さんから連絡があったから急いで来てみれば、まさか本当にいたとはな」
「そっちこそ、まさかここに来るなんて思わなかったよ。そんなにわたしと会いたかった?」
「バカ言え、会いたくなんてなかったさ。お前、体は作り替えれるんだから、もっと俺好みの見てくれになってからのが良かった。相変わらず色々ちっこいままじゃねぇか」
煙をふかしながら、へっと口の端を歪めている。先刻の話を聞いていた織には、そんな彼の心情が僅かながら察せられた。
黒霧緋桜はそうやって、自分の想いまでも煙に巻く。
「なにしに来た?」
「ちょっと実力をたしかめに。わたしに勝てないようじゃ、グレイに勝つなんて夢のまた夢だしさ」
「そいつはご親切なことで。けど安心しろよ。こいつらは亡霊に心配されるほど弱くない。老婆心ってのは、若者からすればありがた迷惑でしかないんだぜ」
「老婆とか言わないでくれる?」
「ババァってわかりやすく言ったほうがよかったか?」
「殺すよ」
「やれるものなら」
まるで在りし日と同じようなやり取り。決して戻らないと思っていた日常が、目の前で再現されている。
それはきっと、緋桜と桃の二人ともが、本心を押し隠しているから。
「緋桜さん……」
つい、その名前を呼んでしまった。チラと背後の織へ向けられたその目が、何も言うなと語っている。
予想外に早く訪れた再会に、彼がなにも思わないわけがないのに。
「答えなさい、桃。あんたは私たちの敵で、グレイの味方をするのね?」
「別にあいつの味方をするつもりはないけどね。でも、愛美ちゃんたちの敵であることはまちがいないよ」
本人の口から改めてそう聞かされると、やはり胸に僅かな疼痛が走る。
せっかく再会できたのに、どうして。
もっと、もっと話したいことがあるんだ。お前が死んでから今日に至るまでの、戦いや日常、その全てを。
「戻ってくることはできないのかよ……また前みたいに、一緒に戦えないのか?」
「無理だよ」
即答だった。寸分の迷いもなく、笑顔も引っ込めて、魔女は断言する。
「無理なんだよ、織くん。わたしは過去の亡霊にすぎない。本当ならこの場にいないはずの人間なんだから」
「でも、お前は……!」
続く言葉は、寂しげな笑みに遮られた。
桃瀬桃は紛れもなく、未来を望んでいたはずだ。復讐のためだけに戦っていたわけじゃない。親友や仲間たちとの未来を求めて。
けれど彼女の未来は、既に断たれた。命を落とし、復讐を成し遂げることもできず。
だから今の彼女には、また別の目的がある。復讐のためでも、未来を求めるためでもない。桃瀬桃は自身の信念に基づいて、織たちの前に立っている。
「さて、そろそろ帰ろうかな。あまり長居しすぎてもいいことはないしね」
「待て」
踵を返そうとした桃を、緋桜の声が呼び止める。タバコの火を消して、もう一本取り出そうとしたところで、辞めた。
決して煙に巻くことなく、緋桜は真正面から魔女へ問う。
「お前は、俺を恨まないのか?」
「恨まないって答えたら、緋桜の罪悪感は消えるの?」
眉根を寄せて、困ったように答える桃。
互いの本音が微かに漏れ出た一瞬。視線がぶつかり合い、先に目を逸らしたのは緋桜だった。苦しそうに顔を歪めて、またタバコを取り出す。
「帰るならさっさと帰れ。んで次はもっとグラマラス美人になってこい」
「芋臭くて悪かったですねーだ」
最後に軽口を言い合って、魔女はどこかへ姿を消してしまった。
煙を吐き出した緋桜はいつもの軽薄そうな表情に戻り、織たちと壊れた事務所を見やる。
「ほらお前ら、さっさと事務所直すぞ。俺も手伝ってやるから」
「……言われなくても分かってるわよ。ていうか、あんたの手伝いとかいらないから」
「なんだよ可愛くねえな。昔はなにをするにしても俺の助けがないとやってられなかったくせに」
「記憶の捏造やめてくれる?」
愛美もなにか察するものがあったのだろう。それでも何も聞かず、いつも通り緋桜と戯れている。
これでいいはずがない。
そんな思考が過ぎっても、織にはどうしようもないこともたしか。
だってこれは、緋桜と桃、二人の問題なのだから。
◆
桐生探偵事務所に魔女が現れた数時間前。
日本を発ち、中東の小国にある砂漠地帯へ訪れた葵とカゲロウ、翠にサーニャの四人は、早速海外の洗礼を受けていた。
「寒っ、寒い! 砂漠なのになんでこんなに寒いの⁉︎」
「砂漠だからですよ、姉さん」
真夜中の砂漠。おまけに季節は冬となれば、場所によってはマイナス以下にまで気温の下がる地域もある。残念なことに、葵たちがやって来たのはそんな地域だった。
強めの風が吹いて砂塵が舞い、下手すれば遭難も有り得るような気候。
初めてやってきた海外なのに、なんか思ってたのと違う。
「つーか、吸血鬼に襲われたっていう街はどこにあるんだよ」
「ここから南にしばらく進めばいいらしいが、この砂嵐では下手に動けんな」
どうしたものか、と顎に手を当てて考えるサーニャだが、葵としては取り敢えずこの寒さをどうにかしたい。
暑いのよりは嫌いじゃないけど、だからってここまで寒いのは無理。腕を摩りながら簡単な演算を開始して、異能でどうにか寒さを和らげる。
こんなことなら、もっと温かい服を着てくるんだった。
他の三人は全く寒そうにしていないのが信じられない。
「サーニャ、どうやらこの砂塵は自然のものではないようです」
「なにか視えたか?」
情報操作。その異能による副作用として、三人は情報を可視化することができる。
葵とカゲロウはただでさえ万全の状態ではないからオフにしているが、その代わり翠が常にその異能で周囲を警戒してくれているのだ。持つべきものは可愛くて強い妹である。
「魔術の一種のようですね。アンナ・キャンベルが襲われた吸血鬼のものと見て間違いないでしょう。通信を阻害していたのもこの砂塵です」
「じゃあ、深くなる方に進めばいいってことかな」
「それで遭難しましたじゃ笑い話にもならねえぞ」
なにせすこぶる視界が悪い。砂塵の舞う夜の砂漠なんて、遭難する要素しかないのだ。
四人は全員普通の人間よりも夜目が利くけど、この砂嵐だけはどうにもならない。それぞれ目の周りは異能なり魔術なりで防げているが、体に打ち付ける風と砂はしっかりと体力を奪いにくる。
「とにかく、進むしかないよ。ここでジッとしてても仕方ないんだしさ」
「葵の言う通りだな。翠、貴様が先導しろ。縦一列に並んで進むぞ。我はしんがりを務める」
「了解しました」
翠、カゲロウ、葵、サーニャの順に並び、砂塵の中で足を進める。
舗装された道と違って一歩が重い。砂や風など関係なく体力を消費する。
せっかく初めての海外なのに、どうしてこんな砂漠地帯に……もっとハワイとかグアムみたいなリゾート地に行きたかった。
翠とカゲロウ、愛美や織や朱音、ついでにお兄ちゃんも一緒に、南国の海で遊ぶのだ。
当然そこには、蓮だっていてくれないと困る。大好きな彼と一緒に、やりたいことや行きたい場所が沢山あるから。
そのためにも蓮を取り戻す。
あの優しい笑顔を、黄金の輝きを、葵にとってのヒーローを。
砂塵が酷くなる一方の道なき道を歩いていると、翠が不意に足を止めた。ハンドサインで警戒しろと伝えてくる。
背中合わせに立ち位置を変え、それぞれが臨戦態勢に入る。葵も手元に刀を召喚し、黒い翼を広げた。
「来ます」
翠が呟いた次の瞬間、砂塵の中から人影が飛び出してくる。
同族の気配。吸血鬼だ。
数はこちらと同じ四人。それぞれの真正面から襲いかかってきた吸血鬼とぶつかる。
葵は振り下ろされた凶悪な爪を刀で防ぐが、完全に力負けしていた。敵は純粋な吸血鬼。一方の葵は半端者だ。三分の一程度しか吸血鬼の遺伝子を持っていない。
「このっ……!」
異能で無理矢理身体能力を底上げして、なんとか敵を押し返す。他の三人も難なく追い返していたが、息が上がっているのは葵だけだ。
下手をすれば、足手纏いになりかねない。
口の中だけで舌打ちしながら、周囲の警戒を続ける。
目の前から再び気配を感じとった。
「弱いな」
「っ!」
低い男の声。葵に襲いかかってきた吸血鬼のものだ。
敵から魔力の動きが。この至近距離はまずい。自分のせいで、三人も巻き添えを喰らってしまう。
「葵、伏せろ!」
すぐ隣からの叫び声に、反射で言われた通り伏せた。白銀の大剣が頭上を薙ぎ、吸血鬼は再び闇と砂塵に溶け込む。
サーニャと翠が追撃に魔力弾を放つが、手応えがなかったのか、銀髪の吸血鬼は舌打ちしていた。
葵だけが、自力で敵を追い返せない。力が落ちているとは分かっていたけど、吸血鬼を前にしてなにも出来なかった。
この前蓮と戦った時は、緋桜やカゲロウと一緒だったから、問題なく見えていただけ。
「ごめん、カゲロウ」
「気にすんな」
敵の気配は完全に消えている。
突然襲ってきて突然消えた。一体なにが目的だったのかは分からないが、とにかく先を急がなくては。
「姉さん、怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ。ごめんね、まだ本調子じゃないみたいでさ」
「問題ありません。そのためにわたしとサーニャが同行しているのですから」
葵を安心させるように、翠が柔らかい笑みを見せる。
そんな表情を見せてくれることが、そんな表情が出来る様になったことが、まるで我が事のように嬉しい。
あまり妹に心配ばかりかけてはいられない。懐にある注射器の感触を確かめつつ、いざと言う時の決意だけは固めておいた。
◆
それからまたしばらく歩いていると、不意に砂塵が晴れていった。
完全に晴れた頃には石造りの建物がいくつか見え始め、小さな村を形成している。
「やっとついた……」
「ここに来るまでで既にヘトヘトだぞオイ……」
カゲロウと揃って大きなため息を吐き出す。やはり慣れない砂漠での行軍は、予想以上に体力を持っていかれた。
しかしここまで来れば取り敢えずは安心だろう。まずは水が欲しい。喉の渇きを潤したい。
いや、それなら水よりも、人間の血が。
脳裏に過った思考を、首を振ってかき消す。そろそろ限界なのかもしれない。いざとなれば、この村にいるであろうアンナに協力を求めるか。
ダメだダメだ。蓮や朱音が簡単に分けてくれるから忘れがちだけど、本来なら吸血鬼に血を与えるなんてのは忌避すべきことなのだから。
村の入り口まで近づくと、見張りであろう武装した人間が二人。魔術師には見えないから、元々この村の住人なのだろう。
その二人に事情を説明しようと翠がそちらへ向かったのだが。
「止まれ!」
「お前たち、吸血鬼だな⁉︎」
銃口を向けられた。
ようやくここまで辿り着いたというのにこの仕打ち。いや、冷静に考えればおかしな反応でもないのだけど。
「たしかにそうですが、我々は味方です。魔術学院からの依頼を受けて来ました」
「騙されるものか! 仲間たちの仇は取らせてもらう!」
「話が通じませんね……力ずくでわからせますか」
「ちょちょちょ! ストップストップ!」
徐にハルバードを取り出した翠を、羽交い締めにして止める。当然あちらさんの警戒をいたずらに上げることにしかならず、今にも発砲して来そう。
まさに一触即発の状況で、また別の声が割って入った。
「銃を下ろしてください! その人たちは味方です!」
村の方から現れたのは、眼鏡をかけたスーツ姿の女性。バリバリにできる女のオーラを纏った魔術師。
魔術学院本部の監査委員会でもあり、現在では人類最強から多くの仕事を任されるアンナ・キャンベルだ。
「アンナさん!」
「お久しぶりです、みなさん。来たくださって感謝します。お疲れでしょうし、中に案内しますよ」
以前学院長室で見せていた小動物感は全く見られず、なんとも頼りになりそうなアンナの先導で村の中へ進む。
しかし中へ入ってみれば、そこは酷い有様だった。建物は多くが損壊しており、中には完全に倒壊しているものまで。あちこちで包帯を巻いた怪我人が座り込んでいて、彼らが葵たちを見る目は厳しいものだ。
数も少ない。五十人いればいい方か。
「元々は百人以上いたんですが、この短い期間で半数が吸血鬼に殺されました」
「我らを敵と判断するのも無理はないか」
「本来なら、魔術なんて全く関わりのなかった村ですから」
こうした場にいると、改めて思い知らされる。自分は普通の人間ではなく、吸血鬼の、化け物の一人なんだと。
いつもの葵なら気にしないのだろうけど、状況が状況だ。否応なく意識させられる。
やがてアンナが足を止めたのは、明らかに場違いなテントの前。その中へ入ると、数人の魔術師がいた。
十人ほどと聞いていたが、ここにいるのはその半分以下。アンナを除いて三人だけだ。
「他のやつらはどうしたんだよ」
「……みんな、吸血鬼とソロモンの悪魔にやられました」
ソロモンの悪魔。
葵たちがこの場にやって来た理由だ。そして悪魔だけでなく、彼もここにいると聞いている。
「とにかく、状況の共有を行いましょう。アンナ・キャンベル、まずは今日までの経緯の説明を」
淡々と話を進める翠に、アンナが頷きを返す。木製の机には地図が広げられていて、この周囲の地理が描かれていた。
この村を中心にぐるりと大きく赤い円が引かれている。これがあの砂塵の範囲ということだろう。
「私たちがここに来たのは五日ほど前です。五人の吸血鬼が手を組んでこの辺りの村や街を襲ってると聞いて、本部から精鋭の魔術師十名を連れてやって来ました」
「五人……」
「オレらもさっき襲われたけどよ。そん時は四人しかいなかったぞ?」
砂塵と夜闇に紛れて襲って来た吸血鬼は、間違いなく四人だけだった。
吸血鬼は、同族の気配を感じ取ることができる。それは半吸血鬼であるカゲロウも、半分以下の半端者である葵とて例外ではない。
あの時あの場にいた敵は、間違いなく四人だけだった。どこかにもう一人が潜んでいたとしても気づけるはずだ。
「最後まで聞いてください。何度か交戦しましたが、ひとりだけ殺し切ることができたんです。そのために多くの仲間が犠牲になってしまいましたが……」
悲痛な面持ちのアンナは、きっと激しい戦いを繰り広げて来たのだろう。殺された魔術師の中には、彼女と仲のいい者もいたかもしれない。
それでも話を止めることなく、気丈に振る舞って説明を続けてくれる。
「それが三日前の話です。ただでさえ防戦を強いられていた状況がさらに変わったのは、二日前からでした」
「悪魔と、それに蓮が現れたのだな?」
「はい。梟の頭をした悪魔。恐らくはアモンだと思われます」
七つの大罪にも数えられる、序列七位の悪魔。棗市に現れた際は有澄に撃退されたが、ただの魔術師ではまともに戦うことすらできないだろう。
おまけに蓮までいるとなれば、被害は壊滅的だったはずだ。
「糸井蓮は特に手出しすることはありませんでしたが、アモンは私たちではなく村の人たちを殺して回りました。退いてくれたのは気紛れに過ぎないと思います。あのまま戦いが続いてたら……」
間違いなく全滅していた。
蓮が手を出さなかった理由は分からないが、それでもソロモンの悪魔は容赦なく一般人を殺す。放置していていい存在ではない。
「その後なんとか本部に報告はしたのですが、村はあの砂嵐に囲まれて、以降は連絡が途絶えたんです」
「外に出ることもできず、完全に孤立したというわけか。一つ聞きたいが、吸血鬼はどうやって殺した?」
たしかにそこは気になるところだ。吸血鬼とは基本的に不死身。その原理は驚異的な再生速度と、人間とは比較にならない魔力量にある。ただの攻撃ではすぐに再生されるし、かと言って弱点である太陽の光はどこにもない。
「みなさんなら、吸血鬼の基本的な対処法をご存知ですよね?」
葵以外の三人が頷いて、思わずえっ、と声が漏れた。私知らないんだけど。
「お前、学院で教わってないのか?」
「そうでなくとも、姉さん自身のことでもあるのですから、知っていなければおかしいかと」
「え、そんな常識的なことなの?」
頭上からため息が降ってきて、見上げてみればサーニャが呆れた顔で額を抑えていた。
「吸血鬼を殺し切る方法はいくつかある。再生が追いつかないほどの攻撃を与えるか、弱点を突くか。基本的にはこの二つだ」
「あー、そういうことですか。でもサーニャさん、弱点は克服してる吸血鬼もいるんじゃないですか?」
プロジェクトカゲロウによって生まれた三人はそもそも、人間の遺伝子が組み込まれているために吸血鬼としての弱点が殆ど存在していない。カゲロウはちょっと残っているみたいだけど。
サーニャにしても、太陽の光や銀といったものは克服している。
そのような個体がそれなりの数いるのだ。弱点を突くのであれば、相手がまだ残している弱点はどこかを探るところから始める。
しかしそんな悠長な戦い方が吸血鬼に通用するわけもない。
「ですから、私たちが取ったのは前者です。再生できないようにしました」
「貴様にそれが可能なのか?」
「私の家、キャンベル家に伝わる魔術は神話の再現。治癒阻害の呪いを持つ武具やそれに関する逸話は、各地の神話に見られます。とはいえ、連発できるものじゃないので、まだ一人しか倒せていないのが現状です」
素直に驚いた。アンナは腕の立つ魔術師だとは思っていたが、まさかそこまでだったとは。
おまけに扱う魔術が神話の再現とあれば、いかに吸血鬼といえど警戒せざるを得ないだろう。
「ふむ、話は分かった。翠、あの砂嵐を消すことはできるな?」
「もちろんです」
サーニャの確認に、翠はぶい、と指を二つ立てて返す。可愛い。
軽く返した言葉は葵たちからすれば当然のことなのだが、アンナたちにとってはその限りではないらしく。全員が目を丸くして驚いている。
「あの砂嵐を消せるんですか⁉︎」
「わたしの異能があれば。道中で情報は視ていますので、後は演算をするだけで消せるでしょう」
最初からそうしなかったのは、あの砂嵐を消すことによる影響を考えてのことだった。
そもそもあれは敵の魔術によって作られたもの。ならば砂嵐を消された後、吸血鬼たちがどのような行動に出るのか予測できない。最悪の場合、この村に攻め入って葵たちがたどり着く前に全滅、なんでオチも考えられた。
だから手を打つのはまずアンナと合流してから、というのが暗黙のうちに四人の間で共有されていたのだ。
「敵は大きく分けて三つだ。吸血鬼どもにソロモンの悪魔、そして蓮。アンナたちは我と共に吸血鬼の相手をしてもらう。位相を使える翠は悪魔の相手だ」
「私とカゲロウは、蓮くんだね」
「おう。いい加減目を覚ましてやんねえとな」
掌に拳を打つカゲロウ。気合は十分のようだし、葵と違って殆ど本調子に戻っているだろうから頼りになる。
「作戦の開始は六時間後だ。我はそれまで、村の周囲に罠を張っておく。葵たちは休んでおれ」
「サーニャ、わたしも手伝います」
テントを出て行く二人を見送り、葵はお言葉に甘えて休ませてもらうことにした。
椅子を借りてそこに座り、瞑目して一人思う。
この身に受け継がれたキリの力。お兄ちゃんと同じ力があるのなら。
彼への想いを、強さに変える。
私ならできるはずだ。
だからどうか、二本目は使わせないで。
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