輝きをこの手に
第147話
三日振りに帰ってきたもう一つの故郷は、相変わらずの夜空に包まれていた。
魔術学院本部のあちこちで魔術師たちが忙しなく動いており、たまに通りがかる顔見知りが頭を下げてきたり。
蒼がいる部屋に向かっている中、前方から黒ずくめの少年が歩いてくるのが見えた。有澄にとっては兄弟子であり、久しぶりに再会した友人でもあるアダムだ。その隣にはなぜか、半吸血鬼の少女出灰翠の姿も。
意外な組み合わせだが、ちょうどいい。
「アダムさん、翠ちゃん、お疲れ様です」
「三日振りですね」
「なんだお前、帰ってきてたのか」
「一時的にですけどね。ちょっとこっちに用事があったんで、ついでに蒼さんに会っていこうと思いまして。それにしても、翠ちゃんはどうして本部に?」
たしか翠は、兄と姉の二人と一緒に棗市に滞在しているはずだったが。
現在あの街の魔物はほとんど駆除できていると言ってもいい。アダムが全滅させ、その後街に結界を張った。龍やルーク、緋桜にサーニャが隣街に赴いて魔物を狩っているが、棗市自体はかなり安全になっているはずだ。
倒壊した家やひび割れた地面は翠が異能で戻したから、市立高校に避難していた人たちも少しずつ家に帰っている。
だから今は、休息に充てる時。葵とカゲロウは特に重傷だったし、血も足りていないと聞いていた。少しでも長く回復してもらって、蓮を取り戻すのはそれからだ。
そんな二人、特に葵に付きっきりだったはずの翠だが、果たして本部にはどんな用事があったのか。
「異能研究機関についての報告をまとめておきたくてな。一番詳しいのが誰か馬鹿に尋ねたら、こいつが来た」
「おお、意外とちゃんと仕事してるんですね」
「当たり前だ」
書類仕事とか似合わないのに。渡り歩いてきた世界の中では、そういう経験もあったのだろうか。
世界中の混乱に影響を受けているのは、なにも学院だけではない。
異能研究機関ネザー。トップが急に消えたその組織は、学院以上に混乱の中にあるだろう。とはいえそこの研究者を始めとした構成員は、全員がミハイルの息がかかったものたちだった。助けてやる義理もないが、ネザーほどの技術力をこの状況で活かさないわけにもいかない。
だからアダムが報告書としてまとめ、翠をここに呼んだのか。
「でもちょうど良かったです。わたしも翠ちゃんに用事がありましたから」
「わたしですか?」
「はい。今向こうで、ちょっと厄介な事件が起きてまして。翠ちゃんの力を貸して欲しいんですよ」
「相変わらず厄介ごとに事欠かないな、お前らは」
「十六年前はアダムさんが元凶でしたけどね」
それに有澄は、厄介ごとに進んで首を突っ込まないといけない立場だ。
今回だって今までと変わらない。世界を脅かす敵がいるから、龍の巫女として介入し殲滅する。
「事件の犯人は分かったんですけど、その潜伏先が分からなくて。捕虜を拷問にかけてもなにも吐きませんし」
「そこでわたしの異能が必要というわけですね。しかしそれなら、姉さんかカゲロウの方がいいのではないですか? 二人とも十分回復してきています。リハビリだと思えば喜んで使うはずですよ」
「異世界にはレコードレスがないと行けないんですよ」
「凪がそんなものを使ってたな」
かつて転生者以外でドラグニアを訪れたのは、桐生凪だけだ。ただの人間に過ぎない彼がドラグニアを訪れた際、必ずレコードレスを使用していた。
今の織たちも同じ。そして魔女のドレスを受け継いだ翠も、こちらの世界に来ることが可能だ。
ただ、翠を頼る最たる理由は別にある。
「ドレスのこともそうですけど、今回の犯人について、翠ちゃんは無関係とは言えませんから」
「わたしが?」
「ミハイル・ノーレッジ。やつはまだ生きていて、わたしの世界を脅かしています」
その名を聞いた瞬間。
翠の目が大きく見開かれる。下唇を噛んでなにかに耐えるような表情を見せた。
複雑な感情が胸の内に去来してるのだろう。あの男のために、出灰翠はこれまでの人生を費やしたのだから。
決別して、彼の死を知って、一度は飲み下したはずの感情が、再びせり上がってきた。
「……行きます、行かせてください。あの方とは、ミハイル・ノーレッジとは、わたし自身の手で決着をつけなければならない。いや、わたし自身がそれを望む」
その返事に満足して、有澄は微笑みながら頷いた。
そうと決まれば早速向こうに連れて行こう。他のメンツにはアダムに伝言を頼めばいいだろう。
しかしふと思いついて、有澄は全く別のことを口にした。
「そういえばアダムさん。わたしたちが帰ってきたらクリスマスパーティの準備をしますから、そのために色々買っておいてくれませんか?」
「こんな時にやるのか」
「こんな時だからこそ、ですよ。朱音ちゃんもいますし、みんなでしてあげたいじゃないですか」
朱音は多分、クリスマスを楽しんだことなんてないだろうから。あったとしても、彼女の時間感覚では遥か昔のことだろう。せっかく両親と一緒にいられるんだから、ちゃんと楽しませてあげたい。
「まあ分かった。あの馬鹿と龍たちには諸々伝えておく」
「お願いしますね。わたしも今年はサンタさんから何がもらえるか、結構楽しみですから!」
「アリスお前……」
「アダム・グレイス、彼女はまだサンタクロースの存在を……?」
「みたいだな……いや、これは俺の責任でもあるか……」
アダムと翠がなにやら内緒話を始めたが、有澄は首を傾げるのみ。
彼方有澄、今年三十二歳。そろそろ三十路を名乗れなくなりそうな年齢の彼女は、未だサンタクロースの存在を信じて疑わない。
◆
日も沈み始めたドラグニア城の修練場では、甲高い金属音が響いていた。
貰ったばかりの銃剣シュトゥルムを手にした織が、迫り来る無数の鎖を斬り落としている音だ。
一瞬たりとも気を抜けず、こちらを捕らえようと蛇のように蠢く鎖を銃剣で迎え撃つ。
大丈夫、強化をかけていれば追いつけない速度と量じゃない。どこから落とせばいいのかを見極め、冷静に判断しろ。
「これくらいなら、なんとか……!」
「ふむ、ならば数を増やします」
「うおぉっ⁉︎」
突然倍以上に膨れ上がった物量を前に、織はなす術もなく鎖の波に呑み込まれてしまう。呆気なく雁字搦めに縛られ、ミノムシのように空中で逆さに吊るされた。帽子は儚く地に落ちる。
「あの程度でギブアップですか、情けない」
「いやそう言われても、あんな急に増やされたらキツいっすよ」
「弱音は許しません」
「イタタタタタタ!!!」
体の内側からミシミシと、鳴ったらダメな音が鳴る。勘弁して欲しい。
いや、これマジで洒落にならない。めっちゃ痛いんだけど折れるんだけど!
「ほんと情けないわね。あれくらいは対処して見せなさいよ」
隣から呆れたような声。
チラと見やればため息を溢す愛美が肩をすくめていた。
しかし隣から声が聞こえるということは、まあ、つまりはそういうことで。
「今のお前に言われたくねえな」
ミノムシがもう一匹。
先にあの大量の鎖へと挑んだ愛美は、織が飲み込まれたあの更に三十倍くらいの鎖をひたすら斬り伏せていた。一日目の機銃もかくやという量だ。
しかしさすがに途中で体力が切れたのか集中が切れたのか、鎖に捕まりこのような醜態を晒している。
髪も重力に従って下に垂れているから、なんとも滑稽な姿だ。
「私は織より出来てたし。そもそもグランシャリオさえ使えてたら、あれくらいはなんともなかったのよ」
「愛美、言い訳は見苦しいですよ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
ぎちぎち、と愛美を縛っている鎖がさらに締まりを強くする。あの殺人姫様がなんともまあ、哀れな姿になったものだ。
織も人のこと言えないけど。
愛美がグランシャリオを使えない。
正確に言えば、彼女が持つ空の元素魔術が使えない。
ここは異世界だ。夜空にはこの世界の星座が広がっている。織たちは見たことのないものばかり。北斗七星や南斗六星なんてあるはずもなく、星の力を使う愛美の魔術は使用不可能となっていた。
恐らくグランシャリオさえ使えていれば、愛美はミノムシになることもなかったはずだ。いや、多分イブはこちらの動きに合わせて鎖の量と速度を調節していたから、結局二人揃って仲良くミノムシだったろうけど。
「ついでです。二人とも、自力でそこから抜け出しなさい。それで今日の修行は終わりにしましょう」
「なによ、簡単じゃない」
剣閃が迸ったと思えば、愛美を縛っていた鎖はバラバラに斬り裂かれて地面に落ちた。
刀は下に突き刺さってるのになぜか。華麗に着地した彼女の手には、以前まで使っていた短剣が握られている。
どうやら刀を使うようになったからと言って、短剣を手放したわけではなかったらしい。本人的にはそっちの方が使いやすいとか聞いたことあるし、一応持ち歩いているのだろう。
さて困った。愛美は異能があるから簡単に抜け出せているが、この鎖、結構頑丈だ。少なくとも疲弊した織の魔力放出では砕けないレベルで。
「これ、抜け出せなかったらどうなるんすか?」
「明日の朝までそのままです」
「鬼か!」
「ちなみに、有澄は次の日半べそでしたよ」
「鬼だった!」
織は男の子なので泣くことはないが、朝までこのままとか普通に嫌だ。夕飯もまだなのだから。
父さんがんばれー、と娘からの声援が届き、やる気がみなぎる。
賢者の石の中に、なにかいい感じの術式はなかったか。壊すだけに限らず、鎖を消滅させたり、あるいは縛りを無視できるようなもの。
ブラックホールを作る術式があるが、確実に自分も巻き込まれるのでなし。外なる神の模造を召喚するのもあるが、それも巻き込まれる。
ていうか、逆さに吊るされてるから頭に血が昇ってきて考えが上手くまとまらない。いよいよ焦り始める織。
え、これマジで朝チュンコース? 嫌なんだが? 泣いちゃいそうなんだが?
「うわぁ、懐かしいですね。わたしも昔はやられましたよ、あれ」
「……桐生織はなにを?」
聞こえてきた声に首だけ巡らせれば、織たちの世界に戻っていた有澄と、連れてこられたドレスを纏った翠の姿が。
どうやら翠の演算能力を持ってしても、現在の織は意味不明な状態らしい。
四日振りに会った友人を見て、朱音が駆け寄る。
「翠! 来てくれたんだ!」
「はい、朱音が困っていると聞きましたから。それにどうしても、わたしは自分の手で決着をつけたかったので」
無感動にも思える瞳には、強い決意が滲んでいる。ネザーを離れてから、まだ一ヶ月ほどしか経っていないのに。その間に彼女は何度も考えて、悩んだ末に出した結論なのだろう。
「そのためにも、あなたの力を貸してください、朱音」
「もちろんだよ。友達のためだもん」
手を取った朱音が強く頷き返せば、翠は微かな笑みを漏らした。
そんな光景を微笑ましく見守っていたかったのだが、織にそんな余裕もあるはずなく。
「マジで誰か助けて……」
「魔導収束は?」
「あっ」
忘れてた。
イブの鎖は、あくまでも魔術によるものだ。だったら魔導収束が通用しないはずもなく。簡単な術式を展開すれば、すぐに鎖は消える。吸収した魔力はシュトゥルムに充填しておいた。
なんとこの銃剣、通常の弾丸も使用者の魔力で作れるのだ。おまけに魔力を溜めておけるから便利なことこの上ない。
まあ、シルヴィアの力が宿っているという割には、輝龍要素ゼロなのだが。
なんとか危なげなく着地して、帽子を拾い土を払う。被り直せば、呆れた顔の愛美と目があった。
「あなたね……魔導収束の存在忘れるってなによ」
「いや、てっきり通用しないもんだと思い込んでてさ」
「気持ちは分からないでもないけど」
イブほどの規格外になると、人類最強が作った魔術とはいえ通用しないのではないか。そう思い込んでしまっていたが、実際にはご覧の通りだ。
本当に通用しない可能性もあるが、それでは修行にならないと判断してくれたのだろう。じゃなきゃ朝までミノムシだった。
「とりあえずメンバーも揃ったことですし、早速拷問室に向かわれますか?」
翠と互いに自己紹介を交わし終えたシルヴィアが主人に問う。しかし首を横に振る翠。なにか問題でもあるのだろうか。
「明日まで待ってください。まだこの世界の情報を演算中です」
「つまり?」
「この世界のことに関して、わたしの異能は明日の朝まで機能しないということです」
翠も含めた、プロジェクトカゲロウで生まれた三人の異能は、情報操作。
情報の変換、抹消、遮断、構築をこなし、副作用として世界のあらゆる情報を視界に映す。幻想魔眼やキリの力など、位相が絡むものに次ぐ絶対の力だ。
それを可能としているのは、彼女らが常に脳内で行なっている超高速演算のおかげ。
無意識に行うことで情報を視界に映し、意識的に行うことで具体的な力を発揮する。
常人であればまず不可能。彼女らの脳があるからこその異能だ。
果たして異世界ではどうなるか。織も不安があったのだが、どうやら演算をやり直さなければならないらしい。
「どの道、翠は暫く魔力も使えませんので。ちょうどいいと思いますが」
「そうですね。今日はもうお休みにして、明日の朝、改めてシンデレラの元に向かいましょうか。そこで翠ちゃんに敵の本拠地を暴いてもらい、そのまま強襲します」
「えらく急だな……場所によっては作戦を考えた方がいいんじゃないすか?」
この世界の地理など全く知らない織ではあるが、事前に作戦を立てるのは大切だ。織は特に、自分の力を過信しないから。作戦を立て、未来視で確度を上げ、万全の状態で敵に挑む。それが理想。
まあ、所詮は理想であって、現実にそれが叶ったことなど一度たりともなかったのだが。
「兵は神速を貴ぶ、ですよ。どうせ細かい作戦考えたって大体無駄になるんですから」
「いやその通りだけどさ」
「他人から言われるとちょっと納得しづらいわね……」
めっちゃ笑顔で言われた。その通りだけど……いやその通りなんだけどね? でも出来れば作戦通りにことが進む可能性に賭けて欲しいなって。
「なにも無策でというわけじゃありませんよ。大まかなところは明日、実際にやつらがどこに潜んでいるのかによって決めましょう。全力出すなら城の兵は連れて行けませんしね」
「シンデレラが脱走する心配は?」
「師匠の鎖に繋がれてますし、大丈夫のはずです」
なるほど、それは心強い。
イブやアダムのような存在は、その世界に深く干渉しすぎることができない。事件解決の手助けをしてくれても、本人たち自ら解決することはできないらしいのだ。
だからイブがどれほど規格外な力を持っていても、明日は同行できないだろう。
代わりに、捕まっているシンデレラはイブに任せられる。
先程の修行で見た鎖。当然本人は全力なんて出していないだろうが、それでも十分ヤバかった。その鎖に繋がれているというなら安心だ。
が、しかし。その本人が否を唱えた。
「過信してはいけませんよ、有澄。わたしが行なっていたのは拷問です。つまり相手をいかに殺さず、生かしたままで苦痛を与え情報を引き出すか。相応に力は抜いてある。脱走の危険性も未だ残ったままということは、頭に入れておきなさい」
「ちなみに力を抜いてなかったら?」
「今頃あの女はボロ雑巾ですね」
ひえっ……。
何の比喩でもなく、イブの鎖に肉も骨も内臓も全てが縛られ締め上げられ、絞った雑巾のような死体が出来上がるのだろう。なにそれ怖い。
「なんにせよ、全ては明日です。各自それまで、十分な休息を取っていてください」
「はい、有澄さん!」
「なんですか朱音ちゃん」
「ご飯はお魚がいいですが! ローグで全部食べれなかったので!」
「ふふっ、分かりました。料理長に伝えておきますね」
「やったー! ねえ翠、この世界のご飯すごい美味しいから、楽しみにしててね!」
「異世界にでも相変わらずですね、朱音は」
久しぶりに友人とゆっくり過ごせる時間が楽しみなのか、娘のテンションがやけに高い。翠も淡白な反応に見えて、僅かだが頬が緩んでいる。
そんな微笑ましい二人を見つめ、腕を組んでうんうん頷く後方父親面の織だった。
いや父親なんだけどね。
◆
翠は織達とは別の部屋があてがわれ、朱音も今日はそっちで寝ると出て行ってしまったので、織と愛美は部屋で二人きりとなっていた。
夕飯も食べ終え食器も片付けてもらい、就寝するにはまだ早い手持ち無沙汰な時間。
この世界にも娯楽は多く存在しているみたいだが、どうやらテレビはないらしい。通信機も魔力によって動いているとの話も聞いたから、もしかしたら電波というものがないのか、あるいは技術が確立していないのか。
とにもかくにも暇を持て余していた織はベッドに腰掛け、昼にシルヴィアから貰った銃剣シュトゥルムを丹念に磨いていた。
「なんだか妬けちゃうわね」
するりと背後からしなだれ掛かるように、愛美が抱きついてきた。風呂上がりの髪からはシャンプーの香りがした。
「シルヴィアに?」
「だってあの子、ずいぶんと織に懐いてるじゃない」
銃を磨く手を止めれば、愛美は隣に体を滑らせる。ギュッと手を握られて、肩に頭を寄せてきた。
甘える猫のような仕草が、どうしようもなく愛おしい。
「まあその通りだけど、それ言ったらお前と朱音にもだろ。それにあれだ、あいつはなんか、犬が戯れてきてる感じある」
「あー、それはなんとなくわかるわね。無邪気な大型犬って感じ」
いかんせん今まで友達がいなかったせいか、彼女は距離感の計り方が下手くそだ。織に対しては言わずもがな、愛美や朱音に対してもそう。
割と無遠慮にも思えるほど、こちらに踏み込んで来る時がある。
ただ、それが不快だとは思わない。愛美は特に顕著だが、一度友人、あるいは仲間と定めた相手に対してはかなり懐が広いから。優しい、甘い、と言い換えてもいいか。
だから遠慮なく甘えてくる大型犬じみたシルヴィアと、遠慮なく甘やかしてしまう愛美とでは、案外友人としての相性が良かったりする。
「まあでも、こいつはさすがに重すぎると今でも思うけどな」
苦笑混じり言って、銃剣を握る。照明に反射して煌めく様は、さすが龍神の娘が作ったとだけあって美しい。
シュトゥルムは、この国に来た時に先代のニライカナイ、現王妃である有澄の母親から貰った姓らしいのだ。
そんな大切な名前を冠した龍具を、友達になってくれたお礼と称して渡された。
おまけにこれをシルヴィアだと思って使ってくれ、とか。友情が重すぎる。
「ほんと、妬けちゃうわ」
少し拗ねたような口調。そんな恋人を久しぶりに見た気がして、思わず頬が緩んだ。
思えばここ数日、色んなことがあったから二人だけのゆっくりとした時間を過ごせていなかった。
いや、最近に限った話でもない。朱音と暮らすようになって、海外のあちこちを飛び回って、日本に戻ったと思ったらまた色々あって。
二人だけの、恋人としての時間は、果たしてどれだけあっただろう。
そりゃクリフォード邸にお邪魔してる時は週一くらいであったけど。
特に日本に戻ってきてからは、二人ともずっと朱音のことを優先していたから。
「安心しろよ。俺が好きなのは愛美だけだし、これから先も変わらないから」
「ありがとう。私も、織のことずっと大好きよ」
ただそれだけの睦言を囁いて、唇を触れ合わせる。
華奢な体を抱き締めて。
深く、長く、熱い口付けで、抱いた想い全てを流し込む。
一度唇を離して、熱の籠った濡れた瞳を見つめる。
これは夜更かし決定だな、と内心苦笑してからもう一度キスすると。
「シキ、マナミ! 大変よ! シンデレラが脱走した、わ……?」
ノックもなしに部屋の扉が勢いよく開かれ、とんでもない報告をしに来て友人にガッツリ見られた。
瞬間的に顔が沸騰する二人。しかし行動は早かった。真っ赤な顔のまま体を離して立ち上がり、寝巻きの状態だったレコードレスを戦闘態勢に。
それぞれ銃剣と刀を手に持ち、シルヴィアの脇を通って部屋を出た。
「あ、あの、ごめんね二人とも? まさかこれから致すだなんて思わなかったから……」
「いちいちそこまで言わなくていいよ逆に恥ずかしいだろ!」
「こっちはなかったことにしてるんだから察してちょうだい!」
「ご、ごめんなさい……」
シュンと項垂れたシルヴィアを見ていると、なぜか罪悪感に駆られてしまう。バツが悪くなった二人は揃って咳払い。
城の中が俄かに騒がしくなってきた。シルヴィアの案内で拷問室に向かう最中、何人もの兵士や魔導師とすれ違う。
どうやら、思っていたのとは別の理由で夜更かししてしまうらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます