第131話
魔術学院日本支部を囲む富士の樹海は、見るも無惨な景色へと変わっていた。
屹立していた木々は倒壊し、地面は抉れて無数の剣が突き刺さっている。
なにより特筆すべきは、空気中に渦巻く濃密すぎる魔力だ。たしかにこの近辺は他と比べれば魔力濃度が高いし、だからこそ学院が建てられたのだが。
それにしたって、空間が歪んで見えるほどの魔力は、明らかな異常だ。
「ははっ、ははははは! いい、いいね、久しぶりだよこんなに昂るのは!!」
「
狂ったように笑いながら振るわれる剣は、しかし相反するように理性的かつ熟練の技が冴え渡るもの。
何度も黒い鱗を纏った右腕とぶつかり、その度にルークは笑みを深くする。
一際大きな音が鳴り響き、エルドラドの体が大きく後方へ弾き飛ばされた。
そこへ降り注ぐのは、弾丸のように射出された無数の刀剣だ。なにもないところから現れたそれらが、エルドラドの体を斬り刻むために情け容赦なく襲いかかる。
「儂にそいつは効かんぞ」
「さて、どうだろうな」
あらゆる魔術に耐性を持つ。
それはなにも魔術だけではなかった。龍が異能で作り出した刀剣に、やつは早速耐性を持ち出したのだ。
当初の想定を遥かに超えた有効範囲に怯みはしたが、幸いなことに龍の異能はエルドラドと相性がいい。
降り注ぐ刀剣は全て、なにひとつとして同じものがないのだから。
「むっ」
直感で気づいたのか、少年は寸前のところで回避行動を取った。剣が、槍が、斧がその身に迫るが、時に躱し時に弾き落とす。
一度受けた技に耐性を持つエルドラドだが、それぞれの刀剣類が全て異なるものだとしたら、その力は意味を失う。
刀剣錬成。龍の持つその力は、彼が転生者として持つ異能を組み合わせて成り立っている。神話や伝説にある武具はおろか、歴史上どこにも存在しない全く新しい武具すらも作り出してしまう。
「剣を降らすことしか出来ないのか? 面白みに欠けるやつだ」
「ちっ」
小さく舌打ち。悔しいが、エルドラドの言う通りだ。今の龍は、まだ完全に異能を使い切れているわけではない。
複数の異能を掛け合わせている影響か、作った武具の本領を発揮できるわけではないのだ。できることといえば、弾丸のように撃ち出すことだけ。
だがそれも、全く役に立たないわけではない。牽制程度には機能している。
「よそ見しないでくれよッ!」
龍の放つ刀剣の隙間を縫うように、小さな影が躍り出る。仲間の攻撃に身を晒す危険を顧みず、ルークが再びエルドラドへと斬り込んだ。手に持つのは西洋剣ではなく、穂先に膨大な熱を宿した槍。
繰り出される刺突を黒い鱗を纏った腕で防ごうとして、しかしエルドラドの腕は容易く胴体から離れることになった。
断面は熱で融解している。これにはさしもの黒龍も驚きを隠せないようで、ルークから距離を取ろうとする。
「逃すかよ!
全力で投擲された槍が、一筋の稲妻と化して黒龍の少年の胸を穿つ。心臓に当たるそこはやはり熱で融解しており、誰がどう見ても致命傷だ。
「中々やるな、魔導士。まさかこれで終わりというわけじゃないだろう?」
痛みを感じている素ぶりもなく、瞬く間に再生してしまう。
ルークのアラドヴァルは、彼女が持つ武具の中でも指折りの破壊力を誇るものだ。都市一つをその熱で焼き尽くすと言われるほどの槍。それを受けてもなお再生を果たしてしまう事実に、龍は思わず苦しい笑みが漏れてしまう。
これでアラドヴァルも使えなくなった。龍自身に手がないことはないが、あの聖剣はまだ温存しておきたい。エルドラドがまだ全力を出しているとは思えないから。
「時間稼ぎご苦労。下がっていいぞ馬鹿共」
不意に声が響いて、龍は急いでその場を離脱した。もう一度斬りかかりに行きそうなルークにも声をかける。
「……ッ、ルーク!」
「まだ遊び足りないんだけどなぁ!」
二人が立っていた位置の背後からエルドラドに向かって、直線上に破壊の奔流が迸る。
地面が、大気が、破壊される。時間も空間も、物理的概念的問わず、そこにある悉くを飲み込む破壊の波。
無限にも等しい再生力を持っているエルドラドすら、回避に専念する。
破壊の発生源はアダム・グレイス。
彼を表す二つ名はいくつかあるが、最も端的かつ正確なものはこの二つだ。
人類最強。
破壊者。
彼と対峙すれば最後、あらゆる生命が魂ごと破壊される。跡形もなく砕け散る。
「さて、待たせたなエルドラド。ここからが本番だ。俺の力は耐えられるか?」
「……妙だな。なぜ貴様のような存在がここにいる?」
「答える義理はない。あの馬鹿が帰ってくる前に終わらせてやる」
アダムの足元に魔法陣が広がる。
今日一番の警戒心を見せているエルドラドは、その魔術が発動されるよりも前に動いた。瞬く間に肉薄して凶悪な爪が振るわれる。
が、アダムの肩に爪が食い込む寸前、エルドラドは何かに気づいたように腕を止めて引っ込めた。
その顔に僅かばかりの恐怖を滲ませ、戦慄の表情でアダムを見つめている。
「どうした、俺に触れないのか?」
「冗談を言うな……貴様のその体、やはりか……!」
遠くから話を聞くことしか出来ない龍だが、その話の内容もいまいち理解できないものだ。たしかにアダムは普通の人間ではないし、自分たちに話していない事情があるのだろうが。
その事情とやらが、エルドラドすら恐怖するものだった、と言う話か?
「ふん、言ってる暇はないぞ」
「ぬうっ……! 貴様、儂の魔力を……!」
魔導収束。
対象の魔力を吸い取り自分のものとする魔術は、異世界の龍神だろうと問答無用だ。
あのドレスを使っていた魔女にすら通用したのだから、これで効いてくれないと困る。
吸収した魔力が、アダムの背後に無数の新しい魔法陣を形成する。魔導収束の特性上、その次の魔術の威力は吸収した魔力に依存するのだが。
空間の歪んでいる魔法陣の周囲を見る限り、やはりエルドラドを相手に魔導収束は大正解のようだ。
「
いくつもの銀色の槍が、少年へ向けて容赦なく放たれた。
大気を裂き突き破りながら進む槍が小さな体を貫き、エルドラドの顔は苦痛に歪む。
魔力を吸収した影響か、ここに来て初めて明確なダメージを与えられた。
「だがこいつの味は覚えた! 二度目はないぞ!」
「安心しろ、次で終わらせてやる」
転移で更に距離を取ったアダムの手が、空に向けて掲げられる。その動きと上空の魔力に反応して、エルドラドの視線が上を向いた。
広がっていた青空は灰色の雲に隠れ、その中で稲光が瞬く。
天候を変える魔術、ではない。突然現れた積乱雲はただの副作用に過ぎず、その武具を使えば必ず現れるものだ。
「おいおい、ここでそいつを使うのかよ……」
「学院隔離しといて正解だったね」
冷や汗を流しながら、自分とルークを囲むように紅炎を展開した。この距離は確実に巻き添えを喰らうから。
やがて上空の雲を蹴散らしながら、超巨大な金属の断面が見えた。稲妻を纏うそれは、北欧の雷神が持ったとされるハンマーだ。出現したのは本物のそれ。
使用者の魔力に応じて大きさが変わるらしいこのハンマーこそ、アダム・グレイスが人類最強と呼ばれる所以。
恐らくはあの魔女ですら、ここまでの大きさで顕現させることはできない。
「こいつはさすがの儂も予想できなんだな……」
唖然とするエルドラド。
ハンマーの影響は空だけにあらず。地面にも雷光が迸り、熱で大気が焼ける。
ニヤリと口角を上げたアダムが、その武具の名を叫んだ。
「
轟音を響かせ、神話の一撃が落ちる。
エルドラドの小さな体はあっという間にハンマーの影に飲まれてしまった。地面にぶつかると同時に、
とてつもない衝撃を周囲に撒き散らし、大地は抉れ捲れ上がって、もはや樹海の原型を留めていない。紅炎を展開しているから良かったものの、それがなければこの衝撃だけで死んでしまうだろう。
地球そのものになんの影響もないのが不思議なほどの一撃は、樹海を地図から消した代わりに大きなクレーターを作った。
そこにエルドラドの姿はなく、血の一滴も骨の一欠片も残さず消滅している。
「しぶといな」
アダムが呟いた瞬間。魔力がある一箇所に収束して、人の形を作った。エルドラドだ。
「はぁ……はぁ……くッ、おのれェ……!」
ギリと歯軋りしてアダムを睨んでいるが、その顔には隠しきれない憔悴が。
ミョルニルはアダムが持つ最高の攻撃だ。これまで以上のダメージを与えられているが、しかしこれでも殺しきれないとは。
いや、考えている場合ではない。敵がようやく見せてくれた隙だ。利用しない手はないだろう。
「ルーク! 龍! 畳み掛けるぞ!」
「ああ!」
「よしきた!」
呼びかけに応え、二人は互いに異なる聖剣を持つ。並んで駆け出そうとして、エルドラドの異変に気付き足を止めた。
黒い魔力が全身を覆っている。殆ど直感的に紅炎を前面へ展開しようとしたが、遅かった。
エルドラドの纏った黒い魔力が、光となって放たれる。龍もルークも防御が間に合わない。アダムは離れた位置にいるから手を借りることも叶わない。
この場合、剣崎龍はどう動くのか。
答えは簡単だ。隣に立っていたルークを突き飛ばし、攻撃の射線上から逃した。
「龍!」
光に呑まれる寸前。龍の目に映ったのは、泣きそうな顔をしたルークだった。
◆
「まずは一人だ」
浅黒い肌とポロマントの少年、エルドラドの声は怒りを帯びていた。
彼の感情に呼応するように、全身に纏っている黒い魔力は増していく。それをそのまま撃ち出されれば、いくら転生者といえどただじゃ済まない。
まともに直撃した龍がそれでも生きているのは、彼の炎が原因だろう。
一瞬で全身がズタボロになり意識も失って倒れているが、体は紅い炎に包まれている。じきに傷は全て癒えて目を覚ますだろう。
「人間の魔導師風情に、この儂がここまでやられるとはな……だが、遊びはもう終わりだ」
「そうだね、遊びは終わらせようか」
だが、それとこれとは別だ。
いくら龍が無事だったのだとしても。
「お前は、私の男に手を出したんだ。それがどういう意味を持つのか、理解させてやるよ」
能面のような無表情で、しかし怒りは殺気という形を持って振りまかれる。
エルドラドとは対照的な白い炎を顕現させたルークが。
一歩、踏み出した。
それとほとんど同時に、金属音が響く。
音を遥かに超える速度で肉薄したルークが剣を振るい、ギリギリでエルドラドの右腕が防いだ音。
黒龍の少年は、やはり苦い表情を見せている。彼が言うところの人間の魔導師風情が、まさかここまでやるとは思っていなかったのだろう。
鍔迫り合う剣と腕。
白い炎がエルドラドの腕に燃え移り、少年は大きく後退する。素早く右腕を左腕の手刀で斬り落とした。
あのまま放置していたらどうなるか。理解はせずとも、直感的にまずいと判断したのか。腕はすぐに再生されるが、ルークの猛攻は止まることがない。
聖剣が全身を斬り刻み、エルドラドにできることはただ耐えるだけ。
「いい加減鬱陶しい!」
全身の黒い魔力を解放すれば、衝撃でルークは大きく後ろに弾き飛ばされた。解放された魔力が弾丸の形を持ち、金髪ポニテの少女へ次々に射出される。
抵抗することもなく甘んじて受けてなお、彼女が表情を変えることはない。
「
小さく呟かれた呪文。ルークの動きが目に見えて変わった。最小限の動きで迫る魔力弾を躱し、持っていた聖剣を徐に投擲する。
得物を手放すなど愚の骨頂。槍ならともかく剣だ。
しかし、かの太陽神が行う投擲という行動には、大きな意味がある。
「
まるで意志を持ったように動く剣が、エルドラドの腹に突き刺さった。ただ苦しむだけじゃない。喀血してルークを鋭く睨む。
「貴様、この剣は……!」
「気づくのが遅いな、龍神」
答えたのはルークではない。魔力剣を右手に持ち肉薄していたアダムだ。
なす術もなく袈裟に斬られるエルドラドだが、新たな外傷は見られない。それでも、たしかにダメージは通っていた。
「
魔導収束によって作り出した剣。
つまり、斬られた相手の魔力だけに傷をつけ、その分を吸収する剣だ。
一度受けた技に耐性を持つエルドラドだが、同じ魔導収束でも細かなところまで違えばその力は発揮されない。
さらにルークの剣、フラガラッハの力はその名の通り報復。ルーク本人がやられたわけではなくても、彼女の仲間がやられたら。それだけの報復を相手に行う。
突き刺さった内側から、まるで呪いのようにエルドラドを蝕むのだ。
「人間風情に使いたくはなかったが、仕方あるまい……認めてやろう、貴様らはたしかに、このエルドラドの敵であることを!」
少年の足元に魔法陣が広がり、二人は構える。ルークが倒れている龍を庇うように、更にアダムがその二人の前に立ち、どのような攻撃が来ても万全に迎え撃てるようにしていたが。
視界一面に広がるのは、信じられない光景だった。
何もない空間に魔力が凝縮して、生物としての形を持つ。
そうして生まれたのは、ドラゴンだ。
腕の代わりに翼が発達した、強靭な四肢を持つ
どこからか転移してきたのではない。今、この場で生まれている。一体一体がエルドラドから力を分け与えられ、この世界の魔物とは比べるべくもない強さを持ったドラゴン。
それが一体だけではなく、地上にも、空中にも、視界を覆い尽くすほどの数が生まれる。
「紹介しよう、儂の可愛い眷属どもだ。儂の力を分け与えた。つまり、儂が今まで受けた攻撃はこいつらにも通用しない」
「わざわざ解説どうも」
非常に拙い。口の端を歪めながらも、ルークの頬には冷や汗が伝う。
この数もさることながら、全ての個体がエルドラドと同じ力を持っているというのだ。どれか一匹が受けた攻撃への耐性を共有してしまう。この数を倒すのに、同じ数の技を用意しなければならない。
いくら転生者といえど、そんなものは殆ど不可能に近かった。
可能性があるとすれば、アダムの異能か。ただそれも、苦しそうな彼の表情を見る限りは信用しすぎない方が良さそうだ。
「となると、あとはこいつだけが頼みの綱か……」
転生者の炎。変幻と侵食の力を持つ白炎。
ルークの取れる対抗手段はそれだけだ。
残された問題は、この数。いくらなんでも多すぎる。しかし学院の空間隔離を解いたところで逆効果だろう。果たして何人の生徒が、このドラゴンとまともに戦えるか。
「ルーク、来るぞ!」
「チィっ!」
迫り来る無数のドラゴン。かなりキツイだろうが、今はアダムと二人でやるしかない。
迎え撃つため白い炎を右手に灯たところで、ドラゴンたちの横から七つの光が伸びた。魔力による砲撃だ。
異様な魔力には覚えがある。この世界のものではなく、位相を操り異世界から純度100%の魔力を引き出したもの。
以前戦った魔女が使っていた魔力だが、視線をやった先の空中にいたのは彼女じゃない。シルクハットに裾の長い燕尾服を着た青年と、彼が率いる四人の魔術師だ。
「ギリギリセーフか?」
探偵、桐生凪は不敵に口角を上げ、四人に短く指示を出して地上に降りてくる。同時に、周囲に結界を張り巡らせて話の邪魔をできないようにした。
ドラゴンたちは新たな脅威を認め、空中で散開した凪の仲間たちに襲いかかった。
「悪いな、遅くなった」
「これでも早い方だよ凪さん。蒼とアリスはまだ帰ってこないし、魔女はどこで油を売ってるのかも分からないからね。ボクたちだけであれを相手にせず済んだだけ良しさ」
ホッと一息ついて、ルークは背中に庇っていた龍を見やる。するとほんの少しの身じろぎの後、龍を包んでいた紅炎が消え、ゆっくりと立ち上がった。
「いつつ……ちょっと寝すぎたか?」
「ほんとにね」
不満も露わに駆け寄り、龍に抱きついた。
大丈夫、ちゃんと生きてる。あたたかい温もりも、脈動を刻む心臓の音も、ちゃんと聞こえる。
「……ばか、心配かけるな」
「仕方ねぇだろ」
苦笑する龍に優しく頭を撫でられ、満足してから体を離した。
本人の言う通り、仕方ないことだとはわかっている。彼の後悔。転生者になった理由を考えれば、ルークを守ろうとするのは宿命のようなもの。
だからって、毎度命を投げ出される方の身にもなって欲しい。
「で、状況は? ……っと、聞くまでもないか」
「敵は殆ど無限に湧いて出る。だがこっちには、頼れるお兄さんたちが増援だ」
「自分で言わんでくださいよ」
「しかし、頼れることは事実だ。凪、お前のその力でエルドラドは殺せるか?」
「五分五分、ってとこだな」
アダムの質問に答えた凪は、少し苦しげな表情だ。そこで自信なさげにされると困るのだが、この探偵は事実を淡々と述べていく。
「俺の力はあくまでハリボテだ。通用することは確認してるが、それで殺し切れるのかはわかんねぇよ」
「魔女なら?」
「可能だな。あれも借り物とはいっても、賢者の石を宿してる以上はまちがいなく本物のドレス。通用しないはずがない」
となると、魔女の到着待ちとなるか。
現状こちらの持てる手札はアダムの異能、ルークの白炎、凪の位相の三つ。龍はまだ使っていない聖剣があるといえど、それでトドメを刺せるとは思えない。しかし彼の紅炎は防御でこの上なく役に立つ。
「ま、やれるだけやるしかないな。雑魚の露払いはあいつらがやってくれる。俺たちは本体を叩くぞ」
腰のホルスターから大型の拳銃、デザートイーグルを取り出した凪が、瞳をオレンジに輝かせる。
結界か解かれ、こちらにも大量のドラゴンが殺到した。
「邪魔だ」
「鬱陶しい!」
アダムが手を掲げた先に、破壊の奔流が迸る。ルークの放った白炎が、ドラゴンの体を真っ白に染め上げる。
それでも怯まずに突っ込んでくるやつらは龍の紅炎が行く手を阻み、黄金に輝く聖剣で両断された。
ようは技を使わなければいいのだ。鍛え抜かれた剣術だけで、エルドラドの眷属を切り伏せればいい。
それを成し得るだけの技量に、ルークはいつも感嘆してしまう。そんな彼の力全てが自分一人を守るためのものだと自覚があるから、こんな時でも気分は高揚する一方。
「コソコソするのは終いか? ならば疾く儂の餌になれ!」
「悪いがそうはいかなくてな。子供に留守番任せてるんで、さっさとお前を倒して帰らせてもらうぜ」
デザートイーグルから乾いた音が二回。銃弾は容易く弾かれてしまうが、本命は銃弾自体じゃない。
弾いたエルドラドの右手から、網のような光が全身に広がる。身動きの取れなくなった少年へもう一度引き金を引けば、オレンジの三角錐、が放たれエルドラドの目前で止まる。
「くっ、動きがッ……!」
「これで決まりだ」
腰を落とした凪がジリッ、と地面を踏みしめれば、足元に魔法陣が二つ。収束したそれらは凪の右足に魔力を纏わせる。
その足で跳躍。蹴りの格好を取った凪の体を吸い込んだ三角錐は、螺旋を描いて回転し、エルドラドの胸を穿った。
「ぐッ、ぬおぉぉぉぉ!」
苦悶の悲鳴が止むと同時に、凪の体が少年の背後に現れた。残心を取り、ややあって大爆発が起きる。
ドレスの力により引き出した魔力を右足に凝縮して、体内に直接撃ち込み起爆させる技。もはや魔術と呼んていいかも分からない強引な技だが、こいつはさすがのエルドラドにも効くだろう。
しかし、一連の動きを見ていたルークは、こう言わざるを得なかった。
「いや、パクリじゃん」
「おいそこ、パクリとか言うな。リスペクトだ。仕方ねえだろ息子と毎週見てんだから」
すかさず訂正が飛んできた。ついでに親バカアピールも忘れていない。
などとバカなやり取りをしつつも、全員身構えたままだ。
やがて爆発の煙が晴れて現れたのは、半身を吹き飛ばしながらも少しずつ再生している浅黒い肌の少年。
明らかに再生速度が落ちている。つまり予想通り、レコードレスの力は十分効くことの証明。
凪としては今の一撃で倒し切りたかったらしく、忌々しげに舌打ちしているが。
「結構自信あったんだけどな。今のでまだ立ち上がるか」
「ぬかせ……人間の魔導師風情に、このエルドラドがやられてなるものか……!」
忘れてはいけない。こいつはまだ人間態を保ったままだ。
龍神エルドラド。ここからがやつの本気。
「儂は最強の龍神となるドラゴン! 人間に媚びへつらうニライカナイどもとは違うということを、貴様らに身をもって教えてやる!」
風が吹き荒れ、少年の姿が変貌する。
浅黒い肌には漆黒の鱗が生え、骨格は悍ましい動きを見せながら龍のものへ変していく。やがて全長は五メートルほどにまで到達し、大きな翼を広げた。
あの日、突如として学院を襲ったドラゴンと同じ姿。しかしその力は以前の何倍にも膨れ上がっていた。
「■■■■■■■ーーーーー!!!」
響き渡る轟咆に思わず耳を塞いでしまう。
人間態の時にあれだけの攻撃を浴びせ、なおもこの魔力。呼応するように、眷属である翼竜たちも力を増していた。
この場の四人を合わせても敵うかどうか。
だからこそ、ルークの闘志はかつてないほど燃え上がる。
戦うことは好きだ。自分がここに生きてる、命の証明になるから。かつて何者でもなかった自分を、この上なく表現できるから。
だから、強敵との戦いはもっと好きだ。
自然と口角が上がる。舌舐めずりすらして剣を構え、黒龍を睨め付けた。
こいつが相手なら、魂すらも燃やした戦いを楽しめる。
そんな確信を得て一歩踏み出そうとした、その時。
「歌え、大地の精霊よ。刻め、悠久なる時を。現出せしは聖刻十字。
聞き覚えのある声がこの場に響いた。
黒龍の巨体へと照射されているのは、か細い光だ。
そこに宿ったのは馴染み深い魔力。共に幾多の戦場を駆け抜けた仲間のもの。
「グランドクロスッ!!!」
叫び声と同時に、聳え立った七色の十字架が巨体を呑み込んだ。
四つの元素全てを一つに集約させた聖十字は、長い付き合いのルークも知らない魔術。そもそも、全ての元素を同時に使っている時点でおかしい。
自分たちの頭上、明らかに存在が変質してしまっている古くからの友を見上げて、ルークは内心毒づいた。
遅いんだよ、ばーか。
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