灰色の少女

第108話

『先日、青森県に出現した超巨大な魔物は、数名の魔術師の手によって退治された、と発表がありました。人的被害はゼロ、しかし実際その場にいた魔術師は何者なのかは、全く分かっていません。果たしてこの魔術師と呼ばれる集団、あるいは組織は、我々の味方なのでしょうか、敵なのでしょうか。では、ここで専門家の意見を──』

「なにが専門家だよ」


 街頭のスクリーンに流れるワイドショーを見て、鼻で笑い飛ばすカゲロウ。

 専門家、ということは、そいつだって同じ穴の狢だということだ。しかし、こんな真昼間のワイドショーに出演してるような魔術師がいるわけない。今だって、耳に届くのは見当違いな憶測ばかり。


「でも、いい傾向なんじゃないかな。最初は完全に敵視されてたわけだしさ」

「いっそ、公にしちまったらいいんじゃねぇのか? そしたら抑止力にはなるだろ」

「公にしたとしても、だよ。表に出てるのがそれほど脅威じゃないやつらだからまだマシなんだ。うちの学院長が出てきたら、逆効果だと思う」


 隣を歩く蓮の言葉に反論できないのか、カゲロウは唸って黙り込む。

 強すぎる力は、恐怖を生むだけだ。小鳥遊蒼が、日本支部の学院長として表社会に出たとしても、人々は魔術師に対する恐怖を一層強めるだけだろう。なら他の誰か、と考えたところで、適任はいない。


 そもそも、日本支部は慢性的な人手不足なのだ。少数精鋭と言えば聞こえはいいが、なんにせよ数が足りない。桐生探偵事務所がいくらか面倒な仕事を引き受けてくれたり、桐原組や京都の安倍家のような、学院と深い関わりのある家が協力してくれたりしているので、上手いこと仕事が分散している。

 カゲロウと蓮の二人だって、なにも遊んでいるわけではない。午前の授業が終わってすぐ、依頼をこなしに来ている。

 葵と朱音の四人でやって来たのだが、あの二人は別行動中だ。


 どうにも気合が入っていた二人のことを思い出して、カゲロウは嘆息する。


「あいつら、空回りしてなきゃいいけどな」

「葵と朱音のこと?」

「おう」


 つい先日のことだ。

 自分たちの力はなにも通用せず、結局また愛美に任せることとなってしまった。

 葵も、朱音も、蓮も。当然カゲロウだって。めちゃくちゃに悔しかった。この異能があれば、いつかクソ親父にもこの拳が届くかもしれないと。傲慢にも似た思いがあった。


 グレイには負けた。そこは認める。単純に、やつはカゲロウの上位互換とも言える存在だ。葵には位相の力が、翠にはネザーの技術力がある。

 でも、カゲロウにはなにもない。グレイと同じ異能以外には、なにも。

 神氣を操れる? たしかにその通りだ。だが、そんなものでは足りない。届かない。


 しかし、葵と朱音の二人は、そう思っているカゲロウの何倍も悔しかったはずだ。

 特に朱音なんか、両親を助けるためにこの時代へ来たのに、いつも助けられてばかり。この前だってそう。

 だから今日の二人はやる気に満ちていたのだが、それが悪い方向に働かないことを願うばかりだ。


「なんか、変わったな」

「は? なにが」


 少し驚いたような表情の蓮。だがすぐに微苦笑を浮かべる。変わった、と言われても。自身の変化など中々自覚できないもので。


「そうやって、葵と朱音を心配するようなことを直接言うの、今まであんまりなかっただろ?」

「そうか?」


 言われて思い返してみて、まあ、たしかにその通りなのか、と納得しかける。

 カゲロウは仲間思いだ。本人の粗暴な言動に反して、身近な人間を大事にする。故に今までは、普段いがみ合っている葵や朱音を心配するにしても、多少遠回しな言葉にしていたのに。


 ということは、つまり。別に、カゲロウが変わったわけではない。


「オレ自身じゃなくて、オレとあいつらの関係が多少変わったからじゃねえか? ほれ、信頼関係ってやつを築けてんだよ」

「ふはっ、なんだそれ」


 冗談交じりに言ってみせれば蓮が吹き出して、つられてカゲロウも笑い出す。

 ただ、あながち間違ってはいないだろうと思っている。信頼関係、なんて言葉にすれば陳腐になってしまうものだが、出会った頃よりよほど、黒霧葵や桐生朱音のことを信頼できるようになった。


 それはきっと、彼女らの願いや信念を知ったから。

 あの小さな二人の、奥底に眠る、根幹をなすなにかに、わずかとはいえ触れることがあったから。


「で? 今日のお仕事はまだ始まらねぇのかよ。あいつら、やっぱり空回りしてヘマやらかしたんじゃないだろうな」

「信頼関係云々っていうなら、そこは信じてあげよう」


 なんて話した直後だった。

 上空に、黒と灰の影がどこからか飛び上がり、激突と共に轟音を響かせる。驚き、戸惑う街の人々。

 カゲロウは小さく舌打ちを一つ。やっぱりヘマをやらかしやがったじゃないか。



 ◆



 たまにはこちらから仕掛けよう。

 学院長からそう言われて、葵たちはネザーの関わっている施設へ強襲することになった。


 現在のネザーは、在籍している研究員のほぼ全てが、代表であるミハイル・ノーレッジの手駒だ。緋桜のようなスパイも、クリスのように純粋な研究者も、すでに残っていない。

 ネザー内で、それなりの信頼を周囲と築いていた緋桜が追放された時に、殆どの研究員がネザーから離脱した。


 おまけに、先月の黒龍騒ぎ。あれがトドメだっただろう。

 あそこまで大きな騒ぎになれば、当然学院本部やネザーの末端にまで話が伝わっている。その証拠に、蒼はこの前まで後処理の書類仕事に追われていたのだ。嫌気がさして逃げ出しては、有澄に捕まって学院長室へ連行される蒼を、学院生は結構な頻度で目撃していた。


 閑話休題。

 至る所に広まったあの黒龍騒ぎ。当然蒼の報告によって、位相の力とネザーの仕業というところまでが伝わっている。

 ミハイル・ノーレッジの息がかかっていない、一般の研究員たちは思ったわけだ。

 あんなのは、人が手を出していい領域ではない。あまりにも無謀、その先に待っているのは破滅だけだ、と。


 結果、多くの研究員がネザーを離れることとなり、残ったのはミハイルの意思に賛同するもののみ。クリスを始めとした、緋桜の味方をしていてくれた研究員たちも、みんなあの機関を辞めてしまった。


 つまり、こちらから問答無用で仕掛けることに、躊躇いがなくなったということだ。


「え、ここ?」

「です」


 蓮とカゲロウには、街中で戦闘になった際のフォローをお願いしている。そして別行動を取った二人の目の前には、地下へ繋がる階段だ。すぐそこにある看板には、『Bar Lucifer』と書かれている。


「……子供が入っていい場所じゃないよね?」

「そうなんですか?」


 そういえば、この子はその辺の常識が欠落しているのだった。この様子だと、そもそもバーがなんなのかすら知らなさそうだ。


 しかしまさかだ。飲食店に偽装しているとは聞いていたけど、まさかそれがバーだったなんて。


「バーって言うのはね、大人の人たちがお酒を飲むための場所なんだよ」

「でも、年齢制限があるというわけでもないのですよね?」

「んー、それはどうなんだろ……」


 たしかに、その様な張り紙なんかがあるわけではないけれど。でも暗黙の了解というか、実は法律で決まってますとか、そういうのかもだし。そうでなくとも、心理的に入りづらいものがある。

 こんなことなら、兄を連れてくるのだった。


「どうするんですか? 入るならさっさとした方がいいと思いますが」

「んー……どうしよ……」


 例えば、ないとは思うけど、無理矢理お酒を飲まされるようなことになりそうなら。まあ、葵はどうにかなる。異能でアルコールは分解できるし。問題は朱音だ。

 兄曰く甘くてジュースと変わらないらしいカクテルなんてものを出されたら、なんの躊躇いもなく飲んでしまいそうなのだ。なんとなく直感だが、朱音はお酒に弱いと思う。いや、絶対弱い。ろくなことにならなそう。


「まあ、行くしかないんだろうけど……」

「そういう時は、お兄ちゃんに任せろ!」


 いきなり背後から大きな声が聞こえて、反射的に出現させた大鎌を向けてしまった。

 全くもって意味不明なことに、そこにいたのは黒霧緋桜。なんか気持ち悪いので、取り敢えず改めて、鎌を振りかぶる。


「ストップ! ストップです葵さん! なにやってるんですか!」

「え? なんか気持ち悪かったから?」

「ははは泣きそう」


 などという茶番は置いといて。

 本当になんで緋桜がこの場にいるのか。学院長から話を聞いた時、当然この男はその場にいなかったのだけど。


「学院長から直接受けた仕事だろ? その後、あの人有澄さんに怒られたんだよ。こういう場所ってことを言ってなかったからな」

「それで有澄さんに言われて、あなたが来たということですか」

「そんなとこだ。龍さんに任せても良かったんだが、あの人も別口で仕事があったみたいでさ」


 他に任せられるのが、緋桜しかいなかったということか。それならルークなりサーニャなりでも良さそうだが、緋桜がやって来たのはそれだけが理由ではないだろう。


「さて、取り敢えず中に入るぞ。細かいところはお兄ちゃんに任せとけ」


 あまりにも自信満々に言うもんだから、葵も渋々ながら納得して、店の中へ入る緋桜の後ろに続いた。


 店内は暗めの間接照明に照らされ、全体的にダークな雰囲気が漂っている。カウンターの向こう側には色んな種類のお酒が置いてあるけど、葵にはなにがなにやらだ。

 そこはかとなくアルコールの匂いも漂っている。見れば、まだ真昼間だと言うのに客は数名程度入っていた。

 こんな時間からお酒飲むとか、ロクでもない人なんだろうなぁ、という偏見があるけど、そもそもこの場において異物であるのは葵たちの方だ。訝しげな視線を、あちこちから頂戴してしまっている。


「ん? ……もしかして、緋桜か?」

「ああ。久しぶりだな」


 カウンターに立っていたバーテンダーが、緋桜の顔を見て声をかけて来た。知り合いということだろうか。


「なるほど……緋桜さんが来たのは、そういう理由ですか……」


 小さく呟いた朱音の声を聞いて、葵も遅れて理解する。

 ここがネザーの秘密の研究所だと言うなら、緋桜がその存在を知っていてもおかしくない。もっと言えば、緋桜がここを訪れたことがあったとしても。


「悪いんだが、緋桜。ここは変わっちまったよ……以前のような研究は、何一つしていない」

「嫌気が差してる、だろ?」

「まあ、そうだけどな……は毎日のように届く……いい加減勘弁してほしいところだ。あんなことに加担するため、協力しているわけじゃないってのによ」

「なら安心してくれ。それも、今日で終わらせてやるからさ。下に案内してくれるか?」


 頷いたバーテンダーが、カウンターの仕切りを開く。緋桜はそこへ遠慮なしに足を踏み入れ、彼に手招きされるがまま、葵と朱音も足を向ける。


 カウンターの裏、倉庫になっているそこを、バーテンダーの案内に従って歩く。やがて足を止めた場所でしゃがみこんだ彼は、床を開いて地下への階段が現れた。


「頼んだぞ、緋桜」

「任せとけ。行くぞ二人とも」


 バーテンダーにぺこりとお辞儀して、緋桜に続き階段を降りていく。

 それなりに長く暗い、石造り階段をひたすら降りていけば、場違いに思える綺麗な白い扉が現れた。その横には、パスワードを打ち込むのであろうパネルもある。

 緋桜はそちらに見向きもせず、魔力を解放。緋色の桜が手元に収束して刀へと変化し、扉を真っ二つに切り裂いた。


「えぇ……」

「母さんみたいなことするのですね……」

「まさしくお前の母さんの影響だよ。こっちの方が早いってことに気づいたからな」


 刀を肩に担ぎながら、緋桜は悠々と歩く。

 扉の先は、真っ白なタイルに覆われた通路。そこを更に暫く歩けば、また扉が一つ。同じように緋桜が刀を振るうが、残念ながら扉には傷一つない。


「朱音」

「まあ、そうなるとは思ってましたが」


 溜息を吐きながら、朱音が短剣を取り出す。

 愛美のそれと比べればいくらか弱いが、根っこは同じ切断能力。亡裏の持つ拒絶の力による異能だ。

 この程度の扉、短剣の一振りで真っ二つにできる。


「これでいいですか?」

「上等だ」


 朱音によって切り裂かれた扉を通り、更に奥へと進む。

 やがて三人が出たのは、多くの培養器を並べた広い部屋。その培養器の中を見て、葵は絶句した。


 どれもがまだ赤ん坊だ。生まれたばかり、幼児と言って差し支えない赤子。

 多くのチューブに繋がれ、どこかへと力を吸い取られている。

 力、すなわち異能。


 葵と同じ、情報操作の。


「こいつは、少々予想外だな……」

「ネザーの実験、というわけですが。あまりに悪趣味すぎますが」


 緋桜と朱音は、それぞれ真剣な顔をしつつもそんな感想を漏らしているが。葵としては、それどころではない。

 だって、この場にいる百を超えそうなほどの赤子は、その全てが。


 葵と同じ、グレイと人間の遺伝子を用いて作られた、デザインベビーなのだから。


「ネザー……ここまでするなんて……!」

「あまり怒るものじゃありませんよ。ここにいるのは、全て失敗作ですから」


 聞き慣れた声の先。培養器の陰から現れたのは、プロジェクトカゲロウの集大成を自称する少女。葵と同じ、グレイの遺伝子によって作られた戦士。

 出灰翠が、多くの機械を引き連れていた。

 以前棗市に配備されたハウンド小隊。そこに配備されていたゴーレムと同型のもの。機関砲とレールガンを左右の腕に装備したやつが五体。


「翠ちゃん……」

「代表の予言通り、やはりここに現れてくれましたね。そろそろ、あなた方には退場してもらいましょう」


 灰色の翼を広げる翠。その拍子に、付近の培養器がいくらか砕け散って、中の赤子が地面に落ちた。

 ゴーレムたちは機関砲の銃口をこちらに向けている。地面に落ち、恐らくは死んでしまった赤子たちのことは御構いなしのようだ。


 視認した情報が確かなのなら、葵のみならず翠にとっても、弟妹であるはずのその子たちを。


「相変わらず、お堅い生き方をしてるみたいだな」

「黙りなさい、黒霧緋桜。あなただけは、この手で殺します」

「できると思ってるのか?」


 翠が舌打ちを一つ。同時に、五体のゴーレムが機関砲を作動させた。銃口が火を吹き、毎秒何百発にも及ぶ銃弾が無防備な培養器を貫き、葵たちへ襲いかかる。


「翠ちゃん! ここにいる子たちがなんなのか、わかってるんでしょ⁉︎」

「プロジェクトカゲロウの失敗作。わたしたちにとっては、価値のないものです」

「違う!」


 翠の無感情な言葉に、強い否定を返す。

 砕け散った培養器は、しかし次の瞬間銀色の炎に包まれた。中にいた赤子は、朱音の銀炎によって守られたのだ。


「価値のない命なんて、この世に存在しない! この子たちも、私たちも、あなただって! みんな等しく、この世界で生きてるんだから!」

「戯言ですね」


 短く一蹴。銀炎の隙間を縫うようにして、翼をはためかせた翠が肉薄してくる。緋桜へ向けて振るわれるハルバードを、間に躍り出た葵が刀で受け止め、黒い翼を広げた。


 キリの人間。その話を聞いて、翠にも変化があったと思ったのに。

 やはり、倒すべきはネザーの代表。ミハイル・ノーレッジ。そいつがいる限り、翠は自由になれない。


 赤子たちは朱音に任せられる。ゴーレムも、緋桜がなんとかしてくれるだろう。

 なら葵は、この分からず屋な妹の相手に集中できる。


「どいて下さい。わたしは、そこの男を殺しにきたのです」

「モテる男はつらいねぇ」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

「そうもいかないさ」


 翠が咄嗟に後ろへ飛び退いたと思えば、先程まで立っていた場所に桜の花びらが殺到した。緋色に輝く刃は、灰色の少女を追うように蠢く。


「くっ……」

「ほらほらどうした。俺を殺すんじゃなかったか?」

「この程度……!」


 魔力が炎を形作り、緋色の桜が焼かれる。その炎を全身に纏い、翼の形状も徐々に変化していく。

 それは本来、葵にのみ許されていた魔術だ。

 炎の元素をその身に纏う魔術。炎纒。


「まあ、私と同じ異能なら、使えてもおかしくないよね!」

「邪魔ッ!」


 懐に踏み込んだ葵が、間断なく刀を打ち込む。ハルバードで巧みにいなす翠は、しびれを切らしたのか、丁寧な口調さえも崩れてしまっている。


「お兄ちゃん、ゴーレムとその子たちをお願い! 翠ちゃんは、私に任せて!」

「だそうだ。悪いな、お前の相手はしてやれそうにない。もうちょっと愛想よくなってから、再チャレンジしてくれ」


 苛立たしげに翠が緋桜を睨む。その一瞬の隙を見逃す葵ではない。

 刀に黒い魔力を宿し、吸血鬼の怪力もふんだんに使って、思いっきり翠へ突撃した。ハルバードで刀は防がれるが、勢いは殺せない。

 そのまま天井を突き破り、地下の壁も全て破壊して、地上、上空に出る。


「黒霧葵……あなたはまた、わたしの邪魔をする!」

「いくらでもしてあげるよ。そして、何度でも翠ちゃんに聞いてあげる。翠ちゃんがお兄ちゃんに執着するのは、どうして? ネザーの命令とは関係ないの?」

「黙れ! あなたには関係ない!」


 やはりだ。やはり、あの日から。翠の中で、なにかが変わりつつある。だって、こんな感情的に叫んで、直情的な攻撃、出会った頃の翠ならあり得なかったのだから。


 大ぶりで隙だらけの攻撃をいなし、腹に蹴りを見舞う。後ずさった翠が再び斬りこもうとしてきた、その時。


 地上から、黄金の斬撃が迸った。


 防御するために、足を止めざるを得ない翠。そして黄金の輝きが晴れた後、彼女の背後には白銀の翼を広げた半吸血鬼の少年が。


「オラァ!」

「……ッ!」


 翼と同じ色の大剣を、力任せに振り下ろすカゲロウ。苦しげな表情ではあるが、ハルバードで難なく受け止める翠。

 鍔迫り合いは長く続かず、上空へ飛んできた蓮の介入によって、翠は離れた位置に転移した。


「葵、大丈夫か?」

「仮面女はどうした」

「朱音ちゃんは、お兄ちゃんとまだ下にいる」

「緋桜さんも?」


 頷きだけを返す。細かいことは後で説明だ。


「ごめん二人とも、外に出てきちゃった」

「いいよ。そのために、俺たちが外で待機してたんだからさ」

「どうせ後先考えず突っ込んだ結果だろ。魔物やらなんやらが出てこないだけ、まだマシだ」


 それぞれが得物を構えて、敵を見据える。

 正面を飛ぶ翠は俯いていて、攻撃してくる気配すらない。


「繋がり、心……どちらもわたしにはないもの。なのに、同じ存在であるあなたたちは持っている。位相の、キリの力を……」


 ブツブツと、何事か呟きながら、翠は懐から注射器を取り出した。見覚えのあるものだ。今まさしくカゲロウが使っていて、以前は葵も使っていたものと、同じ。


「マズイ……! 雷纒!」


 瞬きのうちに翠の眼前へと迫ったが、一歩遅かった。葵が手を伸ばすよりも先に、翠は注射器を腕に刺す。


 途端、灰色の少女を中心として、魔力が渦となって吹き荒れた。堪らずに吹き飛ばされ、蓮とカゲロウの元へ戻ってくる葵。

 注射器の中身は、血液だ。吸血鬼の力を活性化させる、桐生朱音の血。

 以前、ネザーの関東支部で、葵が落としてしまったものを、回収されていた。


 炎纒が解かれ、灰色の翼は鋭利な形へと変化し、紅い瞳が輝きを増す。纏う魔力は赤黒いもの。異常の一言に尽きた。

 葵より、カゲロウより、もっとグレイに近い魔力を。翠はその全身から、刻まれた遺伝子から、際限なく世界へ現出させている。


「認めるわけにはいかない……あなたたちを倒して、わたしが最強だと、プロジェクトの集大成だと、証明しなければならない! あの方のために、わたし自身のために!」

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