第101話

 緋桜が発した言葉に、亡裏垓は一瞬、虚を突かれたように目を丸くした。

 彼にとって予想外だった、ということか。まさか、この男がキリの人間について知らないなんて、そんなことは言わせない。


「黒霧緋桜に、桐原愛美か……桐生は来てねぇのか?」

「そこまで知ってるんだな」

「四つだ」


 質問の答えになっていない。しかし、愛美と緋桜はすぐに察した。


 桐原、桐生、黒霧、亡裏。

 把握されているキリの人間は、その四つ。そして、それ以上は存在しない。


「先代同士は、よく交流してたらしいけどな。残ってんのはお前のとこくらいか、殺人姫」

「……お父さんのことも知ってるのね」

「桐原一徹だけじゃないぜ。桐生のとこも黒霧のとこも、全員知ってる。コソコソ話し合うには、うちの里がうってつけだったからな」


 なにか気に食わないのか、小馬鹿にしたように鼻で笑い飛ばす垓。踵を返して背中を向けられ、彼はそのまま歩き出してしまった。


「ついてこい。知りたいこと、全部教えてやるよ。一応、それが俺たち亡裏の役割だからな」


 戦意はない。容赦なく撒き散らされていた殺気は収められ、返事を待つこともなく垓は先へ行く。

 仕方ない、か。消化不良、欲求不満な感じは否めない愛美だが、こうなってしまった以上、続きを望むわけにもいかないから。


「返してもらうわよ」

「あ、おい」


 残されていた僅かな魔力を動員させて、先ほどの緋桜と同じ術式を構成する。

 即ち、魔導収束。

 賢者の石に記録されたものだ。織と共有されているため、当然愛美にも魔導収束は使える。逆を言えば、概念強化やグランシャリオを織も使えるということなのだが。扱いきれるかどうかはまた別の話。


 なんにせよ、緋桜に吸収された魔力を取り返し、愛美は垓の後をついていった。反動で頭に鈍い痛みが走るが、そんなものには慣れている。

 殺し合いに来たのが本命だったとは言え、愛美だって気になってはいる。


 キリの人間の真実。

 桐生凪が遺した記録以外の、秘められたなにか。


「念のため聞いておくぞ。お前ら、キリの使命は知ってるな?」

「当然だ」

「この世に存在する魔術、異能を始めとした、超常の力。それら全てをこの世界から消して、あるべき姿に戻すこと」


 五ヶ月前に聞いたそれを、愛美は改めて咀嚼するよう口にした。


 果たして自分たちの使命は、どこから生まれたものなのか。

 それを果たしたとして、世界は、未来は、どこへ向かうことになるのか。


 まだ、なにも分からないことばかりだ。



 ◆



 霧の中を、果たしてどれほどの時間歩いただろう。こんな場所では時間の感覚も狂ってしまう。方角は、おそらく最初に矢が飛んで来た方と同じだろう。多分。

 いくら愛美でも、確信を持てるわけではない。それほどに霧は深くなっていった。

 亡裏の里が近づいてる証拠なのだろうが、こんな霧の中ではまともに生活もできなさそうだ。


 やがて垓が足を止めたのは、一際大きな樹の前。果たして樹齢何年になるのか。わずかだが、なにかの力を感じる。

 魔力でも、異能でも、神氣でもない。

 不思議と心地よさを感じるような、一方で、この巨大さに相応しい威圧を感じるような。

 相反するものを同時に与えてくる樹だ。


 立ち止まった垓は振り返り、ふむ、となにか考えているようだった。


「桐原と黒霧だけってのも、役不足だな。おい殺人姫。当代の桐生は知り合いだな?」

「だったらなによ」

「ここに呼べ」


 えらく上からな物言いが気に食わないが、こちらはお願いしている立場だ。逆らうわけにもいかない。

 それに、織がいた方がいいのも事実ではあるか。確か今日は、愛美の実家に行くと言っていたはずだ。多少面倒ではあるが仕方ない。


「葵も呼んでおこうか?」

「まあ、そうね……あの子も関係あるし、あんたよりややこしい立場なんだから、色々聞きたいでしょう」


 ただ、ここでは長距離の転移が使えない。

 転移魔術は移動距離が伸びるほど、座標の指定が重要になってくる。例えば、この場所から上空に転移、あるいはその逆を行うだけなら、座標なんて取らなくても出来る。

 しかしここは熊本県。東京にいる織を無理矢理呼び寄せるには、座標指定が必須だ。


 織の居場所は魔力を辿ればいい。それならこの距離でもできる。そう、賢者の石があれば。

 しかし、こちら側の座標がイマイチ分からない。この霧の中では、自分たちが一体熊本のどの辺りにいるのか、全く把握できていないのだ。


 どうしたもんかと困っていれば、緋桜が先に転移の術式を構成した。魔法陣の上に姿を現わすのは、突然の転移に困惑しているツインテールの後輩。


「え、あれ? お兄ちゃんと愛美さん? ここどこ?」

「なんだ愛美、まさか転移で織を呼べないのか? 魔術に関しては天才のお前が? 転移もできない?」

「うっさい黙ってなさい今やるから次口開いたら殺すわよ」


 戸惑う妹もよそに煽り散らかす緋桜。

 いくら懐の広い(自称)愛美とはいえ、さすがにキレる。

 ていうか、別に転移で呼ぶ必要はないのだ。なんならこちらから呼ばずとも、向こうから自主的に来て貰えばいいだけ。

 そう、例えば。


位相接続コネクト

「愛美っ! なにかあったのか⁉︎」

「母さん大丈夫⁉︎」


 振袖姿へ完全に変わるよりも早く、家族の二人が現れた。

 レコードレスを使ったりなんかすると、ご覧の通り。織もその発動を感知して勝手にやって来る。

 いや、それにしても早すぎだし、朱音までついて来てしまったけど。


「って、なんだここ?」

「……亡裏?」

「どうよ緋桜。私のこと煽ったの謝りなさい。もしくは今ここで殺されなさい」

「お前が呼んだんじゃないだろ」


 と、緋桜に無駄な対抗心を燃やしている場合ではない。

 織と朱音。そして葵の三人は未だ状況が掴めないのか、困惑を表情に浮かべたままだ。しかし、朱音がなぜ、その言葉を知っているのか。いや、どうして目の前の男がそうであると分かったのか。


「桐生織に、ルーサー。シラヌイか。随分大所帯になったが、まあいいだろう」


 そしてなぜ、この男はその名を知っているのか。

 織の名前と朱音の呼び名を知っているのは理解できる。魔女が死んだことも知っていたのだ。その周辺情報を把握していたとておかしなことではない。


 だが、黒霧葵のその名前だけは別だ。

 ある意味で、葵の本名とも呼べるもの。

 プロジェクトにおける検体名。シラヌイ。


 愛美の中では疑問が膨らむだけだが、呼ばれた当人たちは違う。


「どうして、私のその名前を……!」

「亡裏とネザーが手を組んでる、とは考えられませんが。しかし葵さんをそう呼ぶ理由は、ほかに思い当たりません」


 葵と、プロジェクトについて愛美たちよりも直接見聞きした朱音の二人は、あからさまな警戒心を剥き出しにしていた。

 一方で、織は冷静そのものだ。状況に追いついてないだけとも言う。


「愛美、説明」

「そいつ、今は敵じゃないわ。キリの人間について教えてもらうのよ。だから落ち着きなさい」

「お前ら、娘と妹の躾がなってないな」


 愉快そうに笑う垓が、そっと樹に触れた。

 途端、大樹の全体に紋様が浮かび上がる。光り輝くそこから感じられるのは、愛美たちにも覚えのあるもの。


 レコードレスを始めとした、位相の力を行使する際のものと、同じ類の力だ。


「亡裏が持つキリの力。お前ら風に言えば、位相の力は、拒絶だ。俺たちの奥底に潜む殺人衝動もその一つ。この森を覆う霧もな」


 視界が閉ざされる。白一色に染まったのは、辺りの霧が濃く深くなったから。そう理解するのに、少しの時間が必要だった。

 すぐ隣にいたはずの、織の顔すら見えない。自分の手元も定かじゃなくなり、強い風と共に霧が流れる。

 思わず顔を腕で覆った愛美は、晴れた霧と視界の先に、驚くべきものを見た。


「なにこれ……」


 傍から、そんな呟きが聞こえた。愕然としている葵のものだ。

 言葉には出さないが、皆一様に同じ気持ちだったろう。


 深い霧に覆われた森の中にいたはずが、気づけばどこまでも広がる草原の上。青く澄み渡った空には雲が流れている。それが地平線の彼方まで続いていた。

 広がる緑の上には、木造の小さな家屋が十に満たない程度建っている。家の周りには洗濯物が干してあったり、井戸があったり、サッカーボールが転がっていたり。

 明らかに、人が住んでいる。


 穏やかな風に靡く髪を抑え、愛美はここへ誘った張本人へ視線を移した。


「ようこそ、亡裏の里へ。歓迎するぜ、同胞どもよ」


 ここが、小鳥遊蒼でも正確な場所が掴めず、緋桜と愛美が霧の中を必死に探し求めた場所。織や愛美、緋桜たちの親が集まり、親交を深めていたらしい、亡裏の里。


「説明はうちでしてやる。こっちだ」


 促された先は、どうやら垓の自宅らしい建物だ。ぞろぞろと五人が入れば、少し手狭に感じる程度の広さ。アフリカかどこかの部族みたいな家だ。いや、そういう人たちは木造じゃなくて、草を編んで家を作ってるイメージだけど。

 なにせ事務所の二階と同じくらいの広さしかない。そりゃ合計六人もいれば狭く感じるのも当然。


 それぞれが腰を落ち着かせた後、最初に口を開いたのは緋桜だ。


「他に人はいないのか?」

「今は出払ってる。いっただろ、今日は客人が多いってな。亡裏の人間は、俺も含めて十三人しか残っていない。うち二人がまだガキだ。だからまあ、二年前は驚いたもんだぜ。まさか十四人目がいるなんて思わなかったからな」


 初めて遭遇した日のことを言っているのだろう。たしかに、あの時の垓はかなり驚いた様子を見せていた。わざわざ同類かと尋ねてきたほどだ。


 しかしそんな思い出話をするために、こんな得体の知れない場所へ来たわけではない。

 愛美の中では、ここがどういった場所なのか、答えが見えかけている。だが突然呼び出された三人、特に織と朱音は、なにがなんやらだろう。


「拒絶、って言ってたわね。個人的なことで色々と納得できたこともあるけど、その力でこの里を隠してるってわけ?」

「半分正解だ。この里にまつわる情報なんかを察知されないため、って意味じゃ、お前のいう通り隠してるとも言える。そもそもここは、世界のどこでもないからな」

「葵、解説」

「えぇ……なんで私……」


 なんでと言われても、葵が一番理解できてそうだから。どうせ異能で視ているから、もう全部分かってるのだろうし。


 文句を言いつつも、葵は閲覧した情報をほかの四人に教えてくれる。


「ちょっと信じ難い話なんですけど、ここは位相の向こう側。異世界と私たちの世界の狭間にある、らしいです。だから里自体を隠す必要なんて元からなくて、学院長が見つけ出せなかったのもそれが理由ですね」


 異世界。

 位相というフィルターの、向こう側にある世界。彼方有澄がやって来たというそこと、愛美たちが生まれ育った世界との狭間。


「さっきの森にあった樹は、この場所と私たちの世界を繋ぐ楔みたいなものです。キリの人間にしか使えない、位相の力と同じもの」

「シラヌイの言う通り。百点満点だな」

「その名前で呼ぶの、やめてもらっていいですか」


 むすっとした葵に睨まれ、垓は肩を竦める。戦場での彼しか知らない、なんなら今日が三度目の邂逅である愛美は、そんな姿が意外に見えた。


 自分がそうであるように。殺し合いの場でどれほどの狂気を見せていようと。それ以外の場所では、驚くほど人間味のある男だ。


「ともあれ、この場所についてはそういう理解でいてくれ。話を本題に移そう。キリの人間について、知りたいんだったな」

「俺の父さん、桐生凪から、ある程度の話は聞いてる」

「それが全てじゃないって言ってるんだ。そんなこと、お前も分かっているだろう、桐生織」


 凪が遺した記録は、曖昧な点が多かった。

 それは凪自身が知らなかったのか、あるいは敢えて濁していたのか。本人が死んでいる以上、そこを知ることはできない。

 それでもこうして、全てを知る機会が訪れた。


「順番に、最初から最後まで全て話す。すでに聞いていることもあるだろうが、まあ我慢して聞いとけ」

「最初からということは、この世界に魔術や異能がなぜ齎されたのか、というところからですか」


 朱音の問いに、垓は頷きを一つ。


 そもそも、全ては偶然から始まった。


 今よりも遥か昔。神々の時代よりも前。猿がヒトと呼ばれるまでに進化してから、百年にも満たない頃だ。

 位相の孔が開かれ、この世界に異物が入り込んだのは。


 まず初めに、一つの異能が齎された。

 それが幻想魔眼。現在は桐生織が所有する異能であり、不可能を可能に変える、異能の頂点に位置する力。

 それが、ある人間の目に宿った。


 人間は願った。知恵を。力を。種の繁栄を。自分たちにはない、本来手に入れることなど叶いもしない、天からの恵みものを。

 魔眼は応えた。それが不可能であるからこそ、人間に多くを与えた。世界に変革を齎した。その結果として、まず賢者の石が生まれた。石は瞬く間に世界中へ魔力を充満させ、人間はその力を操る術を身につけた。


 たらればの話ではあるが、もし齎された異能が幻想魔眼でなければ、あるいは。賢者の石なんて生まれなかっただろう。

 その人間の願いは叶えられず、しかし別の道で種の繁栄を成し遂げ、現代に至っていたはずだ。


 だが幻想魔眼に不可能はない。いや、不可能を可能にするというのは誤りだ。

 より正確には、世界を作り変える力。

 今ある世界を、新しい世界で塗りつぶす力。

 だからこそヒトだけに飽き足らず、世界そのものすらも変えてしまった。


「待て、待ってくれ。魔眼の力については、納得しなくもない。でも俺たちキリの人間に与えられた使命は、魔術や異能をこの世界から消すことだろ? その話は全く逆だ」

「焦るなよ桐生織。順序立てて説明するって言っただろ」


 焦るのも無理はないと思う。織はその魔眼を持つ張本人であり、つい先日まではその力に振り回されていたのだから。

 愛美では理解しきれないものが、彼の中で渦巻いているのだろう。


「御察しの通り、そいつが一番初めのキリだ。そいつは、親しい人間に異能の力を分け与えた。異能が世界に蔓延るようになった原因はここだな」

「幻想魔眼の下位互換、ってところですか。しかし、それだけでは自然発生する原因にはならないと思いますが」

「簡単な話だ。そいつが願ったのは、知恵と力と繁栄。ならこれから生まれてくる子供達には、当然特別な力が与えられている。時間が経ち過ぎた今となっちゃ、その願いも薄れたのか、異能持ちは珍しくなってるがな」


 しかし、ややこしいのはここからだ。

 生まれてくる子供達には、異能の力が生まれつき備わっていた。なら、直接キリから異能を与えられた者達はどうだったのか。


 四人だ。特に強力な力を与えられたのは、四人いた。

 それは異能ではなく、幻想魔眼と同質の力。異能と似ていながら、しかしその枠に収まりきらないほど強大な力を。その四人に分け与えた。

 そして始まりの人間の死後にキリの名を受け継いだのも、その四人。


「一人は、キリの後継扱いされてたやつだ。そいつには目の力を与えた。自分が死んだ後に幻想魔眼を託すためだ。唯一、明確に異能の形を与えられたもんだな」

「父さんと俺の異能が似たものだったのは、そういうことか……」


 桐生凪の千里眼と、桐生織の未来視。

 共に魔眼と呼ばれる類の異能でありながら、幻想魔眼の直接的な下位互換に当たる力。


「次のやつには、人々が繋がるための力を与えた。家族、友人、恋人。関係性はなんでもいい。ただ、そいつは特に家族ってのに固執していたみたいだな。当時は血の繋がりなんぞ関係なく、全員家族みたいなもんだっただろう。それら結び、繋げるための力だ。ただこいつは、単純に異能と呼べるもんでもなくてな」

「魔術や異能では説明がつかない、それとは似て非なるなにか……お父さんから、聞いたことはあるけど」


 桐原一徹の持つ絶大なカリスマと、彼の言う家族の繋がり。

 時として説明できないほどの力を発揮する、ある種曖昧な概念。他の異能とは違い、ただ人の背中を、ほんの少し後押しする力。


「そして三人目には、心の強さと、それに比例して力が大きくなるものを与えた。そいつの芯がブレないほど、大きな力を発揮できるようになる。これも、心当たりがあるんじゃないか?」

「うちの両親は、そんな素振り見せてなかったな」

「でもお兄ちゃんは違うじゃん。私たちを助けようとしてくれてた時も、今も」


 黒霧緋桜が、異能を持たずに魔術のみでここまで強くなれた理由。

 黒霧葵が、全てを吹っ切って自分を受け入れた時にレコードレスと同等の力を発揮できた理由。

 その両方の根幹にある力。


「そして最後の一人には、否定し、拒絶する力を与えた。他の三人が裏切り、暴走した時のストッパーとしてな」


 完璧なイエスマンだらけだと、世界は回らない。誰かを否定するからこそ、進化は生まれる。しかしそれは同時に、争いの種にもなる。そのうち人間そのものを否定するようになり、殺人衝動という形で表出してしまう。

 だがこの力の真価は、そこにない。

 否定が重なり争いが生まれる負のループ。

 それを断ち切るための力でもある。


「殺人姫。この拒絶の力を最も受け継いでるのはお前だ」

「愛美の異能が、ってことか?」

「こいつの異能に、疑問を持ったことはなかったのか?」


 愛美自身、ないとは言い切れない。第三者の目から見ていた他の四人は、なおのことだろう。


 例えば、情報操作。あるいは未来視。または転生者。

 異能である限り例外なく、そこにはそれぞれの法則が存在している。


 情報操作であれば演算。未来視には自分の視点からのみという制限があり、転生者は誰でもなれるわけではない。

 異能という名がつけられたのは、ひとつ大きな筋の通った理論や法則の存在する魔術では、説明のつかないものだからだ。

 しかしそれでも、個々に違いはあれ、魔術と同じく法則性のようなものはそれぞれに存在する。


 愛美の切断能力には、それがない。

 強いて言うなら、切断というその現象か。

 だがそれでも、あまりにも無節操がすぎるというものだ。

 文字通り、なんでも斬る。

 それがこの世界で最も硬い物質であれ、定義の曖昧な概念であれ、非物理的な魔術であれ、なんでも。


「今日でやっと確信が持てた。殺人姫、お前あの力を、短剣なしで使ったな?」

「それが?」


 垓との戦闘の最後。愛美が見せた不可視の斬撃は、彼女の切断能力によるもの。

 以前有澄が持ち寄った、異世界の魔道具、龍具によって異能が暴走した際に、愛美はその感覚を忘れることなく暴走を制御しようと試みた。何度か隠れて練習もしていたし、指を切り落としたのだって初めてではない。


「先代のジジイが、どうしてお前を桐原にくれてやったのかはわからないままだったんだがな。繋がる力と断ち切る力。相殺させようと考えてたってわけか」

「ちょっと、一人で納得しないで、私たちに説明しなさいよ」

「後でな、話が逸れる」


 垓の独り言は、愛美も全く理解できない。そもそも自分は、捨てられていたところを一徹に拾われた、と聞いているのだ。

 父親の口からなにも聞いていない。自分の出自に関しても、キリの人間に関しても。


「察してるとは思うが、その四人ってのが俺たちってわけだ。桐原、桐生、黒霧、亡裏。いつからキリを名乗り出したのかは、正直知らんし、どうでもいい。それよりもっと重要なのは、賢者の石とレコードレスについてだ」

「そういえばお前、二年前は桃を狙っていたな。なにか関係があるのか?」


 魔女を殺す。その依頼を受けていた亡裏垓と出会ったのは、二度目の邂逅の時だ。

 桐原愛美と桃瀬桃が、無二の親友となったその日。


「いや、あれは関係ない。ふつうに依頼されただけだ。そもそも賢者の石は、魔女が持っていると都合が良かった。吸血鬼の手に渡るより何倍もマシだ」


 おまけに亡裏は、魔術も異能も使わない。門外漢である亡裏が奪ってしまうより、魔女に託していた方がいいと判断したのだろう。


 さてその賢者の石。現在は愛美と織が、その娘である朱音は未来の石のカケラを宿している。

 そして、キリの使命を知ったその日から使えるようになった、レコードレス。


 魔女ですら最期まで解き明かせなかった謎が、ドレスと石の関連性だ。


「と、その前に。どうやら戻ってきたみたいだな」

「里の人たちが、ですね?」


 ここに来てから常時異能をオンにしている葵が、確認の意味も込めて尋ねる。

 頷く代わりに立ち上がった垓は、ついてこいと一言。家を出た垓に続いて五人も外に出ると、そこには十二人の男女が。

 八人ほどが、愛美たちと同世代くらいだろうか。まだ小学校高学年ほどの子供が二人と、残りの二人は三十代以上だろう。垓と同年代に見える。


 そして、その中心には亡裏の人間ではない、縄で縛られた少女が一人。

 最初に驚いた声を上げたのは、葵だった。


「翠ちゃん⁉︎」

「黒霧葵……なぜあなたまでここに……」


 異能研究機関ネザーの刺客。プロジェクトの集大成である少女。

 出灰翠が、捕まっていた。

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