始まりの人間

第100話

 十一月になり、少し肌寒くなってきた。気温は十度台前半を記録。防寒具が必要なわけではないのだが、しかし数日前と比べれば、明らかに気温が落ちている。


 そんな中。織は、今の彼にとってもうひとつの実家とも言える、桐原邸へ足を運んでいた。愛美も朱音もいない。織一人で実家への帰省。珍しいといえば珍しいが、織自身、あの二人がいないと桐原組の面々と接しにくいとか、そんなことは全くもってない。

 むしろ同じ男同士、あの二人には話せないことだって話せてしまったりする。


 例えば。そう、例えば、である。


「娘に男の影がチラついてる、ってなると、親父さんならどうします……?」

「オメェがそれ言うのか」


 深刻そうな表情で切り出した織に対して、そんな彼の義理の父親、のような立場である桐原一徹は、呆れた調子を隠しもせずに言った。


 一徹の言うことはもう仰る通りである。桐原家の可愛いひとり娘を掻っ攫っていったのは、他の誰でもない織なのだから。

 まあ、掻っ攫っていった、というには、些か語弊があるだろうが。


「なんだ、朱音に恋人でもできたか?」

「いや、まだそこまでいってないはずっす」


 織の願望が多分に含まれてはいるが、母親から恋愛偏差値を受け継いだと考えると、その関係に至るまで相当な時間を有するはずだ。

 そもそもそうなっていたら、丈瑠を拉致ってここにもう一度連れてきてる。そして一徹と織と丈瑠の三者面談が始まっている。


「この前ここで宴会した時、一人男の子がいたじゃないっすか」

「あー、明らかに一般人のやつか」

「大和丈瑠って言うんすけど。動物と話せる異能持ちで、それ以外はズブの素人。正真正銘一般人です。休みの時、朱音と一緒に公園の猫の面倒みてるらしいんすよ」


 ふむふむ、と顎に手を当てる一徹。彼にとっても、可愛い孫の話だ。決して聴き逃せるようなものではない。

 その上で一徹が出した結論は。


「織、オメェはそいつのこと、どう思うよ」

「悪いやつじゃない、とは思いますけどね。根性もあるし、なにより優しい」


 誰かのためを思って、なにかを為そうとできる。大和丈瑠は、そういう男だと認識している。


 織と愛美が街に帰ってくる直前、丈瑠と朱音の間には色々あったのだと、後輩たちから聞いていた。

 朱音が街で暴れる魔術師と同じと聞いて、多くの葛藤があっただろう。それでも彼は、朱音のそばを離れずに友人でい続けてくれている。親としてはありがたい限りだ。


 その上で、朱音の助けになりたいと思い、街の動物たちを救いたいと行動に移した。

 逃げてしまってもおかしくないし、誰も責めないというのに。


「オメェがそう思うなら、そっとしといてやればいいんじゃないか?」

「まあ、そうするのが一番なんでしょうけどね……親父さん、よく愛美が家出るっていうの止めなかったっすよね」

「人を見る目はあるつもりなんだ。これがもし、オメェじゃなくて緋桜みたいなチャランポランだったら、きっちりおとしまえつけてもらってだろうよ」


 よかった。自分があの人みたいな軽薄野郎じゃなてよかった。

 心底からそう思った織である。


「緋桜さん、ここでもそんな評価なんすね」

「やる時はやるやつだし、あいつのああいう軽い態度が、一部の人間を救うってのも分かってんだけどな。愛美しかり、しかり」


 それは、織の知らない話だ。話には聞いていても、織がその時その場にいたわけではない。

 愛美と彼女が、かけがえのない親友となったのは、緋桜がいたからだと。

 羨ましいとは思うが、だからって織に緋桜の真似はできない。だってそんなことしてたら、今頃東京湾の底にコンクリ詰めで沈んでただろうから。


「ある意味、俺たちにとっても恩人だよ、あいつは。俺たちじゃあ、あの頃の愛美をどうにかしてやることは出来なかったからな」

「そんなに酷かったんすか」

「家では今と変わんねえよ。ただ、生きづらそうではあった」


 その身を苛む殺人衝動と向き合うために。そんな自分でも、大切な家族と一緒にいられるように。

 果てのない強さを求めて、正しさを欲した。


 それは間違っているのだと。

 強さのための正しさではなく、正しさのための強さなのだと。

 そう気づかせてくれたのが、黒霧緋桜だ。


「オメェはあのガキと違って、誠実なやつだ。だから愛美を任せられた。なにより、あのお転婆には俺たちも手を焼いてたからな」

「よく分かります、それ」


 愛美の壊滅的な家事スキルやら不器用さやらを、二人同時に思い浮かべて、それぞれ苦笑を浮かべる。


「そういや、その愛美は今日どうしたんだ?」

「噂のちゃらんぽらんと仕事ですよ。なんか、昔やり残したのがあるとか」



 ◆



「ぶえっくしょいっ!」

「汚いわね。風邪? 体調管理くらいちゃんとしときなさいよ」

「お前のツンデレとか織しか得しないぞ」

「しょうもないこと言ってる暇があったら、足を動かしなさい」


 山の中、である。

 日本支部が位置している富士の樹海ともまた違う、辺り一面木々に囲まれ、急な傾斜と周囲を漂う霧に方向感覚が狂わされる、普通でない山の中。


 場所としては、九州。熊本県になる。

 都会っ子の二人としてはど田舎というイメージしかないそこの、更に深い山の中だ。

 愛美と緋桜の二人は、ある人物を探してここまで来ていた。


「本当に、こんなところで会えるのかしら」

「蒼さんからの情報だからな。おまけにここは、こんなにも迷いやすい。今まで居場所の分からなかった一族だ。信じる価値はあると思うぞ」


 亡裏なきりがい

 かつて二人が遭遇し、魔女の力も合わせて辛うじて退けた、魔術師殺しの男。

 愛美の生まれ故郷でもある、亡裏の一族。その隠れ里が、この周辺にあるという。


 密かに調査を進めていた小鳥遊蒼が、やっとのことでその尻尾を掴んだのだ。

 そしてこうして、愛美と緋桜が派遣されて来た。本来なら、もっと戦力を準備するべきなのだろう。

 少数で動くのがいいとは言え、二人ではあまりにも少ない。その拳ひとつで、あらゆる魔術を打ち砕くのだ。せめて強力な異能を持っている葵やカゲロウ、あるいは朱音あたりも連れてくるべきだったかもしれないけど。


 二人の目的は、戦うことではない。話を聞くことだ。


「しかし、お前も可愛いところあるんだな。あの男と戦ってる姿を見られたくないなんてさ。織には見せても問題ないだろうし、朱音なんかお前自身だったんだぞ?」

「うっさい。分かってても、あんまり情けないところを見られたくないのよ。織たちの前では、カッコいい私でいたいの」

「相変わらず強がりだ」

「それが私よ」


 知っているだろう、と。

 確かな信頼とともに、緋桜へ視線を送る。

 桐原愛美がどのような人間なのか。その奥に潜んでいる、凶暴な本能がいかほどなのか。

 ともすれば、織よりも余程、この男は知っているはずだ。


 ただ、それだけが理由というわけでもない。

 一番大きな理由ではあるけれど。それが全てじゃない。


「邪魔されたくないのよね。せっかく楽しい楽しい殺し合いが待ってるんだから、あの子達がいても邪魔なだけ」

「ほんと、相変わらずだよ、お前は」


 本来の目的がなんであれ、だ。先に待っているであろう戦いを思えば、興奮が止まない。感情が昂り、意識せずとも笑みが漏れてしまう。凄惨で、残酷な笑みが。


 二年だ。最後に亡裏垓と戦ってから、もうそれだけの時間が経過している。

 けれど、まるで昨日のように思い出せる。

 周囲すべての音が消え、ただ目の前にある命を摘み取るためだけに、なによりも速く、どこまでも高く。

 あの緊張感と高揚感はきっと、なにものにも変えがたい。

 やつの腕を斬った時の感触を思い出すたび、体が喜びに震える。今度は首を、あるいは胴を、斬りたくて斬りたくてたまらない。


 なにより、彼女と心を交わせた瞬間が、そこにあった。


 殺し合い。

 復讐。

 そういった戦いの中でしか生きられない二人の少女が、その中で確かな友情を生んだ、あの瞬間。


 魔女の分まであいつと戦う、などとは言わない。桐原愛美は、己の欲求を満たすためだけに、今日ここへ来ているのだから。


 さすがにフライングか。まだ相手の姿も見ていないし、その里を本当に見つけられるかも分からない。

 見つけたとして、垓がいるのかどうかも。


「しかし、嫌になる霧だな」

「あんた霧の魔術師でしょ。どうにかしなさいよ」

「無茶言うな」


 明らかに異常。それほどに深い霧は、ほんの少し先も見通せない。足元は辛うじて見えているが、急な傾斜が突然なだらかになったり、かと思えばまた急になったり。

 まるで人間を惑わせるためだけに作られたようだ。軽い迷宮じみている。


「これ、自然の産物だと思う?」

「亡裏って一族を考えれば、それが妥当だと思うけどな」


 魔術師殺しの一族、亡裏。

 異能や魔術を全く使わず、ただその体一つで多くの魔術師を屠ってきた一族。

 依頼さえあれば、必ず標的を殺す。


 愛美の殺人衝動も、元を辿ればこの一族によるものだ。

 亡裏の人間は生まれつき、強い殺人衝動を持っている。特殊な体術も似たようなもの。

 亡裏としての潜在意識が、桐原愛美に強い影響を与えている。


 愛美が一族から捨てられたのは、異能を持っていたからだと言う。それが果たして、どういう意味を持っているのか。

 それらの力を忌み嫌っているからか、あるいは。全く別の理由があったのか。


 なんにせよ、今の愛美にとって亡裏なんて、自分の欲求を満たしてくれる最高の相手でしかない。

 彼女にとっての家族は、桐原組のみんなで、未来からやってきた血の繋がった娘で、誰よりも大切なあの男だから。


「これ、空飛んだら現在地分かるんじゃない?」

「やってみるか?」


 ふわりと浮いて、愛美は空へ飛び上がる。背の高い木々も、白く霞む霧も飛び越え、青い空へと身を晒した。

 しかし、眼下に広がるのは霧に覆われた森だけ。現在地も、亡裏の里の位置も、なにも分からなかった。


 まあ、予想通りと言えば予想通りだ。地面にいてあれだけ深い霧。空から見下ろしたところで分かるわけがない。

 収穫なしを伝えるために緋桜のところへ戻ろうとして。


 殺気を感じた。

 鋭く研ぎ澄まされた、遠慮のないもの。

 愛美と同種の、しかし更に洗練された殺気が、圧力となってピリピリと肌を焦がす。


 殆ど反射、本能的に、宙を蹴った。

 足場のない空中でもそれが可能なのは、愛美が足裏に魔力を凝縮して仮の足場とし、蹴ると同時に小さく爆発させることで更なる加速

 を得られているのだが。

 問題は、そうせざるを得なかった原因の方。


 身を翻した愛美の耳に、風切り音が届く。

 遥か遠くから、矢が飛来した。

 魔力は篭っておらず、さりとて異能の力が込められているわけでもない、一本の矢。


 そこに込められた殺意を敏感に感じ取ったからこそ、咄嗟に回避することができた。


 舌打ちを一つして、下に転移する。呑気にも木に背中を預けていた緋桜も、愛美の表情を見て異変を察知したらしい。


「敵か?」

「遠いわ。二キロは離れてたと思う」

「狙撃銃?」

「ただの矢だった。怖いものね」


 言葉とは裏腹に、唇が三日月に裂ける。

 怖いのはどっちだ、と緋桜がボヤいているが、愛美の耳にはすでに届かない。


「この霧の中で、矢による正確な狙撃。それに、あの殺気。間違いないわね。ここは当たりよ」


 蒼が手に入れた情報は、まちがっていなかった。今しがたの殺気と狙撃。確実に、亡裏の人間によるものだ。

 方角はわかった。この霧の中では難儀するだろうが、そちらに向けて歩けばいいだけ。


 だがそうするまでもなく、二人に声が掛けられる。


「なんだなんだ。今日はやけに客人が多いじゃあねえか」


 振り返ると同時。緋桜が弓を形成、矢を放つ。少し遅れて愛美が駆け、魔力の矢を容易く弾いた相手へと肉薄した。

 側頭部目掛けて放たれた蹴りは、しかし相手の片腕だけに阻まれる。


「よお、久しぶりだなご両人」


 刈り上げの入った髪。筋肉質で引き締まった長身痩躯。背中に亡の一文字が入った服。かつてと違うのは、愛美に斬り落とされた左腕がないことか。

 忘れもしない。忘れられるわけがない。


「亡裏垓……!」


 死そのものである男は、反撃するでもなくただそこに立っている。

 大きく後退して、愛美は警戒を解かない。その少し後ろでは、緋桜が次の矢を番えていた。


「魔女の話は聞いてるぜ。残念だよ、俺が殺してやりたかったんだがな」

「まさか、そっちから出てきてくれるなんてね。手間が省けたわ」

「おい愛美、目的忘れるなよ」

「忘れたわよそんなの!」


 詠唱を紡いで概念強化を纏い、短剣を抜いて一歩踏み出した。

 初手から全力。加減の余地も余裕もない。霧がかった森の中を、殺人姫は風となって、だがそれよりもなお速く駆ける。


「はっ! やっぱそう来るか! いや、お前はそうでなくちゃなぁ!」

「二年前の続きをしましょう! 今度は、死ぬまで!」


 興奮を抑えようともせず、まるでタガが外れたように、愛美は拳と刃を振るう。


 袈裟斬りをフェイントにした下段の蹴り。躱したところに追撃の拳を叩き込めば、右腕だけで全て防がれる。衝撃は受け流され、ダメージは一つも入らない。それどころか、短剣を持う右手の手首を掴まれ、腹に膝蹴りが。無理矢理身を捩って躱し、その勢いを利用して頭に鋭い蹴りを見舞う。


「強くなったじゃねぇか! 二年前より、速さが増してる!」


 直撃。にも関わらず、垓はひるむ様子すら見せない。余裕の表れか、愛美の成長を喜ぶ始末だ。


「腕一本に受け止められても、皮肉にしか聞こえないわよ!」

「そりゃ悪いな!」


 左手に持ち替えた短剣を水平に振るえば、流石に右手首を解放された。

 休む暇など与えない。いや、愛美自身も、休憩なんてものを望んでいない。


 一分一秒でも長く、この殺し合いに身を浸していたいから。

 一分一秒でも早く、目の前の男をこの手で殺したいから。


「集え、我は星を繋ぐ者、万物万象悉くを斬り伏せ、命を刈り取る者!」


 魔力で形成された、七つの刃が出現した。それら全てが霧の中へと溶け込み、姿を消す。

 一方で術者の愛美は、真正面から再び垓へと肉薄した。ともすれば、愚かなほどに真っ直ぐ。


 愛美の短剣同様、絶死の威力を秘めた垓の拳が華奢な体に突き刺さる。くの字に折れ曲がった愛美の体は、霞んで消えた。


「殺気が隠しきれてねぇなあ!」


 背後から迫っていた二つの凶刃を、回し蹴りで纏めて砕く。しかし直後に、また二つの刃が左右から襲いかかってきた。正面からは、実にいい笑顔を見せる殺人姫が。

 身を翻して左右の刃を躱し、一歩、大地を踏みしめる。


 亡裏の体術。その技の一つ。

 大地を伝って相手の生体活動、その波長を狂わせる技。崩震。

 怯んだ愛美の姿が、また霞んで消える。

 霧の中からは残っている五つの刃が、垓を囲むように襲いかかってきた。

 巧みな体捌きで躱し、砕き、残り一つを叩き潰して。徐に、正面へ拳を突き出した。


「かはッ……」

「言っただろ、殺気が隠せてないってな」


 なにもなかったそこから、愛美の姿が現れる。その腹に垓の拳が突き刺さり、ダメージは内臓にまで達していた。

 瞬時に魔術で治療して大きく退がるが、まさかグランシャリオを見破られるとは思ってなかった。


 現状、愛美が持てる最強の手札だ。

 異能の力が適応される七つの刃と、自身の姿を消す能力。それら全てを一つの魔術に収めた、桐原愛美の知恵と技術の結晶。魔女から託された力の、その一欠片。


 他にも空の元素魔術がないことはないが、どれも術式の調整中だ。今は使えない。


 そうと分かってもなお、愛美の瞳から闘志が消えることはなかった。

 むしろ逆だ。通用しないと分かったからこそ。己の命すら天秤の上に乗せていると、その実感がより湧くからこそ。

 殺人姫と呼ばれる少女は、狂気に身を費やし、この殺し合いに全てを捧げる。


「早速だけど、奥の手を使わせてもらおうかしら」

「今度はどんな手品を披露してくれるんだ?」

「こういうやつよ」


 超直感、とでも言うべきか。

 亡裏の人間は、他人の殺気に人一倍敏感だ。垓が咄嗟に横へ転がり五体満足でいられたのは、そのおかげと言う他ない。


 切断されていた。

 愛美が腕を差し伸ばした先、亡裏垓が立っていた場所へ一直線に。

 大地が裂け、霧は晴れて、周囲の木々が倒壊した。空間は歪み、まるでピントの合っていないレンズを覗いたような景色へ変わっている。時間が乱れ、倒れていく木や落ちる葉は、明らかに物理法則から外れた速度をしていた。


「お前、なにをした……?」

「斬った」


 ただ一言。

 しかしその一言で十分。


 桐原愛美が、亡裏から捨てられた理由はなんだったか。異能を持っていたからだ。

 なら、彼女の異能とは?

 亡裏垓は、その身で思い知っている。左腕を肩から綺麗にやられたのだから。


「力加減間違えると、自分の体がバラバラになるのよね。でも、そういうスリルがあってもいいじゃない?」


 まるで幼い子供のように、無邪気で稚い笑み。これまでのものとは別種の、だからこそ孕んだ狂気が浮き彫りになるもの。

 さしもの垓も、生唾を飲んだ。


 その隙を殺人姫が見逃すはずもなく、瞬きの間に懐へ肉薄する。

 振るわれる短剣と拳を躱し、カウンターを打ち込もうとしたところで、またあの斬撃がやってきた。

 亡裏の人間でなければ、確実に八つ裂きだった。どのような状況からでも、どのような動きへと派生できるその体術があればこそ。


「……指一本か。まだ難しいわね、これ」


 右手の小指が切れ、地に落ちた。

 もはやそれに拘泥する愛美ではない。賢者の石の魔力があれば、こんなものすぐに復元される。最悪腕を切り落としてしまっても、なんら問題はないのだ。


 そんなことより、目の前の男を殺す。

 今殺す。ここで殺す。その体を八つ裂きにして、血の雨を降らし、ただの肉塊へと変えてやる。


 だからもっと。もっとだ。

 こんな程度じゃ足りない。互いの信念を、想いを、命を削りあいたい。


 それこそが、私の──!


「はい、ストップ」


 冷や水を被せられたような声と共に、全身の力が抜けていった。これまでの鬼気迫るものが全て消え失せ、年相応の少女みたく、ぺたんとその場にへたり込んでしまう。


「ったく、蒼さんに魔導収束教えてもらっといて正解だったな。絶対こうなると思った」

「緋桜、あんた……!」


 魔導収束。

 この、力が抜けていくのは覚えのある感覚だと思っていたが、まさか魔力を吸い取られたとは。しかも味方に。


 愛美の強さ、またその体術は、大部分が概念強化によって支えられている。

 そうでなくとも、魔術師にとっての魔力は生命線だ。というより、魔力自体が文字通り生命力と同義だ。

 それを吸い取られてしまえば、いくら愛美でも容易に立ち上がることはできない。


「なんのつもりだ、霧の魔術師」

「亡裏垓。俺たちは、別に殺し合いしに来たわけじゃないんだよ」

「ちょっと……あんた、邪魔しといてなに勝手なことを……!」

「勝手なことしてんのはお前だろ、愛美。本来の目的を忘れるな」


 急速に頭が冷めていく。どう考えても、悪いのは先走った愛美だ。なんなら今回は、二年前の時とも違って、愛美から手を出した。垓は最初、反撃すらしてこなかったのに。


 ぐうの音も出ない緋桜の正論に、唇を尖らせながらもとりあえず黙っておくことにした。


「それで? 魔術師が俺らに、殺し合い以外でなんの用だって?」

「キリの人間について。お前たち亡裏が知ってること、洗いざらい全部教えてもらう」

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