第66話

 いつものように街の見回りをしている朱音は、立っているビルの屋上からふと空を見上げた。

 青空に輝く太陽。眩しい光を放つそれは、吸血鬼の天敵。


 頭をよぎるのは、まるで姉のような存在であるツインテールの少女と、忌々しい灰色の髪をした半吸血鬼の少年。


「私が気にしても、仕方ないんだろうけど」


 呟いた言葉に、傍で立つ白い狼が不思議そうに見上げてくる。それにクスリと笑みを返して、朱音はしゃがんでアーサーの体を撫でた。


「アーサーは、葵さんとカゲロウのこと、どう思う?」


 知能の高いこの白狼は、朱音の言葉を理解しているのだろう。けれど、己の感じたこと、思ったことを伝える術を持っていない。

 アーサーの生みの親は、思念波を使えたと両親からは聞いてるから、いつかはアーサーとも会話できるのかもしれないけれど。

 少なくとも、それは今じゃないらしい。


 仮面をつけて、別のビルへ飛び乗る。そうして繁華街の中を移動していると、あるビルのモニターに目が吸い寄せられた。


『魔術師と呼ばれる犯罪集団の起こした事件は、今月だけでも全国で既に50件以上が確認されています。それを受けて政府は、自衛隊への出動要請を──』


 モニターの向こうにいるキャスターは、淡々と言葉を羅列していく。そこに本人の感情は見えない。さすがはプロ、といったところか。

 けれど、見ている側は別だ。その報道一つに怒り、または悲しみ、あるいは戸惑い、民衆には多くの影響を及ぼす。

 この棗市は、魔の被害が特に多い。それもひとえに、朱音の存在があるからこそだ。


 心配そうに喉を鳴らしたアーサーは、現在の主人へと気遣わしげな視線を送る。


「大丈夫だよ、アーサー。大丈夫。私は、この街を守らないとダメなんだからさ」


 自分に言い聞かせるような言葉。世間から、街の人たちからどう思われようと、戦わなければならない。

 つらい。泣き出してしまいたい。そう思わないと言えば、嘘になる。


 けれどそんな己の弱さを、敗北者の少女は許すわけにはいかないのだ。

 二度と敗北しないため、その弱さを己への戒めにする。そのための仮面だ。


 なにより、この時代に来た頃のことを考えれば、この程度は屁でもない。なにせ大好きな両親と敵対していたのだ。あの時と比べれば、今はどれだけ楽な状況か。

 だって、理解してくれる人たちがいるのだ。両親を始めとした、色んな人達が。朱音のことを知っている。理解してくれる。それだけで十分。


 モニターから流れる音を意識の外に追いやって、朱音は次のビルに飛び移った。

 今日は大丈夫か。そう思って事務所に戻ろうとしたところで、魔力の反応を感知した。

 小さく舌打ちして、アーサーとともに反応のあった場所へと転移する。


「殺人姫ってのはどこにいんだぁ!」


 一歩遅かったらしい。殺気と魔力を無造作に振り撒きながら、無差別に辺りを破壊する男が一人。男の左腕は、肘から先が機械の義手になっていた。下半身には黒光りする鋼鉄が見える。

 魔術師としては異様な姿だ。

 驚きに一瞬動きが止まったものの、視界の中に倒れる電柱と、逃げ遅れた女性を見つけて我に返った。


「マズイ……!」


 女性を庇う位置まで咄嗟に転移し、倒れてきた電柱を蹴り砕く。


「大丈夫ですか⁉︎」


 振り返った先。そこでへたり込んでいた女性の顔は、恐怖に染まっていて。


 胸が、痛い。


 仮面の下が僅かに歪む。

 礼もなく走り去っていった女性を見送り、朱音は尚も暴れている魔術師へ駆けた。

 懐から短剣を抜き、肉薄すると同時に横薙ぎに振るう。


「ンだぁテメェ……?」


 大きく後退することで躱した魔術師が、鋭い視線を朱音に向けた。

 その外見通り、機動力はかなりのものらしい。概念強化を用いても、単純なスピードなら勝てるかどうか怪しいところだ。


「残念ですが、殺人姫はこの街にいません。代わりに私が相手を務めますよ」

「あぁ? ふざけんじゃねぇぞオイ! いいからさっさとあの女を出しやがれ!」


 魔術師の怒りに呼応して、魔力が荒ぶり衝撃でビルのガラスが割れる。

 さしづめ、昔愛美にやられた魔術師の一人だろう。見た限りだと体をバッサリ真っ二つにされたと思われるが、よくもまあそれで生きていたものだ。


 ため息を一つ。お望みとあらば仕方ない。できれば、この時代では使いたくなかったが。


「ソウルチェンジ」


 力ある言葉を唱える。

 それは転生者にのみ許された、魂の変質。

 桐生朱音の魂に、桐原愛美の魂をインストールする。やっていることはそれだけ。説明してしまえばとても簡単なこと。


 背後にいる白狼が、戸惑う気配を見せる。

 彼にとって朱音は、仮の主人だ。愛美が不在の間だけパスを結んでいる、けれど紛れもなく家族であり、愛美と同じく大切な主人であることに変わりはない。

 その朱音から、本来の主人と同じ気配がする。その類には人より余程敏感な魔物だ。戸惑うのも無理はないだろう。


 ここに立っているのは桐生朱音であり、同時に桐原愛美でもあるのだから。


「殺人姫なんて呼ばれるのも考えものよね。強いやつと戦えるとはいいけど、こういう面倒な輩も湧いてくるし」


 対峙する魔術師は驚愕の表情を浮かべた後、それを上回る歓喜で染めた。

 今まさしく、目の前の仮面野郎は。殺人姫へと変貌したのだ。原理や理屈はどうでもいい。焦がれた相手がそこにいる。それが全てだ。


「ンだよ、妙な仮面しやがって。テメェがそうなら最初から言えよな!」


 機械の脚が駆動音を鳴らす。ガシャン、と音が聞こえたと思えば、腿に当たる位置から薬莢のようなものが排出された。左腕も同じく、腕の真ん中辺りで排莢が行われる。

 途端、爆発を伴う速度で肉薄してきた。


「オラァ!」


 愚直のほどに真っ直ぐ打ち込まれる左の正拳。途轍もないスピードと破壊力を誇るそれを、腰を落として右の掌で受け止めた。

 ミシッ、と。コンクリートの地面が僅かにヒビ割れる。攻撃のエネルギーを全て地面に流したためだ。

 反撃に放つのは左の後ろ回し蹴り。側頭部にクリーンヒットするが、全く怯む様子がない。掴んだままの機械の腕に魔力が集まるのを感じて、朱音は距離を取った。


「ハハッ! 今のは惜しかったぜ!」


 認識を改める。母親にやられた有象無象の一人だと思っていたが、こいつは強い。義手と義足にどういった力があるのかは分からない。それでも、亡裏の体術と正面から打ち合えるのだ。

 魔術師としてではなく、一人の戦士として。間違いなく強敵だ。


 口角が上がる。仮面の奥は凄惨に歪み、高揚感を抑えられない。

 強いやつと殺し合う。信念を燃やし、技を尽くして命を奪う。

 それがの楽しみで、生き甲斐だ!


「アーサー、下がってなさい。手は出さないで。久しぶりに殺し甲斐のあるやつが出てきたんだから、楽しませてもらうわよ!」


 未だ戸惑う気配を見せる狼が下がったのを見て、殺人姫と化した少女は地を駆ける。

 音に等しい速度で肉薄し、拳を打ち込む。短剣を振るう。敵からの反撃を時に躱し、時に受け止める。

 その度全身に伝わる衝撃を、久しく忘れていた。この手で相手の命を削り取る感触を。


「いいねいいねぇ! それでこそだぜ殺人姫!」

「まだまだ、こんなもんじゃないわよ! もっと楽しみましょう!」


 拳と拳がぶつかり合い、行き場をなくした力の波が衝撃となって四方に撒き散らされた。

 それに意識を向ける事なく、朱音は攻撃を続ける。ただ己が本能の赴くまま、目の前の命を刈り取るためだけに。


 まずはこの機械の腕だ。先程から何度か排莢を繰り返しているが、おそらくは魔力充填のためだろう。このスピードとパワーも、それで納得がいく。そしてそれらを自在に操るだけの技量もある。

 厄介この上ないその腕を、潰す。


「……っ!」


 左手に持った短剣を振りかぶれば、敵は距離を取ろうとする。当然だ。愛美と以前戦ったことがあるなら、その身に染みているはず。ただの短剣の一振りが、どれだけの威力を秘めているか。

 だからこそ、この上ない囮として機能する。


 左手の動きを途中キャンセルし、一歩、距離を詰める。その動き自体が一つの体術、技として完成されている。

 相手の生体活動、その波長を狂わせる技。

 崩震。

 人によっては気を失う技を受けて、男は一瞬怯んだのみ。だが、その一瞬があれば十分。空いている右の拳を振るえば、男は咄嗟に機械の腕で防御する。それこそ朱音の狙いだとも知らずに。


「なにっ……⁉」


 鋼鉄でできた機械の腕が、砕けた。

 驚愕に目を見開く男は知らない。亡裏の体術が、果たしてどのようなものなのか。

 その動きも独特ではあるが、それが全てではない。あらゆる流れをその拳と脚で操る。魔力であろうが、打撃の際に生じる衝撃であろうが、なにひとつ例外とせず。


 これで終わりだ。後は二度と復活してこないよう、その首を落とせばいいだけ。幾度となく繰り返してきた動作。胸に湧き上がる衝動のまま、その命を摘み取ろうとして。


 朱音の視界に、見知った姿が映った。


 男の背後。距離のあるそこに、一人の男子と怯えた猫が。目と目が合う。恐怖に染まった目と、殺し合いを楽しむ、仮面に隠れた目が。

 動きが鈍る。ほんの一瞬、躊躇いが顔を覗かせる。その一瞬があれば、敵が離脱するのには十分だった。


「へぇ、なるほどなぁ……」


 下卑た笑みを顔に貼り付けた男に、嫌な予感がした。まさかと思い短剣を構え直す。


「まあ待て待て。この状況でテメェの逆鱗に触れるほど、俺はバカじゃねぇよ。今日のところは一旦逃げといてやる」

「待ちなさい!」


 排莢の音が三度。音速を超える速度で逃げ去った男の背を見て、朱音は後悔した。

 潰すならまずあの脚からだったか。機動力を持たせたままなのは失敗かもしれない。


 いや、それよりも。

 完全に呑まれた。殺人姫としての本能、亡裏の潜在意識に。

 あるいは、当時の記憶が残っていれば、そんなことにはならなかったのかもしれない。今の朱音に残っているのは、かつての力と記録、それらを宿した魂だけだ。

 桐原愛美として生き、この殺人衝動と上手く付き合っていたのだろうけど。その記憶がない。実感がない。

 だから、自分の母親は常にこんなものと向き合っているのかと、半ば恐怖すら抱く。


 調子に乗らず、さっさとレコードレスで片付けた方が良かった。それなら、余計なものを見なくて済んだのに。


 ソウルチェンジを解き、銀炎で辺りの修復をする。近寄ってきたアーサーを謝罪の意味を込めて撫でてやりながら、視線を移した。

 そこにはもう、彼の姿はない。

 数日前に出会い、片手で数えて足りるほどの交流を交わした、あの男の子。


「帰ろっか、アーサー」


 向けられた眼差し。頭にこびりついたそれを振り払うように、朱音は事務所へと帰った。



 ◆



 夕日が照らし、空が赤く焼ける中。棗市の北に位置する住宅街、その中にある公園へと足を運んだのは、魔が差したのか気の迷いなのか。

 公園の中に足を踏み入れ、ベンチに腰掛ける。すると背後の草むらから、六匹の猫がぞろぞろと出てきた。

 たった数度しか顔を合わせていないはずなのに、猫たちは朱音に対する警戒心を全く見せない。ベンチや膝の上に飛び乗り、足元で鳴き声を上げ、じゃれついてくる。

 膝の上に乗った猫の喉を撫でてやれば、ゴロゴロと気持ちよさそうに目を細めた。可愛いなぁ、と口の中で呟く。


 その猫たちが一斉に耳をピンと立て、公園の入り口へと向いた。釣られて朱音も視線をやれば、つい数十分前に見た顔が。


「桐生、来てたんだ」

「こんにちは、丈瑠さん」


 その腕に抱いてる猫も、見覚えがある。

 朱音と猫たちの元に歩み寄って来た丈瑠は、猫を抱えたまま朱音の隣に腰を下ろす。よく見れば、服には若干の汚れが。それは猫も同じ。毛並みはめちゃくちゃで、所々に土が付いている。先の戦いの余波を受けたせいだろう。


「汚れてるじゃないですか」

「僕もこの子も、さっきまで繁華街の方にいたんだ。またあいつらが暴れててさ」


 仲良くしなよ、と声をかけて、抱えていた猫を地面に下ろす丈瑠。元々縄張りの違う猫だ。そう簡単に仲良くできるのかと朱音はハラハラしてたのだが、意外にも元からいた六匹は新たな仲間をすんなり迎え入れた。キジトラの猫が汚れた毛を舌で舐める。その光景に心を和ませていたが、一方で丈瑠は汚れたままだ。

 公園に備え付けられた水道まで行き、持っていたハンカチを軽く濡らす。ベンチに戻って、それを丈瑠に差し出した。


「使ってください。汚れたままだとみっともないので」

「いや、いいよ。僕の家すぐそこだし、服は洗濯したらいいだけだからさ」

「そのまま帰ったら親御さんが心配すると思うのですが」

「親も慣れてるから大丈夫」


 それは、大丈夫と言えるのだろうか。つまり丈瑠は、日常的にこんな汚れるまでのことをしているということで。きっと、野良の動物たちを助けるために、無理をしたことだってあるのだろう。

 その元凶は、自分にある。


「いいから、遠慮せずに使ってください」

「ちょっ、分かった。分かったから」


 朱音自身の手で汚れた服や顔を拭いてやろうとすれば、さすがに恥ずかしかったのか、丈瑠は頬を赤らめてハンカチを受け取る。分かればよろしい。

 本当なら魔術ですぐにでも綺麗に出来るのだが、まさかこの場で使うわけにもいくまい。

 この街の誰にも、自分の正体を知られるわけにはいかないから。


「繁華街にいたんですよね?」

「うん、そうだけど?」

「……怖かった、ですか?」


 ふと、気になったことを尋ねてみた。

 もしかしたら、なんて。ありもしない希望が頭にチラつくのだ。この優しい少年なら、あるいは。仮面を被った朱音のことを、分かってくれるかもしれない。

 けれどやはり、そんなものはただの幻想に過ぎず。


「そりゃ怖かったよ。意味わかんない連中が、意味わかんない力で暴れるし、街はめちゃくちゃに壊されるし。仮面のやつが女の人を守ってたのを見たけどさ、それでも、すごい怖かった」


 その時のことを思い出したのだろう。丈瑠の指先は僅かに震えていた。

 朱音には、その恐怖が理解できない。生まれた時から、そして何度生まれ変わっても、桐生朱音の存在は常に戦いの中にあったから。恐怖を抱く暇なんてありはしない。

 朱音が恐れているのは、ただ一つ。

 大切な人を、家族を失うことだけだ。


「って、ごめん。歳下にこんなこと言っても仕方ないよな」

「いえ、聞いたのは私ですので。それに、丈瑠さんはなにもおかしいことはないですから」


 それでも、向けられている恐怖には自覚がある。だってそれは、朱音自身が望んでそうしているのだから。

 怖がって、逃げて、離れてくれれば、傷つけることはない。無駄に被害が広がることはないから。


 膝の上に乗っている黒猫を下ろして、ベンチから立ち上がった。そろそろ帰らないと、事務所に来てるであろうサーニャが心配する。


「帰りますね。丈瑠さん、外を出歩く時は十分注意してください。何かあったら、すぐに逃げるように」

「分かってるよ。桐生も、気をつけてな」

「はい」


 見上げてくる黒猫を最後に一撫して、朱音は公園を出た。



 ◆



「最近、帰るのが少し遅いな」


 サーニャと二人、夕飯を食べている時。器用に箸を使う銀髪の吸血鬼は、おもむろにそう切り出した。山盛りの白米を全て平らげて、二杯目をお代わりしようとしていたタイミングで。

 とりあえず炊飯器からご飯をよそい、再び床に座りなおしてから、朱音は言葉を返した。


「心配してくれるんですか? サーニャさんってなんだかんだ、私に甘いですよね。さすがツンデレさん」

「やめろ、ツンデレ呼ばわりするな」


 そうは言われても、朱音に対するサーニャの態度はそうとしか言えないのだから仕方ない。たまに突き放すような言葉を投げられるが、基本は朱音に甘いのがサーニャだ。

 これだとツンデレじゃなくてデレツンだな、とどうでもいいことを考える。


「まあ、貴様がどこをほっつき歩いてようが構わんのだがな」

「別に変なことしたりしてないですよ? ちょっと猫に会いに行ってるだけですので」

「猫?」

「はい、猫です」


 丸めた右手を掲げ、にゃあ、と鳴いてみる。

 サーニャは余計に分からないとばかりに、疑問符を浮かべていた。


「アーサーが泣くぞ」

「別に猫派になった覚えはありませんが。可愛いものならなんでも好きですよ、私は」

「アーサーが泣くぞ」

「なんで二回言ったんですか!」


 たしかにアーサーは可愛いよりもカッコいいと言った方が正しいかもだけど。

 でもあの狼も、ああ見えて可愛いところは沢山あるのだ。


「しかし、なるほどな。今日敵を逃したのは、案外その辺りが原因だったりするのか?」

「……知ってましたか」

「当然だ。律儀に毎回学院へ報告しているのは貴様だろう」


 朱音の実力は、現在の日本支部で五指に入る。それどころか上位三人の一角に食い込んでると言ってもいい。銀炎、未来視、切断能力、賢者の石。それだけの力を持っているのだ。シンプルな実力のみで言うなら、未だに両親よりも上。

 そんな彼女が、敵を取り逃がした。

 なにかあったと勘ぐる方が当然だ。


「関係ない、ことはないですが。それでも、直接的な原因ではありませんので」


 今回の失態は、ひとえに朱音自身の未熟さゆえだ。ソウルチェンジによる影響、殺人衝動を上手く制御しきれなかった。あれに呑まれることがなければ、きっと、丈瑠の姿を見ても動きは鈍らなかったはずだ。


 そもそも、どうして彼の姿を見ただけで。疑問が湧くが、答えには見当がつく。

 あの猫たちは、朱音の罪の象徴だから。

 敗北者ルーサーとして戦う以上、避けられぬ被害はある。あの子達は被害者だ。そんなあの子達と関わることで、己の戒めとした。自分が奪い、同時に守るべきものを実感するため。

 丈瑠にしても、花蓮や英玲奈にしても同じ。朱音の戦いは、この街の住人を守ると同時に、傷つけてもいる。


「大丈夫ですよ。これに関しては、私の問題ですので。サーニャさんが心配することではありませんが」

「なら良いのだが、なにかあったら我を頼れよ。我のみではない。葵たちもいるのだ」

「分かってます」


 今の朱音は、決して一人ではない。サーニャが、葵が、蓮が、カゲロウがいる。学院の人たちがいてくれる。

 なにより、両親が生きてくれている。

 どうしようもなくなった時、味方をしてくれる人たちがいるのだ。


 だから、そんな人たちに心配と迷惑をかけないために。

 いつまでも、なによりも強く在らねばならない。そのための仮面なのだから。

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