第39話
「ホント、数だけは無駄に多いんだから……!」
迫り来る魔物の大群をひたすらに倒しながら、桃は苦々しく吐いた。賢者の石を埋め込まれた魔物。それ自体は魔女にとって、なんの脅威にもならない。膨大な魔力を与えられたとしても、所詮はグレイの眷属として理性を失った魔物だ。たしかに力は増しているが、その力の正しい使い方を理解していなければ、恐るるに足らない。
それはサーニャも、他の場所で戦っている三人も同じだろう。
問題は数だ。覚悟はしていたが、倒したそばから次の魔物がやってくる。物量に圧されるのは蒼とも話していた懸念事項だったが、その上で賢者の石によるブーストまで掛けられているのだ。
当初予想していた展開よりも、かなりキツイものとなっている。
今が夜であれば、サーニャも全力を出すことが出来、戦況はかなり有利に傾くのだが。それは敵にも言えること。夜になれば、間違いなくグレイが直接現れる。
ともかく、まずはこの数をどうにかしなければならない。
「どこかに召喚の基点があるはずだ! それを潰すぞ!」
「分かってる!」
一番最初に放った魔術により、地面は所々ひび割れ、岩が隆起し、それが防衛線を維持してくれていた。足場の悪いそこを魔物たちは一直線に進んでこれない。
迫り来るハイエナのような魔物の群れに、片手で砲撃を叩き込む。更に別方向から肉薄してくるガーゴイルどもは、同時に発動させた重力魔術で圧殺。休む間もなく突進してくるケルベロスを、サーニャが異能で氷漬けにした。
「一回綺麗にしちゃおうか! 我が名を持って命を下す! 其は天を穿つ神の
詠唱を唱えた桃の背後に、七つの魔法陣が展開される。そこから現れ出るのは、穂先を五つに分けた槍。
「
神話の兵器と同じ名を冠した槍が、それぞれ五つ、計三十五の稲妻へと姿を変え、魔物に襲い掛かる。
一体の魔物を穿てども、稲妻は消えることなく、まるで猟犬のように次の獲物へと狙いを変える。三十五本に及ぶ稲妻の蹂躙は、十秒と掛からずに眼前の敵を殲滅した。
「見つけた! サーニャ!」
「任せろ」
薙ぎ倒された木々の奥。夥しい数の魔物の姿で隠れていた魔法陣を見つける。魔物を召喚している基点となる魔法陣だ。
そこへ目掛けて、吸血鬼の膂力を最大限に使い駆けるサーニャ。昼間とは言え、銀髪の吸血鬼の持つ力はそれでも強大だ。
織ならば魔導収束、愛美ならば異能で魔法陣を無力化するのだろうが、サーニャにそんなものは必要ない。最低限の魔力とこの拳一つあれば、この程度の魔法陣を破壊することは造作もない。
新たに魔物が湧いてくるが、出現した途端に桃の放った魔力の槍が突き刺さる。その援護を受けながらついに魔法陣へと肉薄し、拳を振りかぶって。
「そう簡単にやらせるかよ」
「……ッ!」
突如出現した緋色の桜に遮られた。その場から即座に離脱するサーニャを、緋の刃が執拗に追いかける。
小さく舌打ちをして、異能を発動。桜はその全てが凍結させられた。
だが息つく間もなく、上空から魔力の反応。見上げた先には、細身の剣を構えた金髪の女怪盗が。
「
刀身が輝きを放ち、一条の光となってサーニャへと突撃する。だが吸血鬼の動体視力を持ってすれば、まだ捉えられるスピードだ。冷静に氷の壁を幾重にも展開し、壁が残り一枚となったところで突撃の勢いが止まった。
その隙を見逃すことなく、桃が魔力の槍を放てば、もう一人の怪盗が同じ細身の剣でそれを斬りはらう。
「初撃から全力だったんですけど、随分簡単に防がれちゃいましたね。自信なくしちゃいます」
「お前がこの程度で自信なくすタマか。元より僕たちの数段格上だし、当然っていえば当然の結果だ」
戦場においても軽口を絶やさないのは、怪盗アルカディアを名乗る二人。ジュナス・アルカディアとルミ・アルカディアだ。
そしてその数歩後ろには、桃にとってもサーニャにとっても、浅からぬ因縁のある男が。
「うちの妹はどこにいる?」
「久しぶりに会ったって言うのに、挨拶の一つもなし? 随分と余裕がないんだね、緋桜」
魔女の言葉に、緋桜はなにも返さない。感情を殺した冷たい目で見据えるのみ。
どうやら、覚悟は決めてきたらしい。ならばこちらも遠慮する必要がなくなる。
「緋桜、一つ聞かせろ。貴様がそこに立っているのは、葵のためか?」
「ああ、もちろんだよサーニャさん。俺は妹の呪いを解くために、あの忌まわしい異能を消すためにここにいる」
「そうか……ならば、我は貴様を止めねばならん。あの子を守るためにな」
「残念だよ」
「全くだ」
サーニャの手に氷の剣が。緋桜の周囲に緋色の桜が。
かつて親子のような関係だった二人は、互いに排除すべき敵として対峙する。
桃にとっての本命は、やはり姿を現さない。今頃どこかで、この戦いの様子を見ているのだろう。その事に苛立ちを感じながらも、魔女は二人の怪盗と向き合った。
「ジュナス・アルカディア。一応、聞いておこうかな。あの時わたしに盗聴させたのはなぜ?」
「おっと、その質問が今来るか。別に、疑問に思うことじゃないと思うけど」
先日、学院長室で桃が盗み聞いた会話。まさしく今日この日のことについて。
あの時桃を内側から手引きしたのは、決して緋桜でも南雲でもない。怪盗の片割れ、ジュナスだ。
桃とジュナスに接点があったわけではない。互いにその存在は知っていたが、直接関わったことなど一度もなかった。
なのに、なぜ。
魔女にはこの怪盗の目的が、イマイチ理解できないのだ。
「僕たちとしても、グレイにオリジナルの賢者の石を盗まれるのは困るってことさ」
「そのくせ、グレイとは協力してるんだ」
「いつ裏切ろうか悩んでるところだよ。どうせ向こうも、僕たちが裏切ることなんて想定内だろうし」
「じゃあ、今日ここにいるのはなぜ?」
その質問に対して鼻で笑ってみせたジュナスが、懐から野球ボールほどの大きさの球体を取り出し、口を開いた。
「あの探偵に借りを返すためだよ。うちの従者の足一本分のな」
◆
学院内で異変を感じていたのは、織と朱音だけではなかった。
校舎の二階を見回っていた葵もまた、この学院が隔離されていることに気づいたのだ。
「どうなってるの……?」
『去年はあんなの、なかったわよね』
二階の窓から見えるのは、校庭で何故か戦っている朱音と人類最強。見上げた空は変わらず青く澄み渡っているのに、そこに映し出される情報は信じがたいものだ。
何者かの異能により、空間ごと学院が隔離されている。異能を使ったルークという者には、全く心当たりがない。
「愛美さんに知らせた方がいいよね……」
『そうね。桐生先輩も呼びましょう』
これは風紀の仕事なんてしている場合ではない。もしかしたら、織は未来視でなにかを見ているかもしれないが、愛美はこの異変を察する術を持っていない。
なんにしても報告だ。小鳥遊蒼がいるとは言え、魔女は学院を留守にしている。そんな時に非常事態が起こってしまえばどうなることやら。
一階に繋がる階段へと走りながら、インカムで連絡を取ろうとも思ったがやめておいた。これは風紀の三人以外にも、生徒会の人たちも使っているのだ。いたずらに困惑を広げるわけにもいかない。
「黒霧葵さん」
足を止めたのは、背後から呼びかける声があったから。急いでいるのに一体なんなんだ。そう思いつつも振り返った先には、予想外の人物が立っていて。
「学院長……?」
異能を切っていなかった。それは果たして、葵にとって幸いなことだったのだろうか。
目の前に立つのは紛れもなく、この日本支部の学院長である南雲仁だ。なのに、どうしてこんな情報が映されている?
グレイとは誰の名前だったか。怪盗アルカディアとはどんなやつらだったか。
そして、黒霧緋桜とは、何者だったか。
考えるまでもないそれらの疑問が一気に湧いて出て、葵は縫い付けられたように動けなくなった。
「いやはや、よく見るとお兄さんに似ているね。緋桜君が学院にいた頃は、私も何度か彼に師事したことがあったのだよ。どうだい? 学院祭は楽しめてるかな?」
「……お陰様で、今は風紀の仕事に忙殺されてるわね」
動揺でまともに会話も出来そうにない葵に代わり、碧が無理矢理身体の主導権を奪った。
突然変わった目つきと雰囲気に、南雲は一瞬目を見張る。
「なるほど、それが多重人格の呪いとやらだね。これはこれは、また難儀なものを」
「なにが言いたいの?」
余裕のある笑みに、碧の苛立ちが募る。こちらは意味のわからない情報を見せられて、ただでさえ混乱しているのだ。そしてその情報を見てしまった以上、早くここから離脱して愛美たちと合流しなければならないのに。
「君たちは、その多重人格の真実について、知っているかな?」
ダメだ、それは葵に聞かせられない。
そう直感すると同時に、碧は異能を使って一階へと転移していた。周りにいた生徒や学院祭の参加者たちは、魔法陣の展開もない転移に驚いていたようだが、今の碧にはそんなこと知ったこっちゃない。
『あ、碧⁉︎ いきなりどうしたの⁉︎』
「どうしたもこうしたもないでしょ!あいつがヤバイってのは、葵だって視たじゃない!」
とにかく愛美と合流だ。下手に隠れるのは悪手。あくまでもこの学院祭の中にいれば、南雲とて派手な真似はできないはず。
校舎内を走り回るも、どこにも愛美の姿が見当たらない。おかしい。いくら一階が広く人が多いとは言っても、その足取りさえ情報として映らない。
「まさか……」
より深い情報をその瞳に映すため、演算を開始する。だが、その必要はなかった。
気がつけば周囲にいたはずの人間は一人残らず消えていて、廊下に立っていたはずの自分はどこかの教室へと移動していたのだから。
転移させられたのではない。精神魔術の一種、幻術だ。
「やられた……!」
『閉じ込められた、ってこと?』
葵の異能、その副産物による情報の可視化は、当然葵自身の視覚を使っている。視認したものでないと情報は映し出されないし、視覚を欺かれてしまえばそれまでだ。
「ちょっと待ってなさい、これくらいなら異能で」
『待って碧!』
教室の扉が開き、そこから人型の黒い影のようなものが現れる。
魔物、ではなさそうた。ここは幻術の中。葵たちは精神を囚われている。ならば現実に存在している魔物が現れるはずもない。
「なによこいつら……」
『敵、なのは確かかな』
どう見ても助けに来てくれた、なんて雰囲気ではなさそうだ。そもそも、こんな得体の知れない影に助けられたくもない。どれだけ異能の精度を上げようが、その正体は全く見えてこないのだ。
幸いにも、愛用の鎌は問題なく現れた。緩慢な動きで近づいてくる影に肉薄して、鎌を振るう。風を切ったような手応え。しかし、影は低いうめき声のようなものを発して消えた。
「なんなのよ本当に」
『碧、まだ来るよ』
「ああもう! せっかくの学院祭だってのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
教室から廊下に出れば、先ほどと同じ影がうじゃうじゃと。しかし倒せることは証明できた。戦闘力自体も大したことがなさそうだ。
ただ、捕まってしまえばどうなるのか分からない。
こうしている間にも、現実にある葵の身体はどこかに捕らえられてしまっているだろう。
孤立無援。味方は文字通り自分自身のみ。
それでも、絶対にここから脱出しなければ。
◆
妙な挙動をみせた未来視。なにも映さず、ただ視界が黒く塗りつぶされただけ。この異能自体とはもう随分と長い付き合いになるが、これまでに一度も経験したことがなかった。
最近はそんなことばかりな気もするが、だからと言って無視できるものではない。
あれは、幻想魔眼などなにも関係ない。
未来視はしっかりと発動していた。つまり、あれが織の未来だということだ。数時間後か、はたまた数十分後か。織の未来は閉ざされている。
「マジでどういうことだよ……!」
ならばそれに付随して、原因となるなにかが起こるに違いない。まさかこの学院祭で、乱闘に巻き込まれて死んでしまった、などというオチでもあるまいし。
どちらにせよ、愛美と葵の二人と合流した方がいい。考えすぎに越したことはないが、嫌な予感がするのはたしかだ。
まずは二階に下りて葵を探していたのだが、一向に見つからない。廊下を歩く生徒や参加者に聞いて回っても、葵の姿は見ていないという。
その答え自体がおかしい。葵は学院祭が始まってから今この時間まで、ずっと二階の見回りをしていたはずだ。ならば一度くらいは姿を見かけているはずなのに。一人たりとも彼女の姿を一度も見ていないなんてあり得ない。
「織!」
アテもなく探し続ける織の元に、一階にいるはずの愛美が駆け寄って来た。その表情には焦りの色が浮かんでいる。
「ちょっとマズイことになってるかもしれないわ」
「やっぱりか……」
織は先ほどの未来視と、葵を探しているのに見つからないことについて愛美に説明する。
この二つが関係しているのかは分からないが、なにかが起きているのは間違いないだろう。
「それで、お前の方は?」
「空を見てみなさい」
言われて、窓から空を見上げる。朝から変わらない快晴。なにもおかしいところは見当たらないが。
「一時間前から、太陽の位置が変わってないのよ」
「いやわかんねぇよ」
太陽の位置とか、そんなのわざわざ覚えてないし。
だが愛美が言うのであればそうなのだろう。そして、そこから導き出される結論は。
「外の景色が作り物だってか?」
「ええ。幻術に閉じ込められてることも考えたんだけど……」
おもむろに短剣を取り出した愛美が、それを手近な壁に当てる。しかしコン、と軽く音が鳴っただけだ。
「魔術を対象に異能を使っても、なにも反応がない。幻術じゃないわ」
「……てことは、なにか結界みたいなので覆われてるとかか」
だが、その様な魔力は感じられない。学院を覆うほど巨大な結界となれば、いやでも魔力に気づくはずだ。それは織や愛美だけではなく、この場にいる魔術師全員が。
なにより今この学院には、人類最強の男がいる。そもそもの話、彼がこの異変に気づいていないわけがない。
なら気づいていて、敢えて放置しているのか? なんのために?
「とにかく、まずは葵を探しましょう」
「そうだな」
とはいえ、どう探したもんか。少なくとも、織たちが今いる二階にはもういないだろう。聞き込みも意味がない。なら一階と三階の二手に分かれて探すか?
いや、闇雲に探しても同じだ。ただ時間を浪費するだけになる。
「黒霧さんを探しているのかな?」
突然聞こえた声にゾッとして、織は思わず銃を引き抜き振り返った。そこに立っていたのは、学院長である南雲仁。吸血鬼グレイの協力者と睨んでいる男が。
銃口を向けられた老人は、それを意にも介さず和かに微笑んでいるのみ。
愛美が一歩前に出て、織を諌めた。
「落ち着きなさい、織。ここでそれは悪手よ」
「……悪い」
言われて冷静を取り戻せば、辺りの人たちがなんだなんだと騒ぎ立てている。学院の生徒がいきなり学院長に銃を向けたのだ。その反応は当然のものだろう。
「桐生君も、随分とこちらの世界に馴染んだようだね。つい数ヶ月前に入学したばかりだというのに、素晴らしい成長だ」
「御託はいりません。葵の居場所、知ってるんですね?」
殺意を込めて睨んだ愛美の視線すらものともせず、南雲は意味深に笑みを深めるだけ。
そして彼から漏れた言葉は、その質問とは全く関係のないもので。
「私がここの学院長をやっているのはね、賢者の石を手元に置いておきたかったからなんだよ。でもね、もう学院長という席に固執する必要はなくなったんだ。そして、この学院の存在自体も、私にとってはもはや不要なものとなった」
「なにを、言ってるんだ……?」
「おや、桐生君と桐原さんは知らなかったのかな? 吸血鬼グレイによって、賢者の石が量産されていることを」
まさか。そう思うと同時に、織は再び銃口を向けていた。愛美も短剣を取り出し、南雲に肉薄する。
だが遅い。二人の攻撃が届くよりも早く、老人の身体からあり得ない程の魔力が溢れて。
校舎の一角が、爆発に呑まれた。
◆
「おいおい、こいつは予想以上に想定外だぞ……」
「こんなことなら、賢者の石貰っておけばよかったですね」
ボロボロの姿で呟く怪盗の二人。賢者の石それ自体には然程興味が湧かなかったが、たしかにルミの言う通り、シンプルに戦力増強のため貰っておくべきだったかもしれない。
そうでもしなければ、勝てない。
残酷なまでの力の差を、目の前の魔女に見せつけられていた。
「もう終わり? 割と名の通ってる怪盗だって言うから期待してたけど、案外弱いんだね」
「あんたが強すぎるだけだよ」
口の中の血と共に、ジュナスは苦々しく言葉を吐き捨てる。
手持ちの魔障EMPは尽きた。どれだけ周囲を魔障で満たしても、魔女は一切の制限を感じさせずに魔術を振るうのだ。対魔術師には有効な魔導具であり、それは魔女であろうと変わらないと思っていたのに。
「そっちは分が悪そうだな」
「そちらは随分と楽そうですね。僕のおかげで」
「まあな」
一度下がってきた緋桜と言葉を交わす。魔障EMPの効果は、なにも全くないと言うわけではなかった。緋桜と戦っている吸血鬼には、しっかりと効いていたのだ。
魔物にとっての魔力は、人間以上に重要なものだ。それは吸血鬼とて例外ではない。自分たちと緋桜は対象から外すように設定していたから、緋桜がかなり有利な戦況となっている。
「サーニャ、あまり無理しなくてもいいよ」
「ここで我が離脱したとして、貴様一人で持たせられるのか?」
敵は緋桜と怪盗だけではない。未だなお、魔物は魔法陣から召喚され続けている。他の三人のところまで雪崩れ込んでいるだろうから、援軍は期待しないほうがいい。
だが、桃にはまだ余力があるのも事実だ。奥の手であるレコードレスもまだ隠している。いざとなればその力で魔法陣ごと殲滅できるが、あれはもしもの時のために温存しておきたい。
「……学院長め、先走ったな」
不意に緋桜が呟いた。舌打ちを一つした後、緋色の桜を刀へと収束させて突撃してくる。
それを迎え撃つのは、魔力で作った即席の剣を持つ桃だ。
「どけ、桃! あの老人を放っておけば葵が……!」
「だからって緋桜に任せても、ろくなことにならないのは変わんないでしょ!」
「学院長は賢者の石だけじゃない、葵の異能まで狙ってるんだぞ!」
「だから葵ちゃんの異能を、今の人格ごと消そうって⁉︎ 悪いけど、それは見過ごせないんだよね!」
言葉と共に交わす剣戟。緋桜の表情には徐々に焦りの色が見え始める。そしてそれは、実力者同士の戦いだと十分すぎるほどに付け入る隙となるのだ。
桃の剣が緋桜の刀を大きく弾き、間髪入れずに魔力弾が放たれる。咄嗟に桜の花びらを展開させる緋桜だが、その威力を殺しきる事はできず、大きく後ろに飛ばされた。
「ぐッ……!」
「サーニャ、引き続き魔物の方をお願い。このバカはわたしがお灸をすえるから」
「怪盗はどうする」
「どうとでもなる」
その答えを聞いてすぐ、サーニャは魔物たちの只中へと斬り込んだ。昼間に魔障の影響下ではあるが、賢者の石を埋め込まれたとは言っても有象無象の魔物程度では、あの吸血鬼の相手にならないだろう。
『桃さん、緊急事態です』
再び緋桜と向かい合っていると、脳内に有澄の声が響いた。
「なにかあった?」
『わたしではなく、学院の方で。蒼さんから報告がありました。南雲仁が、動いたと』
「具体的には?」
『葵ちゃんに幻術をかけて拉致、その上で石の力を解放。織くんと愛美ちゃんの二人が巻き込まれたみたいです』
「……二人を巻き込まない、って言う当初の目的は達成できなかったわけだ」
こうなると、中は学院祭どころではなくなっているだろう。
まさか南雲が魔術学院を捨てるとは。いや、十分に読めたはずだ。やつの目的は賢者の石で、かつて以上の力を得ること。グレイが量産出来るようになった今、やつにとって学院は不要。グレイとの決着で視野が狭まっていた桃は、そこまで頭が回らなかった。我ながらなんと浅はかな。
だが蒼ならそこまで読めていただろうに。いや、読めていたからこそ、桃には何も言わなかったのか。強引にでも、織たちを巻き込むため。
南雲に関しては仕方ない。やつが学院長として存在していた限りは、こちらから動いて先に始末するというのは出来なかったのだから。
中の方は蒼に任せよう。彼がいればどうとでもなる。
『どうする魔女? ボクの異能解いちゃう?』
「そのままにしておいて。余計に混乱が広がるだけになるから」
『はいはーい』
外はわたしたちが終わらせる。取り敢えず取っ捕まえて、緋桜は説教。怪盗は学院の上層部にでも引き渡せばいいだけだ。
「緋桜さん、そろそろですよ」
「だな……」
二人のやり取りに訝しげな目を送っていれば、魔物たちが妙な動きを見せ始めた。サーニャが蹂躙していた群が、東西に分かれて動き始めた。それだけじゃない。魔物を召喚していた魔法陣はひとりでに消えてしまう。
まさか、他の援軍に向かわせた? いや、それにしたってここの戦力まで割く必要はないだろう。
「もしかして、やけっぱち? たった二人だけでわたしたちに挑もうって言うの?」
「いや、違うさ。うちのボスがお出ましだ」
そして桃の視界には、信じられない光景が広がる。
空が、黒く染まっていく。
雲ひとつない青空が、夜の闇より深い黒へ。
燦々と輝いていた太陽を覆い隠し、代わりに現れたのは真紅の月。
なんだこれは。あり得ない。魔女である自分でも到底不可能な大規模魔術。
夜を出現させるなんて、一体賢者の石がいくつあれば、それを可能とさせる魔力に足りるのか。
そして。
そして、現れる。
灰色の髪を持った、憎き吸血鬼が。
「百八十年ぶりだなぁ、魔女。会いたかったよ」
まるで旧知の友人に、あるいは焦がれた恋人に、もしくは愛する家族に対するように。
「
けれど怒りの込めた眼差しを、胸に燻る憎悪の炎を、掻き立てる復讐心を持ってして。
「わたしも会いたかったよ、グレイ。お前を、この手で殺すためにッッッ!!」
魔女と灰色の吸血鬼は、笑顔すら浮かべて、その再開を喜んだ。
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