第26話 思わぬ収穫

 眼鏡の少女の顔が急に曇る。


「吸血鬼事件ですか……」


 顔を曇らせたまま唸るイシュタ。


「ええ、それについての超法学の考えを聞きたいと思ったんだけど……」


 圭人が遠慮がちに述べるとイシュタは微妙な顔になる。


「う~ん……超法学的に言うとこれは科学か魔法の関係と言われてます。要するにれっきとした犯罪事件ですね」

「……というと? 」

「ちゃんとトリックがあるのでは? と言われています」


 夢のないことをはっきりというイシュタ。


「超法学とは科学にも魔法にもわからないことを総合的に研究するのですけど、いくつか体系的になっていて、吸血鬼事件と関係するのは「迷宮」「神器」「神人」「幻妖」だと思われます」

「……ふむ」


 興味深そうに聞く圭人。


「まずは迷宮。こちらは行方不明系の事件の総称で言い伝え的には神隠し、悪魔さらい、妖精の悪戯などが挙げられます」

「……なに? 」


 圭人の目に光がともる。


「原因はわかりませんがある日突然異次元に繋がる穴があき、そこに落ちた人が「迷宮」に入り込むようです。運よくでられる場合もあるみたいですが、大半はそこで幻獣に襲われて死ぬといわれています」

「……なんだって? 」


 圭人の顔が蒼白になり、イナミが怪訝そうな顔をする。

 イシュタがきょとんとする。


「……どうしました? 」

「……ああ……いや……続けてくれ」


 絞り出すような圭人の声に怪訝そうなイシュタだが、すぐに話し始める。


「次に「神器」です。こちらは俗に言う陰謀論で、政府は超法学的強力兵器を持ってるというやつですね。戦争の裏側で本当の戦いが繰り広げられていると言われています。ってどうしたんですか? 」

「いや……何でもない」


 陰鬱に頭を下げる圭人に不思議がるイシュタ。

 横にいるティカが困った顔をしている。


「ごめん……続けて……」

「あ、はい……次に神人ですが太古の昔に人類に知恵を授けた神や悪魔の如き人々のことで、千年近い寿命を持っている人たちです」


 そう言って一度、咳払いをするイシュタ。


「次に幻妖です。迷宮に現れるという謎の化け物の総称で生態が一切わかっていない生き物です。ゲームや漫画に出てくるような化け物のことですね。これは幻獣、幻人、幻神の三つに分かれていて、言葉がしゃべれない幻獣。コミュケーションが取れる幻人。コミュニケーションが取れて尚且つ人に異能の力を授ける幻神の三つです」


 そう言って端末を指さすイシュタ。


「ですが、吸血鬼はそのどれにも当てはまらない。だからトリックがあると言われてるんです」

「どれにも当てはまらない? 」


 調子を少しだけ取り戻した圭人がオウム返しに尋ねる。


「ええ。まずは迷宮ですが、こちらは行方不明事件と言われるように、謎の迷宮に入り込んでしまうんです。ですから目撃者が多数いるなんてことは無いんです」

「まあ、そうだろうな」


 圭人も頷くが、少しだけ動揺していたのがイナミにはわかった。


「次に神器。こちらは絶大な力を誇る道具でこれを使えば戦況を挽回すると言われている究極の兵器群でそんなものを使えば目撃者ごと消し飛ばしてもおかしくないですし、失敗自体を犯しません。吸血鬼事件は失敗や未遂が多すぎます」

「確かにそうだ」


 吸血鬼は成功したことが少なすぎて17件もあって一度も成功していない。

 そんな超兵器を使っているのならもっとうまくやるだろう。


「神人は確かにそれらしいと言えばそれらしいのですが、神器同様に神の如き力をふるう者にしてはやることがしょっぱすぎます。こちらも除外です。それからこちらは超古代文明に居たと言われていて、それが現代にも生きていると言われていますけど……流石にここに生きていたのならすでに見つかっていても不思議でないです」

「流石に関係ないな」

「その通りです」


 うんうん頷くイシュタ。


「幻獣、幻人は迷宮以外でも目撃証言はありますが、すぐに煙のようにいなくなるんです。一度あると次は中々起きませんので、17件は多すぎます」

「ふむ……」


 つまり、なんかよくわからん化け物ではないということだ。


「最後に幻神です。こちらが一番近いかなという気がしますが、こちらは神という名がつくだけあって人に力を与えてくれるんです」

「……力? 」

「はい。例えば怪力を与えたり、空を飛ぶ力を与えたり、おとぎ話に近いものです。何か試練を与える場合もありますのでそれの可能性もありますが、そんな話は一切ないのでこれも除外ですし、迷宮同様見える人にしか見えないことが多いのでこれも除外です」

「なるほど」


 姑獲鳥の赤ちゃんを抱きとおしたら怪力が手に入ったという類なのかと圭人は思った。


「どのパターンのどれにも当てはまらないので、普通の事件ではないのかというのが超法学的見地です」

「なるほど……つまり関係ないと」

「その通りな・ん・で・す・が! 」


 びしぃっと指をさすイシュタ。


「実は個人的にも一度研究したことがありまして、その研究についても語りたいなぁ……」


 もじもじと恥ずかしそうに提案するイシュタ。

 ちなみにイナミはあくびをし始めている。


「それで……答えは出たの? 」

「全く! 」


 ずるっと椅子から転げ落ちそうになる圭人。


「いやぁ懸賞に釣られて挑戦はしたんですが、全然話が進まなくて……ですけど、その時の成果が「超法学的には関係ない」という答えだったんです! 」

「どーりで答えるのが早いわけだ……」


 前に自分なりに検証した結果だったのだ。


「じゃあ、結局は犯人は別にいるってこと? 」


 イナミがぽつりとつぶやく。


「そうですね~。ただ、これを研究したときに少しだけわかってんですけど……犯人は動物的に動いています」

「……動物? 」


 ちょっとだけ圭人が訝し気に尋ねる。


「なんというか……本能的な動きですね。肉食獣の獣害のような動きです。人間ならあまり頭のよくないバカがやるような直線的な動きです。だから、頭がよくない人間の仕業じゃないかなって思います」

「頭がよくないかぁ……」

「なんでわたしの方を見るの? 」

「きのせいだよ」


 圭人の視線に気づいたイナミがジト目で睨み付ける。


(頭がよくないと言えばアルヴィスだけど……)


 さすがにあれは違うだろうと圭人も思い直す。

 推理小説なら彼が犯人だろうが、これは現実。

 予想外である必要性はない。


(そもそもスケープゴートがティカなんだよなぁ……)


 どんなにさがしてもティカ以外の容疑者が浮かぶ様子はない。

 だが、ティカが犯人であるはずがない。


(警察も犯人を捜してるけど、容疑者すら浮かばないらしい)


 あれから刑事さんにも尋ねたが、容疑者すら見つからないらしい。

 ティカの親類一同にまで捜査しているが、それでも空振りらしい。


「ごめん。ありがとう」


 そう言って出ることにする圭人。

 するとイシュタが悲しそうに眼鏡を落とす。


「もう帰っちゃうんですか?もう少しゆっくりしても……」

「ゆっくりしたいけど……あれが大変だから」


 そう言ってエルメスの方を指さす圭人。


「あの……すいません……ベルト外す必要はないんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。たくさん食べられるように外しただけだから」

「はい。あ~ん」

「別に口移しも必要ないんじゃ……」

「あら? こういうのは嫌い? 」

「膝の上に乗らなくてもいいですよねぇ! 」


 お姉さんたちに揉みくちゃにされるエルメス。


(相変わらずもてるよなー)


 羨ましそうに見る圭人。


「そろそろ行くぞ。エルメスだけ置いてけばいいか? 」

「「「そうよ」」」

「ダメ! ちゃんと連れてってよ! 」


 そう言って圭人のベルトを掴むエルメス。


「仕方ないなぁ……次は別件で来ますんで続きはまた今度で」

「「「わかったわ」」」

「というわけだ。次来るときはベルト外してから中に入れよ」

「外さないよ! 」


 ようやく解放してくれたお姉さんから逃げるように戸に向かうエルメス。

 だが、戸をガチャガチャするだけに終わる。


「あ、今開けますね」


 何事もなかったかのように鍵束を持っていくイシュタ。


「というよりも閉める必要性あったか? 」

「最近は物騒ですので」

「学園内なのに? 」

「これぐらいやりませんと夜も寝られません」


 しれっと言いのけるイシュタ。


「いい性格してるな」

「いやん。褒めても何も出ませんよ」

「皮肉を言ったんだが? 」


 明らかに内部の人間を逃がさないように施錠してある戸の錠前を三つも開けるイシュタ。

 開けると同時にエルメスが戸の外に出る。

 その後に圭人、ティカ、イナミの順番で出る。


「じゃあ、ありがとなイシュタ。今度は迷宮絡みで聞きに来るから教えてくれ」


 それを聞いてぱぁっと顔を輝かせるイシュタ。


「ひょっとして超法学に興味持ってくれたんですか! 」

「ああ。だから吸血鬼事件が一段落ついたら来るわ」

「待ってます! 」


 びしぃっとアィーンをするイシュタ。

 ちなみにこれはアーカム式の敬礼である。

 一方でティカとイナミがジト目になっていることに圭人は気付いていない。


「じゃあ……」

「来てくださいねぇー! 」


 嬉しそうに手を振るイシュタに手を振り返してにこやかに圭人は笑う。


「捜査は進まなかったけど、収穫はあったな」

「どんな? 」


 剣呑とした声で睨むイナミだが、圭人は気付かずにそれにこたえる。


「ああ。ようやく取っ掛かりを掴んだかもしれない……あいつらの」

「……あいつら? 」

「助けたい奴らがいるんだ……もう一度あいつらに会いたいんだよ」


 圭人は悲しそうそう呟いた。


用語説明


超法学


 日本で言うオカルトに当たるもの

 このリガルティアシリーズの全てに当てはまる重要なキーワード



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