第15話『挑戦的引きこもり・3』

里奈の物語・15

『挑戦的引きこもり・3』





 里奈の直観は当たってる


 天守閣を背にして拓馬が言う。



「いくら元気そうにしてても、不登校やら引きこもりはニオイがすんねんやろなあ」

「それは……平日の昼間に家にいて、ジャージ姿で……その、病気そうにも見えないから……消去法で……そう思っちゃう」

 ニオイなんてベタベタした言い方が嫌になったので、見え透いた一般論に逃げる。ニオイがすると言ったのはあたしなのに。

 言った尻から自己嫌悪、かけた言葉の尻尾が、我ながら不機嫌。

 その矛盾も不機嫌も気にしないで、拓馬は続ける。

「せっかくの引きこもりやから、挑戦的にいろいろやらなら損やと思う。思わへんか?」

「……挑戦的引きこもり?」

「お、そのフレーズええなあ。里奈、言葉の感覚ええで!」

 あまりの明るさに横を向く。拓馬の顔が真正面に!


 一昨日の事故は、とっさのことだったけど、昨日の実況見分と合わせて三日連続の至近距離。


「あ、あたし帰る」


 病気が出る。




 心のキャパを超えて対応できなくなると、人でも物事でも張り倒すような勢いで逃げてしまう。

 追いかけてこられたら、本当に張り倒してしまいそう……分かっているのか、拓馬は追いかけてこない。


 ヤナヤツ、ヤナヤツ、ヤナヤツ、ヤナヤツ、ヤナヤツ、ヤナヤツ、ヤナヤツ、ヤナヤツ……。


 鼓動に合わせて四文字のカタカナがループする。


「ア!!」


 声が出て天地がひっくり返る、足が何かに引っかかって地面に激突!……その寸前に抱き留められる。

「危ないなあ……」

 あたしの身体の下になって、拓馬がノンビリと言う。

「な……なんで!?」

「帰りは北の方からや」

 発症した病気が引っ込んでしまった。

 拓馬は一メートルほど距離を置いて駅までエスコートしてくれた。それまでのお喋りは止めて、要所要所の曲がり角だけナビみたく言う。

「山里丸……極楽橋……青屋門……大阪城ホール……あれがJRの駅」

「なんで、いちいちナビするの?」

「今度来た時、迷わんように」

「もう来ないかも」

「かも……やろ? 来るかもしれへん。うん、里奈はちょっと足弱ってるみたいやし、大阪城くらい来て練習したほうがええで」

「弱ってないし」

「ハハ、今さっきもこけたとこやんか」

「たまたまだし」

「里奈かて歩こうと思うてんねんやろ?」

「思ってないし」

「そやかて、ハイカットスニーカー、おニューやろ?」

「こ、これは……拓馬はなんで引きこもりになっちゃったのよ!?」

 悔し紛れにタブーを聞く。自分が聞かれても答えられないことを聞くのは反則。まして引きこもってる奴に聞くのはタブーだ。

「知りたかったら、また付き合ってよ。話すと長いから」


 鶴橋で降りて伯父さんちまで歩く。運動不足は自覚している。


「あれ……まだ閉店大売出しやってんだ」


 ハイカットスニーカーの故郷は元気に売りまくっていた。店員さんたちの明るい呼び声が痛々しい。


――明るさは滅びのしるしであろうか――


 太宰治の一節が蘇った……。


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