第89話「山の上の大豪邸」
俺が親父たちと合流したのは、モノレールの競馬場前駅と直結している小倉競馬場の出入口だった。
そこには親父、チカさん、レイラさん、アオイちゃんの全員が揃っていた。
「よう、どうだ、サトシ、楽しかったか?」
なぜかニヤニヤしている親父に、俺は朝にもらったお金を返却した、結局カレー以外、何も食べなかったので、2350円も余っていた。
「楽しかったって何が?」
「またまたー、レイラから聞いたぞー、黒ギャルと一緒にいたんだろう?」
「うぐ……」
いけない……レイラさんにカレンさんと一緒にいることは黙っているよう、口止めするのを失念していた……
「まさか、家族旅行中に女と落ち合うとは、サトシ、お前もとんだ遊び人だな、ガハハハハ……」
「違うよ、事前に約束してたんじゃなくて、たまたま競馬場で出会ったんだよ!」
「たまたまねえー」
依然としてにやけ続けて、からかってくる親父を黙らせる方法を俺は知っていた。
「そんなことより、親父。馬券は当たったのか?」
「うぐ……」
「1レースも当たらなかったのか?」
それまでにやけていた親父の表情は一気に曇り、脂汗までかき始めていた。
「そ……そんなことどうでもいいじゃねぇか! 余計なこと言ってないで、さっさと行くぞ! さっさと!!」
親父のウザ絡みを撃退することに成功した俺たちが向かったのはモノレールの競馬場前駅……ではなく、小倉競馬場の立体駐車場で、そこへ行くにはモノレールの競馬場前駅を通らなければいけなかった。
親父は駐車場代の1000円が「高い」ということで、車ではなく電車で来たわけだが、レイラさんは普通に車で来ていた。
「ねえねえ、サトシくん。あの黒ギャルとはうまくいったー?」
駐車場への道すがら、今度はレイラさんがにやけた顔で、俺に質問してきた。
「いえ……全然……」
「そっかー、うまくいかなかったかー、でも大丈夫だよー、女なんて星の数ほどいるんだからねー、35億ってねー」
レイラさんは元コギャルのわりには優しく思いやりのある人だった、いちいち流行りに乗っかって、会話にギャグを混ぜてくるのはアレだったが……
一方のアオイちゃんはと言えば、ずっと機嫌悪そうな表情で黙り込んでいた、俺がカレンさんと一緒にいたのがよほど気に入らなかったらしい……
そんなこんなで、俺たちは駐車場に停めてあるレイラさんの車、高そうなセダンに乗り込んだ。
レイラさんが運転席、アオイちゃんが助手席に座り、俺たち3人は後部座席に並んで座った、やっぱり俺は真ん中で右隣はチカさん、左隣は親父だった。
そしてレイラさんの運転する車は発進する。
たかが1000円の駐車料金もケチる親父が普通のホテルなどに泊まらせてくれるわけもなく、今晩の俺、親父、チカさんの3人が泊まるのは、レイラさんの嫁ぎ先、すなわち、小笠原家だった。
車は小倉競馬場から南に南に進んでいって、途中で脇道に入り、とある山の中へと入っていった。
その山の上にあるのが小笠原家だった。
周りには1軒も家がない、この山の土地すべてが小笠原家のものだった。
その広い土地の中にある、まるで昔の華族のお屋敷のごとき、平屋の大豪邸こそが小笠原邸。
さしもの親父も小笠原家が普通のよくある一軒家だったら素直にホテルに泊まっただろうが、これだけの大豪邸ならば、何も遠慮することはないということで、小倉で一泊する時はいつもここに泊まっていた。
そう、元々「コギャル」だったわが叔母、レイラさんは見事なまでに玉の輿に乗ったのである。
とは言っても、別にレイラさんの旦那さんは実業家というわけではない。
レイラさんの旦那である、
子供の頃は興味もなかったが、中学生ぐらいになって興味を抱き、軽い気持ちで調べてみたら、俺の義理の叔父にあたる小笠原正義選手は普通にWikipediaの記事になっていて、それによると、SGで10回も優勝していて、しかもそのうちのひとつは、年末の大一番「ボートレースグランプリ」だということを知って、驚愕した。
なんたって、ボートレースグランプリの優勝賞金は1億円である。
その他のレースでも優勝を重ねた結果、生涯獲得賞金は20億円を超え、なればこそ、レイラさんとアオイちゃんはこんな大豪邸に住めているのである。
そんなすごい人が親戚にいるわけだけれども、ボートレーサーというのは、レースに出走するために全国のボートレース場(競艇場)を飛び回っていて、月の半分以上は家にいないらしく、俺は会って話したことはほとんどない、もちろん今日もレースに出走していて、いるわけない。
「お邪魔しまーす」
「あらー、
泊まりに来た俺たちを出迎えてくれたのは、その小笠原正義選手のお母さんだった、レイラさんから見れば「姑」というやつだが、俺から見ればなんていうのかは、正直わからない。
義理の叔父さんのお母さん……普通に血縁のある叔父さんのお母さんは「おばあちゃん」なんだろうが、今、目の前にいる人は血縁的には赤の他人で、「おばあちゃん」と呼ぶのは抵抗があるし、どうせ今時の人なんだから「おばあちゃん」って安易に呼ぶと怒りそう……うーん……
「こ、こんにちはー」
結局、呼び方がわからない俺は、無難に挨拶だけしておいた。
こんなことになるんなら、事前に「ヤフー知恵袋」とかで質問しておけばよかった、「今度叔母さんが嫁いだ家に泊まりに行くのですが、義理の叔父さんのご両親のことはなんて呼べばいいのでしょうか?」って……
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