第77話「カーペンターズ」

「それで、サトシくんはヤマダ学園の生徒なんだよね」


 とりあえず水を飲んで気持ちを落ち着けた俺に、カレンさんが間断なく話しかけてくる。


「はい、そうですね」


「ホント、すごいよねー。入るの大変だったでしょう?」


「ええ、正直に言って、めちゃくちゃ苦労しました。なんで入れたのか自分でも不思議です」


「そうなんだー」


 カレンさんと話をして思ったことと言えば、「黒ギャルなのに、まともな日本語でしゃべるんだな」ということだった。


 てっきり、ギャルってのは、あの独特の訛りで、いわゆる「ギャル語」を駆使しながらしゃべるもの、だから何言ってるのかよくわからないものだと決めつけていたが、カレンさんの日本語は極めて普通で、「何言ってるかわからない」なんてことはまったくなかった。


 一人称が「うち」なのも、西日本の女性にとっては普通のことで、決して「ギャル語」とは言えなかった。


 謎語でしゃべるのって都会のギャルだけで、防府市ほうふしのような地方都市には存在していないのかもしれない?


 もしくは肌が地黒なだけで、カレンさんは本当はギャルではないとか?


 でも、茶髪で巻き髪でオフショルで、ギャルではないと言われてもね……


「それで、まだ聞いてなかったけど、サトシくんって何年生なんだっけ?」


「え? 言ってませんでしたっけ?」


「うん、聞いてない。二年生とかかな?」


「いや、一年生ですよ」


「一年生? ってことはまだ16歳なの?」


「いや、まだ誕生日迎えてないんで、15歳ですね」


「15歳……ねえ、サトシくん? 本当に大丈夫?」


「大丈夫って何がですか?」


「15歳の夏休みなのに、うちみたいなおばさんの相手してて?」


「はたちはおばさんじゃないですよ、カレンさん……」


「女子は『女子高生』ってブランドを失ったら、みんな自分のことをおばさんだと思ってしまう生き物なんだよ」


「そういうものなんですか?」


「残念ながらね」


 そうやって、とりとめのない話をしているうちに、注文したシロノワールとドリンクがやって来た。


 ドリンクは、俺はコーラだったが、カレンさんは普通にアイスコーヒーを頼んでいた。


「お、来た来た。じゃあ食べようか」


「はい……」


「ん? どうした? ひょっとして甘い物苦手だった?」


「いや、大きさにビビッてるだけですよ……」


「だよねー、デカいよねー。だから一人じゃ絶対食べられないんだよー。うん、おいしい……」


 俺は、そのデカいシロノワールを、カレンさんと一緒にシェアして食べながら、会話を続けた。


「それでサトシくんは高校生活、楽しんでるの?」


「はぁ……まあ、普通ですね」


「普通って……」


「めちゃくちゃ楽しいってわけでも、つまらないわけでもないんですよ。だから普通です」


「ふーん。そりゃあたしかに普通だね……サトシくんは、部活とか入ってないの?」


「残念ながら帰宅部です」


「そっか。だから夏休みの昼間にマックに来たり、うちと会ってくれたりするんだね……じゃあさぁ、サトシくんの好きなものって何?」


「エロゲとエロ漫画です」……などと言えるわけもなく、だからと言って、多趣味な俺には好きなものがたくさんあって、どれを言うべきか迷った。


 あまりマニアックな話をしてもわかってもらえないと思うし……たとえば競輪とかオートレースの話はNGだろ、マニアックすぎる……ここはやはり無難に……


「そうですね。普通にスマホゲームとか、本読んだり漫画読んだりとか、音楽聴いたりとかが好きですね」


「ふーん……音楽ってどういうの聴くの? アイドルとか?」


「アイドルの曲も聴くことはありますけど、基本的には洋楽を聴いてますね」


「洋楽? ふーん、サトシくんは洋楽聴くんだー」


 カレンさんはシロノワールを一口食べた。


 俺はなぜかその口元を見つめ、その唇の艶やかさと、一瞬だけ出てきた舌の動きに、妖しい魅力を感じてしまっていた。


「じゃあさぁ、カーペンターズって知ってる?」


 俺はまさか、シロノワールを食べ終えた黒ギャルの口から「カーペンターズ」なんて単語が出てくるとは思いもよらず、面食らってしまったが、それを表に出すのも失礼だと思って、何食わぬ顔で会話を続けた。


「もちろん知ってますよ。洋楽ファンでカーペンターズを知らない人はいないでしょう」


「そうなんだ。実はねえ、うちの『カレン』って名前の由来は、カーペンターズのカレン・カーペンターなんだよ」


「そうなんですか?」


「うん、うちのお母さんがハマってたドラマのエンディング曲がカーペンターズの『青春の輝き』って曲で、それでカーペンターズのファンになって、娘の名前にまでしちゃったらしいんだよ、すごいよね」


「そ、そうなんですね……」


 いいなぁー、名前の由来が洋楽のアーティストとか……俺なんかポ○モンのサトシだよ……まあ、ピ○チュウって名前にされなかっただけマシだけどな……


「だから、うちの名前って漢字がなくて、カタカナなんだ。カタカナで『カレン』なんだよ」


「そうなんですね」


「ねえ、サトシくんはカーペンターズの曲で何が一番好き?」


「一番好きなのは『ハーティング・イーチ・アザー』 二番目に好きなのは『遥かなる影』 三番目に好きなのは『オンリー・イエスタデイ』ですね!」


「え? なんて?」


 まさか黒ギャルの前で洋楽の話ができると思っていなかった俺は、ついテンションが上がって、オタク特有の早口になってしまっていたし、ここまで来たらもう、口が止まることはなかった。


「ご存知ないですか? 『ハーティング・イーチ・アザー』 元々はルビー&ザ・ロマンティックスが歌った曲をカバーしたもので、カーペンターズの5曲ある、全米2位止まりだった曲のひとつで、ちなみに残りの4曲は『愛のプレリュード』『雨の日と月曜日は』『スーパースター』『イエスタデイ・ワンス・モア』……ああ、『スーパースター』も良い曲ですよね、レオン・ラッセルが書いた曲でね、ロックスターの追っかけをしている女の子の歌で、あ、そういうのアメリカでは『グルーピー』っていうんですけど……」


 カレンさんは、このあとも延々と続いた、俺のカーペンターズや洋楽のうんちく話を、適度に相づちを打ちながら、笑顔で聞いてくれた。


 思えば、どこぞの女子高生たちは、自分の話ばかりして、俺の話なんかちっとも聞いてくれないが、カレンさんは大人だからか、俺の話をきちんと聞いてくれた。


 途中で「もういいよ」と言われることもなく、適当な相づちを打って聞いているふりをしているのでもなく、真剣に聞いてくれた。


 それが俺にはすごく、嬉しかった。


「サトシくんって、本当に洋楽が好きなんだね。ビックリしたよ」


「はい、めちゃくちゃ好きです!!」


 見えないからわからないが、おそらく俺は満面の笑みを浮かべていたことだろう、まさに「破顔一笑」とはこのこと……


「うちの知らないこと、いっぱい教えてもらって楽しかったよ」


「そうですか。それはよかったです」


「さてと、それじゃあ、そろそろ出よっか」


 俺が話に夢中になっているうちに、シロノワールの乗った皿と、コーラが注がれたコップはからになっていた。


 いや、正確にはコーラのコップには、なぜか喫茶店のコーラには添えられることで有名なレモンの切れ端が残っていた。


 個人的に、コーラのコップにレモンの切れ端が入っているのは大好きなのだが、皆さんはいかがか?


 閑話休題……


「そうですね。カレンさんはこのあとどうするんですか?」


「どうするって?」


「いや、お時間があるのなら、俺の家にでも来てもらおうかと思って……」


 カレンさんに話を聞いてもらえたのがよほど嬉しかったのか、俺は珍しく積極的になっていた。


「ええー、会って2回目の女子をいきなり家に連れ込もうとするなんて、やっぱりサトシくんって、女慣れしてるスケベなんじゃないの?」


 し、しまった……さすがに調子に乗りすぎたか……とりあえず、言いわけせねば……


「そ、そんなことありませんよ……ただ、うちにはおじいちゃんや親父が集めた洋楽のCDがいっぱいあるんで、それをカレンさんに聴いてほしいと思って……」


「でも、今日、お話してる時もずっと、うちのおっぱい、チラチラ見てたよねー」


「うっ……」


「本当にCD聴かせたいだけなの? 他に何かしたいことがあるんじゃないのー?」


 カレンさんはいたずらっぽい微笑みを浮かべながら、俺のことを凝視してきた。


「な、ないですよ……俺はそんなよこしまな男じゃなくて……」


 俺は、別にやましいことなんて何もないのに、つい目をそらしてしまっていた。


「アハハハハ。ちょっとからかってみただけだから、そんな焦らなくても大丈夫だよ。もう、今日話してみてわかったから。サトシくんが遊び人じゃないってことは」


「そ、そうですか。わかってもらえて何よりです……で、今日のこのあとのご予定は?」


「残念ながら、予定があるんだよね。だからさ、また今度、会って話そうよ。また、バイトの休みの日が決まったら連絡するからさ」


「はい! こっちは夏休みで、毎日、退屈を持て余してるんで、いつでも誘ってください!!」


 俺は、カレンさんにこのあと予定があることを残念に思いながらも、また会うことを約束してくれたのが嬉しくて、つい大声を出してしまった。


「フフフ。高校生は元気だねぇ……」


 そう言って微笑むカレンさんは実に美しかった。






 事前の約束通り、会計はカレンさんがしてくれた。


 そして、カレンさんと一緒に店を出ようとした時、店に入ろうとする女子とすれ違った。


 その黒くて長すぎる髪には、当然見覚えがあった。


 マ……マッチ……やっぱりウィメンズ・ティー・パーティーの誰かと遭遇したじゃないか!


 と思ったが、幸い、俺がマッチだと気づいた時にはすでに、俺は店の外、マッチは店の中にいて、ギリギリ鉢合わせることはなかった。


 駐車場の辺りを見渡しても、マッチ以外の知り合いは一人もいなかったし、マッチが店から出てきて、話しかけてくるということもなかった。


 セーフ! セーフ!!


「今度は黒ギャル……本当に助兵衛すけべえは、女なら誰でもいいと思ってるんじゃないかしら? ひょっとして私のことも狙ってるのかも? まさか毎夜、私のことを思い浮かべながらシコシコしているのでは? ああ、恐ろしい恐ろしい……」


 あの自称・天神さまに付与された無能スキル「ビッグイヤー」が久々に作動して、店内にいるマッチの一人言が聞こえてきたが、とんでもない冤罪えんざいだ……誰が自分のことを「助兵衛」呼ばわりしてくるような女のことを狙うものかよ……シコシコもしてないわ、お前ではな!!


「それじゃあ、サトシくん。うちは車だから、ここでね。本当は家まで送ってあげたいけど、サトシくんは自転車なんだよね」


「は、はい。自転車だから、自分で帰ります、大丈夫です」


「暑いから、熱中症とか気をつけてね」


「はい、ありがとうございます。それじゃあ、また会いましょう、カレンさん」


「うん、会えない時でもラインするね」


「はい、楽しみに待ってます!」


 俺は、軽自動車を運転して、颯爽さっそうと去っていくカレンさんを見送ったあと、速やかに自転車に乗って、猛スピードで自宅に帰った。


 もちろん、マッチを恐れてのことだ……マッチが店に入ったのは待ち合わせのためで、パーラーなり、サアヤさんなりがあとからやって来るという可能性がゼロではない以上、身の安全を確保するためには、さっさと逃げ去るのが一番だと思って、そうした。


 カレンさんは大人の女だから、俺が他の女といるところを見たとしても、別になんとも思わないことだろう……少なくとも、いきなり乱入してきて、「この女、誰よ」なんてめんどくさいことは言わないはずだ。


 やっぱり付き合うなら、嫉妬深くて思い込みの激しい女子高生よりも、余裕のある大人の女性の方がいいのかもしれない……


 まだ会ったのは2回目だというのに、俺は相当カレンさんに傾倒していた。


 ただ、「自分の話をちゃんと聞いてくれた」というだけのことで……

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