第75話「スマイルひとつください」
「だから、オレのことは『ソング』と呼べと言っているだろう、アーニー」
女子なのに一人称が『オレ』のウーター先輩(本名・
もしその時、「ウェス・モンゴメリー」と答えていれば「ウェス」 「エディ・ヴァン・ヘイレン」と答えていれば「エディ」と呼ばれていたのだろう……とりあえず、「ジミ・ヘンドリックス」って言わなくてよかった……あだ名が「ジミ」になるというのは、日本人にとってはつらすぎることだ……
って、そんなことより……
「なんで、こんなところにウーター先輩がいるんですか?」
「なんでって……バイトしてるからに決まってんだろ。ていうか、オレのことは『ソング』と呼べと……」
バイトだと?
こんな赤髪で、客に敬語も使えないようなチャラチャラした女がマックでバイトできるのか?
調理担当ならまだしも、こんな赤髪にレジで接客させていいのかよ?
やっぱりマックはアメリカの企業だから、髪色とかで差別したりしないのだろうか?
「接客業に従事する者は大人しい髪色でなくてはならない」なんてのは所詮、保守的な田舎者の古臭い考え方に過ぎないのだろうか?
って、そんなことはどうでもよくて……
「ところで、ウーター先輩、今日はカレンさんはいないんですか?」
レジにいたのがまったく見知らぬ人だったら、こんな質問はしないが、ウーター先輩は一応知り合いなので、恥も外聞もなく聞いてみることにした。
「カレンさん? なんだよアーニー、お前、カレンさんと知り合いなのかよ」
やはりウーター先輩はバイト仲間のカレンさんのことを知っているようだった。
「ええ、最近知り合ったんですよ」
「そうか、でも残念だったな。今日のカレンさんは体調不良でお休みだ」
「え?」
な、なんだと……カレンさん目当てで来たというのに、いないのかよ……
じゃあ、お金がもったいないし、さっさと帰ろうかな?
「ていうか、お前。さっさと注文しろよ。いくら他にお客さんがいないからって、お前とベラベラしゃべってると、オレが店長に怒られるんだよ」
どうやら、「やっぱり何も頼まずに帰ります」とは言えないような雰囲気だった。
仕方がない……
「じゃあポテトのMサイズと、コーラのLサイズをひとつずつ。店内で食べます」
「おう、ポテトのMと、コーラのLだな」
「あ、それと……」
「それと?」
「スマイルひとつください」
「ぶっ飛ばしますわよ、お客様」
とかなんとか言いつつ、ちゃんと笑顔を見せてくれるウーター先輩もお人好しだと思った。
まあ、めちゃくちゃひきつった笑顔だったけどな……
「ところで、アーニー」
「なんですか?」
椅子に腰かけ、揚げたてのポテトを熱いうちに食べようと思っていた俺に、なぜかウーター先輩が話しかけてきた。
いくら夏休みと言えど、平日の真っ昼間なので、客はほとんどいなくて、ウーター先輩は空いているテーブルを拭くふりをして、話しかけてきたのだ。
「アーニーってさぁ、サーちゃんのなんなのさ?」
「港のヨー……じゃなくて、『なんなのさ』ってなんですか?」
「アーニーって、サーちゃんと付き合ってんの?」
「付き合ってません!」
「じゃあ告白されてふったとか?」
「告白なんかされてないので、ふりようがありませんよ」
「そうか……」
ウーター先輩がうつむいたので、俺は話を打ち切ることができなかった。
でもポテトは食べたかったので、つまみながら話を続けた。
「サアヤさんがどうかしたんですか?」
「いや、最近とにかく絶不調でな。コードは弾き間違えまくるし、声も小さくなって、歌が下手になってるような気がするんだよ。でも、サーちゃんに聞いても『別になんでもないよ』の一点張りだし……でもマチやパーラーに聞くと、『サーちゃんが絶不調なのは池川サトシのせいだ』って言うし……」
な……なんで、サアヤさんが元気なくて落ち込んでいるのが俺のせいにされているのだ?
全部、自業自得、身から出た
とは思うけど、そんなことをウーター先輩に言って、胸ぐらつかまれたりとかしたらたまらないので、俺は無難なことしか言えなかった。
「そんなこと言われても困りますよ。俺、別に何もしてないのに……」
「でもアーニーだって気づいてるんだろう? サーちゃんがアーニーのことを好きだってこと……」
普通だったらこんなこと言われたら動揺のひとつもしないといけないのかもしれないが、すでにパーラーやマッチにも散々、同じようなことを言われているので、もはやなんとも思わなかった。
「そりゃ気づかない方がどうかしてるってぐらい、熱烈にアプローチされてますからね。でも常々申し上げているように、告白されていないんだから、どうしようもありませんよ。告白されてないのにふるとか、自意識過剰にも程があるでしょ?」
「なるほど……告白ねぇ……」
「え?」
ウーター先輩はあごの下に手を当てて、しばらく何やら考えたのち、俺に笑顔を向けてきた。
「わかった、わかった……邪魔して悪かったな、アーニー。じゃあ、ごゆっくり……」
「あ?」
ウーター先輩はほくそ笑みながら、俺との会話を打ち切って、レジに戻っていった。
なんだろう……何か悪い予感しかしないのですけれども……
でも、ウーター先輩がマックでバイトしているというのは俺にとってはいいことなのかもしれない。
なぜなら、普段の言動から察するに、マッチは自分の姉のことをあまり好いてはいない、そんな姉がバイトしているマックには来たがらないはずで、マッチが来ないということはつまり、パーラーやサアヤさんも来ないはず、女子ってのは群れるのが好きな生き物で、単独行動は取りたがらないはずだから。
今後、ウィメンズ・ティー・パーティー以外の女子と話をしたい時はマックに誘うといいのかもしれない……
俺はそんなことを思いながら、ポテトを食べて、コーラを飲んだ。
その日、帰宅後すぐ、カレンさんに「今日、マックに行ったけど、カレンさんは体調不良でお休みだと聞きました。大丈夫ですか?」とラインを送ったが、やはり既読にすらならなかった。
どうやら本当に体調不良で寝込んでいるらしい。
ならば邪魔しちゃ悪いと思って、今日も適当に読書やゲームなどして時間を潰した。
結局、カレンさんから返信が来たのは、夜も遅くになってからだった。
「サトシくん。今日はせっかく来てくれたのに、休んじゃってごめんね」
「いえ、構いませんよ。そんなことより、体調の方は大丈夫ですか?」
「うん、今朝いきなり熱が出ちゃって焦ったけど、今日1日寝てたら、だいぶよくなったよ」
「じゃあ明日はマックにいますか?」
「いや、明日は休みだよ」
「休み……それじゃあどこか別のところで会いませんか?」
「うん、いいよ。会おっか」
「はい、それじゃあ細かいことはまた明日の朝にでもラインして決めましょう」
「オッケー。サトシくんに会えるの楽しみにしてるよ」
「俺もカレンさんに会えるの楽しみにしてます」
「それじゃあ、また明日」
「はい、さようなら……」
いつも消極的な俺が自ら会おうと誘うだなんて、それだけ俺がカレンさんに魅力を感じているということの表れなのだろうか?
なんにせよ、明日が楽しみだから、さっさと寝ることにしよう……
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