第17話「ガールズバンド、ウィメンズ・ティー・パーティー」

「はーい、軽音部新入部員、1名様、ごあんなーい!!」


 抗議の声もむなしく、軽音部の部室であるらしい、第二音楽室の控室へ強引に連れてこられてしまった俺。


 なぜかサアヤさんとパーラーは飲食店員のような口調で、俺を部室に押し込んだ。


 そこにある木製の、背もたれのない椅子に座っていたのはマッチだった。


「あら、スケベ野郎じゃない」


「え? スケベ野郎?」


「ああ、それはですね、サアヤさん……」


「いや、説明しなくていいから! パーラー!」


「スケベ野郎」というあだ名の由来(学食でサアヤさんと会話していた時、気持ち悪い笑みを浮かべながら、サアヤさんのFカップおっぱいをガン見し続けていた)をサアヤさんに知られてしまうと困る……というか、恥ずかしいので、俺はあわてて止めた。


 ていうか、マッチが俺のことを「スケベ野郎」と呼んでいる理由をすでに知っているとは、さすがはコミュりょくお化けのパーラーである、恐ろしい、恐ろしい……


「ええー、なんでサトシくんがマッチに、そう呼ばれてるのか知りたいなぁー、説明してよ、パーラー」


「それはですね……」


「だから、やめいと言うておろうに!!」


 俺はパーラーの背後に回り、パーラーの口を両手でふさいだ。


「んぐ……んぐ……んぐ……」


「なんか、そんな必死で隠そうとされると余計に気になるんだけどー。まあ、いいや、あとでサトシくんがいない時に聞こ。そんなことより、立ち話もなんだから座ってよ、サトシくん」


 サアヤさんに言われて、俺は部室に置いてある椅子に座る。


 もちろん椅子の前には、やはり木製のテーブルが置いてあって、俺が座った椅子の向かいにはマッチが座っていた。


 そして俺の右隣にサアヤさん、その向かいにはパーラーが座った。


「それで、なんでスケベ野郎がここにいるの?」


 マッチの視線と口調は相変わらず鋭くて、冷たかった。


「いや、なんでって言われても、むりやり連れてこられて……」


「サトシくんはねー、軽音部に入ってくれるんだってー!」


 戸惑う俺を尻目に、サアヤさんは話を勝手に進めていた。


「いや、俺はまだ入るとは言ってないですよ、サアヤさん……」


 クレナお嬢と言い、サアヤさんと言い、この学校の女子は押しが強すぎて、人の話を全然聞いてくれないから、困ったもんだよ……


「えー、入ってくれないのー? サトシくーん……」


 サアヤさんの強烈すぎる上目づかい攻撃を、俺は目をそらすことによってかろうじて回避した。


 そらしながらも、つい横目でサアヤさんのFカップをチラ見してしまうのが、俺のどうしようもない悪癖である。


「それで、スケベ野郎はなんの楽器ができるの?」


「いや、それが、なんの楽器もできなくて……」


「じゃあ必要ないわね。さようなら、スケベ野郎」


 マッチは今日も冷淡だった。


 たしかにいきなり音楽室に連れてこられて、困惑しているのは事実だが、こうもあっさり追い返されそうになると、それはそれで、なんかやだ。


 って、めんどくさい女子か、俺は……


「でもマッチー、あと一人新入部員が見つからないと、軽音部は同好会に降格になって、この部室も、音楽室も使えなくなっちゃうんだよー。楽器のできるできないにこだわってる場合じゃないよー」


「だからって何も男を連れてこなくてもいいじゃない。まして、こんなおっぱい大好き、ドスケベクソ野郎を……」


 いや、「スケベ野郎」からいろいろ足されてるんですけど……


「あ、やっぱりサトシくんはおっぱいが大好きなんだねー。だから、さっきから私のおっぱい、チラ見しまくってるんだねー!」


 サアヤさんの言葉は、マッチとは別の意味で、俺の心にグサグサ刺さった。


 やっぱり、チラ見ってバレるものなのか……ナナの言う通りだ、幼なじみの忠告には素直に従っておくべきであったのう……


 なんにせよ、このグサグサをどうにかするためには、話題を変えるしかない。


「ところでサアヤさん。軽音部って、人数少ないんですか?」


「うん、去年までは3年生の先輩が10人ぐらいいたんだけどね、2年生の部員は1人もいなくて、1年生の部員も私とウーちゃんの2人だけで……あ、ウーちゃんって知ってる? マッチのお姉さんの京山ウタね」


「ええ、知ってますよ」


 忘れるわけがない。


 いきなり「いとしのレイラ」のあのリフを大音量で弾き出す、非常識な赤毛女を忘れられる人間などいるものか……


「で、うちの学校は部員が5人いないと、部活として認められなくて、マッチとパーラーが新入部員として入ってくれることはすでに確定してるんだけど、もう1人入ってくれないと、同好会に降格しちゃうんだよねー。そしたらいろいろ困っちゃうんだよー」


 そんな漫画やアニメでよく聞く話が現実にあるとは……そして最低必要部員数が5人とは、なかなかシビアだな、この学校。


「だから、サトシくんが入ってくれると嬉しいんだけどなー……」


「でも何度も申し上げているように、俺は楽器ができない……」


「もし入ってくれたら、私のおっぱい見せてあげるよ」


 ええええええええええええええええ!?


「ワーオ! これは大胆発言!!」


 サアヤさんの突然のセクシー発言に、それまで黙って話を聞いていたパーラーが大声をあげた。


「サーちゃん、何を破廉恥はれんちなことを……」


「えー、別に生で見せるなんて言ってないじゃーん。服の上から見せてあげるって言ってるんだよー」


 な、なんだ、そういうことか……そりゃそうだよな……


「チラ見じゃなくて、いつでも好きな時に好きなだけ、私のおっぱいをガン見していい権利を与えてあげるよ。どう? 入ってくれる?」


 いや、ここで「はい! 喜んで入らせていただきます!!」とか言ったら、いよいよマッチの言う通りの「おっぱい大好き、ドスケベクソ野郎」になってしまうではないか……


「そ、それよりも、サアヤさんたちはバンドをやってるんですよね? なんて名前のバンドなんですか? どんな曲をやってるんですか?」


 俺は結論を先送りにするために話をそらした。


 相手の言うことを否定も肯定もせず、のらりくらりとかわしまくって、時間切れを狙うというのは、江戸時代の日本が西洋列強相手に行っていた交渉術だという。


 それをまねてみた。


「私たちのバンドの名前? ウィメンズ・ティー・パーティー(Women′s Tea Party)っていうんだよ。メンバーは私とウーちゃんとマッチとパーラーの4人ね」


「ウィメンズ・ティー・パーティー……」


「いい名前でしょう。ボクが名付けたんですよー。ちなみに名前の由来はボストン・ティー・パーティーです」


「ボストン・ティー・パーティー? それって、昔のアメリカ人が、イギリス政府が紅茶に課した理不尽な重税に反発して、イギリスから輸入された紅茶を全部海に投げ捨てちゃったっていう、あの事件のこと?」


「池川くん、よくご存知ですね。そうですよ、ボストン茶会事件です。シャレてますよね、海に紅茶投げて『ティー・パーティー』だなんて、アハハ、アハハハハ」


 何が面白いのかはさっぱりわからないが、パーラーは一人で笑っていた。


「それでね、名付けたあとに気づいたんですけど、人気のガールズバンドには『ティー』とか『パーティー』って言葉がよく入ってるんですよねー。だから縁起がいいなーって思って……」


 いや、名前に「ティー」が入っている有名なガールズバンドも、「パーティー」が入っている有名なガールズバンドも、それぞれ一組ずつしか思い浮かばないんですけど……


「いやー、わりぃな、遅くなったわー!! 乗ってた電車が混んでてさー!!」


 大きな音で引き戸を開けて、部室に入ってきたのは、なぜかこの場にいなかったウィメンズ・ティー・パーティーの最後の一人、赤毛のギタリスト、京山ウタだった。


 もちろんギターケースを肩に担いでいて、なぜか制服ではなくタンクトップを着ていた。


 まだ4月も上旬なのに、肩丸出しで寒くないのだろうか?


「お姉は電車通学じゃないし、仮にそうだったとしても、もう夕方よ。来るの遅すぎでしょ」


「ハハハハハ、相変わらずマチのツッコミはきついなぁ……」


「それに電車の中が混んでても到着する時間は変わらないわよ。古典的なボケね。全然面白くないわよ」


 やっぱりマッチのツッコミは身内に対しても容赦がなかった。


 さすがに姉にはあだ名の「マッチ」ではなく、名前の「マチ」で呼ばれているらしい……ややこしいな……


「ところで、誰だ、そいつは?」


「ああ、ウーちゃん。この子は軽音部の新入部員の池川サトシくんだよ」


 ウタ先輩の質問に、サアヤさんが既成事実で答えた。


「いや、だから、まだ入るとは一言も言ってない……」


「ん? アーニー! お前、アーニーじゃないか!!」


 ウタ先輩は近寄って、俺の顔をのぞき込むなり、そう言った。


 やっぱり覚えていたのか……アーニー・アイズレーのくだり……


「いや、だから、アーニーじゃないです! 俺は池川サトシですよ、ウーター先輩!」


 俺は「アーニー」と呼ばれるのがなんか悔しかったので、意趣返しのつもりでウタ先輩のことを「ウーター先輩」と呼んでみた。


「いや、誰がウーター先輩だ! オレのことは『ソング』と呼べ、『ソング』と!」


「え? ソング?」


「そうだよ! ウタだからソング! それがオレの正しいあだ名だよ!!」


「誰もそう呼んでいる人はいないけどね……」


 マッチのツッコミはやっぱり冷酷だった。 


 それにしても、名前が「ウタ」だから、あだ名が「ソング」て……ダ、ダセー……絶対呼びたくねー……


「いいじゃん、ウーター。私も今日から『ウーちゃん』じゃなくて、『ウーター』って呼ぼうかな?」


「や、やめてくれよ、サーちゃん。オレはソングだって何回言えばわかってくれるんだよ!?」


「それより、スケベ野郎はなんでお姉に『アーニー』って呼ばれてるの?」


「かあー、アーニー、お前マチに『スケベ野郎』って呼ばれてんのかよ! いったい何したんだよ、このスケベ野郎!!」


 マッチが俺のことを「スケベ野郎」と呼んだとたん、なぜかウーター先輩のテンションが上がり、俺の頭を乱暴に撫で、髪の毛をくしゃくしゃにされてしまった。


「いや、別に誰にも何もしてない……」


「それはですねー、ウーターさん」


「だから、いちいち説明しなくていいんだよ、パーラー!!」


「おい、パーラー! オレは『ソング』だって言ってんだろう! お前は本当にパッパラパーだな! 『パッパラパーだからパーラー』ってあだ名を付けたのは正解だったぜ、この野郎!」


「え? パーラーの由来ってそれだったの?」


 思わぬところで「パーラー」という謎のあだ名の由来と名付け親を知ることができた。


 それにしても「パッパラパーだからパーラー」ってどういうあだ名だよ……そもそも「パッパラパー」の定義とは?


「そうですよ、由来はともかく『パーラー』って響きをボクは気に入ってるんです。だからみんなにも『パーラー』って呼ばせてるんですよ」


「ふーん。俺はてっきりフルーツパフェが大好きとかそういう理由で『パーラー』って呼ばれてるんだと思ってたよ」


「なんですか、それ? 意味わからないですよ」


 そう言ったパーラーは、なぜか無表情で、目も死んでいた。


 俺はそんなにつまらないことを言ったのだろうか?


「それで、お姉はなんで、このスケベ野郎のことを『アーニー』と……」


「そんな話はさておき、サトシくん。軽音部、入ってくれるよね」


 マッチの言葉をさえぎったサアヤさんはお強い。


「おう、アーニーが入ってくれて、同好会降格の危機を救ってくれるのか。そりゃありがとな。お前、見かけによらずいい奴なんだな! スケベ野郎のくせに!!」


「いや、だから、まだ入るとは決めてない……」


「ええー、みすみすおっぱいチャンスを逃すんですかー!? もったいないですよ、池川くん!」


「ああ!? おっぱいチャンスってなんだよ!? パーラー」


「それはですねー……」


「だから、いちいち説明しなくていいよ!!」


「残念ながら、もう時間切れのようね」


「え?」


 マッチにそう言われてスマホを見てみたら、時刻はもう6時になろうとしていた。


「もう故郷ふるさとのおっぱいせいに帰る時間よ、スケベ野郎」


 なぜかマッチは微笑みながら、そう言った。


 俺を「おっぱい星人」といじることを楽しんでいるのだろうか?


 だとしたら、とんだドSマッチである。


「おお、そうかアーニー、お前はおっぱい星人なのかー! じゃあ、サーちゃんのFカップおっぱいを見て興奮して、毎日のようにアーニーのアーニーをおっ立ててやがんだな、そりゃスケベ野郎だわ、いよっ、このスケベ野郎!!」


 ウーター先輩は笑いをこらえながらしゃべっていた。


 なんなんだ、この姉妹は?


 これが人に入部を頼む態度なのか?


 マッチはともかく、ウーター先輩なんて、今日がほぼ初対面なのに、まるで昔からの知り合いみたいな口調で話しかけてくるし……「アーニーのアーニー」って、めっちゃ下ネタじゃないか……ほぼ初対面の男に下ネタぶっこんでくる女ってなんなんだよ……


 なんか、だんだん腹が立ってきたぞ……


「もう時間ならしょうがないから解散するけど、サトシくん。軽音部入部のこと、真剣に考えてくれると嬉しいな。それとも何か他に、どうしても入りたい部活とかあるの?」


 京山姉妹に文句を言う前に、サアヤさんに話しかけられたので、京山姉妹には何も言えなかった。


「いや、別にないですけど……」


「だったらぜひ入ってほしいな!」


 サアヤさんは俺の両手を握り、俺のことを見つめながら、満面の笑顔を振りまいた。


「いや、でも……」


 目の前にいるこの京山姉妹とうまくやっていく自信がありません……


 と、思ってはいたが、ウーター先輩はともかく、マッチの方は怒ったら何をするかわからない怖さがあったので、口に出すことはできなかった。


「わかったよ。今日のところは諦めるよ……でもね、サトシくん」


 サアヤさんは俺から手を離したあと、カバンからノートとシャーペンを取り出し、ノートの隅の方に何やら書いたあと、そのノートの隅を破って、俺に見せてきた。


「私のサアヤって名前の漢字ね、こういう風に書くの」


 破られたノートの切れ端には「紗亜矢」と書いてあった。


「ここ見て、私の名前には『矢』が入ってるでしょ。だからね、射抜くよ、サトシくんのこと」


「え?」


「私、必ずや射抜いてみせるからね、サトシくんの心を!」


 そう言ったサアヤさんはドヤ顔をしていたが、俺はいつものように困惑することしかできなかった。


「必ず射抜くよ、サトシくんのハートを! フンス!!」


 サアヤさん的にはうまいこと言ったつもりなんだろうか?


「あ、あの……それじゃあ、今日のところは失礼しますね、さようなら」


 俺はあえてサアヤさんの発言を無視して、椅子から立ち上がり、別れの言葉を告げる。


「うん、さよなら、サトシくん」


「また明日お会いしましょう、池川くん」


 部室から出ようとする俺に、サアヤさんとパーラーは手を振って見送ってくれたが、京山姉妹は特に何も言ってはくれなかったし、手を振ることもなかった。







 帰り道、自転車を漕ぎながら、俺は「さて、どうしたものか?」と思索にふけっていた。


 サアヤさんやパーラーには好感を抱いているし、他に入りたい部活は本当にないから、別に軽音部に入部してもいいかなとは思うけど、京山姉妹には今のところ好感を抱いていないし、何より俺は楽器が苦手だ。


 音楽は好きだし、過去いくつかのメジャーな楽器に挑戦してみたことはあるけど、いずれも一ヶ月も持たずに挫折してしまった。


 そんな俺にいったいなんの楽器ができるって言うんだろう?


 ていうか、よくよく考えたら、サアヤさんたちは4人でバンドやってるんだよな?


 ということはつまり、俺は入部しても、他に誰か入部してくれない限り、バンドはできないってことなのでは?


 ガールズバンドに男が入っちゃダメだろう。


 男子メンバーの中に女子メンバーが一人という、紅一点バンドは、売れてるバンドの中にも何組かいるが、女子メンバーの中に男子が一人なんてバンドは見たことがない。


 やっぱり入部は断るべきか……でもサアヤさんのおっぱいガン見できる権は欲しい、ぶっちゃけ欲しい!!


 なんだったらガン見している最中に事故を装って、サアヤさんのFカップおっぱいに顔をうずめたい!!


 こんなこと絶対に口外できないけど、これはモノローグだからな、気取ってもしょうがない、本音で行こう!!


 などとあれこれ考えながら自転車を漕いでいたが、結局、結論を出せないまま、俺は自宅にたどり着いてしまった。


 一応書いておくけど、この自宅がある場所は山口県 防府市(ほうふし)であって、断じて「おっぱいせい」ではない。


 ていうか、どこにあるんだよ、おっぱいせいって……俺には見えないよ、おっぱいのほし……

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