第14話 初めての感情。




 五月十五日の今日、僕は少し変わったメンバーでカラオケに来ていた。


「わたし、神崎こうざきとカラオケにいくの初めてかもしれない」


 鴛野おしの真緒まおが言う。


「私もだ。神崎って歌上手いの?」


 みなみ朱莉あかりが言う。


「人様に聞かせるような歌声ではない。むしろ下手だ。なんなら荏隈の方が上手い」


 これは僕だ。


「でも今日いないじゃん」


 南が携帯を弄りながら言う。歩きスマホはだめだぞ、危険だぞ。


「何か用事があるって言ってたな」

「付き合い悪いなぁ〜。彼女に振られたからって落ち込みすぎなんだよ」


 変わったメンバーというのは勿論こいつらのことだ。鴛野真緒と南朱莉と共に行動するのは、実に初めてである。無論荏隈も誘ったのだが、丁重に断られた。



「カラオケ? いや俺は良いよ。今日は用事があるし、行ってきなよ」

「そうか、わかった。そう言っておくよ」

「あ、ちょっとまて神崎。お前彼女に断りぐらいは入れとけよ。友達とは言え、異性なんだから」

「そういや言われたな。『庵も友達付き合いがあるから仕方ないけど、一応連絡は頂戴ね。本当は行って欲しくないけど、連絡だけはお願いね』って」

「それお前の彼女のマネか? 下手すぎるぞ」

「モノマネなんてやったことないからな」

「ちなみにメンバーは誰だ?」

「南と鴛野だ」

「まだ鴛野には言ってないんだよな」

「ああ」

「もしかしたら、このまま黙ってた方がいいだろうけれど、あいつのことだから情報は手にしている。まぁ、俺が言えることは気を付けろよ」



 疑問をぶつけようと思ったが、長くなりそうだし、これ以上聞いても無駄だろうと思いやめた。こうやって思い出しながら考えてみても、どういうことか皆目見当もつかない。


「そう言えば神崎彼女いるの?」


 鴛野が僕に聞いて来る。僕はどっちにも取れないような曖昧な返事をする。


「あれ? 楓と付き合ってなかったっけ?」


 南が言う。


「それってただの噂じゃなかったっけ?」


 首を傾けて南に対して鴛野が返す。


「いや付き合ってるよ、楓と」


 数時間後、僕はここで言ったことを後悔することになる。



  ♣︎



 カラオケから家に帰ると携帯が振動する。ただの通知ではなく、どうやら電話のようだ。


「もしもし」

『庵? 大丈夫? 何もない?』


 声の主は楓のようで、随分慌てている。──大丈夫? 果たして何のことだろうか。


「大丈夫だけど、何があった?」

稚依ちいちゃんからスクショが送られてきたんだけど……とりあえず今メッセージに送ったから見て』

「わ、わかった」


 すぐに携帯を操作して、楓とのチャットを開く。直後、宣言通りに画像が送られてきた。見たところ、SNSのようで、アカウント名はあの鴛野真緒の裏垢であった。このアカウントと何か関係が……?

 画像をタップして見たところ、僕は驚愕した。


[以前付き合わんとかいっちょったくせに、結局付き合うとかなんなん? 神崎も神崎やし、楓ちゃんも楓ちゃんやし、ほんと意味わからん。自分の言ったことぐらい責任持てよ]


 二枚目を表示する。


[そもそも生徒会のくせに職員室の前で携帯いじっちょんとか、ほんとに生徒会なん? 模範になるのが生徒会なら模範になる行動しようよ、考えれば考えるほど嫌いになる]


 三枚目を見た瞬間に、今まで感じたことのない思いになった。


[んわ〜〜〜殺してーー、てか殺してやろうか。いっそ殺してしまえばいい。というか殺してやる]


 鴛野真緒と緑丘楓が仲が悪いのは百も承知である。今までは互いに過度には干渉せず、一定の距離を保っていたものの、鴛野の裏垢は時々楓の悪口を呟いていた。それはもはや日常茶飯事のように、いつしか僕もそれを見て面白がっていた。

 が、今回は洒落にならない。これは悪口ではなく殺人予告に近い。いや殺人予告だ。鴛野の心情に何があったかはわからないにしろ、これを呟いた時間をみると、先ほど解散した時刻から数十分後であった。つまり、僕が言った台詞が原因で鴛野真緒はこのような発言をしているのである。


「……僕のせいだ。僕が鴛野に言ったから……」

『言ったんだ』

「話の流れで、つい」

『良いよ気にしてない。それより大丈夫? その……なんていうか……今後の居場所とか』


 確かに、ここまで嫌われていれば、僕の居場所は鴛野のグループではなくなる。今後の関係はただのクラスメイトと、部活仲間となる。今まで通りに近くのファストフード店に行ったり、部活帰りにカフェに寄ることすらもう出来ないだろう。


「大丈夫。そんなことで関係が崩れるなら、所詮その程度の関係だったってことさ。それより、僕は楓の方が心配だ。大丈夫か?」

『私の方は気にしないで。大丈夫だから』

「……そうか、無理するなよ。教えてくれてありがとう」

『どういたしまして。じゃあ』


 電話が切れる。


 僕は項垂れてベッドに腰掛ける。足元を見ながらずっとじっと考える。一体どれくらいの時間が経っただろうか。一時間だろうか、二時間だろうか。いずれにせよ長時間に感じるほど、僕は考え込んでいた。

 鴛野真緒は緑丘みどりがおか楓が嫌いだ。これは僕でもわかることだし、鴛野自身が言っていることでもある。互いに干渉せずに過ごしているものの、時々止むを得ず干渉してしまった時の裏垢の呟きの数は異常であった。しかし、僕と楓が付き合ったことに対してあんなに怒るだろうか。論点までずらして彼女の悪口を言う必要はあるのだろうか。しかも殺すと言うおまけ付き。これは悪口の域を超えている。

 確かに鴛野の前で楓とは付き合わないだろうと言った。だが、これに対して鴛野に何の関係がある? 付き合わないと言ったが、鴛野とは全く何ら関係がない。関係がないのだから、僕がそのセリフに責任を持とうが持たないがどうだって良いのだ。それに執拗に拘る必要もない。

 この感情は一体なんだろう。悲しくもなければ、当然嬉しくもない。とは言え絶望とも言い難い。殺意にも塗れていないし、落胆もしていない。ならば一体これは何だ? この感情は一体なんだろう。




 ──怒り。

 


 僕は初めて人に対して、激怒という感情をあらわにしている。

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