第12話 緑丘楓③





 降り続ける雨は、近くにある工場の所為かコンクリートの所為なのかはわからないが、独特の匂いがした。近くにある焼き鳥の屋台は、ここに来た時にはやっていたのに今は店を畳んでいる。色鮮やかな傘が後ろからも前から流れてくる。音を立てて降る様を見るのは飽きない。いつもなら携帯を見て暇を潰すのに、今は外をじっと凝視し続けている。これは隣にかえでがいるからなのか、この沈黙が妙に緊張するからなのか。きっと後者に違いない。


「私、拓哉たくやの好きな人知ってるの」



 楓が声を出す。



「それは僕も知っている」



 雨は相変わらず降り続けている。



「庵の好きな人は拓哉と同じって言ったよね?」



 赤い傘が前から来る。



「ああ、言った。さすがの記憶力だな」



 青い傘が後ろから来る。



「一年の頃、私に告白してきたよね?」



 よく覚えているな、と感心する。僕は一言「ああ」とだけ答える。



「その気持ちは変わらないの?」



 僕はじっと黙って考える。それはずいぶん長い時間のように感じられた。水溜りを通行人が踏む音と、雨が地面を打つ音しか僕らには聞こえなかった。じっと黙って、じっと考えて、ようやく僕は声を発する。


「変わらない」


 ここで唾を飲む。


「変わらないよ」


 僕は繰り返す。再び沈黙へと変わった。



「なら付き合おうよ」



 楓の言葉に僕は驚く。一瞬だけ楓の方を向くが、すぐに正面を向き直す。


「……そんな安い女になるなよ」


 僕の心許ない声は雨の音に負けていたかもしれない。しかし、この距離ならば確実に楓に届いているはずだ。

 楓は決意とも怒りとも取れる目を僕に向けてくる。そして一定のトーンで話す。


「それで、付き合うの? 付き合わないの?」

「……」



 またもや僕は黙ってしまう。僕は楓が拓哉と連絡を取っている時点で、拓哉が楓のことが好きだと言うことは一瞬でわかったが、楓の方は一向にわからない。僕は平凡以下で、決して拓哉には勝てない。それを僕が一番知っているから、楓の発した台詞に僕は快諾できない。本当に好きかどうか分からない。



「イエスなの? ノーなの?」



 詰問を受けているようだ。まるで拷問だ。



「私のこと、好きなんでしょ?」



 楓が僕の方を見て言う。僕は照れて顔を背けてしまう。



「好きだよ」



 今度のこの台詞は、届いたかどうか僕には分からない。けれど楓の態度を見るとどうやら聞こえていたようだ。



「なら付き合うってことでいいよね。じゃ、私は帰るから」



 そう言い放った楓は、傘を差して雨の中を歩いていく。赤色の傘が、雨の中でより一層目立っていた。まるでひっそりと咲く柘榴のように、綺麗な赤色を僕はただ見つめるしかなかった。

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