第10話 緑丘楓①





 休日はいつも十二時まで寝ていることが多い僕だが、今日はなぜか十時で目覚めてしまった。遅めの朝ごはんを食べて、準備をする。外を見れば雨が降りそうだったが、出掛けるには問題ないと判断した。

 ぼうっとSNSを眺めて時間が経つのを待っていたが、なかなか時間が過ぎない。まだ十時二十分で、しかも用意は完璧だ。いつ出てもいいのだが、集合時刻まで約三時間もある。早く行って待つのも手間だ。携帯で漫画を読み漁ることにした。ふと窓の外を眺める。いつの間にか本降りになった空は、少し機嫌が悪そうで、しかし僕の気持ちは一切変わることはなかった。普段の僕なら、きっとこんな日は出掛けるのは止めようと言い出していたに違いない。けれどそうしないのは、よほど楽しみにしていたか、あるいはただ単にカラオケが楽しみなだけか。どちらにせよ僕がこうして心待ちにしているのは、未だに冷めきれない気持ちがまだあるからかもしれない。

 僕が住んでいる東桐ひがしきりは最寄駅が少し遠い。なずな駅にある駅ビルに行くのにはバスを使った方が早いのだ。しかし、それが牡丹ぼたん駅に行くとなると話が違ってくる。わざわざバスで行くのもお金が勿体ないし、何より歩いて行った方がマシである。

 玄関を出て、右手側にある傘立てから黒い傘を一本手に取ってから外に向かって差す。傘を上に向けてから歩き出す。ポツポツと雨音がする。雨の日は好きだが濡れるのが嫌なので、あまり外には出ない。しかし外に出てみると、僕の好きな雨音がするので嫌いになれない。

 雨の中を歩くこと三十分。目的地である牡丹駅に到着するが、もちろん駅は利用しない。ここが待ち合わせなので駅の入り口付近で待つ。携帯を取り出して連絡する。仕事の基本は報連相と聞くので、面倒臭いがやっていた方が後で楽だ。


【駅に着いた】


 送信ボタンを押すとシュポっと気持ちの良い音が鳴る。しばらくして「Read」という表記が吹き出しの左下、時刻の上につく。瞬間、送った時と同じ音がして、相手から返信がくる。


【私も着いたよ】


 もしかして隣にいる人間がそうなのだろうか。しかし、確証が無いため会話を続ける。


【雨、意外と強いね】

【弱まると思ったんだが一向に強くなるばかりだ】

【というかよく遊び来てくれたね】

【断るわけないだろ】

【そ】

【ところでどこにいる? 俺はコンビニ側だが】

【私もだよ笑】

【見当たらないのだが】

【左見て】


 僕はここでやっと顔を左に向ける。そこには小柄な女の子が一人いた。五月とはいえまだ少し肌寒い。暖かそうな格好をしている。髪は黒髪の、色は呂色ろいろに近い。長さは肩より少し短いが、ボブとも言えない、セミロングに近い髪型だ。目は二重でぱっちりとしている。顔立ちはカッコイイより可愛いという印象が強い。背は低い。


「おはよう、かえで


 僕は緊張してしまって、朝でも無いのに「おはよう」と言ってしまう。


「もうお昼だけどね」


「辛辣だな。今日一日初めて会った人には、毎回僕はおはようと返してるんだ」

「変な理屈。それより行こうよ」


 二つの黒と赤の傘が並んでいる。雨の日に出かける人はそうそうおらず、歩いている人もいない。傍から見れば男女二人が歩いているのでデートに見えるだろう。しかし、僕はそうは思っていない。そもそも男女が二人で居ることがデートとイコールで結ぶ時点でナンセンスに過ぎない。

 他愛の無い話は続く。決して面白いとは限らないけれど、それでも僕は楽しい。こうして二人きりで話すのは、実に何ヶ月ぶりだろうか。


「カラオケってよく行くの?」


 楓が質問する。


「荏隈とか戸次とかと行くよ」


「庵って歌うの? 歌う想像ができないんだけど」


 くすくすと笑っている。


「得意では無いけどそれなりに。人前で歌うのは少しだけ恥ずかしいけど」


「庵でも恥ずかしいって思うんだ。意外」


 突拍子もない台詞に少し固まる。それでも何食わぬ顔で僕は答える。


「楓の中での僕のイメージは最悪だな。別にそんな極悪非道でも捻くれても無いぞ僕は」


 それを聞いた楓が僕の顔を見る。大きな目がより一層大きくなる。


「なんでそんなに驚いてるんだよ」


 楓はずっと笑っている。口に手を当てて笑いを我慢しているように見えるが、口角がずっと上がっているので笑っているようだ。


「捻くれてないとか……一番捻くれてるから……」


 笑いを抑えるのに必死で声が途切れ途切れに聞こえる。失礼な奴だと思うが、ずっと言われ続けてきたので気にしない。

 会話は着くまで続いた。先程まで強かった雨も収まって途中から傘は要らなかった。それにしても、駐車場には多くの車が停まっており、さらには駐輪場にもたくさんの自転車が停まっている。休日のしかも雨の中、よく出かけるものだと僕は思うが、今の自分がそれに該当するため強く言えない──それを楓に言ってみるとそう返された。


「いや、人のこと言えないじゃん」


「僕はそうそう家から出ないんだよ」


「そういやニートだったね」


「いいか、僕はニートじゃ無い。そもそもニートというのは十五歳から三五歳の学業も仕事もしてない人のことを──」

「はいはい。いいから受付するよ」


「少しは人の話を聞いてくれよ」


「だって長いじゃん」


「ぐうの音も出ないな」

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