第5話 堂々たる愚者は雨の中を駆け抜ける。





 出逢いがあるのなら別れがあるのは必然的である。人はそれすら判っているのに悲しい思いをし、再度同じことを繰り返す。僕はそういった経験が無いため判らないが、訳の分からない涙を目から流す姿はいつ見ても理解が出来ない。別れがあってそれが嫌で涙を流すのならば、そもそも出逢いなんてする必要性もないのだ。出逢わなければそれは必然的にとは言えなくなる。しかし現実ではそうは行かず、環境さえも変ってしまえば出逢いは必然的に起こるもので、それはまた必然的に起ってしまうものである。


 僕はそんな事を思いながら、ファストフード店の窓際でみなみ桃園ももぞのが話す姿を頬杖を付きながら聞いていた。事の発端は数時間前に巻き戻る。六限がおわった後の掃除時間にそれは起った。

 僕と荏隈えのくま尚弥なおやは、担任の策略なのか常に一緒の掃除区域を割り振れられていた。一週間で担当区域がわかり、今週の我々の担当区域は教室であった。いつも通りバケツを用意し、前に並んでいた机と椅子を後ろを運んでいた時だった。バケツの水を変えようと廊下に出ていた時に何やら教室で怒鳴り声が聞こえてくる。僕はその声のする方に顔を向けてみるが、勿論誰が誰に対して怒鳴ったかは判らず、声だけ判断すら出来ない状態であった。


「何があった?」


 近くに居た上野丘うえのがおか沙羅さらに声を掛ける。


「さあ……」


 彼女は首を傾げる。

 教室に戻る際、黒板側のドアに荏隈と南が居たのが目に見えた。恐らく先程の怒鳴り声の主は荏隈で、尚弥に対して怒鳴ったのだろう。バケツを置き、尚弥に声を掛けてみる。


「尚弥、どうした」

「知らん。急に荏隈がキレてきたんだ」


 その声はさっき怒鳴られた人の声ではなく、楽観的に少しトーンが高かった。これは自分もキレてしまうのを隠しているからなのか、本当に何とも思っていないのかは定かではないが、いつもの尚弥から察するに恐らく後者であろう。

 再度廊下を出て見れば、南が荏隈をなだめている。彼等が喧嘩をするのは大層珍しい、と宥められている荏隈を見ながら思う。それこそ彼等は仲が好いし、僕が時々輪に入れないほどに親友とまで発展して来ていたのだ。そんな彼等が喧嘩をするのは前代未聞の事で、僕は少々戸惑っているらしい。うすれば良いのか判らず困惑していた。荏隈は南に任せれば良いし尚弥の方も無闇に僕が首を突っ込む必要も無さそうな感じでは合った。しかし、このような状態でも僕の好奇心が首を突っ込めと命令しているかのように、急き立てるのだ。

 気が付けばファストフード店で桃園の話を聞いていた。お気に入りの五百円で食べられるセットメニューのポテトを頬張りながら、彼女の言う台詞に耳を傾ける。


「最初は優しかったの。私のして欲しい事もしてくれて、言って欲しい事も言ってくれて……。でも段々、束縛……っていうのかな、そうゆうのが増えてきて……。私が男友達と遊ぶ時もしつこく訊いてきて、何の関係も無いよって言っても彼の耳には届かないようで……。それに今日あんなに怒る彼を見たら、もうどう付き合って良いのかわかんなくなっちゃって……」


「確かにはじめは嫉妬深い。それは否が応でも誰だって解るものさ。私だって恐らく戸次へつぎとか神崎こうざきとかも気付いているはずだよ。でも、菖蒲あやめ。菖蒲はどうしたい? このまま彼と付き合っていたいの?」


 桃園は黙り込んだまま、俯向く。光に反射した綺羅綺羅きらきらとした物が見えたが、深くは追求しなかった。桃園の話には少し矛盾があった。彼女は直接『束縛』と云う言葉は口にしなかったにしろ、恐らくそう云う事をされてきたのだろう。荏隈自身、先程南が言った様に嫉妬心が強い。嫉妬は恋をすれば誰だって嫉妬するものでそこは考慮すべきなのだが、それ抜きにしろ荏隈は嫉妬深い奴である。だが僕が思った矛盾とは、荏隈が以前『菖蒲の束縛が酷い』と口にしていた事で僕はそれをまだ覚えていた。詰まる所、何方かが嘘を付いているのだ。果たして誰を信じれば良いのだろう。荏隈だろうか、桃園だろうか、将又南だろうか。

 こんな事を考えていると話がどんどん進んでおり、いつの間にか話題が変っていた。


「ならば、荏隈と話をしなきゃね」


 冷静に成ってみれば、何故南が指揮しているのかと疑問には思ったが、口を挟む暇もなく事は進んでいたし、口出しするほど僕は彼等の事を知らないのだ。





 俺は酷い失態を仕出かしてしまった。

 菖蒲とは一年生の頃から付き合っている。同じ部活に所属していていつの間に彼女に惹かれていたのは事実で、俺から告白したのだ。俺には勿体ない容姿の良い女の子である。艶のある黒毛のロングで、眼は大きく一時期はクラス一可愛いと噂さえされていた。そんな女の子と付き合えたのは実に奇跡に近く唯一の自慢でもあった。彼女が可愛いと言うのは男にとっては自慢だし、何せ一学年七〇弱しか居ない中で一番最初に出来たカップルとは何かと俺を天狗にさせた。

 そんな彼女と一年を迎える間近、最近の彼女の様子が可怪しい事に気づくのに時間は掛らなかった。可愛い彼女なら他の男が寄って来ることに何ら不思議とは思わないのだろうが、この半年以上そう云った噂なども聞かずずっと一途だと思っていた彼女に、男の影が見えた時は流石に焦ったものだ。

 実習の時間が終わった後の掃除に、彼女と彼が内緒話をし、俺を見て笑っているのに俺は堪忍袋の緒が切れ、怒鳴ってしまった。咄嗟の行動だった。悔いしか残らない事を、取返しの付かないことをしてしまった事を今更後悔する羽目になったのは、非常に落胆する出来事で担任の先生と相談をし、泣いてしまったのは恥辱感に苛まれた。

 なんて嫌な奴なんだ俺は、と思う。なんて残念な奴なんだ俺は、とも思う。俺は彼女に伝えなければならない事がある。の罪を償うには、彼女に謝らなければならない。それで許してくれるとは思わないが、それでも言わなければ俺の気が済まない。


 携帯が鳴る。それを確認した後、雨の中全速力で走るのだった。

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