第3話 彼は深刻な顔で僕に相談をする。





 荏隈えのくまとゆっくり話が出来たのは、親睦遠足のちょうど一週間後の五月四日だった。今日は部活が休みだから近くのファストフード店へ行こうと荏隈からお誘いがあった。彼とはよく飯に行ったりはするが、大抵は尚弥が付いて来るし、最近の荏隈は彼女と一緒に帰ることが多く、今日こうやって二人でポテトを食ったりするのは初めてである。


「彼女の方は良いのか? 最近一緒にいるところをあまり見かけないが」


 僕は左手に持っていたコーラを飲む。


「そこなんだが、最近の菖蒲あやめを見て神崎こうざき。お前はどう思う?」

「どうって言われても……。そうだな、最近は執拗に尚弥なおやと絡んでいるような気もする」


 僕は今日までの出来事を振り返る。荏隈と桃園ももぞの菖蒲が付き合い始めたのは一年生の五月頃だった。僕が通う金盞きんせん高校は所謂いわゆる工業高校で、女子の人数が男子と比べると少なく、特に僕らの学年が異常に少なかった。そのため荏隈と桃園は雀の涙ほどの女子と付き合ったという称号を讃えられ、一躍有名になったものだ。僕は兎も角、みなみとか鴛野おしのとか上野丘うえのがおかは弄りながらも祝ってはいたようだった。そんな彼等の数ヶ月は所構わずイチャコラしていたもので、クラス全員から呆れられ、部活内でも一目置かれていたと南の口からよく愚痴っぽく零れていた。それは僕も同感で付き合う前も桃園の好き好きアピールが凄かったのも記憶していて、よく荏隈だけに菓子をあげていた。然りげ無いスキンシップを授業中にしたりだとか、毎朝二人で登校し、帰りは一緒に下校し、更には毎晩通話までしていたそうだ。そんな荏隈桃園カップルは学校公認、誰もが知っているカップルへと成り、それに感化された人も多いのではとも思う。一年生の十二月にはイルミネーションを観に行ったと云う情報も手にしている。しかし、そんな彼等が二年生にあがった直前から様子がおかしくなっていた。登下校頻度も激減し、普段聴く惚気話も段々と数が減ってしまった。もうすぐ彼等は付き合ってから一年経つというのだが、そういった記念日を祝う雰囲気でも無さそうだった。


「親睦遠足の時、お前誰に怒っていたんだ? 尚弥か?」

戸次へつぎに対してもだが、全員だ」

「どうして?」

「話せば長くなる。俺と菖蒲は一緒に周るって約束をしてたんだが、急に南達のグループと周るとか言い出してな。しかも何なら戸次も一緒だなんて。折角楽しみにしていたのに台無しだったし、誰もそんな俺に構わず楽しみやがる。気付いたのはお前だけだよ、神崎」


「別に何もしてないさ」

「そこで相談なんだが……」


 荏隈は息を吸う。


「菖蒲と別れようかと思ってるんだ」

「本当かい? お似合いのカップルだと思うのにどうして?」

「お前、それ本気で言ってる? 尚弥と絡んでいるとか気付いているのならそんな台詞吐くなよ」

「冗談だよ、許してくれ。でも何で急に?」

「しんどいんだよ。単純に」


 彼は両肘を机の上に起き、手の甲を額に乗せる。そして深い溜息を吐いた。


「しんどい?」

「ああ、まずは束縛が酷いんだ。一言で言えばメンへレさ。何ならヤンデレに近いが、男友達と遊んだときでさえ、事細かく内容を伝えなくちゃならない。それがもう辛いんだ」


 顔を上げない荏隈を僕は眺める。束縛が酷いという話は聞いたことはないにしろ、桃園菖蒲の悪態は幾度となく耳にしてきた。それは荏隈自身を見れば解ることで、近くの喫茶店やファストフード店へ行った時も桃園が財布を取り出す姿を僕は見たことがない。確かコンビニとかで簡単にお金の預け入れや引き出しができる機械に因んで南が渾名あだなを付けてたような……。


「お前がそう決めたのならそうしなよ。恋愛経験のない僕には何も言えない」


 荏隈は注文したバーガーにかじり付く。外は若干の雨模様だったが降る前に解散したのでずぶ濡れになることなく帰宅した。





 月曜日に学校に来てみても、荏隈と桃園が別れた様子は見受けられなかった。あれだけしんどそうな雰囲気だったのに荏隈が一向に行動を起こす様子もなく、木曜日が終わっていた。

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