第10話 好きだ!この小悪魔!

 ミイルが、半歩先を歩いている。

 おばさんが夕飯の調理中、急に「あらやだ~、みりん切れちゃってる」と報告してきたので、俺とミイルで徒歩十分ちょいのスーパーまで買いに向かっているのだ。

 冬の日の入りは早く、六時過ぎともなるともうとっくに真っ暗で、俺はミイルのボディガードを買って出た。こんなひょろい男がいたところで何が守れるわけでもないけど、いるだけで抑止力にはなると信じている。


「寒いね~」

「ん」


 鼻の頭がちょっと痛いくらいに冷え込んでいて、意味もなくそこを指で押した。

 と、ミイルがくるりと振り向いた。


「そういえば」

「ん」

「チカくんの話ってなに?」


 ……。…………。

 あ、ここか。今このタイミングが絶好なのか。


「あ、えっと……」

「マカのこと? ……チカくん、ほんとにマカのこと大事にしてくれた?」

「……」


 心が折れそうになる。ミイルは、ほんとうに俺のことをなんとも思っていない。

 でも言わなくちゃ、焼肉は食べられないし俺はミイルとバイバイできない。


「……マカナちゃんとは……手もつないでないから」

「え」

「俺別にマカナちゃんのこと好きなわけじゃなかったし、マカナちゃんも俺のこと好きだったわけじゃない」

「……どゆこと?」


 ミイルの口調に険がこもった。

 こうなりゃもうやけだ。嫌われたってなんだって、どうだっていい。


「俺はミイルの気を惹きたくてマカナちゃんと付き合ったの。マカナちゃんもそれ分かっててノってきただけ。だから恋愛感情なんてお互いないし、大事にする必要なんかなかった」

「……」

「ミイルにこっち向いてほしくていろいろやってきたけど、もう何やってもミイルが俺に恋愛感情持ってくれることはないなって分かったから、もういい。俺もう、ミイルとは会わないしラインもブロックする」

「……」


 ぴゅうと風が吹いた。ミイルのミルクティーのセミロングが揺れて、暖色系の街灯にインナーカラーのピンクが照らされた。ミイルは、抜け落ちた表情のまま黙っている。

 結局、告白どころか、最悪の駄々を捏ねただけになってしまったな。そう思いながらも目頭が熱くなっていくのを我慢できずに顔を手で覆うと、ミイルがぽつりと言った。


「あたしさあ、前に言ったよね」

「……何を」

「チカくんは、相手が一番欲しがってるものが分かってないって」

「…………うん」

「分かってないよ、ほんとに」


 この期に及んで何の話してるんだ。相手が一番欲しがってるもの? 何の話してるんだ……、……相手?


「それ、ミイルのこと?」

「そうだよ。チカくんはなんにも分かってないよ」

「……? ミイルが一番欲しいもの……?」


 そっと、ミイルの顔を見る。ミイルは、なんだか怒ったような泣き出したいような表情でじっと俺を見ている。

 ミイルが一番欲しいもの……、何? オリビアバートンの時計でも、シャネルのリップでも、かわいいパンケーキでもタピオカミルクティーでもなかったら何なの?

 ぐるぐると考えながら、俺はとうとう一粒涙をこぼしてしまった。


「……分かんない……何をすればミイルが振り向いてくれるのかが分かんない……」

「…………チカくん、馬鹿だね」

「だって、俺は、ずっとミイルが好きで、ミイルのことしか見えてなかったのに、なのに」


 ミイルのことしか見えてなかったのになんで、俺はミイルが何を求めているのかが分からないの?

 悲しくなってそこで口をつぐむと、半歩先にいたミイルが、距離を詰めてきた。


「やっと言った」

「え?」

「あたしも好き」

「…………?」


 なんて?


「チカくんさ、いろんなとこ連れてってくれるし、いろんなもの買ってくれるし、優しいしかっこいいし勉強も教えてくれるし、何でもできるのにさ、あたしに好きって言ってくれたことなかったよね、さっきまで」

「…………え? うそ?」

「ほんと。チカくんがあたしのこと好きなのは知ってたけど、好きって言ってくれるまでは絶対振り向かないようにしてた」


 あまりのことに頭が爆ぜてショートする。いろんなことが起こりすぎて、何も処理が追いつかない。

 ミイルが? 俺のこと好きで? でも俺が好きって言わないから? 俺がミイルのこと好きだって知ってて? 振り向かないようにしてて?

 思考停止して硬直していたら、ミイルの手が俺の手に触れた。


「……」

「チカくん、変な顔」

「…………え?」

「へへっ、好き」

「…………えっ!?」




 俺の人生、終わったな。


「おーおー、チカよぉ、殺される覚悟できてんだろォなあ?」


 脳内お花畑で大学に行くと、校門をくぐったところで近くの喫煙所から出てきたヒカルに首根っこ掴まれて拉致された。

 なんだ、と思う間もなく講義棟の裏に連れて行かれ、足で壁ドンされる。おおこわ、ヤンキーか?


「ンっだその締まりのねえツラはよ」

「……ミイルが俺のこと好きなんだって……」

「聞いたよ。寝耳に水とはこのことだ」


 なんて言うか、俺もヒカルもまだまだだよな。ミイルのことなんにも分かってないのね。

 結局、ミイルは俺が「好き」の一言を言ってくれないのが不満で意地になっていたのだ。俺は俺で、そんな分かり切ったことを今更、という気持ちでいたので、完全にすれ違っていたことになる。

 しかし俺があの夜ぽろっと好きと言ってしまったことにより、ミイルがようやく態度を軟化させてくれたのだ。

 へらへらしていると、ここで冒頭のシスコンのセリフに戻る。


「……いや、ヒカルも応援してくれてたじゃん?」

「それはミイルがチカを好きじゃねえっていう前提のもとだろ!?」

「応援の意味とは」


 壁ドンしていた足でどすどす壁を蹴られてさすがに怖い。なんだこのチンピラ。


「クソッ、俺のミイルがこんなクソチャラクズ野郎に誑かされて……!」

「なんも反論できないところがつらい」

「お前ミイルのこと泣かせたらどうなるか分かってんだろうな!? マジで皮剥いで肉削いで骨で出汁取るからな!?」

「美味しくいただかれてしまう……」


 ヒカルの鋭い瞳に涙がこんもり溜まっていて、こいつガチだな、と理解する。マジで、今のヒカルは、大事な愛する妹をクソチャラクズ野郎に取られた、お兄ちゃんなのだ。


「……俺、たしかに女の子にだらしないけど……」

「……」

「ミイルのことほんとうに大好きだし、マジで大事にするし、心を入れ替える」

「ッたりめぇだろお前浮気したら馬に括り付けて市中引き回しした挙句全裸に剥いて大学の中庭に晒すからな」


 えぐいな。

 言いたいことは全部言ったのか、ようやく肩の力を抜いたヒカルに、俺は呟いた。


「ほんとに、大事にするから」

「……お前マジで……」

「任せて、お兄ちゃん!」


 ため息混じりに微笑みそうになったヒカルの表情が硬直する。


「テメェやっぱ殺す!」


 お兄ちゃん呼び地雷だった?

 鬼の形相でこちらに向かってくるヒカルを避けて逃げる。走りながら、俺はヒカルに向かって叫んだ。


「大丈夫! ミイルのことちゃんと愛してるから!」

「殺す!」


 *おしまい

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純情パラノイア 宮崎笑子 @castone

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