第7話 そうだ!酒を飲もう!

 散々だ。飲んだくれたい。こういうときはヒカルだよな。


「久々にラインのメッセージひとつで呼び出されたと思ったら昼間から酒かよ……」


 渋谷のファミレスですでに飲んだくれていた俺の向かい側にどかりと腰を下ろしたヒカルは、わざとらしくため息をついて煙草に火をつけた。


「てか飲みたいなら居酒屋行けや」

「……ジョ〇サンは一度冷凍レモンが入ったサワーを頼むと二杯目からめちゃめちゃ安い……」


 ヒカルが、俺の前に置いてあるコップの数を数えて、口角を引きつらせた。


「今何杯目」

「さあ……五、六杯くらいじゃない……」


 もう冷凍レモンはほぼ溶けていて、俺は四杯目くらいからただの微妙にぬるい酒を飲んでいた。

 ヒカルがメニューを開いているのを尻目にボタンを押して、店員に追加の酒を頼む。


「ハウスワインの赤デカンタで」

「つーかお前飯は食ったんかよ」

「いや」

「おいおいおい」


 ヒカルがすごく適当に、から揚げだのポテトだのの一品料理を注文しているのを、テーブルに落ちた水滴を指で伸ばしながら見ていると、注文を終えたヒカルがこちらに向き直った。


「で。ぁにそんなに落ち込んでんの」


 煙草を咥えているから活舌が悪い。


「ミイルにフラれた」

「……」

「俺が選択を間違えたから、ミイルと決別しなくてはならなくなった」


 わっとテーブルに突っ伏すと、上からあきれたような声が降ってくる。


「ミイルから聞いてんよ。マカちゃんと付き合ってんだって?」

「そうだよマカナちゃんの口車に乗った俺が馬鹿だったよ」

「おおかた、マカちゃんと付き合ってミイルに嫉妬させようとしてそれが失敗して、ミイルの友達だから下手に今までの女みてーに扱えなくて困ってる、ってとこか」

「まあだいたいそう……」


 突っ伏した腕から目だけ覗かせると、ヒカルは心底あきれたように目を細めてこちらを見ていて、それから、勢いよく煙草を吸い込み、俺の目めがけて吹きかけた。


「ぎゃあああ」

「馬鹿じゃねーの」

「死ぬわボケ」

「とりあえず順序立ててこれからのことを考えていこうな?」


 順序……?

 煙たくてしょぼしょぼして涙がこぼれた。これは煙たかったからであって、ミイルのことが悲しいわけではない。

 ぽろぽろ泣きながらヒカルを見つめると、ヒカルはしみじみと呟いた。


「うーん、煙たがってっとこ悪いけど、やっぱお前キレーだよな」

「褒めるのいいけどほんとTPOわきまえてよ」

「で、だ」


 ヒカルが煙草をぐりぐりと灰皿に押しつけたところで、ヒカルが注文した食べ物が数点テーブルにやってきた。

 ポテトを指でつまみながら、ヒカルが言う。


「お前が今からすべきこと」

「はい」

「マカちゃんと穏便に別れる」

「それはいけそうなんだよな」

「どゆこと?」


 俺は、マカナちゃんと付き合うことになった経緯を、少々はしょって伝えた。むぐむぐとポテトを一生懸命食べていたヒカルの手が、ふと止まる。


「俺はマカちゃんに幻想を抱いてたな……」

「まああの見た目だしねえ」

「まあンなこたどうでもいいよ。で、次」

「はい」


 腹が減っているんだろうか、ヒカルは次から次へと食べ物を口に入れながら器用に喋り倒す。


「ミイルに、告白する」

「今更……」

「いやたしかに今更だけどさ……こう、改まってきちんと、みたいなのしたことないだろ」

「ないけど……」

「女って案外そういうの好きだろ」


 多くの女がどう思うかよりミイルがどう思うかが重要なんだが。

 なんとなく納得できなくて唇を尖らせると、から揚げで唇をてかてかにしたヒカルが、鋭い目で俺を射抜いた。


「告白するときは、今までの女遍歴をちゃんとごめんなさいすんだぞ」

「え、なんで」

「なんでって、じゃねーとミイルも不安だろうが」

「……」


 まあ……たしかに?

 今までの女遍歴をごめんなさいする。それは、俺にとっていろいろとハードルが高いことだった。だって、片鱗を見せただけでミイルにゴミを見るような目で見られたのだから、その遍歴に至る過程を告白してしまえばミイルの中の俺株(そんなものがあるかは不明だが)が大暴落してしまうのではないだろうか。

 でもそれをやんなきゃ、俺はどうにもミイルを諦められないのではないかな、という気もしている。

 どうせミイルは俺のことなんてどうも思っていない(俺はミイルにとってほとんど兄みたいな存在であることは重々理解している)のだから、もうほんとうに、これ以上痛々しく片思いしたって無駄というものである。

 今までの恋や貢いだ時間や金が無駄だったとはみじんも思わないが、これからのことを考えると、やめたほうがよいと思うのも本音だ。


「……潔くフラれてくっか……」

「ン。フラれたらまた飲み付き合ってやんよ」

「ヒカルきゅんやさしい……」

「キモッ」


 きゅるんとかわいこぶるも一蹴され、ヒカルは酒を飲み煙草を吸い肉を食らい続けた。

 俺も、ポテトに手を伸ばし、酔ってふわふわした頭で少しだけ真面目に考えた。


「俺が思うにだよ」

「オゥ」

「ミイルって好きな人いるんじゃないのかなあ」

「はあ?」

「なんかこないだ、そんな気がした」


 ヒカルが、心底嫌そうな顔をした。


「だからさあ……百歩譲って相手がミイルの、お前の相談には乗ってやってっけどよお、家族のそういう話はマジ勘弁なんだわ……」


 あのとき、恋のことを語ったミイルの視線の先には、きっと誰かがいた。それが誰であるのか、おそらく俺は知る由も、知る資格もない。


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