第6話 やめた!やめたやめた!

 ちょっと納得しかけてマカナちゃんと偽装恋人やり始めてみたけど、一理ない。これは一理ないし一利もない。

 ミイルがめちゃくちゃ楽しそうなのだ。


「昨日マカとデートだった?」

「あ……うん……」

「チカくん、今までカノジョいてもおにいとかあたしと会ってるほうが多かったから、マカとデートしてるの見るとめちゃ安心する」


 ミイルは俺のお母さん的立ち位置にいるのかもしかして。

 ちなみにうちの母親は夜勤の多い仕事で家を空けがちである。父親はまあまあ定時に帰ってくるけど、俺も家を空けがちなので一家離散感がすごいのである。


「……ミイルはさあ」


 ちょっとだけ、尖った声が出てしまった。ミイルはたぶん気づいてないけど。


「うん?」

「……ミイルは、カレシとかつくんないの」


 尖っていたはずの声は、語尾に向かってどんどん尻すぼみになった。聞いておいて、つくる気があったらどうしようって思ってしまったのだ。

 立花家のピンク色のカバーがかかったソファの上で、ミイルが足を抱えてスマホを両手で持ちながら、ダイニングテーブルに頬杖をついている俺を見て、首を傾げた。


「つくんないよ」

「なんで?」

「……カレシとかって、つくるものじゃなくない?」

「え?」

「好きな人ができて、その人に一緒にいてほしいなあって思って、それで、一緒にいてほしいって言っていいよって言われたら、一緒にいられるものだから、つくるものではないと思うの」


 ミイルの言うことは、ものすごく正論だ。俺みたいに、うっかりやっちゃってしかたなく恋人同士になる、っていうのをゴミを見る目で見られる理由が痛いくらい分かる。ミイルは、いい意味で恋人や恋愛にちゃんと夢をみているんだ。

 まあそうだよね、まだ高校生だし。


「チカくんは、今までのカノジョ、一緒にいてほしいなあって思わなかったの?」

「……」


 思ったわけないじゃん……。

 とはもちろん言えるわけもないので、黙っておく。

 その代わり。


「……ミイルさあ、来月のクリスマス、なんかほしいものある?」

「……」


 瞳が上を向いて、何か考えるように片手を顎に当てた。それから、ミイルはゆっくり首を横に振った。


「駄目だよ、チカくん」

「何が?」

「クリスマスは、マカと一緒でしょ? あたしのプレゼントなんて考えたら、駄目だよ」


 愕然とした。

 そうだ、マカナちゃんのことをぞんざいに扱ったら、今度こそミイルは俺を虫けらを見るような目で見て、そしてそれを軟化してくれなくなる。

 選択間違ったな、とひそかに舌を打つ。マカナちゃんの口車に乗って偽装交際をしてみたけれど、どうやらミイルは俺のことをほんとうに何とも思ってないし、だからこそマカナちゃんを悲しませる(ように見える)ことをすると俺の尊厳がアウトだ。


「……そっか……」

「そうだよ」

「うん……」


 頬杖をついたまま、俺はぼんやりと考える。

 俺は、何をすればミイルに好きになってもらえるの? 俺と同じくらいの好きを返してもらえるの? どうすれば、ミイルはこっち向いてくれるの? なんでミイルは俺のこと好きになってくれないの?


「ねえミイル」

「んー?」


 もうやめよっかなあ……。


「なんか、マカナちゃんに悪いし、俺もうヒカルに用事あるとき以外ここ来るの、やめるわ……」


 立ち上がると、ミイルがそのかわいい目をしぱしぱと何度かまばたきして、ちょっと考えるように首を傾げて、それから、そっか、と呟いた。


「そっか」

「うん」

「そうだね」


 こんなにもあっけないものか。

 玄関に向かう俺の背中を追ってついてきたミイルが、靴を履いている俺に声をかける。


「ねえチカくん」

「んー?」

「チカくんって、相手にとって一番大事なものがたぶん分かってないんだよ」

「何の話?」


 なんかものすごいディスられているような気がするけど、ミイルなので腹も立たないでいる。


「チカくんはお友達も多いし、みんなと仲良くしててすごいなあって思うけど」


 それはミイルのほうじゃないか?

 左足の靴紐を結ぶ。


「でもね、チカくんは大勢で盛り上がるのきっと得意だけど、それぞれが欲しいものが分かんないから、だから間違えちゃうんだよ」

「いや、だから何の話してんの?」

「んーとね」


 右足の靴紐を結び、立ち上がって爪先をたたきでとんとんと馴らす。

 ミイルは、ちょっとだけ言い淀んだあとに、にっこり笑って言い放った。


「チカくんってテストの計算問題で先生が想定してるのと違う解き方して、答えは正解なのに先生に怒られちゃいそうなタイプ」

「……はあ……?」

「じゃあ、マカによろしく!」


 そう言って、ミイルは俺を送り出した。なすすべなく玄関から追い出され、俺はマンションの廊下でしばらく立ちすくむ。

 なに? ミイルは俺のテスト風景見たことあんの? たしかに中学校くらいのテストで図形の角度求める問題で、公式使わずになんとなくこれくらい、で書いたら当たっちゃって先生に怒られたことあるけど!?

 いったいミイルが、ほんとうは何を言いたかったのかは分からずじまいで、けっこうな決意をもってミイルとの決別をしたつもりだったのに、まるで締まらなかったな、とひとりごちた。


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